
人は変わりたいのではない。変わらないために方法を探している。
昨日、地元の会社の代表をしている友人と話していて、それがよくわかった。
彼は、自分を客観的に見る力がある。
話の最後には、「ああ、自分は背負いたくないんだ」と自分で気づくことができる。
でも、そこに至るまでの時間のほとんどは、
方法の話をしている。
そして彼は
「人は理解できる範囲でしか理解できない。
理解できないものは、自分の理解できる形に組み替えて理解している」
と言った。
私はその通りだと思った。
ただ同時に、こう考えた。
人は理解していない。
理解できる形に変換しているだけだ。
以前、アメリカ人だった元夫の家族の話をしたことがある。
日本の感覚では想像がつかないような家族の関係性だった。
彼はそれを理解しようとした。
でも実際には、自分の理解できる範囲に収まる形に変換して納得していた。
そして彼は、そのことに気づいていなかった。
自分が言っている構造を、自分自身がそのまま繰り返していた。
その後、私はこう伝えた。
「同じことを考え続けると、同じところに戻る」
でも、その話も、
同じように理解された。
理解できる形に変換されて、納得された。
だから、
何も変わらなかった。
目的がないと動けない、と彼は言った。
その時点で、もう同じ場所にいた。
目的も、
理解も、
納得も、
全部同じ中にある。
そこからは、出られない。
気づいているのに、
同じことを繰り返す。
考えているのに、
同じ場所に戻る。
理解しているのに、
何も変わらない。
だから人は、
また方法を探す。
そして、
同じ場所に戻る。
それを成長と呼びながら。