コラム:分からないまま、考えた。測った。作った。――量子力学をつないだ人たち
以前に書いた記事では、30年数前に量子力学の公式を習っても腹落ちしなかった僕が、その公式が生まれるまでの人間ドラマをたどりました。
今回は、その続きです。まだ読んでいない方は、先に前の記事を読んでいただくと、話がつながりやすいと思います。
前の記事では、プランクが開いた量子の扉をアインシュタインが押し広げ、そのアインシュタインが、後に発展した量子力学へ鋭い問いを投げ続けたところまでたどりました。
ボーアとの論争は、ベルによって実験で確かめられる問いへとつながります。
ただ、この歴史をもう少し眺めると、有名な理論家の名前だけでは終わりません。
疑った人。測った人。作った人。そして使った人。
今回は、その人たちの方を見てみたいと思います。
「間違っている」と調べたら、自分で裏づけてしまった
アインシュタインは、光には粒のような性質があると考えました。
前の記事でも触れましたが、当時の「光は波だ」という常識からすると、ずいぶん大胆な話です。
実験物理学者のロバート・ミリカンも納得していませんでした。
だったら、実験で確かめよう。
光を金属に当て、飛び出す電子を測る。アインシュタインの式と合わなければ、「ほら、やっぱり違った」と言えるはずです。
でも、現実の実験は簡単ではありません。金属の表面が少し酸化しても、測定に影響が出る。
そこでミリカンは、真空の中で金属表面を削りながら測れる装置まで作り、長年実験を続けました。
僕はこの時点で、理論より先に、
そこまでやるのか。
と思います(笑)。
そして結果は、アインシュタインの式と非常によく合った。1916年の論文にも、その測定結果が残っています。
疑っていた式を、自分の手で裏づけてしまった。
しかも、さらに面白いのはその先です。ミリカンは式が実験に合うことを認めても、光そのものが粒だという説明には慎重でした。
「数字は認める。でも、その意味にはまだ納得していない」
科学では、測定結果、結果を表す数式、数式の意味が、いつも一緒に決着するわけではないのです。

方程式を作った本人も、その意味に納得しない
1920年代、量子力学は急速に形になっていきます。
ハイゼンベルクは、電子の見えない軌道を思い描くより、実際に測れる量から理論を作ろうとしました。
ところが、計算する順番を変えると、結果まで変わってしまう。
「あれ、計算を間違えた?」
そう思うような性質を、相談されたマックス・ボルンが見て、行列の数学につながると気づきます。
ハイゼンベルクは、その数学を十分に知らないまま、それが必要になる物理を作っていた。
天才、順番がおかしい(笑)。
一方、シュレーディンガーは、電子を波として扱う方程式を作ります。
こちらは「波」なら、まだ頭に絵が浮かびそうです。
ところが、すぐに困ります。
「その波って、何が揺れているの?」
水面の波なら水。音の波なら空気。では、電子の波は?
ここでボルンは、電子がどこで見つかるかという確率を表す波ではないか、と考えました。後年のノーベル賞講演でも、その解釈を振り返っています。
すると、今度は方程式を作ったシュレーディンガー本人が、その意味づけを嫌がった。
また本人です(笑)。
使える方程式を作ることと、それが何を意味するかに納得することは、別だった。
前の記事で僕が感じた「公式だけ習っても、なんだかふわふわする」という気持ちも、少し分かってもらえるでしょうか。作った人たち自身が、意味をめぐって悩んでいたのです。

理論家の問いを、本当に測る人がいる
ベルは、長く続いた議論を、実験で確かめられる問いにしました。
ただし、「実験できる」と分かることと、実際に測れることの間には、長い距離があります。
理論の中なら、完全な真空や理想的な装置を想定できます。
でも現実には、温度が変わる。ノイズが入る。検出器も完璧ではない。
ベルの議論を確かめる実験も、装置に残るさまざまな抜け道を潰しながら、何十年も検証が続きました。
理論家の、
「こうだったら、どうなる?」
もすごい。
でも、
「だったら、本当に測ってやる」
と装置を作り続ける実験家の執念もすごい。
理論家が自然への質問を作るなら、実験家は、自然がその質問に答えざるを得ない装置を作るのだと思います。

