
【連載小説】スーパー大学職員と呼ばれたくて 第十二話:脱会
<第十一話の内容>
<第十二話のあらすじ>
愛犬モモの失踪と死――その喪失は、好木とミーロの心に深い影を落とした。罪悪感と沈黙が夫婦をすれ違わせる中、地域に突如として“童夢サイエンス教”の学校建設計画が浮上する。住民の不安と怒号が渦巻くなか、好木は気づけば反対運動の中心人物に。法律家・建築士・記者を巻き込み、教団の“孔明”と呼ばれる知恵者に挑むが、運動は次第に過熱し、教団からの圧力も強まる。血尿が出るほど追い詰められ、ついに家庭は崩壊寸前に。ミーロの家出を機に、好木は重大な決断を迫られる――「守るべきものは何か」。
そして、志を語るワールビズ研究科長の言葉が、好木の人生を再び動かし始める。
第十二話:脱会
「レモンが亡くなったとき、一番悲しんだのはモモだと思うわ」
ミーロがそう言った。
「いつもずっとレモンを探していたのよ」
モモが行方不明なって二日が過ぎていた。
「あなたは仕事に行って、ここにいないから何も知らないのよ」
私は一言も話せなかった。
私が自動車で出かけた後、ネットで塞いでいた車の出口をもとに戻していなかったのが原因だとミーロは言った。
「でも、庭の門を開けたのは私ではない」
と私は言った。事実を言っただけだ。
「じゃあ、あたしが原因だって言うのね。車の出口をいつもは開けていないじゃない。そこが開いているってわかってたら、私は庭の門を開けなかったわ」
と、言ってミーロはテーブルに突っ伏し、組んだ腕の上に顔を埋めたまま、肩が小さく震えていた。う~う~という泣き声ともうめき声とも判別できない音が聞こえた。
「ごめん。不注意だった」
私はそう言った。
こんなとき普通の人は肩をだいたり、背中をさすったりするのかもしれないとかすかに思った。
でも私はただじっとミーロのその姿を見つめている以外に何もできなかった。
その翌日、仕事に行っていると、午前中にミーロから電話がかかってきた。始業時刻から一時間も経っていなかった。
「モモが戻ってきたのよ」
弾けるような明るいミーロの声が受話器から聞こえた。
「ホント? どこにいたの?」
「とにかく早く帰ってきてよ」
「うん、わかった」
私は部下たちに妻の様子がおかしいから帰ると言って、早引きした。モモのことは言わなかった。たぶん愛犬家でないとこの感情は通じないと思ったからが。
家に帰ってリビングのドアを開けるとモモがいた。
「モモー」
と私が呼んだらモモが全速力で走ってきた。
私は小さなモモを抱き上げた。
「近所の人もいっしょになって探してくれていたのよ。その人が公園の近くの家で保護されているトイプードルがいるって誰かから聞いたの」
ミーロが喋っている間、モモは私の腕のなかで体をよじり、私の顔をぺろぺろ舐めた。
「おい、モモ、モモ」
と私はモモを床に下ろした。
そんな日々が少し続いた。
その一年後、モモはある病気になった。体がだんだん固まっていく病気だった。モモが日に日に年老いていく感じだった。
ミーロは必死に看病していた。
昼間の看病で、ミーロは心身ともに疲れていた。
「夜眠れない」とミーロが言ったので、私がモモの横で寝ることにした。
私は両親を介護した経験がない。
母親は私が27歳の時に亡くなったし、父親は故郷で病院が隣にある介護施設で暮らしていた。亡くなったときもその病院だった。
私は日曜日ごとに3時間かけて故郷に帰ったが、父が亡くなるには会えなかった。
もし、両親の介護をしていたら、モモのそばで夜寝たみたいだったのだろうと思う。
