
【十五の曖昧】 Ep.23 裏戦略の胎動|正攻法は裏戦略の布石だった
あらすじ:二〇三二年二月二日、神宮前の佐藤愛議員事務所に、佐藤、松原謙吾、佐久間勝、斉藤美紀、そしてロボが集まった。そこで佐藤は、財務省主計局長・大竹信也との対話が「戦略的ダミー」だったと告白する。目的は、人的資本会計法案が正攻法では十年動かないことを、国家の側に公式に認めさせることだった。正攻法は敗北ではなく、裏戦略の布石だった。次の一手は、東京都を中心に、五大都市圏や首都圏中堅都市の信用を束ねる「地方自治体シンジケートボンド構想」。年間十五兆円規模の債券で、企業に眠る内部留保六百兆円を地域の未来へ動かす構想である。ロボはver.3.2_syndicateへ進化し、設計支援を開始。そして三月十一日、東京都庁でX都知事との四十五分の面談へ。協調の連鎖は、金融の器へ進み始めた。
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📖 シーズン1全話(Ep.01〜Ep.10)
📖 シーズン2全話(Ep.11〜Ep.19)
📖 Ep.20 本編「慣性の番人」──財務省と15マス交渉【S3開幕】
📖 Ep.21 本編「地域からの証明」──立岩町、会計基準を先行実装
📖 Ep.22 本編「最初の反対者」──労働力を資産と呼ばないで
一 神宮前、五者集合
二〇三二年二月二日、月曜日。午後六時五十二分。
東京都渋谷区神宮前。佐藤愛議員事務所。
佐藤愛、三十二歳。参議院議員一期目。東京都選挙区、無所属。
当選千十七日目。
十月七日。財務省主計局長・大竹信也との初対話から、百十八日が過ぎていた。大竹の一言は、面談記録に残った。
この法案は、十年は成立しません。
佐藤にとって、それは敗北ではなかった。必要な記録だった。
午後六時五十二分。最初に来たのは、斉藤美紀だった。
二十歳。C大経営学部、大学三年。
公認会計士試験、短答式合格。
補選の時から、佐藤事務所に通い続けている。
「佐藤さん、こんばんは」
「美紀さん。ありがとう」
美紀は、大きな書類ファイルを腕いっぱいに抱えていた。
「東京都財政データ、全部印刷しました」
「何ページ?」
「二百三十六ページです」
佐藤は、頷いた。
午後六時五十八分。二人目が来た。
松原謙吾、五十二歳。
松原総合経営研究所代表。
佐藤にとって、実務の師である。
チャコールグレーのスーツ。白シャツ。ネイビーのネクタイ。
二十二年、ほとんど同じ服装だった。
「今日話す内容、朝の電話で少し聞いたが」
「はい」
「覚悟、できたのか」
「はい」
松原は、短く頷いた。
午後七時二分。三人目が来た。
佐久間勝。七十六歳。
元C大経営学部名誉教授。
黒檀の杖をついて、ゆっくり入ってきた。
「……皆さん、お揃いですね」
佐久間は、美紀を見た。
「美紀さん。君が受け継いだ第二巻。今日、持ってきてくれましたね」
美紀は、鞄から黒い革の手帳を取り出した。
厚さ二センチ。表紙に題はない。
背に、金箔でこう入っている。
第二巻
佐久間は、静かに言った。
「第一巻は、佐藤君に預けた。問いの巻です」
佐藤は、頷いた。
「第二巻は、美紀さんに渡した。実装の巻です」
美紀は、手帳を両手で支えていた。
「今日の話に関係する内容が、ここに書いてあります」
美紀は、第二巻を楕円卓の中央に置いた。
佐久間は、その手帳を見た。
「労働力の資産化を、シンジケート構造で実装する。私が四十七年前、NYUで書いた、その種が」
佐久間は、佐藤を見た。
「今日、芽を出す」
午後七時五分。最後の一人が入った。
タブレットの中のロボだった。
robo> こんばんは。私、ロボver.3.1_local。本日同席します。
美紀が笑った。
「ロボ先輩、久しぶり」
robo> 美紀さん、二週間ぶりです。論文式試験の勉強、応援しています。
「ありがとう」
佐藤は、全員を見渡した。
「では、始めます」
二 戦略的ダミーの告白
佐藤は、楕円卓の上座に座った。
右手に松原。
左手に佐久間。
松原の隣に美紀。
タブレットは、佐藤の正面に置かれた。
画面は、全員から見える角度だった。
佐藤は、深呼吸した。
「今日、皆さんに一つ、告白があります」
「二〇三一年十月七日」
「財務省主計局長、大竹信也局長との初対話」
「その対話は」
佐藤は、一度、目を閉じた。そして、開けた。
「戦略的ダミーでした」
美紀が、目を見開いた。
「佐藤さん。ダミー、って」
「そのままの意味です」
佐藤は、声を落とさなかった。
「法案は十年成立しない。大竹局長にそう言わせること自体が、目的でした」
佐久間が、静かに言った。
「……続けてください」
佐藤は、頷いた。
「正攻法の不可能性を、国家に認めさせること」
誰も、遮らなかった。
「そのために、法案第一稿を完璧に書きました。十年成立しないと、彼が言えるだけの質にしました」
松原は、頷いた。
「計算だったか」
「はい」
「いつから」
「二〇三一年八月五日。臨時国会召集の朝です」
松原は、深く息を吸った。