「ところで、それ使えるよね?」と言う人がいた
さらに、エンジニアや技術者、職人たちがいます。
量子力学では、数式が世界について何を意味するのか、今も議論があります。
一方、現場には別の問いもある。
「ところで、この式、使えるよね?」
解釈の決着はついていない。でも、計算できる。実験で確かめられる。繰り返しても再現する。
だったら、使ってみよう。
材料を作る。半導体やレーザーを作る。小さくする。壊れにくくする。安定して製造できるようにする。
量子力学を、難しい理論から、普通に使える技術へ変えていく。
理論の意味を問い続ける人と、目の前で動くものを作る人。どちらの仕事も、僕たちの暮らしにつながっています。

そして、使ってくれる人がいる
技術は、作っただけでは社会に根づきません。
使う人がいます。
量子力学の数式が分からなくてもいい。半導体がどう動くか、全部説明できなくてもいい。
それでも、
「これ、便利だね」
「こんな使い方もできるんじゃない?」
「ここは、もう少し何とかならない?」
とは言えます。
そして、ときには、
「その使い方、大丈夫?」
と立ち止まることもできる。
技術は、使われ、問い直されながら育っていきます。専門家でなくても、その過程に関われるのだと思います。

法隆寺を作ったのは、聖徳太子だけではない
僕たちは「聖徳太子が法隆寺を建立した」と習います。
でも、実際に建物へ変えた職人がいる。作り、直し、「こうやるんだよ」と次の世代へ技術を渡した人がいる。
量子力学も、少し似ている気がします。
理論を考えた人。
疑って実験した人。
装置を作った人。
材料を作った人。
製造を安定させた人。
後輩に教えた人。
そして、それを使ってきた人。
歴史に名前が残らなくても、その人たちがいなければ、理論は僕たちの生活まで降りてこなかった。

「分からないまま使う」は、逃げではない
誰か一人が、最初からすべてを理解していたわけではありません。
ミリカンは、アインシュタインの式を確かめても、その意味には慎重でした。シュレーディンガーも、自分の方程式につけられた意味をすんなりとは受け入れませんでした。
それでも人は、測り、考え、作り、使ってきました。
もちろん、何も考えずに使えばいい、という話ではありません。
分からないことを、分からないと知ったうえで試す。
予想と違えば考え直す。壊れれば直す。危ないと感じたら立ち止まる。面白い使い方を見つけたら、また試す。
野球を外から眺めるだけでは、150km/hの球を打つ感覚は分かりません。バットを振って、空振りして、タイミングを変える。そこで初めて分かることがあります。
技術との付き合い方も、少し似ているのかもしれません。
理論を考えた人から、測った人へ。作った人へ。使う人へ。
それぞれが、届いたものを試し、確かめ、少し直して、次の人へ渡してきた。
全部を理解していなくてもいい。
でも、少し関心を持つ。使ってみる。違和感があれば声を上げる。その経験を次の人へ渡す。
「分からないまま使う」ことは、理解を諦めることではない。手を動かすことでしか得られない理解を、取りにいくことなのだと思います。

記事の着想元
この記事を書くきっかけになったのは、こちらの動画です。
量子力学そのものの解説も分かりやすいのですが、僕が特に惹かれたのは、理論を考えた人、反論した人、実験した人たちの人間ドラマでした。
今回の記事は、その部分を僕なりに拾い直して考えたものです。
そして、
理論を考える人だけでなく、測る人、作る人、使う人が、それぞれ自分の番をちゃんと全うし、次の人へ渡していく。
という今回の記事のもう一つの視点は、こちらの記事を読んだことから生まれました。
この二つを眺めながら考えていたら、
「分からないものを、人間はどうやって前へ進めてきたんだろう?」
という今回の記事につながりました。
こちらの記事を収録しているマガジンはこちら
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この記事は、私自身の経験と思考をもとに、生成AIとの対話を通じて探索・再構成した記録です。いただいたお気持ちは、次の寄り道の燃料としながら、生成AIと人間の共創の研究をさらに深めていきたいと思います。