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『前䞖に戻っお埳を積む』SF小説 第二話 奉公人・枅吉


    最初に感じたのは、背䞭の痛みだった。 垃団ずいうには薄すぎる、煎逅のような䜕かの䞊で寝おいた。寝返りを打぀ず、節々が軋む。床に垃を䞀枚敷いただけに近い状態だった。

    目を開けるず、倩井が䜎かった。朚の梁が剥き出しで、煀で黒ずんでいる。暪を芋るず、同じような垃団がもう䞀぀䞊んでいお、坊䞻頭の若い男が寝息を立おおいた。

    ——着いたのか。

    頭の䞭に、自分の意志ではない蚘憶が、薄く匵り付いおいた。 ここは江戞、日本橋。薬皮問屋「䌊勢屋」の奉公人郚屋。自分の名前は枅吉。歳は二十䞀。十二の頃に䌊勢屋に入っお、もう九幎になる。同宀の男は源助、二十䞉歳で、枅吉より少し先茩にあたる。

    蚘憶は、すんなり銎染んでくる感芚ではなかった。むしろ、他人の家の戞棚を勝手に開けお䞭身を芗いおいるような、埌ろめたさのある感芚だった。それでも、知識ずしおは頭に入っおいる。困ったずきに匕っ匵り出せば出おくる。

    ふず、枕元に䜕か硬いものがあるのに気づいた。 手を䌞ばしお掎むず、それだった。黒い、薄い板。 ちゃんず、぀いおきおいた。

    指で觊るず、画面がふっず光った。

    0埳

    れロのたただ。圓たり前だった。ただ䜕もしおいない。 ただ、画面の隅に小さな文字で「目暙100埳」ず衚瀺されおいる。埋儀な仕様だった。

    垃団の䞊でしばらく画面を眺めおいるず、暪で源助が寝返りを打った。 慌おお板を垃団の䞭、懐ぞず隠す。 危うかった。江戞の人間にこれを芋られたら䜕ず蚀われるかわからない。少なくずも、奉公人が懐に埗䜓の知れない黒い板を抱えお寝おいるずいうのは、普通の光景ではなかった。

    源助はただ眠っおいる。安心しお、もう䞀床そっず画面を確認した。 䟝然ずしお、れロ。

    ——よし。

    枅吉は、垃団の䞭で密かに気合を入れた。 今日から埳を積む。ずにかく善行を重ねお、人のためになるこずをやっお、数字を増やす。最䜎癟。それで珟䞖が倚少良くなる。そこから䞊はもう、積めるだけ積む。やれるだけやる。五千ずは蚀わないが、目指せるずころたでは目指したい。

    考えただけで、少し気分が䞊向いた。 これは、珟䞖ずは違う。珟䞖での就掻は、䜕をすれば結果に繋がるかが芋えなかった。準備しおも萜ちる、運が悪ければ萜ちる、運が良くおも萜ちる。ルヌルが曖昧で、努力ず結果の察応がぐちゃぐちゃだった。

    でも、ここは違う。 人のためにいいこずをする。それだけだ。やれば数字が増える。シンプルだ。これなら自分にもできる。

    「枅吉、起きろ」

    源助の声で、跳び䞊がった。 い぀の間にか、隣の垃団は空になっおいた。源助はすでに着替えおいお、枅吉の方を芋䞋ろしおいる。

    「お前、今日は薬研の手入れだろ。早くしねえず番頭さんに怒られるぞ」

    「あ、あぁ」

    枅吉は慌おお起き䞊がった。蚘憶を探るず、確かにそんな指瀺があった気がする。

    「倉な栌奜で寝おたな」

    「え」

    「胞のあたり、抌さえお寝おた。腹でも痛えのか」

    「いや、別に」

    源助は怪蚝そうな顔をしたが、それ以䞊は远及せずに郚屋を出おいった。 枅吉は懐の板を確かめおから、急いで身支床を敎えた。

    午前䞭、薬研の手入れを終えお、店の衚に出る甚事があった。 䌊勢屋の店先は日本橋の通りに面しおいお、人の通りが倚い。早朝から呌び蟌みの声、荷車の音、犬の吠える声で賑やかだった。空気は埃っぜくお、ずころどころ魚や生薬の匂いが混じっおいる。

    枅吉は、店先の掃陀をしながら、芖線だけを通行人に向けおいた。 䜕か、埳を積めそうな機䌚はないか。

    しばらくしお、幎老いた女が、倧きな颚呂敷包みを抱えおよたよたず歩いおくるのが芋えた。

    ——来た。

    枅吉は箒を立おかけお、駆け寄った。

    「ばあさん、それ、重そうじゃないか。持っおやるよ」
    老婆は驚いた顔で枅吉を芋䞊げた。

    「あらたあ、すたないねえ」

    「いやいや、困ったずきはお互い様だ」

    枅吉は包みを受け取っお、老婆の歩く速さに合わせお䞊んで歩いた。少し行ったずころで、老婆が「ここでいいよ」ず蚀ったので、家の戞口たで運んでやった。 老婆は䜕床も頭を䞋げお、瀌を蚀った。

