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0(前編):量子力学が分からなかったのは、公式から習ったからかもしれないーー30年前のモヤモヤを、物理学の人間ドラマからたどり直す

(2026/9/29改定)

今回は、ちょっとだけITエンジニア寄りの話です。

「量子力学?」
「波動関数?」
「不確定性原理?」

このあたりの言葉が出た瞬間に、

はい、解散。

となる方もいると思います(笑)。

でも、「量子コンピューターって、結局なんなの?」と少し気になっている人には、近代物理へ入る前のウォーミングアップになるかもしれません。

難しい数式を解説する記事ではありません。30年以上前、量子力学がよく分からずに本を閉じたITエンジニアが、今さらもう一度開いてみた話です。



30年前に閉じた本を、量子コンピューターに引っ張り出された

大学時代、僕は量子力学に触れました。

公式を使って問題は解けても、

「結局、世界では何が起きているの?」

というところが、どうにも腹落ちしない。

古典力学なら、物体には位置があり、速度がある。条件が分かれば、その先を計算できます。ところが量子力学になると、急に足元がふわふわする。

結局、「まあ、そういうものなんだろう」と本を閉じました。

それから30年以上。特に困りませんでした(笑)。ITの世界では、インターネット、クラウド、AIと、目の前の技術を追いかけるだけでも十分忙しい。

ところが最近、量子コンピューターが少しずつ現実の技術として見えてきました。久しぶりに本を開くと、

重ね合わせ。
量子もつれ。
観測。

……いた。

30年前に本を閉じたときのやつらが、そのまま待っていました(笑)。

僕は物理学者ではありません。でも、いつかお客様から「量子コンピューターって、どういう仕組みなんですか?」と聞かれたとき、教科書の言葉を読み上げるだけにはなりたくない。完璧でなくても、自分なりに腹落ちした言葉で説明したい。

そんなとき、夏季休暇に読んだ科学雑誌『Newton』の「ドラマチック物理」が背中を押してくれました。

数式ではなく、誰が何を疑い、なぜ新しい考え方が必要になったのかをたどる特集です。

だったら、30年前に公式から入って分からなかった量子力学を、今度は人間の思考の歴史からたどってみよう。そこから今回の寄り道が始まりました。


完成した公式の前に、人間の問いがあった

大学では、当然ながら「完成した量子力学」から学びました。

波動関数。確率。不確定性原理。シュレーディンガー方程式。

でも、なぜ人類がそんな考え方を必要としたのかは、ほとんど意識していませんでした。

歴史を戻すと、1900年、プランクはエネルギーが飛び飛びの単位でやり取りされると考えます。1905年にはアインシュタインが、光にも粒子的な性質があると考えました。

僕は以前、アインシュタインを「量子力学に反対した人」くらいに思っていました。でも、初期量子論を前へ進めた中心人物の一人でもあった。自分も扉を開けた世界の、その先に違和感を持ったわけです。

1920年代、ハイゼンベルク、シュレーディンガー、ボルン、ボーアたちによって、現在につながる量子力学が形になります。測定結果は、確率として予測される。

ここで僕は、長い間こう思っていました。

本当は電子の状態は決まっている。人間が知らないから、確率で表しているだけだろう。

箱の中でサイコロを振れば、蓋を開ける前から3なら3と決まっている。量子力学も、そんなものだと思いたくなります。

でも量子力学を作った人たちは、「測る前から値が決まっているはず」という前提自体を、残してよいのかと問い始めていました。

大学時代の僕は、古典力学の世界観を持ったまま量子力学を理解しようとしていたのです。そりゃ、公式だけ先に渡されても、ふわふわするはずです。


アインシュタインとボーアは、本気で殴り合っていた(笑)

