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【65歳から考える、人間の本質|第1回】人はなぜ、人生後半になると「このままでいいのか」と考えるのか

― 定年という節目で、突然顔を出す「これから、どう生きる?」という問い ―

「このままでいいのかな?」

人生の後半になると、

なぜか、そんなことを考えるようになります。

若いころには、

あまり考えなかった気がします。

仕事がある。

家族がいる。

明日やることがある。

毎日をこなしているだけで、

時間はどんどん過ぎていきました。

ところが、

定年が近づいてくると、

ふと立ち止まる瞬間があります。

そして、

今まで心の奥に隠れていたような問いが、

ひょっこり顔を出します。

「この先、自分は何をして生きていくんだろう」

私自身もそうでした。

今日は、

そこから考えてみたいと思います。


●仕事をしているときは、「自分」を考える暇がなかった

若いころから、

私たちはいろいろな役割を持って生きています。

会社員。

経営者。

夫。

父親。

誰かの部下。

誰かの上司。

地域の一員。

その時々で、

求められることを一生懸命やってきました。

私も、

半導体エンジニアの仕事をしたり、

自営業で会社経営をしたり、

営業やマーケティングに関わったり、

いろいろな仕事を経験してきました。

うまくいって楽しかった思い出もあれば、

思い出したくないような失敗の思い出もあります。

定年までの働いている間は、

次から次へとやることがありました。

今日の仕事。

今月の売上。

取引先。

家族。

生活。

将来のお金。

そんなことに追われていると、

「自分はどう生きたいのか」

なんて、

ゆっくり考える時間はありません。

考えなくても、

毎日は進んでいきます。

ところが定年が近づくと、

状況が少し変わります。

今まで自分を包んでいた

「仕事」という大きな役割が、

今までより少しずつ薄くなっていきます。

すると、

その中から、

役割ではない「自分」が顔を出してくる。

私は、そんな感じがしています。


●「会社を辞めたあと、自分には何が残るんだろう」

これは、

少し怖い問いでもあります。

会社にいると、

名刺があります。

肩書があります。

仕事があります。

「私は○○をしています」

と説明できます。

でも、

それがなくなったとき、

「あなたは何をしている人ですか?」

と聞かれたら、

何と答えればいいのでしょう。

私は定年が近づいたころ、

そんなことを考えるようになりました。

もちろん、

定年したからといって、

何者でもなくなるわけではありません。

頭では分かっています。

でも、

長い間、

仕事と自分が重なっていた人ほど、

そこを切り離すのは簡単ではないのかもしれません。

だから、

「このままでいいのか」

という言葉の奥には、

本当は、

「これから私は、何者として生きていくんだろう」

という問いが隠れているような気がします。


●若いころと違うのは、「残り時間」を意識すること

もう一つ、

人生後半になると変わることがあります。

それは、

時間の感じ方です。

20歳のころ、

私は65歳の自分なんて想像もしていませんでした。

30歳のころも、

まだまだ先の話でした。

でも65歳になると、

少し違います。

あと何年、

元気に動けるのだろう。

あと何回、

この桜を見ることができるのだろう。

あと何年、

新しいことに挑戦できるのだろう。

別に暗い話ではありません。

むしろ、

時間に限りがあると感じるからこそ、

「じゃあ、これから何をしよう」

という気持ちが強くなるのだと思います。

若いころは、

「いつかやろう」

で済ませられました。

でも人生後半になると、

その「いつか」が、

少し現実味を帯びてきます。

だから、

心のどこかから、

「本当にこのままでいいの?」

という声が聞こえてくるのかもしれません。


●「このままでいいのか」は、不満とは限らない

ここは、

最近とても大切だと思っているところです。

「このままでいいのか」

と思うと、

今の生活に不満があるように聞こえます。

でも、

必ずしもそうではありません。

家族がいる。

小さいながらも住む家がある。

少ないながらも年金もある。

有難いことに健康でもある。

大きな不満はない。

それでも、

何となく心に小さな隙間ができることがあります。

「もう少し何かできるんじゃないか」

「まだ終わりじゃない気がする」

そんな感覚です。

不安は、不安として有りますが。

不安や不満とは、少し違う感覚なんです。

私は、

この気持ちは悪いものではないと思っています。

それはもしかすると、

次の役割を探し始めたサイン

なのかもしれません。


●私の場合、その小さな入口がAIでした

私の場合、

その入口の一つがAIでした。

64歳になって、

ChatGPTというものを知りました。

最初は、

「最近話題の便利な道具」

くらいの感覚だったと思います。

でも触ってみると、

思っていた以上に面白かった。

分からないことを聞く。

考えを整理する。

文章を作る。

昔の経験を思い出す。

それをnoteに書いてみる。

そうやっているうちに、

少しずつ世界が広がっていきました。

そして気がつけば、

AIそのものより、

「自分はこれから何をしたいのか」

