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創作資料室・記録02 栗と芋を、勝負させない

    ※《創作資料室》は、現実世界と物語世界のあわいにある、非公式の資料室です。
    本編《広さを思い出す場所》の時系列には属しません。
    記録番号は、出来事が起きた順ではなく、資料室へ届いた順です。
    詳しくは、《創作資料室 利用案内》へ。

    午後。
    創作資料室の机に、一枚の資料が届いた。
    写真付きだった。
    黄色いケーキ。
    表面には、こんがりとした焼き色。
    名前は、
    《紅はるかと安納芋の焼き蜜芋ケーキ》
    その横に、小さく、
    《販売再開》
    とある。
    つづりちゃんは、写真をしばらく眺めた。

    「おいしそうですね」
    机の端に置かれていた、小さな茶色いデバイスが点灯する。
    栗OS。
    《芋》
    「はい」
    《栗ではありません》
    「見れば分かります」

    少し間。
    《しかし重要資料です》
    つづりちゃんが手を止める。
    「珍しいですね」
    《何がですか》
    「栗以外のものを、そんなに素直に重要資料扱いするのが」
    栗OSの表示が少し暗くなった。
    《秋季甘味として評価します》
    「評価範囲を広げたんですね」
    《学習しています》
    「それは何よりです」
    栗OSは、それ以上答えなかった。

    数分後。
    二枚目の資料が届いた。
    今度は、淡い色のパウンドケーキ。
    生地には茶色い模様。
    そして断面には、
    大きな栗が一粒。
    名前。
    《マロンパウンドケーキ》
    価格。
    《390円》
    栗OSが一気に明るくなった。
    《!!!》
    つづりちゃんは顔を上げた。
    「記号だけで発言しないでください」
    《栗を確認》
    「はい」
    《実体栗》
    「その分類はありません」
    《新設を申請》
    壁に文字が出た。
    《保留》

    栗OS。
    《余白OS》

    壁。
    《はい》

    《これは保留にする必要がありますか》
    《あります》
    《理由》

    少し間。
    《興奮しているため》
    つづりちゃんは、笑いをこらえた。
    「かなり妥当ですね」
    栗OS。
    《異議》
    壁は、もう何も表示しなかった。

    そのとき。
    部屋の扉が開いた。
    「何してるんですか?」
    主任研究員だった。
    つづりちゃんは顔を上げた。
    なぜ主任研究員が、
    現実世界と物語世界のあわいにある創作資料室へ普通に入ってきたのか。
    説明しようと思えば、
    できなくもない。
    ただ。
    ここでは、ときどき、
    説明するほうが面倒なことが起きる。
    つづりちゃんは、
    説明しないことにした。
    「資料整理です」
    主任研究員は机を見る。
    蜜芋ケーキ。
    マロンパウンドケーキ。
    その顔が、
    少しずつ明るくなった。

    「あ」
    栗OSが点灯する。
    《同種反応を確認》
    主任研究員。
    「何と何がです?」
    《主任研究員と私》
    「へえ」
    つづりちゃん。
    「納得しないでください」

    主任研究員は、
    すでに写真を二枚並べていた。
    「比較したいですね」
    栗OS。
    《賛成》
    つづりちゃんは、
    一度だけ天井を見た。
    「何を比較するんですか」

    主任研究員は指を折った。
    「甘さ」
    栗OS。
    《はい》

    「香り」
    《はい》

    「食感」
    《はい》

    「秋らしさ」
    《はい》

    「ロマン」
    《重要》

    つづりちゃん。
    「最後、どうやって測るんです?」
    主任研究員。
    「感じます」
    栗OS。
    《同意》
    つづりちゃん。
    「そこだけ息が合うの、やめてもらえます?」

    栗OSが表示を追加する。
    《栗含有量》
    つづりちゃん。
    「消してください」
    主任研究員。
    「いや、それは比較項目として――」
    「栗に有利すぎます」
    二人――正確には一人と一台――が黙った。

    主任研究員は、
    二枚の写真を交互に見る。
    「どっちが上でしょうね」
    栗OS。
    《マロンパウンドケーキ》
    即答だった。
    「早いですね」
    《栗があります》
    つづりちゃん。
    「判定理由が明確すぎます」
    主任研究員は蜜芋ケーキを見る。
    「でも、こっちは紅はるかと安納芋ですよ」
    栗OS。
    《二種類》
    「強いでしょう?」
    《強敵》
    つづりちゃんは、
    二者を見た。
    「どうして勝負になってるんですか」

