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Photo bylandyny

不器用な街 第四話 〜ミサキ〜


    来た!トオルさん、やっと来た...!

    レコード店で挙動不審な挨拶をしてから、私は前よりも頻繁にギャレットに立ち寄るようになった。けれど、なかなかトオルさんに遭遇することはできず。といっても、あれからまだ2週間も経っていないんだけど。私、もう2〜3日に1回くらいのペースでギャレットに来てるかもしれない。

    友達から飲みに行こうと誘われれば毎回ちょうどいいとばかりに「じゃあギャレットにしよう!」なんて言って、私はなんとかトオルさんに会えないものかと唯一の接点であるこのバーに足繁く通っていた。


    そしてやっと今日、トオルさんが店にやってきたのだ。
    念願の再会とばかりに店に入って来たトオルさんを目で追っていると、一緒に飲んでいた常連仲間のアキさんがからかうように囁く。

    「ねぇ、トオルさんって今入ってきたあの人でしょ。ミサキ、すごい見てたよ」

    アキさんは、私が最初に店に来だした頃に話しかけてくれて、すぐに仲良くなった。それ以来ここで会うとこうして一緒に飲んだり、くだらない話で盛り上がる。多分年は結構離れていると思うけど、姉妹みたいに笑いのツボやノリが合うのだ。某有名ホテルのフロントで働いていてこの街も長く、なんでも相談できて頼りになるお姉さん的な存在。

    「バレました...?」

    「じゃ、あたしはそろそろ帰ろうかな。せっかく会えたんだし、話しかけてきなよ」

    「え...アキさんも一緒に話しましょうよ...!」

    「いやいや、そこは1人でいった方がいいでしょ。みんなで盛り上がるだけだと、ただのバーで会う飲み仲間になっちゃうよ。それに彼、あんまり大人数で話すの好きじゃなさそうじゃん」

    確かに...。これまでの私の話を聞いて、アキさんは冷静にアドバイスしてくれた。


    アキさんにけしかけられ思い切って話しかけに行くと、トオルさんはいつものように落ちついた様子で一緒に飲むことを了承してくれた。またしても勢いだけで乾杯しましょう!なんて一言告げて、一旦逃げるように戻ってきちゃったけど大丈夫だっただろうか。

    でも今日は結構飲んでるせいか、あんまり後ろ向きな気持ちにならない。むしろこの波に乗ってできることなら距離を縮めたい。お酒の力を借りてっていうのもなんかダメな気もするけど、失礼じゃなければ大丈夫だよね、きっと。

    「や〜いいなぁこういうの。聞いてるだけでドキドキするね!頑張って。また進展あったら話聞かせてね」

    アキさんはそう言ってひと足先に帰っていった。
    よし、せっかく会えたし、がんばろう。深呼吸をしてから、トオルさんの方に向かう。

    何はなくとも笑顔と途切れない会話!だよね。私みたいな特別キレイでも可愛くもない平凡なタイプはやっぱり愛想で勝負だ。アキさんも「ミサキって常識はあるけど無邪気なとこがいいよね」って前に言ってくれたし。年上の人から見ると、私ってそう見えてるのか...なんて思う。


    トオルさんはいつも通りお店の端っこの方でジントニックを飲みながら、ガーリックシュリンプを食べていた。あの組み合わせ、よく見る。絶対お気に入りだよね。

    「そのエビのやつ美味しいですよね!私も好きです。マルさーん、私レッドアイください」

    さりげなく、でもあんまり知らないようなフリをしながら話しかけてみる。だって「いつもそれ頼んでますよね」とか言ったら怖いよね多分。

    程よく酔いたい日は飲みすぎないようにレッドアイ。マルさんが少し細めのビアグラスになみなみと注がれたレッドアイを持ってきてくれた。
    赤いグラスをトオルさんのカットライムが浮かぶ透明なジントニックに寄せて乾杯。ちょっと強引だったかもしれないけど、ほんとに一緒に飲むことができて嬉しい。今月いっぱいここに来たのがなんだか報われた気がする。

