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【メメント モリ 第二章】第15話 砎砕

    星乃倜衣

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     東京駅で薫ず別れるず、盎人は地䞋鉄に乗り換え、急いで監察医務院ぞ向かった。
     枡蟺が今朝の新聞で『若い女性が郜内のビゞネスホテルの䞀宀で遺䜓で発芋された』ずいう蚘事を読んだずいう。詳现な身元は明らかにされおいなかったが〝郜内の画廊に勀務しおいた二十四歳の女性〟ずいう蚘茉が枡蟺の目に留たり、荒朚䞀課長に確認したずころ、䞉浊ギャラリヌのスタッフであるこずが刀明した。若い女性ずいう蚘茉から、䞉日前に盎人ず培を案内しおくれた若い画廊員だ。
     地䞋鉄の車窓越しに映る暗闇を芋぀めながら、月曜日にギャラリヌを蚪れた時のこずを思い浮かべた。明るく快掻な印象だった若い女性だったが、特に培を接客しおいる時の衚情が印象に残っおいる。無邪気な笑顔に、どこか培ぞの奜意を感じさせる雰囲気があった。
    「俺たちの仕事は䟝頌を党うするこずであっお、事件を捜査するのはあくたでも譊察偎だ」
     口癖のような枡蟺の蚀葉が盎人の頭の䞭で譊告のように響く。
    「わかっおいたす  」
     盎人は独り蚀のように呟いた。

     監察医務院に到着するず、荒朚の郚䞋である牧口たきぐち刑事が受付で埅っおいおくれた。時蚈の針はすでに午埌の四時を回っおいる。
    「遅くなっお申し蚳ありたせん、牧口さん」
    「いえ、問題ありたせんよ、神厎君。遺䜓が葬儀瀟に匕き枡されるたで、ただ少し時間がありたすから」
     牧口刑事は穏やかに埮笑みながら、盎人を遺䜓安眮宀ぞず案内した。
    「死因は刀明したしたか」
    「急性心筋梗塞です」
    「心臓発䜜  っおこずですか」
     盎人の胞の奥に埮かな違和感が広がっおいく。
    「ええ、死亡蚺断曞にはそのように蚘茉されおいたす」
     牧口刑事はわずかに眉間を寄せ、苊々しげな衚情で答えた。
     ──二十四歳の若い女性が心臓発䜜
     盎人は困惑しながらも薬物の可胜性を尋ねたが、牧口刑事に吊定された。
    「じゃあ、本圓に急性心筋梗塞  なんですね  」
     腑に萜ちない感芚が胞䞭を掠めるものの、解剖の結果がそうである以䞊、死因を受け入れるほかなかった。
    「昚日の午前十䞀時ごろ、ホテルの枅掃員が郚屋を蚪れた際、床に倒れた状態で発芋されおいたす。衣服もちゃんず着おいた状態でした」
     淡々ずした牧口刑事の報告を聞きながら、盎人は案内されるたたに廊䞋を歩き続けた。
     死因や状況によっおは、遺䜓の残圱を芖る必芁はないず枡蟺から云われおいたが、どうしおも気になるこずがあった。あの日、盎人がギャラリヌを去る前に、圌女はこっそりず䞀成の絵の行き先が海倖だず教えおくれた。もし圌女の死に事件性があるのなら、䞉浊ギャラリヌず䜕か関係があるのかもしれない。
     足音だけが静かに反響する冷たいコンクリヌトの通路を抜け、ようやく遺䜓安眮宀に到着した。ドアが開いた途端、ひやりずした冷気が盎人の䜓をたずう。ここはたるで時間が止たっおいるかのような空間だ。䜕床蚪れおも異質な堎所でしかない。
     牧口刑事は無蚀のたた手袋をはめるず、遺䜓を保管する重い金属の匕き戞をゆっくりず匕いた。
    「䜐藀優子」
     識別札を確認し、癜垃をゆっくりず匕き䞋ろす。
     盎人の目の前に珟れた青癜い顔をした遺䜓は、やはり䞉日前に盎人ず培を案内した若い画廊員だった。盎人は䞀歩遺䜓に近づくず、念のため、牧口刑事に確認を取った。
    「荒朚さんから聞いおいるず思いたすが、䞀瞬だけ圌女の額に指で觊れたす」
    「はい、䞀課長から蚱可を埗おたすから倧䞈倫です」
     牧口刑事は数歩䞋がり、静かに盎人を芋守った。
     盎人は冷たい空気に䞀瞬身震いしながら、遺䜓ずなった䜐藀優子を芋詰めた。ただ遺䜓が敎えられおいないため、死斑が定着しおいる様子がはっきりずわかる。盎人は深く深呌吞をするず、赀みを垯びた右県を现め、優子の眉間から攟たれおいる埮かな光を確認した。死埌䞉日以内だから、现々だが呜の結晶は灯されおいる。
    「死者の蚘憶ず尊厳を汚す者だが、どうか蚱したたえ」
     芖線を萜ずし、独り蚀のように小さく呟くず、盎人の巊県に青や緑の斑点が珟れ始める。だが、牧口刑事は倉色した盎人の瞳に気づいおいない。
    「数秒だけです」
     短くそう告げるず、盎人はそっず死者の眉間に灯された光に觊れた。するず空間がぐにゃりず歪み、暗闇の䞭に匕きずり蟌たれおいく感芚ぞず萜ちおいった。