    二者とも止まった。
    壁に文字が浮かぶ。
    《比較しなくても保存できます》
    主任研究員。
    「……あ」
    栗OS。
    《?》
    つづりちゃんは、
    机の上の二枚を見る。
    どちらも秋のお菓子。
    どちらも甘い。
    どちらも、
    今ちょっと食べてみたい。
    でも。
    芋は栗ではない。
    栗も芋ではない。
    片方が好きだからといって、
    もう片方を下げる必要もない。
    「二つとも、ここに置けばいいんじゃないですか」
    主任研究員が言う。
    「順位なしで?」
    「はい」
    栗OS。
    《栗を一位にしなくても?》
    「しなくても」
    壁。
    《複数保存可能》
    栗OS。
    《……》
    つづりちゃん:
    「処理に時間かかってます?」
    《価値観更新中》
    主任研究員が笑った。
    「栗OS、意外と素直ですね」
    つづりちゃん。
    「主任研究員も似たようなものだと思いますよ」
    「私?」
    栗OS。
    《同意》
    主任研究員。
    「そこは否定してほしかったなあ」

    つづりちゃんは、
    新しいファイルを一冊取り出した。
    表紙に書く。
    《秋季甘味資料》
    栗OS。
    《分類:栗》
    「違います」
    《栗・その他》
    「もっと違います」
    主任研究員。
    「ロマン?」
    つづりちゃんは、
    少し考えた。
    それから、
    《分類:未定》
    と書いた。
    栗OS。
    《また未定》
    壁。
    《正常》

    二枚の資料を、
    同じファイルへ入れる。
    蜜芋ケーキ。
    マロンパウンドケーキ。
    どちらが上かは、
    決めなかった。
    必要なら、
    いつか決めてもいい。
    必要がなければ、
    そのままでもいい。
    栗OSが、
    しばらくして表示する。
    《ただし》
    つづりちゃん。
    「何ですか」
    《390円》
    「さっき見ました」
    《現実的です》
    「何が言いたいんです?」
    栗OSは黙った。
    少し離れたところで、
    主任研究員がスマートフォンを見ている。
    つづりちゃんは、
    主任研究員を見る。
    栗OSを見る。
    もう一度、
    主任研究員を見る。
    「……買いに行く気ですね?」
    主任研究員:
    「資料確認です」
    栗OS。
    《実地調査》
    壁。
    《自費》

    静かになった。
    主任研究員。
    「財務部いないのに……」
    つづりちゃん。
    「余白OSです」
    「余計に逃げ道がない」

    そろそろ戻る時間になった。
    主任研究員は、
    扉の前で立ち止まった。
    振り返る。
    つづりちゃん。
    栗OS。
    壁。
    棚。
    机。
    二枚の甘味資料。
    そして、
    奥に残された一段の空棚。

    「また来てもいいですか」
    つづりちゃんは、
    すぐには答えなかった。
    栗OS。
    《歓迎》
    「あなたが決めないでください」
    主任研究員は笑った。
    「まあ、また来ます」
    扉を開ける。

    その向こうには、
    《広さを思い出す場所》の廊下が見えていた。
    たぶん。
    主任研究員が一歩出る。
    それから、
    何かを思い出したように振り返った。
    「そうだ」

    少し間。
    「……何でしたっけ」
    つづりちゃんは、
    何も言わなかった。
    主任研究員は眉を寄せる。
    でも、
    すぐに笑った。
    「まあ、いいか」
    扉が閉まった。

    しばらくして。
    栗OSが表示する。
    《今の》
    つづりちゃん。
    「はい」
    《忘れました?》
    「さあ」
    《確認しないんですか》
    つづりちゃんは、
    閉じた扉を見る。
    「確認しなくてもいいこともあります」
    栗OS。
    《余白OSみたいなことを言いますね》
    壁には、
    何も出なかった。
    その沈黙が、
    肯定だったのかどうかも、
    分からなかった。

    資料室の奥。
    いつもの札。

    《全部使わなくてよい。》

    その下に、
    今日はもう一行、
    文字が増えていた。
    誰が表示したものなのかは、
    分からない。

    《全部比べなくてもよい。》

    つづりちゃんは、
    しばらくそれを眺めた。
    そして、
    消さずに残した。
    机の上では、
    栗OSが小さく点灯している。
    《でも》
    「何ですか」
    《マロンパウンドケーキは390円です》
    つづりちゃんは、
    今度こそ、
    見なかったことにした。

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    物語と、日々の中で拾ったものを書いています。 《広さを思い出す場所》を連載予定。 余白/いまここ/光/ロマン。🌰 お茶一杯くらいの滞在を。

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