    「えーと、今日は彼は一緒じゃないの?」

    トオルさんが振ってくれた話に、なんのことだろうときょとんとする私。

    「彼?彼って誰ですか?」

    「この前レコード屋で会った時に、一緒にいた彼」

    えっ...あぁ!ハヤトのことだ。うわぁそんな風に見えてた?彼氏持ちだと思われるのは絶対よくない。すぐにハヤトは友達だということをつらつらと告げる。そのまま会話の流れで、あの時会ったレコード屋さんのことを聞いてみる。

    「っていうか、トオルさんもレコード聞くんですね!DJとかするんですか?」

    「いやぁそんなんじゃないよ。ただ好きで、家でたまに流すだけ」

    DJじゃないレコードを買う人というのが、よくわからない。CDすら小学生くらいの時にしか買ったことがないし、今なんて携帯でしか音楽を聴かないから、レコードを買う人はマルさんやハヤトみたいに音楽をどこかでかけたりする人なのかなと思っていた。
    よくわからないけど、せっかくのというか唯一の会話のきっかけのような気がして、知らないながらもレコードや音楽の話などをいろいろ聞いてみる。


    トオルさんは私の取り留めない話にも、いつもの落ち着いた様子で相槌を打ってくれた。私が普段こんな音楽を聴くと言うと、それを否定するでもなく、自分の好きな音楽をゴリ押ししてくるわけでもない。同年代の友達と盛り上がる感じとはちょっと違ってなんだか新鮮だ。

    私がキャンプとかアウトドアも最近好きになったという話をしたところ、トオルさんはたまに山に登ったりするとのこと。え、結構趣味近くない?
    今度一緒に山に登ったりしてみたいな...。そんなことを言ったらグイグイ行き過ぎだろうか。

    思ったよりも話が弾んだような気がして、お酒も進んでいく。
    あんまり酔わないようにとレッドアイにしたはずなのに、勢いに任せて話をしながらごくごくと飲んでいたら知らないうちに結構酔っていたみたい。
    そういえば私、トオルさんと話す前にアキさんともここで2時間くらい飲みながら話してたんだった。
    ちょっと舞い上がりすぎたかも。フラフラしたりしないようにカウンターにもたれていると、トオルさんがマスターにお会計を頼んだ。

    えっ、もう帰っちゃう...?

    まだ話したいけど、でももう飲まない方がいいかも。だけど、せっかくこんなに話せたし、次にいつ会えるかわかんないし、っていうか連絡先聞きたかったけどまだ聞けてないし...!

    「もう帰っちゃうんですか?えー、私どうしようかなぁ。もう一杯飲もうかなぁ。トオルさん、家はどっちの方なんですか?」

    すごいめんどくさい人になっちゃったかも。なんとかもう少し一緒にいれないかと、酔っているのをいいことに優柔不断なことを言いながらさりげなくトオルさんのことを聞いてみる。

    「店出て、右に歩いてく方向かな。若葉町の方」

    「え、ほんとに?私も若葉町です〜。何丁目ですか?」

    「2丁目」

    若葉町2丁目!?一緒だ...。
    もしかして、家すごい近かったりする?私は興奮気味に自分の家のあたりがどのあたりなのか説明すると、トオルさんが言った。

    「北公園だよね。俺その向かいの花屋の、2軒隣のマンションだよ」

    「えーめちゃくちゃ近い!お花屋さんわかります、多分うちから歩いて30秒くらい!」

    待って、これ、かなり奇跡じゃない?
    そりゃあ家の近くだからここにもよく来てるんだろうけど、まさかそんなに近いと思わなかった。もしかしたらここで会った飲み友達の誰よりも近いかもしれない。
    どうしよう。これから近くのコンビニ行くのも気をつけなくちゃ。寝起きのボサボサのままとか、休みの日にスッピンで行ったりもうできないよ。
    でもそんなに近かったらまた偶然会えるかも...!

