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母が胃癌になった話②〜大学病院の検査と波紋〜

    〈前回のあらすじ〉

    3月下旬から胃の違和感を訴えていた母が、クリニックで内視鏡検査を受けたのが5/1のことでした。

    その時担当医から急遽呼びつけられ、一緒に話を聞いてほしいと言われた私が見せられたのは、母の胃にできたグロテスクな潰瘍の映像でした。

    担当医は悪性の可能性が高いから(というか、この時点で癌だとほぼ断定していた)、大きな病院へ行ってほしいと言い、紹介状を書いて渡しました。

    私たちは地元の大学病院を紹介してもらい、受診の予約を入れました。

    大学病院の受診は、GW明けの5/11となりました。



    GW明けの大学病院

    5/11朝、私は母に付き添って予約した大学病院へやってきました。

    クリニックの内視鏡検査の時のように、状況がわからないまま急に呼び出されても嫌なので、今回は最初からついて来ることにしたのです。

    本人もその方が安心のようでした。

    予約は9:30から、消化器内科で入っています。

    9:00前には到着しましたが、病院のエントランスには既に患者の列ができていました。

    初診なのでまずは1階の総合受付を通されるのですが、その時点で既に待合室はいっぱいでした。

    1階ロビーには、次から次へと人が溢れてきます。

    連休明けの大病院の、すさまじい混雑ぶりを見せつけられました。

    やがて総合受付で順番が回って来て、各手続きを済ませると、次は各科の受付に行かされます。

    2階に受診科ごとの窓口があり、私たちはその中の消化器系の受付窓口へ足を運びました。

    ここまで、軽く1時間は経過していました。

    2階へ移ると、2階フロアの各受付前にある待合用の椅子もほぼ満席です。

    消化器系窓口で受付を済ませると、番号を呼ばれるまで(下の階の受付で受け取った書類に番号が書いてある)空いている席で待つよう言われました。

    大病院のシステム上、また連休明けということで覚悟はしていたものの、受付から受診までの待ち時間の長いこと長いこと…

    2階の待合室でも、ここから長時間待たされることになりました。

    大学病院の独特の雰囲気の中順番待ちするのは、それだけでなんと神経を消耗させられることか。

    私自身も家族もあまり病気には縁がなかったもので、こういう雰囲気には慣れてないのです。

    目の前の廊下には、点滴をつけた人、車椅子に乗った人、フロアに設置された血圧測定器を利用する人たちが行き交っていました。

    緊迫の待合室

    20分ほど待った頃でしょうか。

    看護師らしき一人の女性スタッフが、名前を呼びながら私たちのもとへやってきて告げました。

    「本日、消化器内科でご予約いただいていたのですが、お預りした紹介状を確認したところ、消化器外科の方がいいんじゃないかということになりまして、消化器外科に変更させていただきました」

    一瞬神経がビクッとしました。

    消化器内科から外科に変更って、それって手術前提(=癌確定)ってこと?

    まあ、クリニックからの紹介状には癌の疑いが示唆されてるはずだから不思議はないのですが、このときは些細なワードにも過敏に反応するくらい神経が逆立っていました。

    私はGW中、今日の受診を待つ間、自分でも病気についていろいろ調べていました。

    その結果、ストレスや薬物の要因があったことからAGML(急性胃粘膜病変:良性の胃の病変)の可能性が高いと目をつけていました。

    この時点で、自分の中で癌の可能性を極力排除していたのです。

    そこへ癌と結びつくようなワードが出たことで、再び神経がざわついたのでした。

    看護師は、引き続きここで待つよう言い残し立ち去りました。

    診察室に…

    それからさらに何十分待ったか、ようやく受付前のモニターに母の番号が表示されました。

    番号が表示されると、次は中待合室というところで待機させられます。

    周りには各診察室のドアがあり、それぞれ番号が振られ、担当医の名前が表示されていました。

    消化器系の医師がそれぞれ、この中で診察しているのです。

    私は、やっと呼ばれるという思いと、いよいよ本題を突きつけられるという緊張感で、神経がさらに昂ぶっているのを感じました。

    消化器外科の先生って、どんな先生なの…?

