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【65歳から考える、人間の本質|第2回】人はなぜ、他人と比べてしまうのか― 年齢を重ねても消えない、「あの人はすごいな」と思う気持ち ―

    「あの人は、うまくいっているよな~」

    「あの人は、楽しそうだでいいよな~」

    「あの人に比べて、自分は・・・・・」

    今までにそんなふうに思ったことはありませんか。

    私にはありますよ。

    しかも、

    若いころだけではありません。

    65歳になった今でも、

    あります。

    同じ年代なのに、

    まだバリバリ働いている人。

    趣味を楽しんでいる人。

    旅行に行っている人。

    SNSで多くの人に読まれている人。

    新しいことに挑戦して、

    結果を出している人。

    そんな人生を満喫している姿を見ると、

    「すごいな~」

    と思う一方で、

    心のどこかに、

    少しだけ違う感情が出てくることがあります。

    「それに比べて、自分はどうなんだろう」って。

    今日は、

    そんな「人と比べる気持ち」について、

    考えてみたいと思います。


    ●若いころは、比べるものがたくさんありました

    今までを振り返ってみると、

    私たちは子どものころから、

    ずっと他の人と比べられてきた気がします。

    学校では、

    テストの点数。

    成績。

    運動能力。

    進学先。

    社会に出ると、

    会社のブランド。

    役職。

    給料。

    家。

    車。

    結婚。

    子ども。

    仕事の成果・・・・・。

    自分から比べているつもりがなくても、

    周りには、

    比べるための物差しがたくさんありました。

    「あの人より上」

    「あの人より下」

    そんな勝手に基準を作り比べることを、

    小さい頃から習慣化されて

    知らないうちに意識してきたのかもしれません。

    だから、

    人と比べる癖は、

    簡単にはなくならないのでしょうね。


    ●定年になれば、比べなくなると思っていました

    しかし、仕事を離れれば、

    競争も少なくなる。

    肩書もなくなる。

    出世も関係なくなる。

    みんなただの人に成る。

    だから、

    「人と比べることも減るんだろうな」と。

    以前の私は、

    何となくそう思っていました。

    でも、

    実際にはそうでもありませんでした。

    仕事の競争がなくなっても、

    今度は別のものが目に入ります。

    「定年後に起業しました!」

    「60代から海外旅行を楽しんでいます!」

    「趣味の仲間がたくさんいます!」

    「SNSでフォロワーが増えました!」

    「第二の人生を楽しんでいます!」

    そんな話を見ると、

    つい思ってしまいます。

    「自分も、もっと何かしないといけないのかな」って。

    競争から降りたつもりでも、

    気がつけば、

    新しい競争の中に自分を置いている。

    人間というのは、

    なかなか面白いものです。

    その場その場で、新しい物差しを作ってしますようです。


    ●noteを始めてからも、比べました

    noteを始めてからも、

    私は少なからず何度も他人と比べてしまっています。

    フォロワーが多い人。

    記事にたくさんスキがついている人。

    有料記事が売れている人。

    毎日のように投稿している人。

    文章がうまい人。

    面白い切り口で書いている人。

    そういう記事を読むと、

    本当に勉強になります。

    「なるほど~」

    「こう書けばいいのか~」

    と思います。

    でも同時に、

    「自分はまだまだだな~」

    と思ってしますことがしょっちゅうあります。

    そして、

    その気持ちが強くなると、

    少し困ったことが起こります。

    書こうと思っていたのに、

