
【64歳からのAI挑戦|第2章-14】AIの答えをそのまま使わない理由― 64歳の私が気づいた「自分の言葉」の大切さ ―
「これ、AIが書いた文章っぽいな……」
AIに文章を書いてもらったとき、
そう感じたことはありませんか?
私は、何度もありました。
AIにお願いすると、
たしかに文章は出てきます。
きれいにまとまっている。
言葉も整っている。
流れもそれなりに分かりやすい。
でも、読み返してみると、
どこか自分の文章ではない気がする。
「間違ってはいない。」
「でも、私の言葉ではない。」
そんな感覚がありました。
最初のころは、
AIが書いてくれた文章を見て、
「すごいな」と思いました。
でも、同時に少し不安にもなりました。
このまま投稿していいのだろうか。
読者に伝わるのだろうか。
自分の経験として読んでもらえるのだろうか。
AIとnoteを使い続ける中で、
少しずつ分かってきたことがあります。
AIの答えは、完成品ではなく素材。
最後に自分の言葉を入れて、はじめて自分の記事になる。
今は、そう感じています。
●AIの文章は、整っているけれど少し遠い。
AIが作る文章は、とても便利です。
自分では思いつかない言い回しを出してくれる。
文章の流れを整えてくれる。
読みにくい部分を直してくれる。
タイトルや見出しも考えてくれる。
これは本当に助かります。
私のように、文章を書くことに苦手意識がある人にとっては、
AIはとても心強い相棒です。
でも、AIが作った文章をそのまま読むと、
少し遠く感じることがあります。
きれいだけれど、
自分の息づかいがない。
正しいけれど、
自分の迷いや失敗が入っていない。
分かりやすいけれど、
自分が本当に感じた温度とは少し違う。
そんなことがあります。
だから私は、
AIの答えをそのまま投稿するのではなく、
必ず一度、自分の目で読み直すようにしています。
●読者が読みたいのは、きれいな文章だけではない。
noteを読んでいると、
心に残る文章があります。
それは必ずしも、
完璧に整った文章ばかりではありません。
少し不器用でも、
その人の本音が入っている文章。
失敗や迷いが書かれている文章。
「私もそうでした」と、
自分の体験から語られている文章。
そういう文章に、
人は安心するのかもしれません。
読者が知りたいのは、
正しい情報だけではないと思います。
この人は何を感じたのか。
どこで迷ったのか。
どうやって少し前に進んだのか。
そこに、その人らしさがあります。
だからAIの文章に、
自分の経験や気持ちを入れることが大切なのだと思います。
●そのまま使うと「誰の言葉か」が見えにくい。
AIの答えをそのまま使うと、
文章は整います。
でも、誰が書いているのかが見えにくくなることがあります。
たとえば、
「AIは文章作成を効率化する便利なツールです。」
という文章があります。
間違ってはいません。
でも、私の実感に近い言葉にすると、
少し違います。
「AIは、文章が苦手な私の背中をそっと押してくれる相棒です。」
こちらの方が、
今の自分には自然に感じます。
同じ内容でも、
言い方を変えるだけで、
文章の温度が変わります。
AIの答えを見ながら、
「これは自分ならどう言うだろう。」
そう考えることが、
自分の言葉に近づける第一歩なのだと思います。
●自分の経験を一つ入れるだけで変わる。
AIの文章を自分らしくするために、
難しいことをする必要はありません。
まずは、自分の経験を一つ入れる。
それだけでも、文章は変わります。
たとえば、AIが
「AI初心者は、最初から完璧な質問をする必要はありません。」
と書いたとします。
これだけでも分かります。
でも、そこに自分の経験を足すと、
少し伝わり方が変わります。
「私も最初は、AIに何を聞けばいいのか分からず、画面の前で止まってしまいました。だから、最初から完璧な質問をしなくてもいいと分かったとき、少し気が楽になりました。」
こう書くと、
読者は自分事として読みやすくなります。
AIが作った説明に、
自分の体験を一つ重ねる。
それだけで、
文章は自分の記事に近づいていくのだと思います。
●AIに任せる部分と、自分が引き受ける部分。
AIを使うとき、
私は役割を分けて考えるようになりました。
AIに任せる部分は、
文章の整理です。
構成を考える。
読みやすく整える。