もちろん、物理学で(笑)。

二人は相手の話を聞かずに自説を守っていたわけではありません。相手の理論を理解したうえで、本気で穴を探した。

ソルベー会議などで、アインシュタインが思考実験を持ち出す。ボーアが答える。するとアインシュタインが、また問いを出す。

自然観は最後まで違いました。それでも、最大の批判者が最大級の鍛錬相手になった。僕は、こういう科学の進み方がけっこう好きです。

その応酬から生まれた強い問いの一つが、1935年のEPR論文です。


アインシュタインは、何を疑ったのか

アインシュタインはポドルスキー、ローゼンとともに、現在でいう「量子もつれ」に関わる状況を考えました。

強く関係した二つの粒子を遠く離す。片方を測ると、もう片方を測ったときの結果まで、確実に予測できる場合があります。

そこで、アインシュタインたちは考えました。

遠くの粒子に何も伝わらないのに結果を予測できるなら、その結果を決める何かが、測る前からあったのでは?

量子力学は結果を予測できる。でも、その「何か」は記述していない。予測は正しくても、自然を説明し尽くしてはいないのではないか。

一方、ボーアたちの考え方からは、別の問いが返ってきます。

そもそも、測る前から結果が決まっていたと考える必要があるのだろうか?

「まだ書かれていない何かがあるはずだ」と考えるか、「あるはずだ」という前提を問い直すか。当時は、実験で決着をつけにくい議論に見えました。


ベルが実験への道を開いた

約30年後の1964年、物理学者ジョン・ベルが、この議論を実験で確かめられる形にしました。

鍵は、二つの粒子をそれぞれ違うやり方でも測り、結果を何度も比べることです。

もし粒子が離れる前から「こう測られたら、こう答える」という情報を持ち、離れた後は相手の測り方に影響されずに答えるなら、二つの結果の一致具合には超えられない限界があります。それを表すのがベルの不等式です。

ところが、その後の実験では、その限界を超える一致具合が観測されました。「最初から答えを持ち、遠くの相手の測り方には影響されない」という説明だけでは足りなかったのです。実験結果は、標準的な量子力学の予測と一致しました。

では、ボーアたちのコペンハーゲン解釈が証明されたのか。そこまでは言えません。計算が実験に合うことと、その数式が表す世界をどう理解するかは別の問いだからです。

アインシュタインたちの疑問は、量子の不思議さを実験で調べる道を開きました。この研究の流れは、2022年のノーベル物理学賞にもつながっています。


じゃあ、ほかにどんな世界ならあり得るのか

ここから、さらに妙な話になります(笑)。

ベルの実験結果を受け入れながらも、「世界の奥には別の姿があるのでは?」と考える立場はいくつかあります。僕なりに、ものすごく平たくしてみます。

ボーム力学

「測る前には、電子の位置が決まっていない」

そう聞くと、見ていないだけで、どこかにいるんじゃないの?と思いますよね。

ボーム力学は、その直感を残します。電子には測定前から位置があり、波動関数に導かれて、決まった道筋を動くと考えます。

ただし、二つの粒子に「こう測られたら、こう答える」という表を持たせ、離れた後は別々に答えさせるだけでは、ベルの実験結果を説明できません。そこで、遠く離れた粒子も、こちらの粒子の動きに関わりうると考えます。

「それなら瞬時に連絡できるの?」と思いますが、相手が手元の結果だけを見ても、こちらで何をしたかは読み取れません。二人の結果をあとで比べて、初めて関係が見えてきます。

面白いことに、ボームがこの理論を発表したのは1952年。ベルが議論を実験で確かめられる形にした1964年より前です。後から帳尻を合わせたのではなく、「電子はどこかにいる」を残すために、遠く同士の関係も引き受けたのです。

多世界解釈

測定でAかBのどちらか一つが選ばれるのではなく、

Aが起きた世界も、Bが起きた世界もある。

僕らは、そのうち一つの枝を経験しているだけ。

決定論を残す代わりに、

「現実は一つしかない」

という常識を捨てます。

超決定論

さらに大胆なのが、超決定論です。

ベルの議論では、研究者が「今日はこの向きで測ろう」と選ぶ。その選択は、粒子の状態と無関係だと考えます。

でも超決定論は、ここを疑います。

測り方を選んだ経緯と、粒子がその状態になった経緯は、本当に無関係なの?

