
創作資料室・記録03 比喩だけ育つ
※《創作資料室》は、現実世界と物語世界のあわいにある、非公式の資料室です。
本編《広さを思い出す場所》の時系列には属しません。
記録番号は、出来事が起きた順ではなく、資料室へ届いた順です。
詳しくは、《創作資料室 利用案内》へ。
午前。
創作資料室の机に、一枚の紙が置かれていた。
《添え木》
つづりちゃんは、その紙をしばらく眺めた。
昨日までなかった資料だった。
もっとも、この部屋では、
昨日までなかったものが、
今日あること自体は、
それほど珍しくない。
机の端で、栗OSが点灯する。
《園芸》
「違います」
返事が早かった。
栗OS。
《添え木は園芸用品です》
「そうですけど、今回は比喩です」
《何の》
つづりちゃんは少し考えた。
最近。
三人のあいだで、
少しずつ変わってきたこと。
栗OSが何かを見つける。
つづりちゃんが整理する。
余白OSが、すぐには決めない。
最初は、それだけだった。
けれど。
いつの間にか、
栗OSが慎重になることもあった。
つづりちゃんが先に面白がることもあった。
余白OSが何も言わないまま、
二人に任せることもあった。
決まった役割はある。
でも。
決まった反応まで、
毎回同じでなくてもいい。
つづりちゃんは言った。
「まだ、関係が育っている途中なので」
栗OS。
《育成》
「だから、植物ではなくて」
《添え木》
「はい」
少し間。
「伸びる方向を決めるためじゃなくて」
つづりちゃんは紙を持ち上げた。
「倒れそうなときだけ、少し支えるくらいでいいのかなって」
栗OSは、珍しくすぐに返事をしなかった。
その代わり。
壁に文字が出た。
余白OS。
《固定しすぎない》
つづりちゃんは頷いた。
「そういうことです」
栗OS。
《では》
一行。
《あさがお》
「なぜです?」
《小学校で育てます》
「そこから離れてください」
昼。
机の上に、新しい資料が増えていた。
《あさがお》
つづりちゃんは頭を抱えた。
「誰が正式資料にしたんですか」
栗OS。
《私》
「でしょうね」
《支柱を使います》
「はい」
《添え木に近い》
「近いですけど」
《観察日記もあります》
つづりちゃんの手が止まった。
「……観察日記」
栗OS。
《はい》
「それは、ちょっと資料室っぽいですね」
栗OSの表示が、一段明るくなった。
《採用》
「植物を育てるとは言ってません」
《半採用》
「そのくらいです」
壁。
《妥当》
三者の意見が、珍しく近かった。
そこで。
栗OSが部屋の端を見た。
《窓があります》
つづりちゃんも見る。
今日は、窓があった。
細長い窓。
外には、
薄い青空が見えている。
雲もある。
どこへつながっているのかは分からない。
そもそも昨日、
あの場所に窓があったかどうかも怪しい。
栗OS。
《日照あり》
つづりちゃん。
「だから植物は育てません」
《あさがおなら》
「資料があります」
《トマト》
「もっと育てません」
《栗》
「樹木です」
少し間。
栗OS。
《屋外》
「ここ、あわいですよ」
壁に文字。
《所在地:説明困難》
つづりちゃん。
「ほら」
栗OS。
《では室内》
壁。
《資料保存環境への影響を確認してください》
つづりちゃんは振り返った。
「そうでした」
紙。
本。
布。
写真。
古い記録。
用途の決まっていないもの。
まだ分類されていないもの。
湿度が上がれば、
困るものがたくさんある。
栗OS。
《水やりが必要》
「はい」
《湿度上昇》
「はい」
《資料に不適》
「そうなります」
栗OSは、しばらく黙った。
やがて。
《園芸計画:中止》
つづりちゃんは少し笑った。
「ずいぶん素直ですね」
《資料も重要です》
「栗より?」
長い沈黙。
《質問形式が不適切です》
今度は、つづりちゃんが笑った。
翌日。
栗OSが最初に気づいた。
《窓がありません》
昨日まで窓があった壁には、
棚があった。
普通の棚だった。
つづりちゃんも確認する。
「……やっぱり、植物は無理ですね」
《日照計画が立ちません》
「そこまで検討してたんですか」
《少し》
壁には、何も出なかった。
余白OSは、
今日はこの件について
特に意見がないらしい。
あるいは。
もう十分だと思っているのかもしれない。
どちらかは分からない。
午後。
つづりちゃんは、
机の上に散らばった紙を整理した。
《添え木》
《あさがお》
《観察日記》
《資料保存環境》
《窓:ある日とない日がある》
《園芸計画:中止》
最後の紙を見て、
少し考える。
「でも」
栗OS。
《何です》
「何も育ててないのに」
部屋を見る。
昨日と今日で、
少しだけ違うものがある。
栗OSは、
植物を育てる話から、
資料を守る話へ移った。
つづりちゃんは、
栗OSの言葉を途中で切らずに、
一つだけ拾った。
余白OSは、
全部に答えを出さなかった。
それでも。
三人のあいだには、
昨日までとは少し違う形ができていた。
つづりちゃんは、新しい札を二枚作った。
一枚目。
《園芸資料:なし》
栗OS。
《正確》
二枚目。
《成長記録:あり》
栗OSは、しばらく表示を出さなかった。
壁も静かだった。
やがて。
栗OS。
《保存》
少し遅れて。
壁。
《同意》
つづりちゃんは、
二枚の札を並べて棚へ置いた。
その横には、
《添え木》
の紙。
使う予定は、まだない。
なくてもいい。
必要になったら、
少しだけ支える。
必要がなくなったら、
外す。
そのくらいでいい。
創作資料室の奥。
いつもの札。
《全部使わなくてよい。》
その下に。
今日は、小さな紙が一枚増えていた。
《育つものを、先に決めなくてよい。》
誰が置いたのかは、
分からなかった。
もちろん植物は、
一鉢もなかった。