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「子どものためなら、何でもしてあげる。」……ほんとにそう?

    「子どものためなら、何でもしてあげたい。」

    親になったら、一度はそんなふうに思うんじゃないでしょうか。

    子どもが困らないように。

    子どもが苦労しないように。

    子どもが傷つかないように。

    できることは、できるだけしてあげたい。

    私も、そう思っていました。

    でも、ふと考えたんです。

    「子どものため」って、本当に全部、子どものためなんだろう?


    「ちゃんとしてあげなきゃ」と思っていた

    親になると、

    「ちゃんとご飯を作らなきゃ」

    「子どものことをちゃんと見てあげなきゃ」

    「困っていたら助けてあげなきゃ」

    「失敗しないように教えてあげなきゃ」

    そんなふうに、

    いつの間にかたくさんの

    「こうあるべき」

    を抱えるようになります。

    そして、

    「私はちゃんとできているかな?」

    と、自分自身まで評価するようになる。

    子どものために一生懸命になればなるほど、

    「私がやってあげなきゃ」

    「私がなんとかしてあげなきゃ」

    と、背負ってしまうこともあります。

    でも、

    親がしてあげることが多ければ多いほど、

    それが本当に子どものためなのかは、

    少し考えてみてもいいのかもしれません。


    私は、子どもの頃から料理をしていた

    私は子どもの頃、

    母が手を使えなくて、料理ができない時期がありました。

    だから私は、料理を率先してやっていました。

    「子どもなのに大変だったね」

    と思われるかもしれない。

    でも、私自身は、

    料理をすることをそんなに嫌だとは思っていませんでした。

    家族の中で必要だったから。

    私ができることだったから。

    自然とやっていたんです。

    そして、その経験は大人になってからも残っていました。

    子どもが生まれてからも、

    料理をすることを、そんなに億劫だとは感じませんでした。


    家事代行の広報をしていたときに聞いた話

    以前、私は家事代行サービスの広報をしていました。

    そのとき、お料理が得意なスタッフさんに話を聞くことがありました。

    すると、意外な話を聞いたんです。

    お母さんが料理を苦手としていた家庭で育った人が、

    料理が得意になっていることが、けっこうある。

    逆に、

    お母さんが料理上手だった家庭では、

    「お母さんが作ってくれるから、自分が料理をする必要がなかった」

    という人もいる。

    そして、そういう人が、

    料理ではなく掃除が得意だったりする。

    もちろん、

    「こういう家庭で育ったら、必ずこうなる」

    という話ではありません。

    ただ、

    私はこの話を聞いて、

    なんだか面白いなと思ったんです。


    親が「してあげられなかったこと」が、子どもの力になることもある

    親って、

    「私がちゃんとしてあげなきゃ」

    と思いますよね。

    でも、

    親ができなかったこと。

    親が苦手だったこと。

    親が得意だったこと。

    その全部を含めた環境の中で、

    子どもは子どもなりに、

    自分に必要なものを受け取っていくのかもしれない。

    母が料理をできなかったから、

    私は料理をするようになった。

    そして今では、

    料理をすることが、それほど苦ではない。

    あの頃の私にとっては、

    ただ必要だったからやっていたこと。

    でも今振り返ると、

    その体験が、ちゃんと今の私の中に生きている。

    そう思うんです。


    でも、愛情とコントロールは、そんなに簡単に分けられない

    私自身、母との関係を振り返ると、

    「愛情とコントロールって、根深いな」

    と思うことがあります。

    母は、

    私が祖母と仲良くすることを嫌がっていました。

    母自身が、父にそう話していたことも覚えています。

    私は祖母が大好きでした。

    だから、

    子どもの頃の私は、

    母に対して嫌だと感じていたこともたくさんありました。

    でも今、大人になった私から見ると、

    母には母の気持ちがあったんだろうな、

    と思うこともあります。

    寂しかったのかもしれない。

    自分の娘を取られるように感じていたのかもしれない。

    でも、それは私にはわかりません。

    母の本当の気持ちは、

    母にしかわからないから。

    ただ、確かなのは、

    母には母の気持ちがあり、私には私の気持ちがあった。

    ということです。

    どちらか一方が間違っていた、

    ということではないのかもしれません。


    大学へ行ったのも、そうだった

    私は、勉強が嫌いでした。

    だから、

    高校も大学も、

    本当は行きたくなかった。

    でも母は、

    どうしても私に大学へ行くことを勧めました。

    当時の私は、

    「なんで行かなきゃいけないの?」

    と思っていたと思います。

    今振り返っても、

    「大学に行っても、行かなくても、どっちでもよかったんじゃないかな」

    と思う自分はいます。

    でもね。

    同時に、

    母が大学へ行くことを勧めてくれたことには、とても感謝しているんです。

    大学へ行った。

    そして東京へ出た。

    そこでたくさんの人に出会って、

    たくさんの経験をした。

    そして、その先で私は、

    子どもたちにも出会った。

    もし大学へ行っていなかったら。

    東京へ行っていなかったら。

    今の私とは、

    まったく違う人生になっていたと思う。

    もしかしたら、

    子どもたちにも出会っていなかった。

    そして、

    自分の心と向き合うことにも、たどり着いていなかったかもしれない。

    そう考えると、

    「母があのとき大学へ行けと言ってくれたから、今の私がいる」

    とも思う。