    どうもクリニックの内視鏡検査の医師の、上から目線での「癌ですよ」宣言が頭から離れず、また悪魔の宣告をされるイメージがどうしても拭えませんでした。

    今度は放送で名前が呼ばれ、〇号室へお入りくださいとアナウンスされました。

    診察室へ通されると、待っていたのは想像に反し、温厚そうなおじさん医師でした。

    「今回は〇〇クリニックさんの方から紹介状をお預りしまして、ご年齢もご年齢なので、癌の可能性も含めて一度検査してほしいとのことですが…」

    最初のひと言で、口調の柔らかい、話しやすそうな先生だとわかりました。

    早速問診が始まりました。

    どのような症状か、いつ頃から現れたか、吐き気はないかなど訊かれます。

    医師「食欲はありますか?」

    母「はい。(食事が)美味しいんです」

    医師「それはいいことですね」

    私も連休中は柏餅2個食べた、昨日の母の日にはケーキを食べたと、母の食べっぷりについて披露しました。
    先生も驚いていました。

    …そこでタイミングを見計らって、胃の違和感が出始めた時期に、サポート詐欺に遭って精神的ストレスを受けたこと、胃や食道に大きな副作用を及ぼし得るミノドロンを服用していたことを伝えました。
    (ミノドロンについてはお薬手帳を見せているのでわかると思いますが)

    こういう要因があるのでAGMLの可能性があるんじゃないですか?とのアピールです。

    先生は、ふむふむ、といった感じで聞いていましたが、それについては何も言いませんでした。

    そして、早速検査を入れていきますと言い、ひとまず外で待つよう指示しました。

    …診察室を出ると、9:30の予約で来たのに既に昼前でした。

    私は先生の様子が重苦しく深刻でなかったこと、先日のクリニックの医師のようにハナから癌だと決めつけず総合的に見ようとしていることに一安心しました。

    一日がかりの検査

    間もなく看護師が、これからの検査スケジュールについて説明しにきました。

    こっちの病院でも内視鏡検査をし、生検を取ることになりますが、すぐには空きがなく、14日に取れたとのことでした。

    実は母は、今日すぐにでも内視鏡検査を受けられるよう朝食を抜いて来たのですが、空振りになってしまいました。
    (私も自分だけ食べるのは忍びなく、コーヒーだけで済ませたので空振りの付き合いです)

    ただ、その他の検査については、すべて今日中に組み込まれました。

    その他の検査とは、採血、尿検査、心電図、CT、レントゲンです。

    さらに、本来なら入院時に受ける栄養検査(食事に関する問診や、体のスキャニングで体力を測る)を、後からだと忘れることもあるので、今日の検査の合間に受けるよう言われました。

    内視鏡以外にそんなに検査があって、それをこれから片っ端から受けろとは…

    大学病院の検査の緻密さと、スケジューリングの迅速さを見せつけられました。

    …一つ一つ検査を潰していくのですが、各々検査場所が違います。

    採血、尿検査は1階、CT、レントゲン、心電図は4階…

    広い大学病院のフロアを上がったり下ったりし、それぞれの検査室で受付を済ませてから検査に呼ばれるのですが、またその順番待ちの長いこと。

    今日は特に連休明けで混んでいるので、どの検査も時間押し押しで進められました。

    …すべての検査が終わった頃には、16:30を回っていました。

    朝来て夕方まで、文字通り一日がかりの検査でした。

    ここまでかかるとは想定外で、ただの付き添いの私も仕事終わりのようにぐったりしていました。

    しかもしんどかったのが、この日最後に入っていたCTの検査が終わるまで、食事を控えさせられたことです。

    朝食抜きで来たので、日の傾く中家に帰り着くまで、結果として断食状態となってしまいました😭

    帰る途中、処方箋薬局に寄ります。

    タケキャブ(胃酸を抑える薬で胃炎や胃潰瘍の治療に用いる)が処方されていたのです。

    「ああ、夕飯どうする?こんな時間だし疲れたし、何もする気しないね」

    私がつぶやくと、
    「寿司でも取ろうか」
    と母。

    え、寿司?

