
ただいま緊張が大変混み合っております微笑みまでもう少々お待ち下さいませ
( 4,410文字 所要時間約8分 )
中学2年。書き始めながら思い出したのは、初めて自慰という物を経験したのは確かこの年だった。
得体の知れない明らかに尿とは違う固い液体がその管を駆け上がってくる感覚は快楽というより、恐怖に近かった覚えがある。
口と口を交えるキスという物を初めてしたのもこの年、相手はソフトボール部のキャプテンをしていた子だ。レモンの香りがするはずだったが、全くしなかった。昨年他の幼馴染の友人から、その子は今から8年前に亡くなったと聞いた。
雑多で未熟で青臭い年代。
その年、全校音楽会の中で取り組む演目のひとつに「独唱」があり、その日はその最終メンバー6人を決める選考会があった。選考されるのは12人、課題曲の1番を体育館内のステージ上でひとり、学年生徒約250人が見守る中で順番に歌うのだが、確か私は5番目だったような気がする。
右側にいた4番目の者が歌い終わり、私の番が来て口を開けた。
声が出ない。まったくからっきし出なかった。
掠れてとか詰まってとかいう問題でなく、ふんともすんとも声が出なかった。金魚、目を丸くして
必死で口をパクつかせる金魚だった。糞が出なかったのは幸いだ。
床に体育座りをしながら静かに見ていた生徒等は見るに耐えなかったのだろう、気まずくざわついたその光景はなぜか鮮明に脳裏に焼き付いている
ステージ脇で進行をする教師が事態を見かねて、やんわり次の生徒に歌唱が移るよう事を進める。その時子供であるなりに、説明のしようのない黒い感情の塊で胸から喉がいっぱいになった。
「緊張からは何も生まれない」
蚊を退治する効能は万人から重宝されているがそっちの金鳥ではない。緊張だ。英語ではnervousというらしい。
医師なのか識者なのか、誰かが言った言葉らしいのだけれども、そんな過去の苦い経験然り、窮地に立たされた今までの経験を思い返してみれば、その言葉の意味と重さそして確かさを痛感する。
緊張という物を強いられる場面や過去の出来事は、皆誰しもが経験しているであろう。理学的には適度な緊張感がある状態は決して悪くないのだそうだが、思考や身を固く萎縮させるような強いそれは、その言葉通り望む方向への推進力を妨げる物のような気がする。
どうすればいいのだろうか。
人間そんな時は「笑う」、笑うしかない。
もう10年以上は前か、私はテレビ放送で「褒めちぎる教習所」という名の自動車学校が存在する事を初めて知った。場所は三重県の伊勢ではなかったろうか。
この自動車学校が素晴らしかった。
教習所での特に実地授業、私の時代を知る限りおおかたの教官は高圧的で横柄だった。
違う何人かの教官からも指導を受けたが、全員判を押したように同じであった。怒鳴られ、嫌味を言われため息をつかれ、そんな授業が苦痛でないわけがない。
カメラが実地教習での車内の様子を映し出す。
おぼつかない自分の運転操作に悪戦苦闘する生徒のその横の助手席で、文字通り教官は褒めちぎるのである。
褒めて、褒めて、褒めちぎるのだ。
ハンドルを切り損ねる、エンストする、縁石にゴツンと乗り上げて車体が激しくバウンドする。
教官は何が起きてもネガティブな言葉はいっさい発しない。
どんまい、でも今のトライすっごい良かったよ
気にしないでぇ、タイミングは最高だったよ
ナイス完璧ぃ、感覚つかめて来たね
生徒達はまるでTDRのアトラクションにでも乗っている様に楽しそうにハンドルを握る。彼等の中に理不尽な抑圧や抵抗がないから、教官の言葉や教えがすぅっと耳に入ってくるのだろう、自ずと呑み込みも早くなる、生徒みんながそうやって無事免許を取得するのである。
免許を取ろうとする若者が減少傾向である今日でも、ここは入校希望者が絶えず安定しているとレポートしていた。
車の運転。高齢ドライバーの誤操作による事故はとても多い。当然その原因は事故ごとに存在するのだけども、私はそこにも少なからず目に見えない「緊張」という物が作用しているケースがあるような気がしてならない。
事故を起こしてはならん、アクセル、ブレーキ、うん、ここ、これがアクセル、そう、よし。
ここがブレーキだな、大丈夫じゃ。
一応シフトも、ここが進む、Dだ。下がる時が…
同年代の者が起こす事故が多発している。その事を認識しながら、そんな風に発車前の確認作業をする方もいるかもしれない。もちろんそれは良いのだが、それが「気の引き締め」に止まらず緊張感というものに形を変え始めると、少し様相が変わって来る様な気がする。
過ぎたるは及ばざるが如し
意識せず車を難なく操作している時のそのリラックス感、それもひとつの安全性であろう。
そういう時、人はきっと険しい顔はしていない。
笑い。笑う事。笑顔がもたらす心身へのメリットはもう言うまでもない。副交感神経や免疫機能の活性化、有効なホルモンの分泌、脳と体はリラックスするのである。とりわけスポーツ分野でもこの働きを最大限に活かすことは、いまや当たり前の取り組みだ。
カーリング競技で以前、人気を博した女子チーム「ロコ・ソラーレ」。
「そだねー」という返し言葉で相手を受け入れて肯定する事で、人間同士間で芽生えがちな微細なストレスも排除する。ミリ単位のズレが結果を左右する競技、全神経をそこに集中させるためのチームとしてのあり方が、彼女達のあの笑顔にも表れていた。
