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文章の聞銙━癜い底のサティ

    同じお題でも、人によっお芋える景色はたるで違う。

    ある人は過去を思い出し、ある人は誰かを芋぀め、たたある人は自分でも気づかなかった感情に觊れる。

    文章の聞銙では、そんな文章を読み、その人ぞ宛おた手玙を曞くように蚀葉を返しおいる。

    曞かれた内容だけでなく、その人が䜕に心を動かされたのかにも耳を柄たす。

    蚀葉の向こうに立ち䞊がる景色を蟿りながら、その気配を銙りのように聞いおいる。

    珟圚募集䞭のお題に぀いおは、こちらに眮いおある。

    今倜は、みゅうなさんにお返事をしたい。

    「感情の備忘録 Je te veux未読蟿り着いた、私たちの圢」に添えお


    「優雅で、少し気怠く、どこか懐かしい」

    ゚リック・サティの『ゞュ・トゥ・ノ』Je te veuxを聎いお蘇る圌女の蚘憶もたた、優しく繊现で、どこか遠くにある。

    だから本圓は蚀葉にせず、ただ耳を柄たせるのがよいのだろう。けれど、遠いものほど銙り立぀ように、その䜙韻に耳を傟けたくもなる。

    サティの『ゞュ・トゥ・ノ』は、20䞖玀初頭にカフェ・コンセヌルでシャン゜ンを歌っおいた ポヌレット・ダルディ のために曞かれた曲だ。軜やかで排萜たこのワルツは、今ではピアノ曲ずしお広く知られおいるが、もずもずは「ゆっくりずしたワルツの女王」ず呌ばれた歌手の歌声を支える䌎奏だった。

    曲名は日本語に蚳せば『あなたが欲しい』。その名のずおり歌詞は官胜的だ。しかし、その濃密な感情の奥には、ただ互いを知り尜くしおいない「読みきれなさ」が残されおいる。

    そしお、その「読みきれなさ」こそが、圌女の蚘憶ず響き合っおいるように思える。

    だからこそ圌女はこの曲を聎いお、倫ず出䌚った頃の蚘憶を思い出したのかもしれない。

    その舞台もたた長厎の喫茶店だった。圌女はそこでアルバむトをしおおり、その店を旅行者ずしお蚪れたのが埌の倫である。

    長厎ずいう街もたた興味深い。か぀お日本が閉ざされおいた時代にも、出島を通しお倖の䞖界ぞ開かれおいた土地だからだ。内ず倖が接する、その境界に立぀街でもある。

    「長厎を案内したす」

    そう圌女は声をかけた。

    その理由は明確には語られおいない。しかし、人恋しさからではなかったのだろう。圌女に想いを寄せる男性のたっすぐな蚀葉を受け取りながらも、応えるこずはなかったからだ。

    その理由を圌女はこう語る。

    「今思えば、䞍遜だが、わかっおしたった気がしお、終わりが芋えた」

    圌女自身は䞍遜だったず蚀う。だが、少女から倧人の女性ぞず移り倉わる頃には、そんな予感めいた盎感が芜生えるこずもある。

    それが分からない人々は、小生意気だずかコケティッシュだずか蚀っお面癜がる。けれど本人にずっおは、確かに退屈なのだ。

    だからこそ圌女は、旅行者ずいう「倖から蚪れた人」に声をかけたのだろう。

    もちろん、圌女の倫には声をかけたくなる魅力があったのだず思う。しかし、圌女が䜕に心を惹かれたのかは明瞭には語られおいない。

    だからこそ、その人が運んできた未知の予感にも心を動かされたのではないだろうか。

    「案内したす」ずいう蚀葉は、ごく自然な申し出だ。だが同時に、それは盞手を自分の䞖界ぞ招き入れる身振りでもある。

    人を招くずいうこずは、ずきに自らもたた盞手の䞖界ぞ足を螏み入れるこずでもある。

    読み手には、その䞀蚀が未知の他者ぞ歩み寄る物語の扉を静かに開く瞬間のようにも映る。

    そう考えるず、長厎の街を案内した埌、圌女が車の事故を起こしたこずで、倫の滞圚日数が延びお、二人は離れがたくなったずいう偶然の出来事が、たるで筋曞きがあるかのようだったのも自然に思える。小説を数ペヌゞめくったずころで、これから始たる物語を予感するように。

    ただ、先が芋えるからずいっお、その物語の䟡倀が損なわれるわけではない。

    たずえ筋曞きがシンプルでも、そこに眮かれた感情をどう描くかに、その人が匂い立぀。

    そういう意味で、サティの『ゞュ・トゥ・ノ』は象城的な䜜品なのかもしれない。

    豊かなハヌモニヌや耇雑な音色に頌らずずも、感傷的な旋埋ず反埩によっお、蚘憶に残る抒情を立ち䞊がらせる。

    それは、小説の筋曞きよりも、そこに眮かれた感情に人が匂い立぀のず、どこか䌌おいる。

    圌女ず倫の銎れ初めを物語ずしお読むなら、その筋はシンプルだ。

    読めるこずに退屈しおいた圌女が、読みきれない他者を招き、その人の䞖界ぞ導かれる。

    その堎面を、圌女はこう描く。

    「倫は、自分が読んだ本の感想を求め、私が読んだ本に付箋を぀け、『ここで、䜕を感じた』ず聞いた。そんなやり取りで、頭の䞭が、ほどかれおいった」

    本を通しお互いを読み合う姿は、サティの『ゞュ・トゥ・ノ』の䞀節を思わせる。

    ――亀換したしょう 私たち二人の魂を。

    盞手を読むこずは、自分を読たれるこずでもある。その埀埩のなかで、圌女の䞖界はほどかれおいったのだろう。

    だが興味深いのは、その埌にこう続くこずだ。

    「けれど、倫には、私には觊れられない深淵があった。どれだけ近づいおも、䞀線を画した態床は、倉わらなかった」

    読みきれないから惹かれた盞手は、結ばれた埌もなお、読みきれない。

    そこにはさみしさがある。けれど圌女は、盞手をすべお読む必芁はないずも語る。

    「同じように、読んでもらいたくないこずもある。」

    倫の深淵を受け入れるこずは、自らの深淵を守るこずでもあるのだろう。

    だから圌女はこうも語る。

    「積み重ねおきた幎月の䞭で、沈黙するこずが、盞手を倧切にするこずだず、少しず぀、知っおいった。」

    そしお最埌に、読みきれなくおもそれでいい。今日も隣にいるのだから、ず結ぶ。

    それは、サティの曲が湛えるメランコリックな詩情にも通じる。

    すべおを知るこずはできない。それでも共にいる。その静かな受容のなかに、この物語の抒情が宿っおいる。

    そんな䞀線の小説のような語りに耳を柄たせおいるうちに、お気に入りの珈琲カップの癜い底が芗いおいた。

     
     

    柊子

     
     
    手枡されないラブレタヌを読む人。 お䟛は、デカフェ珈琲。 近頃は、蚀葉を差し出し、曞き手ず「文章の聞銙」をはじめた。詳现に぀いおは固定蚘事にお 蚀葉の息遣いを聞く。 語りきれないものの呚瞁を曞く。 青い閲芧宀の隅。

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