痛みにも不安にも実際は何も寄り添うこともできない。寄り添っていると思っているのは自己満足でしかない。誰もモモを助けられない。
ただ、命が絶える時間をいっしょに待つくらいなのだ。
老いるとはそういうことなのだろうとモモの横で眠りに落ちながら思う夜が続いた。
そして、モモは私が仕事をしているときに息を引き取った。
そのことは書きたくない。
また、そのときの感情が蘇って罪を犯したような気持ちになるからだ。
今自分が生きているのはたぶん誰かの贖罪のためなんだと思う。
レモンとモモがなくなってから、ミーロはあたかもレモンとモモがそこにいるかのように、レモンとモモを呼ぶことがあった。
私もそれに付き合った。レモンとモモがいると思うとなぜか元気になれた。
そのうちほんとうに幻影が見えるような気がした。
知らない人が見たら、頭のおかしな夫婦に見えたと思う。
しばらくして、ミーロはレモンとモモのそっくりのおおきな陶器の人形を買った。ゴールデンレトリバーとトイプードルの大きな置物だった。とても高価なものだった。
ミーロの家は私と違い裕福だった。
けれど結婚してから、ミーロは宝石もアクセサリーも何も欲しがらなかった。
旅行の土産物も高価なものは要らないと言った。
「だって、きっとそれより高い物を持参金代わりに親にもらっているんだもの」
とよく言う。
衣服も高価なものは買わなかった。
そのミーロが高価な犬の置物を二体買っていた。
そのお金をどこから出したのかも私は聞かなかった。
ミーロが自分の銀行口座をもっているのは知っていた。
レモンとモモがいなくなって、広い庭が要らなくなった。
でも、ミーロは毎日その雑草取りをしていた。
それを見ているととても哀しかった。
「また、ワンちゃんを飼いたい?」
と私が聞いたことがある。
「今はまだそんな気になれない」
ミーロはそう言った。
その気持ちはわかる。
私も同じだ。レモンとモモの代わりはこの世にいない。
それにモモのように年老いていったり、病気になったときの愛犬に寄り添うのは辛い。
死を見送るのはもっと辛い。
自分以外の生命体とはもう関係を持ちたくない。
ミーロ以外は。
*****
そんなとき、新聞の地域版にニュースが載った。
「にしの台の公団用地を売却、童夢サイエンス教団に中学校・高等学校用地として!」
童夢サイエンス教?
聞いたことがあった。
有名なタレントが実は信者だったというニュースがテレビのワイドショーや週刊誌などで話題になったのは10年ほど前だった。
教祖は亡くなった人を誰でも降臨させられることになっていた。
今では生きている人の守護霊も降臨させることを宗教イベントとして見せていた。
その宗教団体の作る学校が家のすぐ近くにできるというニュースなのだ。
その二日後、地域の自治会の定期総会があった。年に一回、たくさんの住民が集まる会だった。
そこで、この問題が話題になった。
「こんな施設を作ることを黙って見ていていいのでしょうか?」
誰かがそういう意見を言っていた。
とても論理が明晰な話し方だった。
「あれ、誰?」
私がミーロに聞くと、
「柳生さんよ」
と教えてくれた。
柳生哲夫。八王子の大きな大学の法学部で民法を教えているらしい。
「それにあんなところの施設が建つと地価が下がって、家が売れなくなる」
そういう人もいた。
「カルト宗教の勧誘が増えるんじゃないか?」
「童夢サイエンス教って、サリン事件をやったあの教団と同じだろう」
「教祖の家族が遺産相続で骨肉の争いをしているって週刊誌に書かれていたぞ」
「その教団が来ると犯罪が増えるって記事もあった」
