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母が胃癌になった話③〜手術と入院〜

    〈前回のあらすじ〉
    5/1に胃潰瘍が見つかった母は、GW明け、紹介された大学病院に検査にやってきました。

    長い検査の末、生検結果を待たずして医師から出た言葉は、「胃癌だと思っていてくれ」でした。

    良性の可能性を信じ、重圧を背負ってきた私はメンタルが限界になり、頼れる霊能者さんに相談すると、母は体の転換期で向き合えば10月に光が差す、と言われたのでした…



    生検結果

    いよいよ生検結果が出る5/19…

    いつもの消化器科の窓口で受付を済ませ、間もなく診察室に呼ばれました。

    診察室にいたのは前回までのおじさんの先生ではなく、若くてほっそりした男性医師でした。
    (この時知ったのですが、病院ではチームで動くため、今日はA先生、次はB先生と担当医が変わることがあるのです)

    若い医師は、私たちが入室すると開口一番告げました。

    「癌細胞見つかりました。ちゃんと治療しなくてはならなくなりましたので」

    ああ、やっぱり…

    結果として、私が上から目線で怠慢だと評した、最初に潰瘍を発見したクリニックの医師の見立てが正しかったことになりました。

    しかし同時に、宙ぶらりんだったものが地に足ついて、心が安定したのを感じました。

    あとはもう腹を括るだけだ!

    …このあと、麻酔科、薬剤科、入院科に行って、それぞれ面談を受けるよう言われました。

    麻酔のリスク、薬についての確認、入院中の注意点など、癌治療に備えてそれぞれの専門部署でレクチャーを受けるのです。

    面談が終わったあと、もう一度診察室に戻って来て詳細を聞かせてくれるとのことでした。

    最初に結果について端的に伝えたのは、早く一番気になっていることを教えてスッキリさせてあげようという医師側の配慮だったようです。

    …私たちは各面談を終え、午後に消化器科に戻ってきました。
    もう検査はないので、しっかりランチを摂って…

    ところが午後の診察は15:30からだったのに、どういうわけか思いのほか待たされました。

    何かさらに悪い結果が出たんじゃないかとハラハラさせられましたが、今日はたまたま詰まってるとのことでした。

    大学病院のシステム上あるあるでしょうか。

    結局、私たちが診察室へ呼ばれたのは、2時間遅れででした!

    検査結果は最初に聞いていたけど、もしこれが白黒つかないまま待たされていたら、どれだけヤキモキさせられたことか…


    …再度診察室に通された私たちは、先日同様内視鏡画像とCTを見せられました。

    生検結果を聞いた後だと、なるほど、この潰瘍は確かに悪性の顔してるわ、と納得させられました。

    若い医師は先日の先生同様、CT画像で胃の周りの3本のリンパが腫れていることを指摘し、リンパ節への癌の転移だろうと言いました。

    「あと、ここが気になるんですけど…」
    と、断面図を少しずらし、

    「胃の隣にある、これが膵臓なんですけど、胃とぴったりくっついているように見えるんですよ」

    膵臓は、胃の裏側に隣接する臓器です。

    胃癌が進んでくると、膵臓に浸潤し、癒着してしまうことがあるというのです。

    こうなると無理に引き剥がすことは危険なので手術はできず、薬物治療となります。

    また胃癌の場合、稀に癌細胞が胃から飛び出し、腹腔内に広がってしまうことがあります。

    これを腹膜播種といいます。

    播種があった場合も、腹腔内に散った癌細胞は取り切れないので手術はできません。
    (ちなみに腹膜播種は遠隔転移になるので、播種が認められた場合は癌はステージ4となります)

    「(癌のタイプが)未分化型だったので、腹膜播種のリスクもちょっと高くなりますけどね」
    と、担当医。
    (癌のタイプには分化型・未分化型があり、分化型は大人しいタイプ、未分化型は活発なタイプです)

    治療方針

    これらの腹膜播種や膵臓との癒着の有無を確認し、治療方針を決めるため、まずは腹腔内を観察する腹腔鏡手術を行います。

    お腹に小さな穴を開け、そこからカメラ(腹腔鏡)を挿入して中を見るのです。

    ここで腹膜播種や膵臓との癒着が認められれば薬物治療、なければ胃の切除手術と、治療法が確定します。

    そしてその腹腔鏡手術は、既に5/22に設定されていました。

    相変わらず大学病院の行動は迅速です。

    その手術のため、前日の21日から2泊3日程度入院することになります。
    検査入院みたいなものですね。

    退院したら再び5/26に来院し、ここで治療方針が明らかになります。

    既に先の先までスケジューリングされて、話が早くて助かる。

    悪性だとわかったら、トントン拍子に話が進みました。

    …腹が決まった私は、今度は癌治療について調べ始めました。
    (我ながらつくづくリサーチ好きです)

