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《広さを思い出す場所》第一部第二章 物理学部には部屋がない

    いよよい

    二度目に《広さを思い出す場所》へ行ったとき、《その人》は少しだけ驚いた。
    来ようと思って来たからだった。

    扉を開ける。
    ちりん。
    「今日は争議中です」
    仏教研究室が言った。
    「帰ったほうがいい?」
    「お茶は出せます」
    「じゃあいます」

    奥から主任研究員の声がした。
    「物理学部には専用室が必要です!」
    「必要ではありません」
    財務部らしい人物が答えている。
    「光学! 構造色! 宇宙! 時間! これだけ研究してるんですよ!」
    財務部が続けた。
    「現在の共用スペースで対応できます」

    物理学部は折りたたみ式の小さな机の前に座っていた。
    「専用室があること自体は、悪くないと思います」
    声が少し小さい。

    主任研究員が勢いよく設計図を広げた。
    「ここ! この空き部屋を!」
    その瞬間だった。
    壁に文字が浮かんだ。
    《そこは余白です。》

    全員が黙った。
    「今の、誰?」
    「建物です」
    仏教研究室が答えた。
    「建物が喋るの?」
    「文字による意思表示です」
    物理学部が訂正した。
    「そこ大事?」
    「大事です」

    主任研究員は壁へ向かった。
    「でも、物理学部にも“自分の場所”が必要でしょう!」
    《そこは余白です。》
    「強いな」
    《その人》が言った。

    財務部が腕を組む。
    「専用室を作らずに“自分の場所”を作る方法を考えましょう」
    部屋があるか、ないか。《その人》も二択だと思っていた。

    しばらくして財務部が提案した。
    「共用観測室に、物理学部の正式な机と棚を置く。予約なしで使用できる優先席とし、資料の保管権も付けます」
    物理学部が顔を上げた。
    「専用室ではない?」
    「ありません」
    「でも、私の机?」
    「はい」
    物理学部は少し考えた。
    「……それなら」

    そのとき、廊下の壁がわずかに動いた。今までなかった小さな扉が現れる。
    《共用観測室・物理学部優先席》

    「増築した!」
    主任研究員が叫ぶ。
    物理学部が扉を開けて中を見る。
    「既存空間の再配置です」
    壁に新しい文字。
    《その通りです。》

    主任研究員だけが悔しそうだった。
    「部屋は増えてない……」
    仏教研究室がお茶を渡す。
    「欲しかったものと、必要だったものが、少し違ったのかもしれませんね」
    物理学部は新しい机を撫でた。
    「自分の場所がある、というのは……悪くないです」

    《その人》はその言葉を聞いた。
    机はあっても、自分の場所だと思えない場所。人がいても、自分だけいないように感じる場所。

    「余白って、空けておくだけじゃないんですね」
    「どういうこと?」
    「そこに何も置かないから、別のやり方が入ってくる」
    主任研究員の顔が明るくなる。
    「それです! 《まだ見えていない選択肢が入ってくる場所》!」
    財務部が言う。
    「新しい研究室名にはしません」
    「まだ言ってない!」

    壁に文字が出た。
    《調子に乗らないでください。》
    《その人》は吹き出した。

    帰り際、仏教研究室が物理学部の新しい優先席へお茶を運んだ。
    「仲いいんですね」
    物理学部は首を傾げる。
    「そうでしょうか」
    仏教研究室は湯呑みを置いた。
    「そうかもしれません」
    どうやら、仲がいいらしかった。

    #広さを思い出す場所

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    物語と、日々の中で拾ったものを書いています。 《広さを思い出す場所》を連載予定。 余白/いまここ/光/ロマン。🌰 お茶一杯くらいの滞在を。

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