を考えるようになっていました。

AIを始めたことより、

AIをきっかけに、

もう一度自分の人生を考え始めたこと。

私にとっては、

そちらの方が大きかったのかもしれません。


●人は、何歳になっても「まだ何かできる」と思いたいのかもしれない

人間というのは、

不思議なものです。

仕事から解放されたいと思っていたのに、

いざ仕事がなくなると、

何かしたくなる。

忙しいときは休みたいと思っていたのに、

時間ができると、

今度はその時間を持て余す。

誰かに指示されるのは嫌なのに、

誰からも必要とされないと、

少し寂しくなる。

矛盾していますよね。

でも、

それが人間なのかもしれません。

要するに、人間って無いものねだりで、
わがままな生き物なのかもしれませんね。


私自身、65歳になっても、

「もう少し何かできるんじゃないか」

と本気で思っています。

大きな成功をしたい、

ということだけではありません。

誰かに読んでもらう。

誰かの役に立つ。

新しいことを覚える。

昨日できなかったことが、

今日は少しできる。

そんな小さなことでも、

人は、

「自分はまだ前に進んでいる」

と感じたいのではないでしょうか。


●人生後半に欲しくなるのは、「意味」なのかもしれない

若いころは、

お金が欲しい。

いい仕事がしたい。

家が欲しい。

家族を守りたい。

いろいろな目標があります。

もちろん、

人生後半になってもお金は大切です。

健康も大切です。

でも、

それだけでは満たされないものが、

少しずつ出てくるような気がします。

「今日、自分は何をしたのか」

「誰かの役に立てたのか」

「明日、何を楽しみに起きるのか」

そんなことです。

もしかすると、

人生後半になると、

人は「何を持っているか」だけではなく、

「自分がここにいる意味」

を、少しずつ探し始めるのかもしれません。

物的なものより、精神的な豊かさみたいものが欲しくなるのかな。


だからこそ、

「このままでいいのか」

という問いが出てくる。

私は今、

そんなふうに考えています。


●でも、すぐに答えを出さなくてもいい

では、

「このままでいいのか」

と思ったら、

すぐに新しい仕事を始めなければいけないのでしょうか。

起業する?

趣味を見つける?

旅行する?

勉強する?

私は、

急いで答えを出す必要はないと思っています。

むしろ、

最初は問いを持つだけでもいい。

たとえば、

最近、時間を忘れてやったことは何だろう。

やらずに人生を終えたら、少し後悔しそうなことは何だろう。

これまでの経験の中で、誰かに渡せそうなものは何だろう。

すぐに答えが出なくても構いません。

考えているうちに、

「あれをやってみようかな」

というものが、

少しずつ出てくることがあります。

私にとっては、

それがAIであり、

noteでした。


●「このままでいいのか」は、新しい人生の入口かもしれない

以前の私は、

「このままでいいのか」

という気持ちを、

不安だと思っていました。

でも今は、

少し見方が変わっています。

これは、

人生後半に入った自分から届いた、

「そろそろ次を考えてみませんか」

という手紙なのかもしれません。


今までの人生を否定する必要はありません。

仕事を頑張った。

家族を支えた。

失敗もした。

遠回りもした。

それら全部を持ったまま、

次に進めばいい。

人生をゼロからやり直すわけではありません。

むしろ、

これまで積み重ねてきたものを持って、

第二章を始める。

そんな感覚です。


●65歳の私にも、まだ答えはありません

この新しいシリーズでは、

「こうすれば幸せになれます」

という答えを書くつもりはありません。

私にも、

そんな答えは分からないからです。

でも、

この65年間生きてきたからこそ、

考えてみたいことがあります。

仕事とは何なのか。

お金とは何なのか。

家族とは何なのか。

孤独とは何なのか。

人はなぜ比べるのか。

なぜ認められたいのか。

なぜ失敗を忘れられないのか。

そして、

人はなぜ、

何歳になっても何かに挑戦したくなるのか。


これから、

自分自身の経験も振り返りながら、

一つずつ考えてみたいと思っています。

正解を出すのではなく、

読んでくださる皆さんと一緒に、

考えていけたら嬉しいです。


●あなたは今、「このままでいい」と思っていますか?

もし、

心のどこかに、

「このままでいいのかな」

という小さな声があるなら、

無理に消さなくてもいいと思います。

その声は、

不安ではなく、

これからの自分が、

今の自分を呼んでいる声かもしれません。

私もまだ、

その声を聞きながら歩いている途中です。

65歳。

まだまだ、

答えを出すには早そうです。

だから、

もう少し考えてみます。

そして、

もう少し挑戦してみます。

人生後半。

まだ見たことのない景色が、

きっとあると思うからです。


次回

「人はなぜ、他人と比べてしまうのか」

他人の成功を見ると、

なぜ自分が遅れているように感じるのでしょう。

若いころだけではありません。

人生後半になっても、

人は誰かと自分を比べています。

次回は、

そんな人間の少し不思議な心について、

自分の経験から考えてみたいと思います。


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