    だから、感謝しています。


    でも、だからといって「母が正しかった」だけでもない

    ここが、

    私が今になって面白いなと思うところです。

    母が大学を勧めてくれたことに、

    私は感謝している。

    でも、

    「だから母が正しかった」

    だけでもない。

    私は今でも、

    「私は、行っても行かなくてもよかったんだよな」

    と思っています。

    この二つは、

    同時にあっていいんじゃないかなって。

    母の愛情を感じながら、

    自分の意思も大切にしていい。

    母がしてくれたことに感謝しながら、

    「私は本当は嫌だった」

    という気持ちも、

    なかったことにしなくていい。


    「あなたのためだから」の奥にあるもの

    だから私は、

    自分が子どもたちに何かをするときにも、

    一度立ち止まってみたいと思っています。

    「あなたのためだから」

    と言いたくなったとき。

    それって、本当に子どものためなんだろう?

    それとも、

    私が安心したいから?

    子どもが失敗するのを見るのが怖いから?

    傷ついてほしくないから?

    子どもに嫌われたくないから?

    子どもが自分から離れていくのが寂しいから?

    「ちゃんとした親」でいたいから?

    もちろん、

    子どもを心配することも、

    助けることも、

    愛情を注ぐことも、

    悪いことではありません。

    むしろ、

    親だからこそ自然に出てくる気持ちだと思います。

    ただ、

    「子どものため」と「私の不安」が、いつの間にか一つになっていないかな?

    と、自分に聞いてみる。

    それだけでも、

    子どもとの関わり方は少し変わるのかもしれません。


    愛情を減らすのではなく、選べる余白を残す

    私は、

    「子どもに何もしてあげないほうがいい」

    とは思っていません。

    困っていたら助けたい。

    危ないことからは守りたい。

    必要なことは教えたい。

    愛情も伝えたい。

    でも、

    全部してあげなくてもいい。

    全部教えなくてもいい。

    全部守らなくてもいい。

    子どもには、

    子ども自身が経験する時間がある。

    失敗することも。

    困ることも。

    自分で考えることも。

    誰かに助けてもらうことも。

    自分でできるようになることも。

    それら全部が、

    その子の人生になっていく。


    子どもの人生は、子どものもの

    私は母に大学へ行くことを勧められた。

    当時は、

    「行きたくない」

    と思っていた。

    でも、

    その選択が私の人生を広げてくれた。

    東京へ行った。

    たくさんの人に出会った。

    たくさんの経験をした。

    そして、

    子どもたちにも出会った。

    心と向き合うことにもつながった。

    だから、

    人生って面白いなと思う。

    そのときには、

    「嫌だ」

    と思ったことが、

    後になって、

    自分の人生の大切な扉になっていることもある。

    でも、

    だからといって、

    「あのとき嫌だと思った私が間違っていた」

    わけでもない。


    私たちは、もっとシンプルでいいのかもしれない

    親になると、

    「子どものために」

    という言葉の前に、

    たくさんの「こうしなきゃ」がついてきます。

    ちゃんと食べさせなきゃ。

    ちゃんと勉強させなきゃ。

    ちゃんと教えなきゃ。

    ちゃんと守らなきゃ。

    ちゃんとした親でいなきゃ。

    でも、

    子どもを愛することと、

    子どもの人生を全部背負うことは、

    同じじゃないのかもしれません。

    親が苦手なことがあっても、

    子どもはそこから何かを学ぶかもしれない。

    親がしてあげられないことがあっても、

    子どもは自分で何かを見つけるかもしれない。

    親が良かれと思って選んだことが、

    子どもの人生を思いがけず広げることもある。

    そして、

    子ども自身が選ぶ人生もある。

    だから、

    「こうじゃなきゃ」

    と思ったとき、

    少しだけ立ち止まってみる。

    私は本当に、

    この子のためにしているんだろうか?

    それとも、

    私が安心したいんだろうか?

    この子は、

    本当はどうしたいんだろう?


    「子どものためなら、何でもしてあげる。」

    そう思ったとき。

    一度だけ、

    自分に聞いてみたい。

    それって、本当に子どものため?

    そして、

    「私はこういう親でなきゃ」

    と思ったときにも。

    ……ほんとにそう?🌿


    🌿「ほんとにそう?」から始まる、12の扉

    私が自分自身と向き合う中で見つけてきた、

    12の小さな扉。

    「こうしなきゃ」

    「こうあるべき」

    と思っていることを、

    否定するためのものではありません。

    その思い込みの奥にある、

    「私は本当はどう感じているんだろう?」

    を、自分自身に聞いてみるための旅です。

    もし今、

    「子どものために頑張らなきゃ」

    と思っていることがあるなら、

    その気持ちも、

    まずはそのままで大丈夫。

    ただ一度、

    自分に聞いてみてください。

    「ほんとにそう?」

    そこから、

    自分と子どもの関係が、

    少し違って見えてくるかもしれません。🌿


    あなたの「ほんとにそう?」も聞かせてください

    この記事を読んで、

    思い出したこと。

    気づいたこと。

    「私も、これを子どものためだと思っていたかも」

    と思ったこと。

    よかったらコメントで聞かせてください☺️🌿

    誰かの気づきが、

    また別の誰かが自分を見るきっかけになるかもしれません。


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