    手が止まるんです。

    「こんな内容では読んでもらえないかも」

    「もっと役に立つことを書かなきゃ」

    「他の人の方が、ずっと上手だ」

    そんなことを考えているうちに、

    自分は何を書きたかったのかまで、

    だんだんと分からなくなってしまうことがあります。


    ●比べること自体が、悪いわけではない

    では、

    他人と比べない方がいいのでしょうか。

    私は、

    そうとも思いません。

    他人と比べるからこそ、

    気づくこともあります。

    「あの人の文章は読みやすいな~」

    「こういうタイトルは分かりやすいな~」

    「自分も、もう少し工夫してみよう~」

    そんなふうに、

    他の人を見ることで、

    自分が成長できることもあると思うからです。

    問題なのは、

    「比べることそのものではなく、
    比べたあとに自分を小さくしてしまうこと」

    なのかもしれません。

    「あの人はすごい」

    で終わればいい。

    でも、

    そこから、

    「だから自分はダメなんだ」

    に変わると、

    苦しくなってしまいます。


    ●そもそも、比べている条件が違います

    これは、

    最近よく思うことです。

    私たちは、

    他人の「見えている部分」と、

    自分の「全部」を比べてしまいます。

    SNSで見えるのは、

    その人の人生のほんの一部分です。

    うまくいった話しだったり。

    楽しい写真だったり。

    大成功した結果だったり。

    みごとに完成した文章だったり。

    でも、その人は、

    その裏で何回失敗したのか。

    どれくらい悩んだのか。

    どんな不安があるのか。

    そこまでは、

    見えませんし分かりません。

    わかりようがないんです。

    一方、

    自分については、

    嫌というほど細かいところまで全部知っています。

    わかってしまいます。

    知り尽くしています。

    失敗。

    迷い。

    後悔。

    弱いところ。

    うまくいっていないこと。

    自分を知り尽くした情報を全部持った自分と、

    相手の「うまくいっている部分」だけを比べる。

    考えてみれば、

    ずいぶん不公平な比べ方です。

    ナンセンスと言えますよね。

    他人と自分を比べるとは、しょせんそういうことだと思います。


    ●65年生きてきて、みんな同じ道ではなかった

    人生も後半になると、

    もう一つ気づくことがあります。

    それは、

    「人によって歩いてきた道が、あまりにも違う」

    ということです。

    同じ65歳でも、

    ずっと同じ会社で働いてきた人もいます。

    何度も転職した人もいます。

    会社を経営した人。

    家族の介護をしてきた人。

    病気を経験した人。

    子育てに時間を使った人。

    仕事一筋だった人。

    趣味を大切にしてきた人。

    歩いてきた道が違えば、経験も違います。

    私は、

    大学卒業後に半導体エンジニアの仕事をし、

    家の都合で家業を継ぎ、

    廃業を経験し、

    営業やマーケティングにも関わってきました。

    そして今、

    AIとnoteに挑戦しています。

    そんな自分の人生を、

    まったく違う道を歩いてきた誰かの人生と比べて、

    「勝った」「負けた」

    と考えても、

    本当はあまり意味がないのかもしれません。

    人生は、

    同じコースを走る競走ではありません。

    スタート地点も違う。

    途中の出来事も違う。

    目指しているところも違う。

    それなのに、

    私たちはつい、

    横をのぞき見してしまうんです。

    無駄だとわかっていても、

    他人のやる事や結果が気になってしまうんですよね。


    ●人と比べるのは、自分の位置を知りたいからかもしれない

    では、

    なぜ人は他人と比べるのでしょうか?