もし両者が結びついているなら、ベルの不等式を導く前提の一つが成り立ちません。

「僕が今日チャッピーと話すことまで、宇宙の始まりから決まっていたの?」と聞きたくなります(笑)。ただ、実験で問われるのは壮大な人生の予定表ではなく、測り方と粒子の状態を独立に扱えるかという点です。

決定論を残すために、実験の土台まで問い直す。……そこまで行くのか、と思いました(笑)。

三つを並べると、少し見えてきます。「世界の奥では何かが決まっている」と考え続けるなら、別の常識を何か手放すことになる。

一方、コペンハーゲン解釈につながる考え方では、量子力学の確率的な記述を基本として受け止めます。こちらが素直に見えてくるのも、なんとなく分かる。

でも、素直に見えることと、それが自然界の最終的な真実であることは同じではない。

ここが、今回いちばん面白いと思ったところでした。


エンジニアとして持ち帰った地図

僕らエンジニアは、自然の究極の姿を毎日考えなくても仕事ができます。量子力学の公式を使い、計算し、検証して、価値として届ければいい。

でも、「量子コンピューターって、なぜそんなことができるんですか?」と聞かれて、

重ね合わせと量子もつれを利用しています。

だけで終わるのは、僕としては少し気持ち悪い。

その言葉の裏で、人類がどこにつまずき、何を疑い、どこまで分かって、何がまだ問いとして残っているのか。それくらいは、自分なりの地図を持っていたいのです。

今回、シュレーディンガー方程式を自在に解けるようになったわけではありません。でも、量子力学という理論が、人類の思考のどこにあるのか。その置き場所が少し見えた気がします。


30年前の本を、もう一度開く

大学生だった僕は、「電子は結局どこにいるんだ?」「本当の状態は何なんだ?」という問いにすっきり答えられず、量子力学の本を閉じました。

でも今なら、その気持ち悪さこそ、アインシュタインとボーアが本気で議論していた場所だったと分かります。

完成した公式を先に習った僕には、その公式が生まれるまでに人類が何を疑ったのかが見えていなかった。『Newton』をきっかけにたどり直してみると、物理学は公式の歴史であると同時に、人間が「世界は本当はどうなっているんだ?」と問い続けてきた歴史でもありました。

30年以上前、よく分からないまま閉じた本を、今さらもう一度開く。こんな夏休みも、なかなか悪くない。

まあ、大学時代の試験前にこの人間ドラマを知っていたとしても、シュレーディンガー方程式が解けたかどうかは、また別問題だけど(笑)。

この記事について

この記事は、物理学を専門としないITエンジニアが、30年以上前に諦めた量子力学を自分なりにたどり直した記録です。複雑な議論は平たくしています。より正確に学びたい方は、専門書や大学の教科書、原著論文などへ進んでみてください。

僕自身、量子力学を「理解した」とは思っていません。30年間ふわふわしていた場所に、自分なりの地図を一枚置けた。今回は、そのくらいの話です。

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変更履歴
2026/9/8: 4300文字削減(重複・解釈説明を簡素化)。人間ドラマと「自分なりの地図」に軸足を再調整。参照リンク追加
2026/9/29:450文字削減(重複排除し、EPRからベルの実験、三つの解釈までを詳細化+平易に再整理)。人間ドラマと寄り道の面白さを残した。










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いちばのよしくん@CSM この記事は、私自身の経験と思考をもとに、生成AIとの対話を通じて探索・再構成した記録です。いただいたお気持ちは、次の寄り道の燃料としながら、生成AIと人間の共創の研究をさらに深めていきたいと思います。