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【65歳から考える、人間の本質|第3回】家族なのに、なぜ分かり合えないことがあるのか

    ― 一番近いはずの人ほど、気持ちがすれ違ってしまう不思議 ―

    家族なんだから、

    言わなくても分かってくれるはず。

    長い時間一緒にいるから、

    自分のことは一番分かってくれているはず。

    そんなふうに思ったことはありませんか?

    当然、私にもありますよ。

    でも実際には、

    自分に一番近いと思っていたはずの家族と、

    なぜか話がかみ合わないときはありませんか?

    こちらはそんなつもり言ってないのに、

    相手が怒ってしまったことはありませんか?

    こちらは、良かれと思って言ったことが、

    まったく違う意味に受け取られてしまう。

    たまにそんなことがありますよね。

    他人なら、

    「この人とは考え方が違うんだな」

    で済むことでも、

    家族のことだと、

    なぜかものすごく気に引っかかる時ってありますよね。

    「どうして分かってくれないんだろう」

    今日は、

    そんな家族のすれ違いについて、

    考えてみたいと思います。


    ●家族だからこそ、「分かってくれるはず」と思ってしまう

    家族というのは、

    考えてみれば不思議な関係なのかもしれません。

    他人との会話する時には、

    その場面ごとに言葉を選んでいると思います。

    自然と相手が、
    この言葉をどう受け取るかを考えて会話していると思います。

    「こんな言い方をしたら失礼かな」

    「ちゃんと説明した方がいいかな」

    仲のいい仲間同士でもそんなことを少しは、
    考えながら会話していますよね。

    ところが家族との会話する時には、

    つい、その気遣いを省いてしまいます。

    「これくらい分かってくれるだろう」

    「こんなのいつものことだからね」

    「説明しなくても知っているはずだろ」

    つい、そう自分で思ってしまう。

    でも、

    相手もどんな時も同じことを考えているとは限りません。

    ここに、

    最初のすれ違いが少なからずあるような気がします。


    ●同じ家にいても、同じ人生を生きているわけではない

    夫婦。

    親子。

    兄弟姉妹。

    長い時間を一緒に過ごしていても、

    実際には、

    それぞれ違う人生や時間を生きています。

    同じ出来事があっても、

    感じ方は人それぞれ違います。

    ある人にとっては、

    「たいしたことではないと思える」

    ことでも、

    別の人にとっては、

    ずっと心に残ってしまう出来事であることがあります。

    同じ言葉をひとつ聞いても、
    受け取り方はひとそれぞれ違います。
    それは、
    それまでのたどってきた経験がそれぞれ違うからです。

    仕事。

    友人関係。

    育った環境。

    性格。

    価値観。

    失敗。

    不安。

    家族だから似ている部分はあっても、

    中身までまったく同じではありません。

    よ~く考えてみれば、

    そりゃ当たり前のことですよね。

    でも、

    自分との距離が近すぎるあまりに、

    その当たり前のことをつい忘れてしまいます。


    ●「私は正しい」が始まると、話は難しくなる

    家族との話し合いがこじれるとき、

    よく起こることがあります。

    それは、

    お互いが、

    「自分の方が正しい」

    と思ってしまいがちだということです。

    自分には、

    自分なりの理由があります。

    相手にも、

    相手なりの理由があります。

    でも、

    そこに感情が入ると、

    相手の理由を聞く前に、

    自分の正しさを説明したくなります。

    家族や身内だとよけいにそうなのかもしれません。

    「普通はこうするだろう」

    「そんな考え方はおかしい」

    「前にも言ったはず」

    こんな言葉が出てくると、

    話はだんだん、

    「何が問題だったのか」

    ではなく、

    「どちらが正しいのか」

    になっていくような気がします。

    そして、

    そこで勝ったとしても、

    その後の関係がよくなるとは限りません。

    かえって悪くなったりしますよね。

    そもそも、なんの話だったかわからなくなったりして。


    ●家族には、「昔の役割」が残り続ける

    家族には、

    もう一つ難しいところがあります。

    何歳になっても、昔の役割が残っていることです。

    親から見れば、

    子どもは何歳になっても子どもです。

    子どもから見れば、

    親はずっと親なんです。

    兄は兄。

    姉は姉。

    弟は弟。

    妹は妹。

    大人になり、

    それぞれ別の人生を歩いていても、

    家族の中に戻ると、
    なぜか昔の関係に戻ってしまうことがあります。

    昔から、

    「この人はこういう人」

    と思っている。

    すると、

    今の相手を見る前に、

    昔の相手を見てしまいます。

    相手も変わっています。

    自分も変わっています。

    それでも、

    家族の中にはいると、

    昔の印象が強く残ります。

    いくつになってもお互い昔に戻ってしまうのかもしれません。

    それが、

    話を難しくしているのかもしれませんね。


    ●「心配している」と「口を出す」は、とても近い

    家族だから、

    お互いに当然心配します。

    いつも元気でいてほしい。