    そんなことをぐるぐる考えていると、マスターがお会計を持ってきながら言った。

    「ははは、すごいっすね。めちゃくちゃご近所さんじゃないすか。どうする?ミサキちゃんもお会計して一緒に帰る?それかトオルさんももう一杯ぐらい一緒に飲んでから帰ります?」

    「えーうわーどうしよー!」

    一緒に帰りたい!でももう一杯飲めるならここでもう少し話もしたい...。 だって家までなんてせいぜい歩いて10分ちょっとだし、帰ったらすぐバイバイだよね。でも帰り道なら連絡先聞けるかも...。

    私がそんな下心ばっかりの頭で悩んでいると、トオルさんがさらりと言った。

    「今日はもう帰るからこれでマスターとミサキちゃん、一杯ずつどうぞ。じゃあ、ごちそうさまでした。...ミサキちゃんも、また」

    「あっえっ?そんな!ダメですよ悪いです!」

    「いいからいいから。残れないお詫びに。じゃあおやすみなさい」

    「オレまでいただいちゃっていいんすか?ありがとうございまーす、おやすみなさーい!」

    私が焦っている間にマルさんがにこやかにお見送りをして、トオルさんはあっさり店を出て行ってしまった。
    えぇぇ、止めてよマルさん。今一緒に帰るか、もう少しここにいれるかの2択だと思ってたのに、まさかの私だけ居残り...?
    ドアのカランという音が響いて、店内のBGMが聞こえなくなるくらい虚しい気持ちになる。

    「あー、ミサキちゃん、ごめんね?もう一杯飲もうかなって言ってたから、よかったじゃんと思って普通にトオルさんからいただいちゃったけど、もしかしてもう帰るつもりだった...?」

    「いえ、いやぁ...それは正直どっちでもよかったんですけど......。もう少し一緒にいたかったなって...」

    「え?...あ、そういう感じ!?なんだ、やたらトオルさんに絡んでるから、今日はだいぶ酔ってるのかなって思ってたけど、そういうこと?そうか〜、いや、それは悪いことしたね」

    マルさんが驚いてからニコニコ、ちょっとニヤニヤと私を見る。酔いと恥ずかしさでカウンターに突っ伏すとマスターが言った。

    「そっかぁ、トオルさんかぁ...。ミサキちゃん、なかなか渋いとこいったねぇ」

    「渋い?渋いって...?もしかしてトオルさんって彼女いたりします...?」

    「どうだろ、わかんない。多分いないんじゃないかなと思うけど...。あの人、あんまり自分の話しないからなぁ。ちょっと距離詰めるの難しそうな雰囲気あるよね。...いや、でもオレは応援するよ!
    ところでどうする?ほんとにもう一杯飲む?もしあれだったら、ミサキちゃんもあの後すぐ帰っちゃったんで〜って言って、次来た時にトオルさんにお返ししとくとかでも全然いいけど」

    「...いえ、飲みます。せっかくいただいたのに、なんか拒否してるみたいに思われたらやだし...」

    「はは、じゃあ何かあったかいものとか、ノンアルにでもしようか?」

    「......マルさん、気持ち悪いって言わないでくださいね」

    「え、何?」

    「...ジントニックください。薄めで」

    マルさんはなるほどねと言って手を叩きながら笑うと、薄めのジントニックを作ってくれた。こうなったら、マルさんにトオルさんのこと色々聞いてみよう。応援してくれるって言ったし。


    それにしても、今日はたくさん話せてよかったなぁ。やっぱりあの落ち着いた声とか、ちょっと一匹狼みたいな感じとかがすごくかっこよく思えちゃう。
    どんな人なのか、もっと知りたい。

    世間話しかできなかったのに、私はこの淡い気持ちが微かに、でも確実に恋に変わっていくのを感じながら、初めて頼んだジントニックを飲んでみた。
    ライムの爽やかな香りと、普通の炭酸とは違うほんのり甘くてちょっと苦いような味わい。これがジンの味なのかな、それともトニックウォーターの味だろうか。ビールより強いアルコールの気配がしつつも薄くしてもらったからか、すっきりしていてすごく飲みやすい。

    透明なグラスに満たされた初めて口にしたカクテルに、どこか惹かれるような気持ちになったけれど、多分この魅力的な味にはジンとトニックウォーター以外にも、今日の時間とか、色々な成分が入っているんだと思う。




     
     
    2021年1月より毎日投稿始めました。身の回りの事、ふと感じた事、頭の中の物語などを書いています。 質問もnote質問箱にて募集中です!

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