    すると、調べれば調べるほど、現代の癌治療の進歩には目覚ましいものがあるとわかりました。

    手術は、従来の開腹手術から大幅に負担軽減した腹腔鏡手術(癌切除の手術もこれでできます)、手術ロボット・ダビンチ、AIの活用…

    薬物は、副作用が軽減された抗がん剤、抗がん剤で脱毛した時などのアピアランスケア、免疫チェックポイント阻害薬などの画期的な新薬…

    もはや癌は恐れる病気ではなく、治癒可能な病気です。

    治療方針がどう転んでも、必ず解決策はあります。

    そうとわかると、今度の検査のための腹腔鏡手術も、過剰に心配することはないと思えました。

    ただ、これらは標準治療の話です。

    ネットで癌治療について検索すると、標準治療以外の保険適用外の高額な治療、怪しい民間療法なども出てくるので注意が必要です。

    方針決定

    21日から入院し、腹腔鏡手術を受けた母は、結局3泊4日で帰ってきました。
    (家族の付き添いは不要)

    患者の体の負担を考慮し、小さな穴を開けて腹腔鏡を挿入する手術なのですが、やはり初めての体験だからか痛かったと漏らしました。

    手術にあたった医師から、膵臓の癒着はなく、胃の外にポツポツしたものがあったので取っておいた、と聞かされたそうです。

    膵臓の癒着がなかったことは一安心ですが、胃のポツポツが気になります。

    これが腹膜播種なのか、取ったからOKということか。

    これらを踏まえ、26日に結果と治療方針を聞くため来院します。

    …癌が確定してから、母は周りにも病気のことを話すようになりました。

    そして26日には、心配だからと嫁に行った妹もついてきました。
    既に検査の一番大変なときは過ぎているのに今更出てこられても、とモヤりましたが、妹にも心配する権利はあるので口出しはしませんでした。

    診察時間になると、私たちは3人でぞろぞろ診察室に入っていきます。

    待っていたのは、生検結果の時と同じ若い医師でした。

    腹腔鏡手術の結果は、膵臓との癒着なし、腹膜播種なしでした。

    胃の外にポツポツがあったと聞いていましたが、これは癌ではなかったそうです。

    結論は、癌は胃の外に出てなかったのです。

    その場の家族全員から安堵の声が上がりました。

    これで、治療方針は切除手術と決まりました。

    医師は早速、手術とリスクの説明に入ります。

    胃の出口側に腫瘍ができているため、手術では胃の下部を切除することになります。
    これを「幽門切除」と言います。

    残った胃と十二指腸を繋げる方法は、次の3通りがあります。

    • ビルロート I 法...…残った胃と十二指腸をダイレクトに繋ぐ

    • ビルロート II 法...…小腸の一部を持ち上げ残った胃の横に繋ぐ。十二指腸の断面は閉じる

    • ルーワイ法...…小腸を途中で切断し、その片方を胃に繋ぐ。十二指腸から繋がっているもう片方の小腸を下方の小腸の横にYの字に合流させる

    どの繋ぎ方になるかは実際に手術をしてみないとわからず、最もシンプルなビルロートI 法で繋がらない場合、他の二通りのいずれかになる、ということです。

    その場合のリスクをそれぞれ聞かされました。

    また、手術や入院中に起こり得るリスクについて(合併症、アレルギー、せん妄など)一通り説明を受けました。

    術後についても、ダンピング症候群(食べ物が十分消化されず腸へ流れ込み、動悸、めまい、下痢、低血糖などを引き起こす)のリスクがあると言われ、それを防ぐために、とにかくゆっくり、少しずつ食べるよう念を押されました。

    胃が小さくなる分、1日3食だったのを小分けに5食など、食べ方を工夫しろ、ということです。

    「皆さんだんだん順応してくるんですけど、1年くらい経って、油断して食べ過ぎてダンピングを起こすケースもあります」
    と、担当医。

    そう、食べるのが好きな母ですから、術後の食事について一番心配だったのです。

    手術直後は断食ですが、それから日を追うごとに
    水→おかゆ・流動食→固形物
    と少しずつ慣らして行き、固形物が食べられるようになって退院、となるそうです。

    そして、
    「手術は5/29の金曜日に行いたいと思います。」
    と医師が宣言しました。

    おお、もう本番の手術の予定まで入っていたのか。

    正直、まだ心の準備ができてないうちに手術の予定を組まれて戸惑うな。
    癌と判明してモタモタされるよりいいけど。

    「退院は最短で1週間です。翌週の週末になりますね」

    というと、6/6、6/7辺りか…

    ふと、あることが頭に浮かびました。
    母も同じことを考えたようです。

    …一通り説明を聞き終え、手術と入院に関する資料を渡されてこの日の診察は終了しました。

    帰宅後、母はその資料にじっくり目を通していました。

    手術

    入院は手術の前日、5/28からでした。
    前日に最後の内視鏡検査を行います。

    これは腫瘍の位置を確認し、切除する場所にマーキングするためかと思われます。

    私は、極力空気を重くさせずに母を病院へ送り届けました…

    当日は、家族の付き添いは不要と言われていました。

    手術終了後は家族の連絡先、つまり私の携帯に電話が入ることになっています。

    そして5/29、爽やかな週末の朝を迎えました。
    初夏らしい、よく晴れた朝でした。

    朝から近所の奥さんが心配し、お見舞いに訪ねてきてくれました。
    私は、今日が手術だということと状況を説明し、お見舞いのお礼を言いました。

    …そう、手術は午前中からだから、もう始まってるかな?

