
文章の聞香、雨夜の月を見た その先がある
判断を急がずに、人の話に耳をかたむける。
その心掛けが大事という記事を読んだ。
結構なことだと思う。
その人が悩んでいることに、必ず因果関係があるわけではない。そう念頭に置いて話を聞く。その姿勢についても語られていた。
それを否定するつもりはない。
私たちは原則を知っているほうが安心できるし、何かを発言するなら、どのような理念に立つのかを示す必要もある。
ただ、少し残念だった。
実際にどんな話を聞いたのか。
そのとき何に耳を塞いだのか。
聞き終えた後、自分の理解はどう変わったのか。
そこは語られていなかった。
原則は分かった。
では、その原則を持って世界を見ると何が見えるのだろう。
一言で言えば、「それで?」ということだ。
私がよく読ませてもらっているnoteの書き手は、その態度によって現れた認識を書かれる方が多い。
月を見た、その先がある。
だから私は、正しそうなことだけ言われても「ふむ」としか言えない。
「ふむふむ」というには、「人の話に耳を傾け続けたら、こうなった」とか、「聞く姿勢を意識したら、別のものを見落とした」とか、そういう体験がいる。
私は贅沢な読者になってしまったのだろう。
けれど、人の話を読むときは、一つの話で判断をせず、話の因果関係を見ないとは書かれていなかった。
*
さて、文章の聞香、第五回である。
六月を迎える。
長雨の音と読書の余韻が静かに重なる。
本でも、人でも、読み切れていないものについて。
読書の記憶。
忘れられない一節。
誰かを読み違えた話。
読み返した日記。
積んだままの本。
あなたが読んだもの。
あるいは、読めなかったものについて。
読み切れていないものがあれば。
どなたでも。
ぜひ、お聞かせいただきたい。
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文章の聞香とは、言葉やその連なりから書き手の思考の跡を辿り、その人が立ち昇らせる香りを聞く試みである。
ここでは、書き手と往復書簡を交わしている。
受け取った文章に言葉を添え、返歌のように静かに読み返していく。
お題の記事が完成したら、固定記事、あるいはこちらのコメント欄でお知らせいただきたい。その際、記事のURLを添えていただけると助かる。
コメントをいただいた順に、お返事をする予定である。
これまでの往復書簡はこちら。