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一メートルの凪③

    ※一話はこちら 一メートルの凪①|タナベヒトシ

     九月の半ばだった。

     その夜は自分が先にいた。乾燥機はまだ回っていて、残り二十分以上ある。ベンチに座って、何をするでもなく蛍光灯の光を浴びていた。

     自動ドアが開いて、彼女が入ってきた。同じランドリーバッグ。髪は今日も束ねていたが、いつもより少し乱れていた。

     彼女は自分を見た。前回のような一瞬の硬直はなかった。目が合って、小さく頷いた。頷き返した。

     それだけだった。

     彼女は奥の洗濯機に洗濯物を入れて、硬貨を入れて、ボタンを押した。いつもと同じ手順。そしていつもの端のベンチに座った。自分との距離は、前回と同じ五台分くらいだった。でも、空気は前回ほど硬くなかった。

     今日はイヤホンをつけなかった。

     洗濯機と乾燥機が同時に回っている。二種類のリズムが重なって、店内に低い振動が満ちている。その音を聴いていた。彼女が何をしているかは見ていなかった。

     しばらくして、彼女が口を開いた。

     「いつもこの時間ですか」

     少し間を置いて答えた。

     「だいたい」

     彼女はそれ以上何も言わなかった。自分も何も言わなかった。質問と返答。それだけが蛍光灯の下に置かれて、すぐに機械の音に吸い込まれた。

     乾燥機が止まった。立ち上がって衣類を取り出した。畳みながら、床を打つ小さな音が聞こえた。規則的で、洗濯機のリズムに近かった。

     畳み終えた衣類を袋に入れて、店を出た。外の空気は九月の夜にしては涼しかった。虫の声が聞こえた。

     自転車の鍵を外した。彼女の声が電話のときとは違っていた。低くて、少し掠れていて、あの場所の空気に馴染む声だった。

     
     
    小説を書いています。普段の生活の中で感じたことを、静かな文章で表現したいなと思っています。1作目「線」、2作目「一メートルの凪」、今は3作目「アスカ」という作品を書いています。

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