    所要時間は5時間くらいって言ってたな…

    午前中は家事をしたり、猫の世話をして過ごします。
    多少ソワソワしますが、病院の優秀な医療スタッフを信じているので、もう心配しません…

    すると13時半頃、携帯が鳴りました!
    病院からです!

    秒で出ると、執刀医が言いました。

    「無事腫瘍も取れ、間もなく手術が終わります。何の問題も起こらず済みました」

    おおっ、マジか!

    さらに繋ぎ方も、最もオーソドックスなビルロートⅠ法でできたということです。

    万事順調です!

    私は丁寧にお礼を言って電話を切ると、速攻で妹にも結果を伝えてあげました。

    面会

    翌日、母から「術後動けないし水も飲めない」とLINEがありました。

    手術は上手く行きましたが、本人はつらそうです。

    が、その日の午後には「歩く練習をした」と連絡がありびっくりしました。

    相変わらずペースが早いなあ。

    順調なようなので、週明けにでも初めての面会に行ってみようと思いました。

    母にそのことを伝え、何か必要なものはあるかと訊くと、持って来てほしいものを言い、楽しみにしてると言ってくれました。

    そして6/2、私は母の病室を訪れました。

    ちなみに面会時間は15:00〜19:00で、滞在時間も一人30分までと決まっていました。
    あと、食べ物の差し入れもNGです。

    私はカーテンで仕切られた母のベッドを訪ね、極力さり気なく挨拶しました。

    ベッドで横たわっていた母は、私が来ると起き上がり、会話ができるくらいには元気でした。

    私は母に頼まれていたものを手渡します。

    ちょうど週明けから食事が始まり、この日はペースト状の肉じゃがを半分だけ食べさせられたそうです。

    「半分しか食べれないのが残念なくらい美味しかった」

    おお、よかったな。

    食事に関しては順調に回復している様子が伺えます。

    脇腹にはまだ血抜きのドレーンがついていて、
    「まだ痛いよ」
    と言いました。

    順当なら明日辺り外されそうです。

    そして退院は、予定通り土曜になるということでした。
    (手術の繋ぎ方がシンプルなビルロートⅠ法だった時点で、回復は早いと踏んでいました)

    そのまましばらく、椅子に腰掛け世間話に興じました。

    同室の人がどうとか、いびきがうるさくて眠れなかったとか…

    何気なく話してるけど、入院辛いんだろうなあ…

    食べることが、特に甘い物が大好きな母が、好きなものを食べれるようになるのはいつからだろう…

    すると、母が言いました。
    「この前、部屋いっぱいの和菓子の夢を見て…」

    ゆ、夢に見るくらい食べたかったのかい?!

    それは退院が待ち遠しいよなあ…


    そうこうしている間に、あっという間に30分経ってしまい、私は病室を後にしました。

    退院したら、美味しい和菓子を買ってきてあげよう…

    一人の誕生日祝い

    そんな母の入院中の6/4は、私の誕生日でした。

    入院が決まった時、母は自分の大変な時と私の誕生日が重なってしまったことを気にしていました。

    私は、
    「退院したら後追いでバースデーケーキを食べよう」
    と言ってありました。

    …誕生日当日の早朝、母からLINEが入っていました。

    「誕生日おめでとう...…とんでもない誕生日にしてしまってごめん...…」

    私は
    「今日はイタリアンに行って楽しむので気にしないでください。それよりいよいよ明後日退院だね」
    と返しました。

    …そう、この日はセルフでお祝いするために、地元のイタリアンレストランを予約していたのです。

    もちろんバースデープレート付きで。

    お店の名は、横浜元町の「CHICHOS(横浜市中区元町4-4-169)」

    カジュアルなイタリアンレストランで、店長もスタッフもとてもフレンドリー。

    お一人様で誕生日ディナーしに来た私に、気軽に話しかけてくれました。

    もちろん、料理もドリンクもデザートも超グッド👍

    たまにはこういう誕生日もいいものです。

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    バースデープレート


    このお店、とても良かったから、今度改めてレビュー記事を書こうと思います。

    束の間の気分転換になり、久しぶりに解放され満たされた思いがしました。

    母が退院したら、母と一緒に来たいな…と思うのでした。

    続く…

     
     

    JUNJUN

     
     
    横浜生まれの横浜育ち。 旅が大好きで、コロナ前まで世界50カ国を巡りました。 マルタへの語学留学の経験、総合旅行業務取扱管理者の資格あり。 旅行記事中心に書いています。 愛猫家 野球ファン(ひいきのチームは広島カープ) 猫との出逢いや、野球観戦が旅のコンセプトの一つです。

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