
キャリアブレイクを経て見えてきたもの・得たもの
こんにちは、ふーかです。
前回は、キャリアブレイクを選んだわけについて書きました。
今回は、キャリアブレイクを経て見えてきたもの、そして得たものについてお話ししようと思います。
あの選択の先にあったもの
あれから1年。
今、当時と同じ状況にいたとしても、きっと私は同じ選択をすると思います。
じゃなきゃ今の私はいないし、
こうやってnoteを書いてることも
皆さんと出会うことも
なかったと思います。
あの時、次を決めずに会社を辞めていなかったら、私は今も同じ場所で、同じ人と、同じことをしていたのかと思うと少しゾッとします。
なぜそう言えるのか。
それは、キャリアブレイクを選んだことで、たくさんの人や価値観に出会い、人の優しさに触れ、自分自身との向き合い方も変わったからです。
いろんな生き方との出会い
まず、世の中には本当にたくさんの生き方や働き方があるということを身をもって知りました。
少し長くなりますが、私のキャリアブレイクという物語に登場してくれた人たちです。
その地域に惹かれ、新卒で誰も知り合いのいない中1人で移住し、「地方は作り手の顔が見えるから、その人のためにお金を使いたい」と話す人
大学生の時にマイナースポーツを始め、「周りと違う選択をすることは面白い」と話す人
大学入学の際に、迷って選ばなかった方の進路を社会人で選び、夢を叶えるために働きながら通信で資格取得の勉強をしている人
仕事も住む家も決まっていないまま移住して、「なんとかなるし、なんとかしてくれる」って話す人
ガイドブックよりも詳しい情報を、いくらでも話してくれる博識な人
お子さん2人いて再婚して幸せそうな人
東京出身だけど「周りや友達と比べる必要はない」と言って、地方での暮らしを楽しんでいる人
自然とともにある暮らしを通して、すでにある豊かさや幸せに気付いてほしいと、自らリノベして民泊を始めようとしている人
本業以外にも、さまざまな仕事をしている人たち
仕事中にモルックをやったり、楽器を弾いてリフレッシュして、暮らしと仕事の境目がない人たち
練習中でも、まずはみんなの前で披露してみる人たち
学校の先生になる前に一度社会に出てみようと思ったり、移住者と地元の人をつなげようと奮闘している地域おこし協力隊の人たち
自分が経験した震災を、自分の言葉で伝えている語り部さん
来てくれたお客さんを笑顔にしたいと、常に学び続けて知識や技術を高めているセラピストさん
高校生の時にその地域に出会い、卒業と同時に移住してゲストハウスで見習い女将として働いている人
高校に通う代わりに、または学校の先生を辞めてゲストハウスでインターンとして働いている人
歩いて東北を北上している人
ママチャリで日本一周している人
ヒッチハイクや友達の家に泊めてもらいながら世界中を旅してる人
お金より価値を感じて、お金では買えない経験をさせてもらっていると語っていたゲストハウスに居候してる人
作品を売るのではなく、贈るという形で、その代わりに住む場所を提供してもらい、車自体をキャンバスにして旅するアーティストさん
「会社を辞めて今ここにいる」と伝えた初対面の私に、理由もこれからどうするのかも聞かずに、ただ「おめでとう」と言ってくれた人
震災をきっかけに自分の仕事に誇りを持ち、今ではワークショップも行っている人
もともと建築関係の仕事をしていたけど、お店をやる人がいないからとカフェを始めた人
大学を2年休学した同級生
将来について真剣に考えている大学生
車で2時間半かかる場所にロードバイクで1日かけて行っちゃう人
気仙沼から名古屋や四国まで自分で車を運転して行っちゃう人
リゾートバイトで日本各地を転々としてる人
将来自分のサロンを開くのを夢見て、働きながら副業でサロンをやっている人
自分でメニューを考え、仕込みまでしたものを、販売は初対面の人に任せて本業に行っちゃう人
新卒でオランダのホテルで料理人として働いて、あまりの過酷さに精神鍛えられたって笑う人
調理学校を卒業して、お店を何個か掛け持ちしながら経験を積んでいる人
ブラック企業を退職代行を使って退職し、演劇の道へ進むと決めた人
国公立の大学院で研究に励んでいたけど、小学生からの夢を追い続けて大道芸人になった人
どの人も、誰かの人生ではなく、自分の人生を生きていて、かっこいいなと思いました。
そんな人たちとの出会いから気づいたこと
そんな今まで出会ってこなかったような人たちとの数々の出会いを通じて、いろいろなことに気づきました。