見出しを考える。
分かりにくい表現をやさしくする。
これはAIが得意です。
でも、自分が引き受ける部分もあります。
自分の経験。
そのとき感じたこと。
今なら何を伝えたいのか。
読者にどんな気持ちで届けたいのか。
ここは、自分にしか出せません。
AIは文章を作ってくれます。
でも、
その文章に命を吹き込むのは、
やはり自分の言葉なのだと思います。
●そのまま使わないことが、信頼につながる。
読者は、意外と文章の温度を感じ取るものだと思います。
「これは本当にこの人の言葉だな。」
そう感じる文章には、
信頼が生まれます。
逆に、どれだけ整っていても、
どこか借り物のように感じる文章は、
少し心に残りにくいかもしれません。
もちろん、AIを使うことが悪いわけではありません。
私はAIにかなり助けられています。
でも、AIに丸投げするのではなく、
最後に自分の目で見て、
自分の言葉として自然かどうかを確認する。
このひと手間が、
読者との信頼につながるのではないかと思っています。
●今日の小さな一歩。
AIが書いてくれた文章を見たら、
そのまま使う前に、こう聞いてみてください。
「この文章に、私自身の経験を一つ入れるなら、どこがよいですか?」
または、こう聞いてもいいと思います。
「この文章を、私自身の体験が伝わるように直すには、どこを変えればいいですか?」
これだけでも、
AIの文章は少し自分に近づきます。
完璧に直そうとしなくても大丈夫です。
まずは一か所だけ、
自分の経験を入れてみる。
そこから始めればいいのだと思います。
●最後に。
AIの答えをそのまま使わない理由。
それは、AIが悪いからではありません。
AIの答えは、とても役に立ちます。
でも、それはあくまで素材です。
そこに自分の経験を入れる。
自分の気持ちを入れる。
自分ならどう言うかを考える。
そのひと手間で、
AIの文章は自分の記事に変わっていきます。
AIは文章を整えてくれる。
でも、最後に読者へ届けるのは、自分の言葉。
私は、そう感じています。
もし今、
「AIが書いた文章をそのまま使っていいのかな。」
「自分らしい文章にならない。」
「AIっぽい文章になってしまう。」
そう感じているなら、
まずは一つだけ、自分の経験を足してみてください。
それだけで、
文章の温度は変わると思います。
あなたは、AIの文章を読んで
「自分の言葉ではないな」と感じたことはありますか?
もしよければ、
「AIの文章を自分らしくするために悩んでいること」をコメントで教えてください。
小さなことで大丈夫です。
一緒に考えていけたら嬉しいです。
シニアよ、AIで大志を抱け。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます。
こうして読んでいただけること、
そしてスキやコメントをいただけることが、
今の私にとって大きな励みになっています。
もしこの記事に少しでも共感していただけたら、
スキやコメント、フォローで応援していただけると嬉しいです。
この【64歳からのAI挑戦】シリーズでは、
64歳の私がAIに戸惑いながらも、少しずつ使い方を覚え、
人生後半の可能性を探している過程を書いています。
よろしければ、前回の記事も読んでみてください。
前回の記事
次回は、
これからも、AI(ChatGPT)と一緒に人生後半の可能性を
探していきます。
※追伸
昨日、夫婦で「映画『Michael/マイケル』」を
見に行ってきました。
お客さんが少なめで、ゆっくり見れました。
同年代の夫婦の方が比較的に多かった印象です。
よく考えれば、スーパースターと言えども、若い人たちより
同年代の年頃の方がそりゃドストライクですもんね。
確かマイケルは、1958年生まれだったと思います。
少し年下の内の奥さんも、映画の後であの場面や状況を
説明してあげてから「そうやったん」って感じでしたから。
それと、ちょっとここでお知らせです。
恥ずかしながら、やりました。
Youtubeにも投稿しましたよ。
良かったら見て頂けたら幸いです。
いつ終わるかわかりませんから・・・・・。(笑)
やっぱり、やってみないとわからないことってありますね。
Youtubeを作ってみて久しぶりに思いました。
感想なんかも頂けたら有難いです。
rokuzouの挑戦は、まだまだ続きます。
よろしくお願いします。