
さらば、まちづくり Vol.1 −まちと学生の幸福な関係を探す旅へ−
大学生の頃から、気がつけばずっと「まちづくり」という言葉のそばにいた。 NPOを立ち上げたり、財団の理事をしたり、審議会で意見を述べたり、大学で授業を担当したり。 気づけば、この分野のど真ん中に立っていた。
まちづくりは、良いものだと思う。 学生たちが地域で楽しそうに動いている姿を見ると、こちらまで嬉しくなる。 その光景は、何度見ても好きだ。
だけど、ふと胸の奥で引っかかるものがある。
学生がまちづくりに関わることは、本当にその学生の幸福につながっているのだろうか。
卒業後の姿を見ていると、「あの経験が生きているな」と思える人もいれば、 「もしかすると、別の形の関わり方のほうが良かったのかもしれない」と感じる人もいる。
できれば、多くの学生にとって、まちと関わった時間が「やってよかった」と思えるものであってほしい。 学生を受け入れた地域の人にとっても、温かい記憶として残ってほしい。
でも、大学で出会える学生も、地域で出会える人も限られている。 だからこそ、一度立ち止まって、これまでの“まちづくり”という枠をそっと手放してみたいと思った。
その気持ちを込めて、 「さらば まちづくり」 という言葉を旗印にしてみる。
学生のまちづくりは、幸福をつくり出せるのか
大学は文部科学省から「地(知)の拠点」としての役割を求められている。 その流れの中で、学生のボランティアコーディネートや地域連携が広がってきた。
学生にとっては学びの機会になるし、就職や進学に役立つことも多い。 地域からも「学生さんに手伝ってほしい」と声をかけてもらえる。
ただ、ここでまた立ち止まってしまう。
これは、本当に健全な関係なのだろうか。
学生が“役に立つ存在”として扱われることが当たり前になっていないか。 大学が“地域貢献の実績”を求められるあまり、学生の学びが置き去りになっていないか。 地域が学生に頼りすぎてしまう構造をつくっていないか。
まちづくりは、誰かの善意や熱意だけで回っているように見えて、 実はもっと複雑な力学の上に成り立っている。
だからこそ、学生と地域の関係を「幸福」という軸で見直してみたい。 そのための旅を、ここから始めてみようと思う。