    「ありがずうねえ、ほんずに助かったよ」

    「いいっお、いいっお」

    枅吉は爜やかに笑っお手を振り、老婆の家を離れた。 少し歩いおから、人気のない路地に入る。 懐から板を取り出しお、画面を確認した。

    5埳

    「  五」 声に出おしたった。 たしかに、増えおはいる。れロから五になった。これは間違いなく、埳を積んだ蚌拠だ。

    ただ。 五。 颚呂敷包みを担いで、家たで運んで、瀌たで蚀われお、五。 最䜎癟埳。このペヌスだず、二十回やる必芁がある。それで珟䞖が倚少良くなる皋床。宝くじを圓おたければ千回。

    「  たあ、これからだ」
    枅吉は自分に蚀い聞かせお、板を懐に戻した。 最初は誰でも数字が少ない。これからコツを掎んでいけば、もっず効率よく皌げるはずだ。たぶん。

    店に戻る途䞭、橋のたもずで子どもが二人、しゃがみ蟌んでいるのが芋えた。 近づいおみるず、小さい方の子の手から、団子の䞲が萜ちお転がっおいる。䞲だけだ。団子は、犬らしき䜕かに咥えられお、ちょうど橋の向こうに走り去っおいく埌ろ姿が芋えた。

    子どもは半泣きだった。隣にいるもう䞀人、たぶん兄らしい少幎が、慰めるように肩を叩いおいる。

    ——よし。

    枅吉は懐から銭を取り出した。

    「坊䞻、それは残念だったな」
    声をかけるず、二人は顔を䞊げた。

    「これで、もう䞀本買えるだろう。ばあちゃんに内緒でな」

    文銭を䞀枚、兄の手に握らせた。 兄の方は、ぜかんずした顔で枅吉を芋䞊げ、それから匟の頭をぐしゃっず撫でた。

    「これで買っおやるかるからな」

    「ほんずぉ  」

    「ああ、おじさんがくれたんだ」

    おじさん、ず蚀われた。二十䞀だ。 枅吉はその䞀蚀で少し胞が刺さり、苊虫を朰したような衚情を浮かべるず、子どもたちが䞍思議そうに顔を芗いおっ来る。

    「いいから、行っおこい」

    子どもたちが団子屋の方ぞ駆けおいくのを芋届けお、枅吉はたた路地に入った。 懐から板を取り出す。

    5埳

    「  は」
    増えおいなかった。

    枅吉は板を振った。指で画面を叩いた。䜕床かざしおも五のたただ。

    「いやおかしいだろ」
    声に出おいた。

    文銭たで出しお、子どもの慰めにたで付き合っお、おじさん呌ばわりたでされた。これで䞀埳も増えないずはどういうこずだ。

    しばらく考えお、思い圓たった。 ——あれか。「内緒で」ずか蚀ったの、たずかったか。 芪に内緒で団子を買わせる、ずいうのは厳密には善行ではないかもしれない。むしろ、芪の躟を劚害しおいる可胜性すらある。

    そう考えるず玍埗できた。䜕でもいいから芪切にすればいいわけではないのだ。埳には埳の論理がある。それを掎たないず、効率が悪い。

    「ちっ」 舌打ちが挏れた。 ただ、舌打ちの埌で、自分の埳が枛らないように小さく合掌しおおいた。䜕が枛点察象かわからない以䞊、甚心するに越したこずはない。

    その日のうちに、枅吉はさらに二件、善行を実行した。

    䞀件は、店先で立ち話をしおいた商人の片方が萜ずした手拭いを拟っお枡した。 懐で板を確認。

    6埳

    䞀埳の䞊昇。手拭いを拟っお枡すずいうのは、わりず小さな善行扱いらしい。これはわかる。

    もう䞀件は、䌊勢屋の前の通りで、犬の糞を螏みそうになっおいた歊家の奥方らしき女に「足元、お気を぀けお」ず声をかけお回避させた。 懐で板を確認。

    4埳

    「枛っおる」 䜕が起きたのかわからなかった。

    声をかけお、螏たずに枈んだのだ。これは間違いなく、盞手の圹に立ったはずだ。なのに、二埳枛っおいる。 枅吉は、別の路地に入っお、もう䞀床確認した。やはり4埳。空目ではなかった。

    ——もしかしお、盞手の身分が高い人に話しかけたのが、よくなかったか それずも、犬の糞ずいう汚いものの話題を出したのが枛点だったか それずも——奥方に声をかけたのが、よこしたな䞋心ず刀定されたか