    病院で(癌かもしれず)さんざん検査されて帰って来て寿司?
    凄いメンタルだなあ。

    が、自炊する気も起きないので、私も賛成しました。
    ご苦労さん会です。

    しかも、
    「昨日の(母の日の)ケーキが残ってるね」

    「ケーキも計算に入ってるの?」

    「入ってるよ」

    早速寿司を取ると、寿司とデザートのケーキまで、今日の断食分を取り戻すように平らげたのでした。

    うーん、これだけ食欲旺盛な人が、とても胃の深刻な病気を患ってるようには見えないのだが…

    が、さすがに疲労は大きく、食後に処方薬のタケキャブを飲むと、母も私も早めに就寝したのでした。

    …翌朝起きてくると、今日はすごく快適、と母が言いました。

    昨日のタケキャブが効いたようで、胃がガラッと楽になったそうです。

    「異変が起こる前はこんなだったって思い出した」

    おお、それはよかった!

    検査はしんどかったけど、もらった薬がそんなに効いたならよかった。

    私は、光明が見えた気がしました。

    再び内視鏡

    14日、内視鏡検査のため再び外来です。

    今度は再診なので、1階の総合受付を通らず、直接2階の消化器科の受付に行かされました。

    受付を済ませ検査室へ赴くと、今日はさして待たされることもなく検査が開始しました。

    生検も取られる、いよいよ本命の検査です。

    所要時間は、麻酔が切れる時間も含め、1時間もかかりませんでした。

    本日の検査はこれだけなので、済んだら再度消化器科の受付に足を運びます。

    このあと、先日と同じ先生の診察があるのです。

    この時、私の気はだいぶ落ち着いていました。

    というのも、前回処方されたタケキャブが今日までよく効いて、母の胃はだいぶ楽になっていたからです。

    これは良い兆候で、今日の検査結果にも反映されるんじゃないかと思っていました。

    「癌と思っていてください」

    順番が回って診察室に入ると、前回と同じおじさん医師がデスクの前に腰掛けていました。

    目の前のPCには、今日までの検査データが入っているようです。

    先生は最初のデータを開き、
    「まず血液検査ですが、ちょっと栄養が悪いですね。まあ、胃の病気だからね…」

    前回と違い、やや歯切れが悪いです。

    次にCT画像を開き、胃の断面で止めました。

    「この辺に問題の潰瘍があるんですけど、この胃の周りのリンパ節、ここが腫れてるんですよ」

    先生は、胃袋の外側にある、くっきり浮かび上がる3本の線を指しました。

    続けて、今日撮った内視鏡画像を見せます。

    クリニックのそれと同様、グロい潰瘍が映っていました。

    「今日の時点では、あくまでも『胃癌の疑い』です。でも、この映像とリンパの腫れを見て癌じゃないとは言えない…」

    期待と反する説明に、私たちは再び地獄へ落とされた気分でした。

    JUNJUN「薬を飲んだけど、潰瘍はクリニックで検査した時と変わってないということでしょうか」

    医師「そうです」

    薬で楽になっただけで、潰瘍にはちっとも効いてなかったということか…

    そして医師に
    「もう、胃癌だと思っていてください」
    と宣告されました。

    「良性の可能性はどのくらいあるんですか?」
    私はなおも食い下がりましたが、

    「1〜2%かな」
    医師の回答はあまりに無慈悲なものでした。

    JUNJUN「ストレスや薬物の影響があったので、AGMLを疑ったんですが…」

    医師「AGMLの潰瘍は、もっと平たくなるんですよ。これはお皿のようにえぐれています」

    私はこの時、GW中にやっていた良性(AGML)の証拠集めが徒労に終わったことを悟りました。

    医師は続けました。

    「生検の結果は19日に出ます。その日にまた来てください」

    そして
    「結果について、これ以上考えない。ネットは見ない。考えたってしょうがない。考えそうになったら、娘さんと美味しいものでも食べに行く。よく動きよく食べる。どんな治療するにしても、絶対体力は必要なんだから」