    失敗なんてしてほしくない。

    困っていてほしくない。

    その気持ちが起こる事は、

    当たり前にとても自然なんだと思います。

    でも、

    その心配がもっと強くなると、

    いつの間にか、

    ついつい相手を動かそうとしてしまうことがあります。

    「こうした方がいい」

    「あれはやめた方がいい」

    「あなたのためを思って言っている」

    言っている側には、

    まったく悪気がありません。

    むしろ、

    たくさんの愛情があります。

    この愛情が悪さをすることがある。

    そう、

    それを言われた側からすると、

    「自分のことを信用してもらえていない」

    と感じてしまうことがあったりします。

    同じ言葉なのに、

    一方には愛情があり。

    一方には干渉されていると感じたり。

    そんなことが起きます。

    ここにも、

    家族の難しさがありますね。

    それぞれ家族には、
    それぞれの事情も有ると思いますしね。


    ●近い人ほど、感情が大きくなる

    他人に少し嫌なことを言われても、

    「まあ、そういう人もいるか」

    「あとは知るか」って。

    それっきりで終わることができますよね。

    ところが、

    家族から同じことを言われると、

    その後ずっと気になって引きずってしまう。

    なぜなのでしょうね。

    それだけ、

    家族のことを期待しているからではないでしょうか。

    自分を分かってほしい。

    認めてほしい。

    ずっと味方でいてほしい。

    大切にしてほしい。

    家族だからこそ、

    そういう大きな期待がふつうにあります。

    その期待が大きいぶん、

    逆に裏切られたと感じたときの傷も大きくなる。

    つい、お互いに言葉がきつくなってしまう。

    だから、

    ほんの一言が、

    そんなこと、よく覚えているなと思ってしまう程、
    その一言を言われた方は、
    よけいに何日もず~っと心に残ることになるんだと思います。

    家族に対して感情が大きくなるのは、
    それだけ関係が深いから当然なのかもしれません。

    本当に難しいところだと思います。


    ●「分かり合う」と「同じ考えになる」は違う

    私は最近、

    ここを分けて考えた方がいいのではないか、

    と思うようになりました。

    分かり合うことと、同じ考えになることは違う。

    この相手の考えに、

    今は、賛成できない。

    「自分はそうは思わないな~」

    ということもあります。

    でも、

    「あなたはそう感じているんだね」

    と相手の考えを理解してあげることはできます。

    これは、

    意外と大きな違いです。

    家族だと、

    つい、

    「理解してほしい」

    から、

    「同意してほしい」

    に変わります。

    でも、

    全部同じ考えになることは、たぶん無理だと思います。

    むしろ、

    違う考えを持ったまま、

    ここに一緒にいられる。

    それくらいの気持ちで接していた方が、

    実際のところ現実的なのかもしれません。


    ●話を聞くより、答えを出そうとしてしまう

    これは、

    私自身も気をつけたいと思っていることです。

    誰かが悩みごとを話すと、
    つい、自分で解決しようとしてしまいます。

    「それなら、こうすればいい」

    「私だったらこうする」

    「そんなに気にしなくていい」

    特に、

    長く仕事をしてきた人生経験をもっている人ほど、
    問題があれば解決策を考える癖がついています。

    でも、

    その時に家族が求めているのは、

    答えではないことが多々あります。

    ただ聞いてほしい。

    「大変だったね」

    と言ってほしい。

    ただ、それだけだった。

    ということもあります。

    それなのに、

    こちらは一生懸命、

    正しい答えを出そうとする。

    すると、

    相手は、

    「分かってもらえなかった」

    と感じてしまう。

    お互いの見え方の少しの違いが大きな違いになってしまう。

    その時の立場や場面での
    期待値の違いによるところも有るんでしょうけどね。

    これを昔からボタンの掛け違いというのでしょうか。

    人間関係というのは、

    本当になんて難しいものなんだと思ってしまいます。


    ●近い関係ほど、少し距離が必要なのかもしれない

    家族なのに、

    距離を取る。

    少し冷たく聞こえるかもしれません。

    でも、

    私は最近、

    近いからこそ、

    ある程度の距離が必要なこともあると思っています。

    それというのは、

    何でも知ろうとしてすぐに首をつっこまない。

    何にでもすぐに口を出さない。

    相手が決めることは、とりあえず相手に任せる。

    少し時間を置てみる。

    すぐに答えを出そうとしない。

    そういう距離のことです。

    離れるという意味ではありませんよ。

    間違わないでくださいね。

    「相手には相手の人生がある」と認めるための距離

    のことです。

    家族だから、

    全部一緒に考えなければいけない。

    全部分かり合わなければいけない。

    そう思いすぎると、

    お互いが苦しくなるのかもしれません。


    ●「家族なんだから」という言葉は、意外と重い

    「家族なんだから」

    よく使う言葉です。

    助け合うときには、

    とても温かい言葉です。

    でも、

    場合によっては、