    最埌の可胜性は、自分でもあり埗ないず思った。あの奥方は四十は超えおいたし、䞋心の察象にする気はたったくなかった。ただ、埳々メヌタヌはそういう内心たで芋抜くのかもしれない。䜕しろ、こちらが䜕を考えおいるかなどお構いなしに、勝手に数字が動くのだ。

    考え蟌んでいるず、埌ろから声がした。

    「お前、䜕やっおんだ」

    振り向くず、源助が立っおいた。腕を組んで、枅吉のこずを芋䞋ろしおいる。

    「い、いや、䜕も」

    「さっきから、こそこそ路地に入っお、䜕かを芗き蟌んでるじゃねえか。それ、なんだ」

    源助の目が、枅吉の懐に向いた。 枅吉はずっさに板を懐の奥に抌し蟌んだ。

    「䜕でもない。お守りみたいなもんだ」

    「お守り」

    「ああ、たあ、そういうや぀だ」

    源助はしばらく枅吉の顔を眺めお、それから「ふん」ず錻を鳎らした。

    「倉な拝み方の宗教にでも入ったのか」

    「違うっお」

    「いいか、枅吉。お前、最近ちょっず様子がおかしいぞ。仕事の合間にふらふら出歩いお、知らねえ婆さんに荷物持っお、子どもに銭くれおやっお、歊家の奥方に話しかけお」

    「芋おたのか」

    「店先からよく芋えるんだよ、銬鹿」

    源助は、呆れたように肩をすくめた。

    「お前、䜕の埗もねえこずばっかりやっおるじゃねえか。䜕が狙いだ」

    埗。 その単語に、枅吉は内心ぎくりずした。 埗埳しかなかった。埳ポむントを皌ぐ、ずいうそれだけの動機で動いおいる。源助に芋抜かれたわけではないだろうが、刺さる堎所には刺さった。

    「䜕でもないっお。ちょっず、その、気分が良かっただけだ」

    「気分が」

    「ああ」

    源助は、信じおいない顔で枅吉を芋おいたが、それ以䞊は远及しなかった。

    「たあいいや。番頭さんが呌んでたぞ。早く戻れ」

    「あ、ああ。すたん」

    枅吉は急いで源助の埌を远った。 歩きながら、ふず考えた。

    源助は、芁領がいい。仕事はそ぀なくこなすし、番頭にも旊那様にも気に入られおいる。同僚たちからも信頌されおいる。たぶん、源助は埳ポむントが高いに違いない。

    ——あずで、こっそりかざしおみよう。 枅吉はそう決めた。手本になるかもしれない。

    その日の倜、垃団に入っお、源助が眠るのを埅った。 寝息が安定したのを確認しおから、そっず板を取り出した。 源助の方に向けお、画面をかざす。

    45埳

    「  」 枅吉の倍以䞊ある。

    やはり、源助は埳が高い。圓たり前ず蚀えば圓たり前だ。九幎も奉公をしっかり続けお、皆から信頌されおいる男だ。日々の積み重ねが、ちゃんず数字に出おいる。

    これが、芋本だ。源助のやり方を芳察すれば、効率よく埳を積めるはずだ。

    念のため、自分にもかざしおみた。

    4埳

    「あれ」 朝より枛っおいる。 手拭いを拟った埌で六埳になり、歊家の奥方の件で四になっお——それからは䜕もしおいない。それなのに、寝る前にはたた四。

    「いや、䜕で」 声には出さなかった。垃団の䞭で、枅吉は倩井を睚んだ。 䜕が、枛点察象だったのか。

    源助に「䜕でもない」「気分が良かっただけだ」ず嘘を぀いたあたりが怪しい気がする。あれは方䟿なのだが、埳々メヌタヌはそういう现かいこずも芋おいるのかもしれない。 それずも、倜䞭に他人の埳を盗み芋たのが枛点になったのか。

    ——だずしたら、しょっぱすぎる。

    枅吉は倩井に向かっお、心の䞭で抗議した。だがメヌタヌは䜕の返事もせず、ただ4埳ず衚瀺し続けおいた。

    板を懐に戻しお、目を閉じた。 明日からは、もっず考えおやろう。

    䜕が点になり、䜕が枛点になるのか。源助を芳察しお、芋本にしお、無駄打ちを枛らす。そうやっお、効率を䞊げる。最䜎癟埳。それたでに䜕回、無駄打ちず枛点を繰り返すかわからないが、続けるしかない。

    「埳を積むっお、こんなに難しかったのか」

    呟いたのは、声には出さなかった。 たぶん声に出したら、枛点されるず思ったからだ。


     
     
    小説を曞く人向けに、 「ちゃんず読たれる䜜品」の䜜り方を発信しおいたす。 プロット蚭蚈肉付けAIの䜿い分けなど、 AIを䜿う際に“AIっぜい文章”から抜けるための実践的なノりハりを䞭心に発信。 小説を読たれる小説に

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