
水彩詩集!拝啓文芸部~雨の日の傘と若き日の僕
雨の日の銀座。アスファルトに反射するネオンの光が、重たく垂れ込めた雲の影と混ざり合い、妖しく街を彩っていた。
40代を迎えた僕は忙しく駆け回り、数寄屋橋のスクランブル交差点で信号待ちをしていた。
手に握りしめた雨傘に当たる雨音が、まるで時計の針の刻む音のように規則正しく響いている。
ふと、雨のカーテンの向こう、対岸の街頭に立つ一人の男に目が留まる。
僕は思わず息をのんだ。「えっ!僕じゃないの?」
スーツにしわを寄せ、濡れた髪を気にすることもなく、ただじっと信号が変わるのを待つその姿。それは、20代の頃、日々の業務に追われながら必死に生きていた「過去の僕」そのものだった。
20代当時の僕は、未来への不安と微かな希望を同時に抱え、いつも急ぎ足でこの街を歩いていた。
終電間際の銀座の夜風、理不尽な叱責に耐えた帰り道の雨。あの頃の不器用な情熱や葛藤が、記憶の底から鮮やかに蘇(よみがえ)って来る。
僕が凝視する先の背年は、降りしきる雨を気にするそぶりはない。僕はその若き青年に無性に声を掛けたくなった。

歩行者用の信号が青へと変わる。
一斉に色とりどりの傘の波、人々が交差点へと踏み出していく。
濡れた傘の群れが波のように押し寄せ、僕は吸い寄せられるように、その青年の姿を目線で追い続けた。
すれ違う人々、揺れる雨粒、重なり合う傘の隙間……。
交差点の中央付近に差し掛かった時、ふっと視界が遮られた。
通り過ぎる人波をやり過ごし、再びその場所を探したが、すでに青年の姿は雑踏の中に消えていた。
あれは幻だったのか? あるいは、雨が見せた束の間の夢だったのか。
僕は傘を少し持ち上げ、彼が消えて行った方向をじっと見つめていたが、彼の姿は見当たらなかった。
「大丈夫だ、そのまま走れ」
かつての自分へ、そしてかつて彼が辿り着くはずの未来を生きてきた今の自分へ。心の中で静かにエールを送りながら、僕は雨の銀座の街へと再び歩き出した。
「自分の信じる道を、正しく歩め」と、自分に言い聞かせるように。
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