「土地と家を教団が買いまくるらしいわ」
いつもは静かな自治会総会が騒然となった。
「この問題についてもっと知りたい方はこの後、残ってください」
柳生哲夫が総会の最後にそう言った。
でも、誰も残らなかった。
私以外は。
ミーロも「私は帰る」と帰っていった。
「柳生さんですか?」
と私は二人だけになった集会所で柳生に話しかけた。
「好木と言います。大学の職員をしています」
「ああ、好木呂美さんの旦那さんですね。奥様には防災のことでいろいろお世話になっています」
と柳生が言った。
「防災のこと?」
と私が聞くと、
「奥さんは防災の知識が豊富で自治会としてどんな対策をすればいいかということをよくご存じなんです。それでこの前いろいろお話をお聞きしたんです」
と、柳生は話した。
そういえば調べ物が好きなミーロがネットの情報をまとめて、自治会の役員に説明したという話をしていたことを思い出した。
それから柳生と童夢サイエンス教の学校計画のことをいろいろ話した。
そのとき、私は柳生ほど知識がなかったので、次の日曜日にまた会おうという約束をして別れた。
私は一週間でネットの情報だけでなく、Amazonでカルト宗教関係の書籍も取り寄せ、新聞記事のスクラップを作った。童夢サイエンス教についてはあまりまとまった本がなかったので、ちょっとした童夢サイエンス教の専門家になった気分だった。
自治会総会の一週間後、柳生と私は私の家でいろいろ話した。
「柳生さんが童夢サイエンス教の学校建設に反対するのは地価が下がるからですか?」
私は率直に柳生にそう尋ねた。
「私の専門は民法ですが、地域の問題も研究しています。カルト宗教が地域に入ってくると土地や家を買い占められて、やがてカルト宗教の城下町にみたいになるところもあります。もちろんそうなったら土地家屋の売買はできないでしょう。誰も買い手がない。買い手はその宗教団体だけになります」
「なるほど、そうなんですか?」
「ああ、そうです。好木さんは学校の設置とか建設に詳しいとか」
「ええ、中学校の設置認可の事務局もしましたし、学部学科の設置では土地の購入から建物の建設まで一通り経験しています。だからどこで何をすれば止められるか、また止められないかがわかります」
「それは心強い。この地域には一級建築士の人もいますし、中学校の先生もいます。新聞社の記者もいるし、弁護士もいる。そういう人たちを集めて反対しましょう」
「反対しましょうって、私は運動に加わるなんてまだ一言も柳生さんに言っていませんよ」
「でも、自治会の総会の後、私が呼びかけたら残りましたよね」
「ええ、もう少し詳しく知りたいって思ったんです。それに私はあと2~3年でここを引っ越すつもりです。だから運動に責任は持てない」
最初から私は柳生に近々引っ越すと言っていた。
でも、建設されるのは学校であり、私の仕事と関係がある。それにテレビでカルト宗教の番組を熱心に見ていた。
私はもともと哲学に興味があったので、宗教にも関心があった。どうして人が馬鹿げた教義のカルト宗教に引っかかってしまうのか? それが疑問だった。
それに仕事では学校の校舎を建設する側で、ときどき地域住民と立ち退きなんかで揉めることがあった。そのときの住民に気持ちが何だかわかったような気がした。反対する立場に立ってみると、大学がいかに良い教育をするためと言ってもそんなことは関係ないことがわかる。自分はここに住み続けたい。校舎の陰で暮らすのは嫌だ。それはとてもまっとうな要望なのだ。
