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ハラホレ道中記 福井編 10 エッセイ編


    第九話 そして交差する の巻


    ↑前回の話


    (省略)

    「お、お待ちくだされー!殿下ー」

    三人の声が庭園に響く。

    その声は、どこか楽しそうだった。

    ――という冗談はさておき。


    〜まつや千千〜

    朝六時に目を覚ます。

    まだ静かな館内を歩き、朝風呂へ向かった。

    露天風呂に身を沈める。

    昨夜とは違う、朝のやわらかな光が湯面を照らしていた。

    澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。

    気持ちがいい。

    旅もいよいよ終盤だ。

    この景色も見納めかと思うと、少し名残惜しくなった。

    風呂から上がると、昨日は空いていなかったマッサージチェアが空いている。

    腰を下ろして身体をほぐしていると、妻も風呂から出てきた。

    湯上がりで頬がほんのり赤い。

    「気持ちよかったわー」

    その一言に全てが詰まっていた。

    そのまま館内で開かれている朝市へ向かう。

    会場には福井の特産品がずらりと並んでいた。

    朝から大勢のお客さんで賑わっている。

    店主は一人で接客に追われていた。

    大変そうだが、どこか楽しそうでもある。

    品物を眺めていると、

    「これおすすめですよ」

    と甘エビの岩のりを勧めてくれた。

    結局、甘エビの岩のりとへしこ、焼き鯖寿司を購入。

    旅の思い出がまた一つ増えた。

    朝ごはんを済ます。


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    これが豪勢な朝ごはん。



    部屋へ戻り、のんびりと帰り支度をする。

    私は旅先で、その土地の朝の情報番組を見るのが好きだ。

    関西なら『おはよう朝日』。

    福井ではどんな番組をやっているのだろう。

    少し楽しみにテレビをつける。

    しかし、どのチャンネルも全国放送ばかりだった。

    どうやらローカル番組はもう終わってしまったらしい。

    少し残念だった。

    チェックアウトを済ませる。

    本当は東尋坊へ向かう予定だった。

    だが天気予報は雨。

    相談した結果、福井市内を観光することにした。

    それが思いがけず、この旅で一番心に残る場所との出会いになった。


    〜養浩館庭園〜

    福井駅に着き、観光案内所で近くの見どころを探していると、「養浩館庭園」という名前が目に留まった。

    正直、あまり期待はしていなかった。

    市内の庭園。

    京都や旅先でもたくさん庭園を見てきた。

    きっと綺麗なのだろうが、それ以上の驚きはないだろう。

    そんな気持ちで向かった。

    受付でチケットを買い、中へ入る。

    薄暗い廊下。

    古い木材の香り。

    畳の匂い。

    静かな空気。

    格式ある建物だなと思いながら歩いていく。

    狭い通路を進み、角を曲がった。

    その瞬間だった。

    思わず声が漏れた。

    「うわぁ……」

    目の前に信じられない景色が広がっていた。

    先ほどまでの閉じた空間とはまるで別世界。

    大きく開かれた窓。

    その向こうに広がる池。

    そして庭園。

    部屋には柔らかい光が差し込み、景色全体が輝いている。

    あまりの美しさに言葉を失った。

    まず目を奪われるのは広大な池だった。

    庭園はその池を囲むように広がっている。

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    縁側へ出る。

    すると、自分がまるで池に浮かぶ館の中にいるような錯覚に陥った。

    風が吹く。

    鳥が鳴く。

    木々が揺れる。

    どこかで水の流れる音が聞こえる。

    癒やしという言葉を形にしたら、きっとこんな場所になるのだろう。

    福井市の中心部に、こんな空間があることが信じられなかった。

    これまで訪れた数々の庭園が頭をよぎる。

    それでも私は思った。

    ここが一番好きだ。

    少なくとも今の私にとっては。

    ここにずっといたい。

    そんな気持ちになった。

    館内を歩く。

    部屋を移る。

    角度を変える。

    そのたびに違う景色が現れる。

    どこを見ても美しい。

    庭園へ降りて散策する。

    池越しに見る館は、本当に水面に浮かんでいるようだった。

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    あまりに夢中になりすぎて、写真を撮ることすら忘れていた。

    慌ててスマホを取り出す。

    しかし、どこを切り取っても絵になる。

    さっきまで降っていた雨のおかげだろうか。

    苔は瑞々しく輝き、

    葉には雨粒が残っている。

    散策中、蜘蛛の巣を見つけた。

    雨粒がいくつも引っ掛かっている。

    まるで宝石だった。

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    そんな小さな景色にまで心を奪われる。

    旅の最後にここを選んで本当に良かった。

    そう思った。

    帰りの新幹線の時間は近づいている。

    それでも、少しでも長くここにいたかった。

    私たちは再び縁側に腰を下ろした。

    風が池の水面を揺らす。

    木々がさわさわと鳴る。

    何もしない時間が、ただ心地よかった。

    そんな時だった。

    遠くから賑やかな声が聞こえてきた。

    「風の吹くまま、気の向くまま!」

    思わず妻と顔を見合わせる。

    「……ん?」

    声のした方を見る。

    庭園の奥をふたり組の男性が歩いている。

    一人は妙に偉そうな格好。

    もう一人は年配の付き人のようだ。

    そして、その周りを小さな何かが飛び回っている。

    「あれ……」

    妻が目を細める。

    「恐竜博物館におった人らちゃう?」

    「え?」

    もう一度よく見る。

    「あっ!」

    「ほんまや!」

    「そういえば芦原の田んぼの前にもおったやん!」

    「おったおった!」

    二人で顔を見合わせて笑う。

    「あの格好、目立つからなぁ」

    ふたりは楽しそうに話しながら歩いている。

    こちらには気づいていないようだった。

    「YouTuberかなぁ」

    「たぶんそうやろな」

    「帰ったら探してみる?」

    「動画に映ってるかもしれんで」

    そんな話をしているうちに、ふたりの姿は木々の向こうへ消えていった。

    風が吹く。

    池の水面がきらりと光る。

    「あの人ら、結局なんの撮影やったんやろな」

    「さぁなぁ」

    私はもう一度庭園へ目を向けた。

    どこかで、

    「お、お待ちくだされー!殿下ー!」

    という声が聞こえた気がした。

    つづく

     
     
    日常のちょっとした出来事や気づき、 そして短い物語などを書いていくつもりです。

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