    私なりに考えてみました。

    人は、

    「自分は今どこにいるのか」

    を知りたいのかもしれません。

    自分だけを見ていると、

    自分が進んでいるのか、

    止まっているのか、

    自分の位置がよく分からなくなることがあります。

    そこで、

    他人を見る。

    「あの人はあそこまで進んでいる」

    「自分はここにいる」

    そうやって、

    自分の位置を確認する。

    これは、

    人間として自然なことなのかもしれません。

    ただ、

    そこで忘れたくないことがあります。

    他人は、

    自分の位置を知るための「参考」にはなっても、

    自分の価値を決める物差しではない

    ということです。


    ●昨日の自分と比べる、という言葉がありますが

    よく、

    「他人ではなく、昨日の自分と比べましょう」

    と言います。

    確かに、

    その通りだと思います。

    でも、実際には、

    いつもそんなにきれいに思った通りにいきません。

    やっぱり、

    他の人の数字は気になります。

    noteのスキも気になります。

    フォロワー数も見ます。

    うまくいっている人を見ると、

    「いいな~」

    と思います。

    それでいいのではないでしょうか。

    大切なのは、

    「比べてしまった」と自分を責めないこと

    だと思います。

    「ああ、また比べているな」

    くらいでいい。

    そして、

    少しだけ自分に戻る。

    「では、自分は何をしたかったんだろう」

    と考える。

    それだけでも、

    ずいぶん違います。

    その比較した結果は、

    自分の位置を知る上の参考にする程度だと割り切ると

    いいと思います。


    ●私が最近、自分に聞くようにしていること

    誰かを見て、

    少し焦ったとき。

    私は最近、

    自分にこんなことを聞くようにしています。

    「本当に、その人の人生を生きたいのか?」

    たとえば、

    毎日たくさん投稿している人を見て、

    「自分も毎日書かなきゃ」

    と思ったとします。

    でも、

    私は本当に毎日投稿したいのでしょうか。

    毎日投稿することが、

    自分にとって楽しいのでしょうか。

    それとも、

    ただ数字が欲しいのでしょうか。

    自分は何をやりかったのか。

    そう考えると、

    少し冷静になれます。

    人の成功を見て、

    「自分もやらなければ」

    と思ったときも同じです。

    「私は、それを本当にやりたいのか?」

    この問いは、

    意外と大切だと思っています。

    少し冷静になって考えられますから。


    ●人生後半は、「自分の物差し」を作る時期なのかもしれない

    若いころは、

    社会が用意した物差しで生きることが多かった気がします。

    学歴。

    会社。

    役職。

    給料。

    家。

    成果。

    でも人生も後半になると、

    少しずつ、

    それらが意味を失っていきます。

    では、

    これから何を物差しにして生きるのか。

    健康でいられた。

    今日も笑えた。

    誰かと話せた。

    一つ記事を書けた。

    新しいことを覚えた。

    誰かから、

    「読んでよかった」

    と言ってもらえた。

    そんな小さなことが、

    今の私には、

    以前より本当に大切に感じられます。

    もしかすると、

    65歳の人生の後半に差し掛かってくると、

    社会の物差しを少しずつ手放して、自分の物差しを作り直す時期

    なのかもしれません。

    つまり、自分の物差しを持っていい時期なんだと思います。


    ●比べる相手を変えるのではなく、比べ方を変える

    人と比べない。

    そう決めても、

    たぶん私はまた比べてしまうと思います。

    だから、

    比べることをやめるより、

    比べ方を変える方が現実的だと思うようになりました。

    「あの人はすごい。だから私はダメ」

    ではなく、

    「あの人はすごい。自分にも参考にできるところはあるかな」

    くらいにする。

    そして、

    最後は自分に戻る。

    「では、自分はどうしたい?」

    人を見て、

    刺激をもらう。

    でも、

    自分の道は自分で歩く。

    それくらいの距離感が、

    ちょうどいいのかもしれません。


    ●65歳の今、私はまだ比べています

    この文章を書きながらも、

    私はたぶんこれから、

    何度も他人と比べるんだろうと思います。

    noteでも。

    仕事でも。

    人生でも。

    でも、

    昔と少し違うのは、

    比べたあとに、

    「自分は自分でいい」

    と自分に戻ってこられる時間が、

    少し早くなったことです。

    65年も生きてきたのですから、

    人と違って当然ですよね。

    遠回りもした。

    失敗もした。

    思い通りにならなかったこともある。

    でも、

    それも含めて、

    今の自分がいます。

    誰かと同じ人生ではないからこそ、

    自分にしか書けないこともある。

    自分にしか伝えられないこともある。

    最近は、

    そう思うようになりました。

    つまり、

    少し大袈裟かもしれませんが、

    昔から言う「我が道を行く」ってやつです。


    ●あなたは、誰と自分を比べていますか?

    もし最近、

    誰かを見て、

    「それに比べて自分は・・・・・・」

    と思ったことがあるなら、

    一度だけ、

    その続きに、

    こんな言葉を置いてみてください。

    「でも、自分はどうしたい?」

    比べてしまう気持ちは、

    なくならなくてもいい。

    その気持ちを、

    自分を責める材料ではなく、

    自分を知るきっかけにする。

    それができれば、

    人と比べることも、

    少し違って見えるのかもしれません。

    65歳人生も後半。

    競争する相手を探すより、

    自分が納得できる道を、

    ゆっくり歩いていきたい。

    今の私は、

    そんなふうに思っています。


    次回

    「家族なのに、なぜ分かり合えないことがあるのか」

    一番近いはずの家族。

    長い時間を一緒に過ごしてきた相手。

    それなのに、

    なぜ言葉が通じないことがあるのでしょう。

    近いからこそ、

    期待する。

    分かってくれると思ってしまう。

    次回は、

    そんな「近い関係ほど難しくなる人間の心」について、

    考えてみたいと思います。


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    60代の人生後半にある「漠然とした不安」を、 経験と言葉とAIで見える化し、次の一歩に変えるヒントを発信。65歳の人生チャレンジャー。 経験を言葉に変え、人生後半をもう一度動かす。

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