そのときに推進する側で得た知識が、ここで反対するときに役立つことが多いのも面白かった。土地の地質調査の問題や建築での開発の問題、建築確認の問題など建物関係の法律だけでなく、私は学校の設置認可の仕組みも知っている。その上、マスコミ対策にも明るい。ニュースリリースや記者対応の仕方や記者クラブの使い方も詳しい。
たぶん反対運動の側では重宝されると思ったら、その通りになった。
だんだん私は学校設置の反対運動に引き込まれていった。いや、柳生とふたりがいつの間にかリーダーと目されるようになっていた。それは私の住んでいる自治会だけでなく、周辺の住民の自治会、マスコミ。それにいつしか童夢サイエンス教の幹部にも私たち二人の存在は知られるようになった。
「にしの台街づくりネットワーク」。
柳生たちが名付けたその団体はいつしか独自のホームページを持つことになり、定期的に会報をそのページに載せるようになった。本好きの私は童夢サイエンス教についての文献の紹介やニュースそのものを担当するようになった。
もともと新聞記者志望で、白鳥大学でも広報の仕事をしていた経験がこんなことで役立つとは夢にも思わなかった。
ホームページを持ち、メールアドレスを持つようになるといろんな情報提供者が現れた。
脱会信者からのメールもあったし、ネットで反カルトのジャーナルを発行しているジャーナリストも取材に来た。
柳生と私と「にしの台街づくりネットワーク」の幹部を名乗る数人が毎週、私の家か誰かのメンバーの家に集まった。「にしネット」と誰かがそう呼んで、やがてみんながそう呼ぶようになった。
「脱会信者からの情報では、今回の学校建設の責任者は教団では諸葛亮孔明と呼ばれている知恵者らしいです」
と私が言うと、
「諸葛亮孔明か。そんな軍師が向こうにいるなら、こりゃ勝ち目がないな」
と、にしネットの幹部の一人が言った。
「そんなことないですよ。こちらはその脱会信者の情報で相手のメンバーと作戦を予想しました。それでこういうシナリオを作りました」
私はそう言って、そのシナリオをメンバーに配布した。
脱会信者から得た情報と、にしネット側で情報から、土地の問題から建設の問題、学校の教育内容の疑いなどを質疑応答集にまとめて、近々開かれる住民説明会のシナリオにした。それは主に柳生と私がまとめ、一級建築士や反カルトジャーナリストの意見を入れた。予測される答えを書いて、さらにそれを突っ込み、相手の有効な反論を封じるという作戦だった。
柳生がそのシナリオをメンバーに説明した。法律関係に強い柳生が「法的にはこちらが勝てるのだ」と、その理由も説明した。
「相手が諸葛亮孔明だろうと、ゲッペルスだろうと負けません。こちら側には勝てる材料が揃っています」
と私は言った。
みんなが拍手をして気勢を上げた。
「どうして諸葛亮孔明に勝てるって、好木さんはあんな自信たっぷりに言えるんですか?」
と会議の後、柳生は私に尋ねた。
「だって、私、諸葛亮孔明がどれほど恐れるべき相手か知らないんです。実は『三國志』を読んだことがないんです」
それを聞くと、いつもは笑わない柳生が笑い転げた。
「アッハッハ、おかしい。苦しい」
「なんでそんなにおかしいんですか?」
「だって、好木さん、何でも知っているって思われているんですよ。童夢サイエンス教の掲示板でも、好木さんは東大卒って言われているの知らないんですか?」
「えっ、誰が東大卒? 私は私立大学出身で、おまけに留年しているんですよ」
「だから、おかしいんじゃないですか」
と、また柳生が笑った。柳生は私が『三國志』を知らないって言ったことが笑いのツボにはまったらしい。
「好木さんは存在からして相手を欺いている。好木さんこそ孔明みたいね」