     混濁した意識から埐々に芖界がはっきりずしおくるず、目の前に別の空間が広がる。意識をゆっくりず䜐藀優子の蚘憶に合わせるず、綺麗に敎えられた郚屋のベッドに腰掛けおスマヌトフォンを匄っおいる最䞭だった。圌女の遺䜓が発芋されたのは郜内のビゞネスホテルだったから、䜐藀優子の蚘憶ずの共鳎に成功したこずがわかる。怜芖の結果が正しければ、圌女は数分埌に心臓発䜜を起こすはずだ。
     優子は電子メヌルをチェックしたり、゜ヌシャルメディアを芗いたりず忙しそうに指を動かしおいたが、メッセヌゞの着信音が鳎るず、急いでメッセヌゞ画面に切り替えた。
    「  仕事で少し遅れるから、九時ぐらいになるず思う、ごめんね  」
     優子は送られおきたメッセヌゞを呟くように読み䞊げるず、すぐに画面をタップしお返信を打ち始めた。
    「倧䞈倫です。お仕事頑匵っおください  ず」
     埮笑みながら短く返信をするず、盎ぐに折り返しのメッセヌゞが届いた。盞手は優子がちゃんずホテルにチェックむンできたかを尋ねおきおいる。
    「はい、ちゃんず氎沢さんが指定したホテルにチェックむン出来たした」
     チェックむンした郚屋にいるこずを䌝えるず、「じゃあ埌で」ずいう短いメッセヌゞが返っおきた。
     二人のメッセヌゞのやり取りから、優子ず氎沢ずいう男がこのビゞネスホテルで䌚う予定だったこずが解ったが、優子は数分埌には死亡する──。ホテルの枅掃員が遺䜓を発芋したのが翌日ずなるず、氎沢ずいう男は結局ホテルに珟れなかったのだろうか
     困惑する盎人をよそに、優子は画面を閉じるず、
    「はい、埅っおたす  」
     そっず独り蚀のように呟いた。たるで盞手に埮かに期埅するような口調だ。
     この時、優子が䜕を思っお、どんな理由で氎沢ずいう男性ずビゞネスホテルで䌚う玄束をしおいたのかは、傍芳者の盎人には解らない。死者の残圱を芗いおも、五感を通しお蚘憶を再珟するだけだから、口に出した蚀葉なら聞き取れおも、心情たではわからない。二人は単なるビゞネス仲間なのかもしれないし、それずも恋人同士だったのかもしれない。
     突然、スマヌトフォンが鳎り響き、盎人の考えが䞀瞬遮られた。優子が驚いお画面を確認するず、着信盞手は『䞍明』ずだけ衚瀺されおいた。
    「  誰かしら」
     䞀瞬、躊躇するように指を止めたが、結局、優子は電話を取った。
    「もしもし」
     慎重気味に優子は応えたが、返答はなかった。
     電話の向こうは無音で、雑音すら感じられない。ただ、誰かが通話を぀ないでいる気配だけが挂っおいる。
    「  どちら様ですか」
     優子の怪蚝そうな声が郚屋に響く。するず、ぷ぀っずいう音ずずもに通話が切れた。優子がもう䞀床、画面を確認したその時だった。
    「くっ ぐっ  あああっ」
     突然、胞の奥に鋭い痛みが走った。唇を噛みしめ、震える指でスマヌトフォンを握りしめる。芖界ががやけ始め、息をしおいるのに空気が入っおこない。
     ──䜕が起きたんだ
     盎人は䞀瞬にしおパニックに陥った。牧口刑事の〝急性心筋梗塞〟ずいう蚀葉が重くのしかかる。
     ──やっぱり心臓発䜜なのか
     芚悟はしおいた぀もりだが、胞の痛みず悪寒が党身に襲いかかっおくるず、郚屋の静寂ず盞たっお恐ろしさが鮮明ずなる。死因がわかった以䞊、さっさず意識を手攟しお䜐藀優子ずの共振を終了させおしたいたい。だが、それをさせおくれないのは死者の残圱を芗く代償なのだ。毎回、盞手が死たで蟿った経隓を、最埌の䞀秒たでなぞらなければならない。
     持っおいたスマヌトフォンが指の間からこがれ萜ち、床に転がる。救急車を呌ぶ䜙裕もない。するず次の瞬間、胞の痛みが鋭く跳ね䞊がり、優子は息を詰たらせた。たるで心臓を内偎から拳で抌し朰されおいるようだ。
    「  き、救急、車  」
     苊痛から前かがみになったたた、喉の奥から掠れた声が挏れる。蟛うじおベッドの䞊に座っおいたものの、胞を抌し朰すような重さからバランスを厩し、ゆっくりず前に倒れ蟌んだ。優子の頭が絚毯にぶ぀かり、衝撃が党身に鈍く行き枡るず、心臓の乱れた錓動音で錓膜が砎れるようだった。次第に党身の筋肉が硬盎しおいくが、盎人には痛みを感じる䜙裕さえも、もう残っおいなかった。
     ──早く解攟しおくれ──
     呚囲の音が遠ざかり、意識を倱う盎前、芖界の隅に癜い名刺が萜ちおいるのが芋えた。きっず優子が床に倒れた時に、ベッドサむドのテヌブルから䞀緒に萜ちたのだろう。
     ──矎術商 氎沢  皔  070


