🌸「ありがとう」を形に― ひのきしんという生き方 ―


今日は4月29日。全国各地で、ひのきしんが行われた日です。
もしかしたら、あなたのご近所でも――
ゴミ拾いをしている人たち、草むしりをしているグループ、道端で元気にあいさつしてくれる集団を見かけたかもしれません。
それ、もしかすると 天理教のひのきしん かもしれません。
「心ひとつが自分のもの。体は神様からの、借りもの。」

朝、目が覚めて、体が動くこと。働けること。誰かと話せること。
あたりまえに思っていた日常は、
実は神様のおかげで成り立っている
“ありがたい”ものだったのです。
そんな日々の感謝の気持ちを、行動にしてみる。
それが 「ひのきしん」 です。
※日の寄進(自分の時間・日を御供させていただくこと)
🍀ボランティアと何が違うの?
ひのきしんは、一見するとボランティア活動と似ています。
公園を掃除したり、施設のお手伝いをしたり、人助けをしたり――
でも、根っこがちょっと違います。
• ボランティアは「誰かのために」するもの。
• ひのきしんは「神様への感謝で、自分の日(時間)を寄進(御供え)させてもらうもの」
ですから、ひのきしんをしている人たちは、よくこんなふうに言います。
「ありがとうって思うと、体が動いちゃうんです」
「させてもらっているんです。こっちがうれしいんです」
「動けることがありがたいです」
「人の役に立てることがありがたいです」

🍀災害の場でもかけつける
― 災害救援ひのきしん隊 ―

災害が起きたとき、全国から駆けつける天理教の「災害救援ひのきしん隊」。
彼らは特別な報酬を受け取ることなく、瓦礫撤去・泥かき・炊き出しなどに黙々と取り組みます。
被災地の方からは、こんな声が届きます。
「疲れ切っていた心が、優しさでふわっと包まれた気がしました」
「ありがとうを言いたいのに、“こちらこそ、ありがとう”と返されて、泣きそうになりました」
「被災から時間が経って忘れられてしまいそうな時にも続けてくれて感謝しかないです」
その姿はまさに、行動で感謝を届ける人たち。
ひのきしん隊の評判は、全国的にもとても温かく受け止められています。
🌸ひのきしんをしている方の声
実際にひのきしんを続けている方々のお話には、深い味わいがあります。
ある主婦の方はこう話します。
「教会の掃除に行くとね、最初は面倒だなって思う日もあるんです(笑)
でも、ほうき持って掃いてると、だんだん“ありがとう”って気持ちが湧いてくるんですよ。家に帰るころには、心がスッキリしてるんです。」
また、会社員の男性はこう語ります。
「誰かのためと思ってやってたけど、実は自分の心を洗ってたのかもしれません。ひのきしんって、自分のための時間でもあるんですね。」
🌸ひのきしんを“受けた”方の声
地域の清掃活動や施設での支援――直接関わっていなくても、その恩恵に触れた人もいます。
「町の公園、いつもきれいで気持ちがいいなと思っていたら、天理教の方たちが掃除してたと聞いて。“ありがとう”と声をかけたら、“いえいえ、こちらがさせてもらってるんです”と。なんだか、心がほっとあたたかくなりました。」
“誰かのよろこび”が、“自分のしあわせ”につながっている。
そんなやさしい循環が、ひのきしんの現場には広がっています。

🍀お金のひのきしん?―
体を使わせてもらった感謝の「消費税」
ひのきしんというと「体を動かす奉仕」というイメージがあるかもしれませんが、実は、お金を捧げる“御供”も立派なひのきしんです。
たとえば、日々働いて得た収入。それは“かりものの体”を使って、いただいた恵みです。
そこから少しだけ、神様に「ありがとう」の気持ちで差し出す――
それはまるで、体を使わせてもらった感謝の“消費税”
そんなふうに考えると、御供することも、自然と心がこもった行いになりますね。
何パーセントにするかは、それぞれの心次第で決まりはありませんのでご安心を🍀
でも、
本当は「消費税」ではなく「天の貯金」なのかもしれません🌸
🍀「いちれつ兄妹たすけあい」から「陽気ぐらし」へ
天理教では、人間はみないちれつ兄妹
つまり、神様の子ども同士だと教えられています。
だからこそ、互いにたすけあうことが、本来のかたち。
ひのきしんは、その“たすけあい”の小さな実践です。
誰かの役に立とうとせずとも、
感謝の心で動いた結果、それが誰かの笑顔につながる。
その一歩一歩が積み重なるとき、
世界はきっと、親神様の願われる
「陽気ぐらし」
へと近づいていくのでしょう。
“させていただけること”が、有難くしあわせ。
その心が、毎日を少しずつ温かくしてくれるのかもしれません。

🍀プロフィール
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ありがとうございます🍀
すべて御賽銭として神前に御供えさせていただきます。