と、横でその会話を聞いていた誰かが言った。
そして、童夢サイエンス教が主催する住民説明会の日になった。
地域ごとに午前と午後に分かれて行うことになっていたが、柳生と私は人影に隠れて午後の説明会にも参加した。
午前中の説明会は立ち見が出て、参加者が会場からあふれた。
会場は熱気に包まれていた。
「この広間は気の流れが淀んでいる。悪い気が流れている」
いきなり童夢サイエンス教の幹部がそう言った。
会場がどよめいた。
「あれがカルトか」「カルトだ」「そうだカルトだ」
その声に驚いて、幹部がこう言った。
「今日は神を信じない人たちばかりが集まっているみたいだ」
その一言でこの説明会が向かうべき方向が示された。学校建設に反対する住民は一歩も引かない気構えができていた。
司会者が説明会の開始を告げ、建設計画の説明をした。
「それでは質疑を始めます」
と司会者が言った途端に、シナリオ通りの展開になった。
土地の脆弱性の問題、開発申請の問題点の指摘、建築確認の手続き、学校教育法に基づいた教育に疑問があるという問題など次々と、にしネットのメンバーが質問した。
教団側は「後日回答します」の連発となった。
この日を迎えるまでに私はいろんな人と会った。
別の府県ですでに一校、童夢サイエンス教の学校が建設されていた。
その情報を反対運動を支援している弁護士から聞いていた。
学校の内情を綴った記録も見せてもらった。生徒がメンタル不全を訴えて、保健室に行くと養護教諭は「うつなんか吹っ飛ばせ」という意味の指導をするらしい。実際に保健室の前にはそう書かれた貼り紙があった。
総合学習の時間には教団の教育をするという。その教材には教祖が降臨させた人物の話の本を使うらしい。
明らかに学校教育法に違反している。これはその学校を認可した県でも問題になっているという情報もあった。
私はこの時取材した内容をビデオに録画していた。
そのビデオで、弁護士へのインタビューと、この教団について取材した内容を本にした元ジャーナリストへのインタビューのビデオも作った。その元ジャーナリストはそのとき国会議員になっていて、その人に会いに国会議員会館まで行った。それを、にしネットのメンバーがユーチューブにアップしていた。
遠方の府県で教団の施設を住宅街の民家の隣に建てられて、反対運動をしている人を呼んで集会を開催したことがある。
「反対運動が起きると、地域が割れます。その運動に賛成か反対かで家族が割れることもあります。童夢サイエンス教は地域を壊し、家族を壊すのです」
反対運動をしているその人はそう言った。
一度、地元に来てほしいと言われ、私一人でその地を訪問したこともある。閑静な住宅街にその教団施設があった。一種異様な雰囲気がその施設の周りにだけあった。
その人は、リハビリの専門学校の教員だった。井之口仁史という名前だった。
「好木さんの大学の評判は良く聞きます。うちの専門学校も大学にしないと経営が持たないという話をします。そんなとき好木さんの大学の急成長は希望になります。リハビリの学科もあるでしょう。童夢サイエンス教とのつながりは偶然ですが、こちらも八王子の運動が希望を与えてくれています」
縁とは不思議だと思う。
仕事でも地域とも井之口と私はつながっていた。知らないところで私の関わっている大学と運動が全国に希望を与えているなんて思ってもみなかった。
井之口との別れ際、「頑張ってください」と握手を求められた。「ええ」とだけ、私は言った。私はやがて引っ越す。この人たちへの責任はどう果たせばいいのか?
