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さらば、たちづくり Vol.4― 地図を描く人ず、テントを建おる人のあいだで ―

    たちづくりの珟堎を芋おいるず、ずきどき「察照的なふたり」が䞊んで立っおいる瞬間に出䌚う。
    どこにでも必ずいるわけじゃない。
    むしろ、揃うほうが珍しい。
    でも、この二぀の圹割が偶然にも同じ堎所に立ち䞊がったずき、珟堎は劙にうたく回り始める。
    それは、個人の胜力ずいうより、圹割の“噛み合わせ”が良いからだ。

    ひずりは、瀟䌚を俯瞰しお地図を描く人。
    もうひずりは、テントを建おお珟堎を回す人。

    俺はどう考えおも、前者の偎の人間だ。
    目の前の䞀件より、その背埌にある構造のほうが気になっおしたう。
    珟堎の湿床より、瀟䌚の流れのほうに意識が向いおしたう。
    これはもう性栌ずいうより、気質だ。
    そしお、この気質は䟿利なずきもあるが、同時に厄介でもある。
    䞖界を広く芋おしたうぶん、目の前の现郚に降りるのが苊手になる。

    正盎に蚀えば、こういう“倩䞋芳”を持぀自分を、少し面倒くさいずも思っおいる。
    だが、だからずいっお無理に降りお語るのも、烏滞がたしい。
    俺は珟堎に匵り付くタむプじゃない。
    そのこずを自芚したうえで、珟堎に残る人の芚悟を芋おいる。

    地図を描く人ず、テントを建おる人

    地図を描く人は、目の前の課題を「構造の問題」ずしお捉え盎し、蚀葉にしお、制床に届く圢にする。
    地図がなければ、行政も倧孊も動かない。
    地図を描くずいう行為は、珟堎の“点”を瀟䌚の“線”や“面”に倉換する䜜業だ。
    その倉換がなければ、珟堎の努力は散発的な善意で終わっおしたう。

    䞀方で、テントを建おる人は、その地図の䞊で迷う人の手を匕いお、䞀緒に歩く。
    圹所ずの調敎、段取り、圓日の蚭営。 泥臭い仕事を党郚匕き受ける。
    圌らがいなければ、どれだけ立掟な地図があっおも、誰もその道を歩かない。

    片方が“制床を動かす人”なら、もう片方は“珟堎を動かす人”。
    どちらが欠けおも、地域は前に進たない。
    そしお、この二぀の圹割は、胜力の優劣ではなく、気質の違いだ。
    どちらが偉いわけでもない。 ただ、向いおいる方向が違うだけだ。

    珟堎に残る人が少ない理由

    珟堎に残るずいう遞択は、実はかなり難しい。
    どれだけ珟堎で感謝されおも、それが「成果」ずしお可芖化されなければ評䟡されない。
    珟堎で汗をかけばかくほど、皮肉にも蚀葉を玡ぐ時間は消えおいく。
    そしお、蚀葉にならない仕事は、組織の䞭では“存圚しなかったこず”になる。

    さらに、倧孊教員のような専門職の倚くは流動性の高い働き方を匷いられる。
    ひず぀の地域に長く腰を据えお信頌関係を築く生き方は、キャリア的には“割に合わない”。
    制床がそう蚭蚈されおいる以䞊、珟堎に残るこずは、合理的な遞択ではない。

    だからこそ、肩曞きを降りお珟堎に残る人に出䌚うず、胞が熱くなる。
    俺にはできない遞択だからだ。
    その芚悟の匷さが分かる。
    そしお、その芚悟は、地図を描く偎の人間には絶察に真䌌できない皮類のものだ。

    珟堎だけでも、制床だけでも回らない

    「じゃあ珟堎を回す人だけいればいいのか」ず蚀われるず、たったく違う。

    珟堎の人が党力で走れるのは、背埌に“構造を読み解く人”がいるからだ。
    構造を読む人がいるから、熱意だけの空回りを防げる。
    構造を読む人がいるから、孊生のボランティアが「䞀生モノの孊び」に倉わる。
    そしお蚀葉ずしお残す人がいるから、その珟堎で起きた奇跡が、別の地域の垌望になる。

    逆に、地図を描く人だけがいおも、珟堎は動かない。
    地図はあっおも、歩く人がいない。
    制床はあっおも、実装する人がいない。
    瀟䌚は、地図ず珟堎の䞡方が揃っお初めお動く。

    この“二局構造”を理解しおいる人は意倖ず少ない。
    どちらか䞀方を過剰に持ち䞊げたり、逆に軜芖したりする。
    だが、珟堎ず制床は、どちらも片方だけでは成立しない。
    それは、たちづくりに限らず、どんな領域でも同じだ。

    この堎所から䞖界を芋るず

    地図を描く人がいお。
    道を切り拓く人がいお。
    そこに若い゚ネルギヌが乗っかる。

    この䞉者が本気で握手したずき、倧孊も行政もNPOも、ただの“組織”を超えお、瀟䌚を枩かく倉える拠点になる。

    倩䞋芳を持぀俺は、これからも構造を芋続けるだろう。
    䞖界の動きず、地域の動きの“接続点”を探し続けるだろう。
    でも、珟堎に残る人の芚悟を忘れずにいたい。
    その䞡方が揃ったずきにしか、瀟䌚は動かないず知っおいるからだ。

    そしお、俺は降りられない偎の人間ずしお、降りる人の生き方を尊敬しおいる。
    その距離感こそが、俺の立ち䜍眮であり、俺の態床だ。

    さらば、たちづくりシリヌズVol.1〜3


     
     
    立呜通倧准教授博士孊術。日々の颚景や路地裏の違和感から、䞍完党な瀟䌚を芳察。孀立や貧困、居堎所づくりなど瀟䌚の呚瞁を研究。NPO぀ながるKYOTO理事長。論文に収たらない「珟堎の䜓枩」を゚ッセむで綎りたす。䟝頌kotsuji@fc.ritsumei.ac.jp

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