    先生なりの精一杯の励ましとアドバイスのようでした。


    …それから結果が出るまでの数日間、母は医師に言われた通り、よく食べよく動いて過ごしていました。

    料理やパン作りが好きな母は、自分が講師を務めるパン教室も持っていましたが、それも予定通り行なっていました。

    日常生活まで侵されてたまるか、とのことです。

    その精神力は大したものです。

    一方、私は結果を待たずして、メンタルが限界に達していました。

    自分なりにリサーチして、良性の可能性にかけていたものが覆されつつあり、疲労と落胆で打ちのめされていました。
    (母にも良性の可能性を語って期待させたことは悪かったと思います)

    それと、現在の不安とか恐怖とかを、すべて背負わされているように感じて、押しつぶされそうになっていたのです。

    母はこれまで親戚にも友人にも、嫁に行った妹にすらも病気のことを話していませんでした。

    心配かけたくないから、悪性と判明したら話す、と言います。

    それまで、全部私が付き添い、癌の恐怖と不安を共有してきたのです。

    他には心配かけたくなくて、私ならいいのかよ?!

    私だって、もうメンタルが押し潰されてしまう…

    本人には言いませんでしたが、この時は母のお葬式のシーンまで浮かんでくるようになりました。

    誰か私の苦悩も共有してくれ…

    10月には光が差す?

    限界だった私は、生検結果の出る前日、ある霊能者さんに相談してみました。

    病気でスピリチュアルに頼るのもなんですが、困った時には的確なアドバイスをくれる頼れる霊能者なんです。

    以前、猫が脱走して相談した時も、日の沈む方向へ行った、〇月〇日には猫に関する情報が入る、今の方法を続ければ〇月〇日には捕獲できる、といった予言がことごとく当たったのです。
    (日付は正確には2日遅れくらいでしたが、誤差の範囲でした)

    結果について訊きたいわけじゃなく、自分のメンタルを持ちこたえさせるために、藁にもすがる思いで相談してみました。

    霊能者さんに母の病気発覚からこれまでのことを話すと、医者じゃないので検査結果は答えられないと前置きした上で、次のように教えてくれました。

    「お母様の体は今、転換期を迎えているようで、きちんと向き合えば10月頃には光が差すでしょう」

    「お母様はまだまだ生きて、JUNJUNさんとやりたいことがあるみたいですよ」

    母の生命力に翳りは見られない、とも。

    少しだけ目の前が明るくなりました。

    少なくとも現時点では、絶望ということではないようです。

    そして
    「最後にお母様の心の声を伝えさせてください。いつも困った時ばっか頼りにしちゃってごめんね、だそうですよ」

    それを聞いて、クスッと笑ってしまいました。

    いいじゃん、乗りかかった船だし、最後まで付き合ってやる!

    崩壊寸前の精神が持ち直したのを感じ、私は霊能者さんに丁寧にお礼を言いました。

    結果を聞く前に相談してみてよかった。

    が、今の話を聞く限りでは、結果はやっぱり悪性だろうな。

    良性だったら10月まではかからないだろうから…

    続く…

     
     

    JUNJUN

     
     
    横浜生まれの横浜育ち。 旅が大好きで、コロナ前まで世界50カ国を巡りました。 マルタへの語学留学の経験、総合旅行業務取扱管理者の資格あり。 旅行記事中心に書いています。 愛猫家 野球ファン(ひいきのチームは広島カープ) 猫との出逢いや、野球観戦が旅のコンセプトの一つです。

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