私にはよくわからなかった。
童夢サイエンス教の学校建設について、地元の世論は反対運動への支持が大半を占めていた。
この説明会の後、マスコミを集めた記者会見も行った。
集会にテレビ取材も入り、夕方のニュースで私が演説している映像が流れた。テレビに映る私はなんか他人のようだった。
やがて、この事態を重く見た教団側が柳生と私をマークし始めた。
ネットの記録から、パソコンのドメインを突き止められた。
柳生の大学と私の大学からの書き込みがあるということを公にし始めた。
脱会信者からの情報は機密情報だったが、それをにしネットのニュースに流したことがある。それを名誉毀損だと柳生と私を刑事事件で告発すると言ってきた。
脱会信者から刑事告発されると逮捕の可能性もあると言われた。
反対運動を支援する弁護士からも注意するようにと柳生と私に助言があった。私はそのストレスで血尿が出るようになった。
そんなとき、『教育の童夢』という本を教団が出版した。教祖の教育論だった。
今の学校教育の問題点などが書かれて、童夢の教義がそれを救うことが出来るというようなことを教祖の立松宗全が語っていた。
その本に書かれていることを紹介して意見を言い合うという学習会を、にしネットが主催して開いた。私がその本の内容を説明する役割だった。
30人くらいの参加者があった。
「この地域にはキリスト教の有名な教会があります。そこにこんなカルト宗教が入ってくるのはおかしい。キリスト教と童夢サイエンス教は相容れない」
とある中年の女性が言った。
「でも、日本では誰にでも信教の自由というのがありますよ。信じることについては誰でも自由だと思います」
と私が言うと、
「好木さんは童夢サイエンス教を擁護するんですか? あれはカルトです。今まで反対運動で何をやってきたんですか?」
と、その女性が反論した。
「童夢サイエンス教がカルト宗教かどうか。それはカルトの定義によると私は思っています。サリン事件を起こした教団は日本の刑法犯罪をいくつも犯しています。サリン事件や弁護士の殺害など数知れません。でも童夢サイエンス教には教団による刑事事件はありません。民事事件で週刊誌に記事を書いた出版社へファックスを限りなく送り続けるとかの威力業務妨害、訴訟を起こした地域住民への高額な損害賠償を求めるスラップ訴訟など民事事件だけです」
私のその意見には柳生が反論した。
「刑事事件もありますよ。信者による下着泥棒などです」
「いえ、私が言っているのは個々の信者による犯罪ではなく、教団による組織的な犯罪のことです」と私が反論した。
「マスコミへの威力業務妨害も20年以上前のことです。今は世俗化しようとしていると元ジャーナリストの国会議員も言っていました。私が撮影したユーチューブを見ましたよね」
とさらに私は付け加えた。
「好木さんは引っ越すつもりだからそんな無責任なことを言うんです」
と柳生が言った。
「私が引っ越すことと今の意見は何か関係がありますか?」
二人が言い合いになりそうだったので、司会者の元公立大学の学長が止めた。
「では、今日の学習会はこのあたりで終了します。皆さん、お忙しいところをありがとうございました」
学習会の後、ミーロが私に言った。
「ねっ、言ったとおりでしょ。あの人たちは、キリストが湖の上を歩いたって話は信じるのに、童夢サイエンスの教祖が宇宙と地球を行き来しているっていう話を許せないのよ。そのことがおかしいって気がつかない人たちばっかりがここには住んでいるのよ」
最初、反対運動に協力をしていたミーロは、
「もう、止めた方がいいわ。あなたのためよ」
と頻繁に言うようになっていた。
「今さら止められない。運動が大きくなりすぎた。大勢の人たちを巻き込んだのは柳生さんと私の責任だ」
「でも、私たち最初から引っ越すつもりだって言っていたじゃない。今日の発言を聞いたでしょ。柳生さんはあなたを利用しているだけなのよ」
「そうかもしれないけど、私はもう少し、学校建設の是非の結果を審議会が出すまでやりたい。私の言葉でその気になった人たちを裏切れない」
「そうなの? 家族は二の次なのね」
私は黙っていた。
「レモンとモモが生きていた頃、いつも私は、世界を敵に回しても家族を守る!って思ってたわ」
ミーロはそう言った。いつか映画かアニメで聞いたような台詞にも聞こえた。
でも、それは紛れもなくミーロの頭脳を通過した言葉だった。
その証拠にその言葉は私の心臓を鋭く貫いていた。