人と違う道を歩むことは怖くないのだ
人生は一本道ではなくて、寄り道や道草があってもいいのだ
そんなに力を入れてあれこれと準備をしなくても、何も決まってなくてもなんとかなるのだ
完璧じゃなくていいのだ
自分の感覚に従っていいのだ
人生は自分で選んでいけるのだ
そして自由なのだ
と思えました。
私は今まで、ああなったらどうしよう、こうなったらどうしようという未来への不安から、常に先回りして、備えてきました。
何事も、頑張ったら楽しさや幸せが待っていると思っていました。
でも、
過去があったから、今があって、今があるから未来がある。
今の延長線上に未来があるのだから、
「今」が楽しくて幸せじゃなければ、
いつかそんな日は訪れない。
そして、
なにより未来はどうなるかわからない。
だから、必要以上に過去を悔やんだり、未来に不安を抱えたりするのではなくて、「今ここ」を大事にしていいのだと気づきました。
人生は、いつか幸せになるためのものじゃなくて、今を幸せに生きるものなのかもしれないなと思いました。
いろんな思い込みや価値観が、いい意味で壊されました。肩の力が抜けました。
少数派でいいと思えるようになったことや、肩の力が抜けたことについては、
『1/100でいい。それがいい。』
『フル装備の山登りからいかだ下りへ』
という記事でも詳しく書いています。
たくさんの優しさに触れて
そして、たくさんの人の優しさや愛情にも触れました。
多忙なのに時間を作ってくれて、「娘だと思ってるから、何かあったらいつでも帰っておいでね」って言ってくれる新潟の恩師
会社を辞めてからご飯に連れて行ってくれて、「妹だと思ってるから、気軽に連絡してね。これからが楽しみ」って言ってくれた違う課の先輩
「私が同期みたいな存在だと、終わりよければ全てよしで、無駄なことは何もないんですよ」って言ってくれた同期のような友達のような後輩
出会って3回目で、実家のお餅つきに呼んでくれた友達
英語が全然話せず、ほぼスマホを見せ合って会話してたのに、最後「出会えてよかった」と言ってくれた交換留学で日本に来ていたアメリカの高校生
私のふるさとワーキングホリデー最終日に、わざわざ顔を出してくれた、同じ気仙沼市内の他のゲストハウスの人たち
気仙沼での滞在中、親身になってくれて、ことあるごとに、何もなくても気にかけて連絡くれるゲストハウス架け橋のスタッフ
自己肯定感が低くて、扱いづらかった頃の私と親しくしてくれて、今でもつながりのある大切な人たち
そんなことがあるたびに、過去の出来事や、かけてもらった言葉、してもらったことを思い出しました。
よくいじられてたな。
「私についていくと、なかなかできない体験ができて嬉しい」って言ってもらったな。
私が書いた手紙に、お返事をくれることもあったな。
そういうことを思い出して、
私は今までもたくさんの人に大切にしてもらってきたんだなと思いました。今もそうだし、きっとこれからもそうなんだろうなと思います。
そんなふうに思えるようになって、
人の優しさや愛を受け取れるようになりました。自分を信頼できるようになりました。
詳しいことは、
『受け取り下手だった私が人の優しさや愛を受け取れるようになった話』
『自分を大切にできるようになった話』
という記事にも書いています。
辞めたから見えた景色
就活でよく聞かれる
「希望する部署でなかった場合はどうしますか?」という質問に対して、
「置かれた状況で最善を尽くします」
と答えていた当時の私。
今あの頃の自分に声をかけれるとしたら
「そんなんしてたら死んじまうぞ!」
そして
「置かれた状況で咲けないのなら、根っこが腐る前に咲ける場所に移りなさい」
と伝えると思います。
キャリアブレイクとは
break(休息)であり、
break(壊す)でもあったのだなと思います。
上司に退職を伝えた数日後、私は日記にこう書いていました。
「私は誰かの敷いたレールではなく、自分の人生を生き始めるために会社を辞めるんだ」
当時の私にとっては、それくらい大きな決断でした。
そして今、自分の人生を生き始めた途中です。
辞めるってどうしてもネガティブに捉えられがちだけど、そうじゃなくて余白を作るってことなのかも。
きっと辞めるから
見える景色があって、
できることがあって、
出会える人がいて、
気づくことがあって、
まだ知らなかった自分を知れて、
辞めるっていうのは脱皮なんだと思う。
終わりはいつだって始まりだ。
最後まで読んでくれてありがとう。