    重い言葉にもなります。

    家族なんだから、

    分かって当然なんだ。

    家族なんだから、

    助けて当然だろ。

    家族なんだから、

    我慢して当然じゃないか。

    家族なんだから、

    言うことを聞いて当然だ。

    こうなると、

    少し苦しくなります。

    というより本当に苦しくなります。

    家族である前に、一人の人間です。

    それぞれのひとに、

    考えがあります。

    都合があります。

    気持ちがあります。

    お互いにそのことを忘れない方が、

    結果的には、

    気持ちの面でもわかりあえる

    本当の家族として長く付き合えるのかもしれませんね。


    ●人生後半になると、家族との関係も変わっていく

    若いころと、

    65歳の今では、

    家族との関係も少しずつ変わります。

    親はどんどん年を取る。

    子どもはどんどん大人になる。

    夫婦もどんどん年齢を重ねる。

    兄弟姉妹も、

    それぞれに違う環境で暮らしています。

    昔と同じ関係のままではいられません。

    年齢とともにそれぞれの関係も違ってきて当然なんです。

    だから、

    家族との付き合い方も、

    ときどき見直す必要があるんじゃないかと思います。

    昔は、

    こんなこと言わなくても分かった。

    でも今は、

    少し言葉にした方がいい。

    昔は、

    こんなことも一緒に決めていた。

    でも今は、

    相手に任せた方がいいかも。

    昔は、

    ここまで我慢できた。

    でも今は、

    少し距離を取った方がいいかも。

    お互いの関係を変えることは、

    関係を壊すことではありませんよ。

    むしろ、

    その良き関係性を長く続けるために、

    ときどき形を変えることも必要なのではないでしょうか。

    進化というか変化、

    つまり適応というやつですよね。


    ●私は最近、「分かってもらう」より先に考えるようにしています

    家族と意見が合わないとき、

    以前は、

    「どうすれば分かってもらえるか」

    を考えていました。

    でも最近は、

    少し順番を変えるようになりました。

    「相手は、なぜそう考えているんだろう」

    もちろん、

    いつもできるわけではありません。

    家族だから

    感情的になることもあります。

    「それは違うだろう」

    と思うこともあります。

    でも、

    一度だけ、

    少しだけ、

    相手側からの身になって考えてみる。

    それだけで、

    話の見え方が少し変わることがあります。

    納得はできない。

    でも、

    理由は少し分かった。

    それだけでも、

    十分なことがあります。

    もしかしたら、ちょっと前の自分には、

    見えなかった何かが見えてくることもあるかもしれませんよ。


    ●全部分かり合えなくても、家族でいられる

    昔の私は、

    家族なら、

    最後は分かり合えるものだと思っていた気がします。

    でも、

    長く生きていると、

    そう簡単ではないことも分かってきました。

    どれだけ話しても、

    分かり合えないことがあります。

    価値観が違う。

    考え方が違う。

    許せないこともある。

    それでも、

    家族でしかわからないこともあります。

    もしかすると、

    家族というのは、

    全部分かり合える関係ではなく、
    分かり合えない部分を持ちながら続いていく関係

    なのかもしれません。

    そう考えると、

    少し気が楽になります。


    ●あなたは、家族に「分かってほしい」と思いすぎていませんか

    もし今、

    家族との関係で、

    「どうして分かってくれないんだろう」

    と思っている方がいたら、

    一度だけ、

    問いを変えてみてもいいかもしれません。

    「分かってもらえなくても、どう付き合えばいいだろう」

    何もかも全部理解してもらわなくてもいい。

    何もかも全部同意してもらわなくてもいい。

    相手を変えられなくてもいい。

    そのうえで、

    どのくらい近づくのか。

    どのくらい距離を取るのか。

    何を言うのか。

    何を言わないのか。

    そう考えていく方が、

    現実の家族関係には合っているかもしれません。

    家族だから、

    難しいこともある。

    でも、

    家族だからこそ、

    簡単に答えをすぐに出せないこともあります。

    人生後半になると、

    そんな関係とも、

    その時々でお互い分かり合いながら、

    少しずつ付き合い直していくのかもしれません。


    次回

    「お金の不安は、いくらあれば消えるのか」

    生活できるだけのお金があれば、

    不安はなくなるのでしょうか。

    貯金が増えれば、

    安心できるのでしょうか。

    それとも、

    お金の不安には、

    金額とは別のものが隠れているのでしょうか。

    次回は、

    人生後半になるほど身近になる、

    「お金と安心」について考えてみたいと思います。


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    60代の人生後半にある「漠然とした不安」を、 経験と言葉とAIで見える化し、次の一歩に変えるヒントを発信。65歳の人生チャレンジャー。 経験を言葉に変え、人生後半をもう一度動かす。

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