家で言い合いになる日々が続いた。
とうとうミーロが家出をした。
そのとき、私は必死でミーロを探した。
ミーロは隣の県のホテルにいた。
「どうしてここに来たの?」
と私は聞いた。
「どこでもよかったのよ。あなたが私を探せるか試したかっただけ」
「試す?」
「そう、試したのよ」
ミーロは賢い女性だ。
それに比べて私は思い込みが激しいバカでしかない。
それは仕事でもプライベートでも同じなのだ。
「わかった。もう止めるよ。引っ越そう」
私はミーロにそう言った。
次の日、にしネットのメンバーに別れを告げた。
三ヶ月後、私は大学の近くの賃貸マンションにミーロといっしょに引っ越した。
レモンとモモの大きな陶器の置物もそのときに処分した。
でも、ミーロと私の関係はぎくしゃくしたまま戻らなかった。
その頃、ワールビズ経営大学院の修了式があった。
ガウンと角帽を着て私も記念写真を撮った。
「好木さんがそんな嬉しそうな顔をしているのは珍しいらしいですね」
と黒沢茂が言った。
黒沢とは帰りの地下鉄でいろいろプライベートも話せる間柄だった。
童夢サイエンス教の学校建設反対運動のことも地下鉄で話した。
「へえ~、そんなこと家の周りで起きたらどうするかな?」
と黒沢が言うので、
「私はリーダーの一人になっているんです。誰もやらないから私がやる。これワールビズの志の話とも似ているでしょ」
と私は言った。
「そうですか? でも私はやらないな。いやできない。でも好木さんみたいな人が近くにいると便利ですね」
「えっ、便利?」と私は聞き返した。
「だって、そうでしょ。嫌なことをやってくれるリーダーでそれがまたできちゃうんでしょ」
「そうか、便利なのか。みんなそう思っているんだよね、きっと。でも何でもできるわけないけど。結局、童夢サイエンス教の学校は建っちゃったしね」
修了式の後、研究科長の窪田祐介と話をした。
ワールビズでは私の成績は悪く、A評価は「ロジカルシンキング」と「定量分析」という思考系の二科目だけだった。
その二科目は窪田研究科長が担当した科目だった。
窪田に童夢サイエンス教の学校の騒ぎを話した。
「先生、リーダーには志が必要だっておっしゃっていましたよね。私は志なかばでこの運動から離れました。リーダーとして失格ですね」
窪田は少し考えていた。
私は窪田ほど頭の良い、いつも冷静な判断をする人を見たことがなかった。質問しても答えはゼロ秒で返ってくる。
その窪田にしては熟考といえる考慮時間だった。
「好木さん、あなたは運動を離れるべきだったと思いますよ」
「窪田さん、それは家族を優先すべきだからでしょうか」
私は窪田を今度は先生と呼ばずに、さん付けで呼んだ。窪田がいつも先生と呼ばないでほしいと言っているのを思い出したからだ。
「それもあります。でも」
と窪田は言って、また考えているようだった。言葉を慎重に選んでいるのかもしれなかった。
「私はカルト宗教についてあまりよく知りません。ワールビズはビジネスの志を教えるところです。でも、ビジネスであれ、社会運動であれ、好木さんの力が一番活かされるところで生きるべきです。あなたの力が活きるのは反カルトの運動ではない。それだけは、私にわかります。あなたの力が活きる場所、それは教育に関わるところだと私には感じます」
窪田の話を聞きながら、私がワールビズを選んだのは間違いではなかったと思った。もう今では何千人と修了生がいるのに、研究科長の窪田は私のことを覚えてくれていて、しかも理解してくれている。この学校を修了したことを何より今誇りに思う。
単科生でワールビズの授業を受け始めてから、四年が経っていた。これでは大学院の学修期間ではなく、どこかの大学の学部をもう一つ卒業できる年月が過ぎていた。
私はワールビズ経営大学院にも育てられたが、実社会では海野と赤井という二人の女傑の上司に育てられた。しかし、この二人も近々白鳥学園を去る年齢になっていた。二人とも周囲から切望され、定年の65歳をそれぞれ延長していたのだ。
「私も赤井さんもういなくなる。私たちの代わりとまで言わないまでも、あなたの跡を継ぐ人がいるでしょう。それをあなたが探しなさい」
あるとき海野はそう言った。私もそれはそうだと思った。そんなとき、採用試験があり、二次面接まで残った一人の人物がいた。
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