高校野球。修行僧のような丸坊主、生死の瀬戸際特攻隊のような形相でバッターボックスに立つ高校球児は今や少ない。
「苦しい時こそ笑っていよう」監督の一貫したその指導のもと、数年前に甲子園に出場したどこかの野球部が話題になったことがある。能力を引き出すための科学か、心の教育か。両方なのかもしれない。
アウトになろうが三振しようが、最後敗戦で試合を終えた時でさえ、彼等は徹底して笑顔を絶やさなかった。テッドボールを喰らった時でさえ、痛みで瞬間顔を顰めるものの、途端に表情は笑みに変わる。もうもはや恍惚の表情にさえ見えた。
笑みはその痛みさえも忘れさせるのか。
私事だが以前自宅にて、大量の洗濯物を抱え洗面所から出ようとしたその刹那、左足小指を柱角で鋭利に痛打、形相がムンクの叫びに変貌するのを自覚しながら、私は床に転がりもんどり打った。
そうだ、笑いが痛みを和らげるのだ
咄嗟にその一抹の希望を思い出した私、よだれと涙を垂れ流しながら必死で笑ってみようと試みた
「 くうううっ、ううぅ… うひゃぁ…
ひゃ、ひゃは、あひゃあひゃひゃあぁ… 」
例外もあるようだった。ぜんっぜん痛い。
液体にまみれた顔、ばら撒いたタオルや妻の肌着に埋もれ芋虫のように床をのたうち回る中年男、いま想像するだけでもおぞましい。
犬はご主人様が笑っている顔を見つめながらスヤスヤ眠ってしまう。笑いの前では国境どころか、生物の垣根さえ意味をなさない。
んがぁしかしっ
人間とは、実に都合のいい勝手気ままな生き物である。笑顔を携えている事で、時に人間は墓穴を掘ることがあるから世の中という所はややこしいニヤニヤしながら新宿2丁目をウロついてると尻穴を掘られるのとはわけが違う。
事は数年前、超大型の台風上陸でとある地域が甚大な被害に見舞われた。いつのどこの災害であったかは覚えていない。
予断を許さない状況が続き、テレビでは気象庁が行う説明会見が連日放送されていたのだけども、広報なのかシステムの方なのか、一連の会見で、ほぼいつも進行を担っていたのは、その松田さん
(仮名)という男性であった。
警戒レベルの説明、進路被害状況、備えや行動に伴う注意喚起。被災地周辺のみならず多くの視聴者が日々注視していたであろう。
その日も、会見の口火を切ってマイクを手にしたのは松田さんであった。
事は災害だ。深刻である事はもちろん、テレビ越しであっても会見が始まるたび緊迫感が漂う。
松田さんが会見を始める。その日もそうだった。しかし彼はなぜかいつも、終始一貫してにこやかに笑みを携えているのだった。柔和で穏やかな。
端的に言ってしまおう、笑っているのだった。
唐突なのだが、ここで藤井風の曲をワンフレーズだけ挟ませてもらう。
それは何なんっ
「このあと雨の勢いはさらに強まるはずです
絶対に河口や崖下には近づかないで下さい」
「命に危険が及ぶレベルです。避難する事を最優
先に行動して下さい」
何を言ってもまるで手芸講座の先生の様だった。
松田さんっ、それは何なんっ
会見を見ながら、水がジワジワ沁みて来る様なこの違和感はなんなのだろうと感じていたが、いまそこにある事の種類とそれが絶望的にそぐわなかったのだ。アンマッチも甚だしかった。
トゥーマッチベリーマッチ、ハイティーンブギ
それマッチッ、いやぁでも待てっ。
疑念が沸いても人間かんたんに事を決めつけてはいけない。
そんな時だからこそ、彼は敢えて表情を和らげる事で国民の不安を軽減しようと。それとも、告別式に参列するたび無性に笑いたくなるという類の偏屈狂…。いやいや、究極の楽観主義者か。
しばらくしての後、松田さんが会見をする姿を見る事はなかった。私は思っている。あれは松田さん自身が単純に温和なお人柄であっただけなんだと。でも世間は甘くなかった、普段SNSを覗く事などあまりしない私も、そこに松田氏へのクエスチョンを感じた人達の声がたくさん寄せられていたのを目にした。
笑いとは緊張の緩和とも言われる。それにはいくつかの解釈がある様なのだが、その時松田さんの優しさがしなくてもよい緊張の緩和をしてしまったのかもしれない。
駄文が長引いた。
まとまらない。チャーター機から降り立ったトランプさんの髪くらいとっ散らかってしまった。
私はいま電車に揺られている。
みんな一様に無表情だ。何を考えているのだろうきっと何かを考えているのだ。
両親のこと、知人のこと、このあと顔を突き合わせる無愛想な上司のこと。
肩は凝るし腰もだるい、喉が痛い、口が臭い。
月末楽天カードの請求、実家の後片付け、義理の娘の誕生日が来週だった。去年贈ったブラウスは着ている姿を1度も見た事がない。
作家奥田英朗が作品の中で、「気が重いボックス」と表現していたのは、そんな諸々の思いが入った箱の事なのだろう。胸の中で抱えているその箱の重さで、心も知らぬ内にその身を固くさせているのかもしれない。
外に出て上を見てみる。空なぞ久しく見ていなかった。ついでにふたつかみっつ深呼吸をしてみると耳の後ろあたりが少し軽くなる様な気がした。悪くなかった。
そして、ゆっくりと笑う。笑ってみるのだ。
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