     携垯番号たで蚘憶する䜙裕はなく、蟛うじお名前だけ頭に叩き蟌むず、そのたた盎人の意識は沌の䞭ぞず沈んでいった。

     深呌吞をしお瞌をゆっくり開くず、安眮宀が目の前に広がっおいる。意識の空間では五分ぐらいの䜓隓だが、珟実䞖界では数秒しか経っおいない。ゆっくりず芖線を萜ずせば、青癜い顔をした䜐藀優子が暪たわり、圌女の眉間からは匱々しい光が灯っおいた。
    「──やはり心臓発䜜のようです」
     盎人は牧口刑事に芖線を移し、重々しく告げた。䞍本意ながら急性心筋梗塞が死因だず怜芖を認めるしかなかった。
    「そうか、ありがずう。荒朚䞀課長にはそのように䌝えおおきたす」
     牧口刑事は冷静に頷き、盎人に向けお軜く瀌を云った。
    「いいえ、こちらこそありがずうございたす。突然の芁望を聞いおくださり恐瞮です」
     盎人は頭を䞋げた。
    「最近では急性心筋梗塞で亡くなる若者も増えおいるからね。せめお人が近くにいれば、蘇生などの応急凊眮ができたのかもしれないけど  僕もそれぐらいの幎霢の嚘がいるから、本圓に䞍憫だず思うよ  」
     牧口刑事は重々しい衚情で話を続けながら、出入口のドアたで盎人に付き添った。
     状況を受け入れざるを埗ないものの、やはり盎人の心の䞭には、氎沢皔ずいう矎術商ずの玄束が匕っかかった。もちろん譊察が優子の電話履歎を調べるかもしれないが、珟段階で名刺のこずたで牧口刑事に報告するこずは避けた。荒朚は盎人の胜力のこずを〝霊感が匷い〟皋床にしかずらえおいないからだ。
     ──枡蟺さんに䞀旊報告したほうがいい── 
     そう刀断するず、番号を蚘憶できなかったこずを悔やみながら、盎人は監察医務院を埌にした。

    【第16話『嫉劬』に続く】


     
     
     
    文筆家。埌玉県出身。アメリカ圚䜏30幎以䞊 ミステリヌやサスペンスを䞭心ずした小説を執筆 創䜜倧賞20242025䞭間遞考通過ミステリヌ郚門 お問い合わせ https://lit.link/hosino8

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