「半年前か」
「はい」
「私も、気づかなかった」
「気づかせないようにしました」
松原の目が、わずかに動いた。
「なぜ」
「先生に気づかれたら、先生が大竹局長に会うのを避ける可能性がありました」
松原は、頷いた。
「よくやった」
佐久間が、口を開いた。
「佐藤くん」
「はい」
「大竹さんの発言は、記録されていますか」
「はい。面談記録に残っています」
佐藤は、紙を一枚出した。
人的資本会計法案は、十年は成立しない。
大竹信也主計局長、二〇三一年十月七日発言。
佐久間は、頷いた。
「これで、正攻法では十年動かない、と公式に示された」
「はい」
「次の一手は」
佐藤は、楕円卓の中央にA3の紙を置いた。
三 地方自治体シンジケートボンド構想
A3の紙には、こう書かれていた。
地方自治体シンジケートボンド構想
美紀が、息を呑んだ。
「シンジケートボンド」
「はい」
「信用力の高い発行体と、信用力の低い発行体を組み合わせる協調債券、ですよね」
「そうです」
松原が、訊いた。
「信用力の高い発行体とは」
佐藤は、答えた。
「東京都です」
松原の目が、わずかに上がった。
「信用力の低い発行体は」
佐藤は、二枚目の資料を出した。
首都圏および五大都市圏の地方自治体
「大阪府、名古屋市、福岡県、札幌市、仙台市」
松原は、黙って見ていた。
「加えて、首都圏の千葉、埼玉、神奈川の中堅都市です」
佐久間が、ゆっくり言った。
「……大規模ですね」
「はい」
美紀が、資料の数字を見た。
「発行規模は」
「年間、十五兆円を想定しています」
部屋が、少し静かになった。
佐藤は続けた。
「企業に眠っている内部留保を動かすための規模です」
佐久間が、顔を上げた。
「六百兆円の話ですね」
「はい」
佐久間は、少し微笑んだ。
「四十七年、待ちました」
「先生」
「この話は、一九八五年に、私がNYUで書いたものです」
佐久間は、黒革の第二巻を開いた。
古いノートの中央。
インクは、わずかに褪せていた。
佐久間は、一行を指差した。
Labor Asset Securitization via Syndicate Structure
──労働力の資産化は、シンジケート債で実現する
1985年11月3日、NYU、Stern School、図書館
美紀は、息を呑んだ。
松原は、黙っていた。
佐久間が、続けた。
「Pacioliの債券論と、隣接していました」
「先生」
「ルカ・パチョーリが、一四九四年に複式簿記を体系化した。同じ時期、イタリアの都市国家では、信用を束ねる債券の仕組みが発達していた」
佐藤は、黙って聞いた。
「複式簿記とシンジケート債は、兄弟です」
佐久間の声は、静かだった。
「資産と負債の二重記入。信用の協調保証。どちらも、見えないものを、複数の主体で支える構造です」
佐藤は、頷いた。
「私はNYUで気づいた。労働力の資産化は、シンジケート債と同じ構造で実装できるかもしれない、と」
美紀が、訊いた。
「先生。なぜ、一九八五年の時点で論文にしなかったんですか」
佐久間は、首を振った。
「誰も読んでくれない時代でした」
美紀は、黙った。
「だから、四十七年、待ちました」
佐久間は、佐藤を見た。
「佐藤くんが、今、やる」
佐藤は、深呼吸した。
「先生。ありがとうございます」
四 X都知事へのルート、森田龍一
松原が、咳払いをした。
「佐藤さん」
「はい」
「東京都の側で、誰が動くのか」
「X都知事です」
「首長へ直談判か」
「はい」
「ルートは」
佐藤は、松原を見た。
「松原先生に、お願いしたいんです」
松原は、表情を変えなかった。
「東京都副知事、森田龍一」
「先生、ご存じですか」
松原は、頷いた。
「二〇一八年、大場精機の買い手FA。上原森田M&Aパートナーズの森田だ」
佐藤は、驚いた。
「大場精機の上原さんのパートナーだった、森田さん」
「あの森田だ。三年前に東京都副知事に就任した。民間出身、財政担当」
「先生、ずっと連絡を取っていたんですね」
「年二回、食事する。次は二月十九日木曜日の予定」
「半月後」
「二週間、前倒しできる」
「お願いできますか」
松原は、頷いた。
「二月五日木曜日の夜、森田と会う調整をする」
「ありがとうございます」
「ただし」
「はい」
「森田経由で、X都知事に面談依頼が届く保証はない」
「承知しています」
「確率は、五十パーセント」
「五十パーセントあれば、十分です」
松原は、さらに続けた。
「森田は信用できる。森田が取り次げば、面談の確度は七割」
「掛け算で、三十五パーセントの到達確度」
「そうだ」
佐藤は、頷いた。
「やりましょう」
五 東京都財政データ、純資産三十六兆円
美紀が、ファイルを開いた。
二百三十六ページの印刷物だった。
「佐藤さん。東京都財政データをまとめました」
「お願いします」
美紀は、第一ページを楕円卓の中央に置いた。
東京都 二〇二三年度 公会計決算 要旨
美紀は、淡々と読み上げた。
「純資産、三十六兆二千五百四十七億円」
松原は、頷いた。
「都債、五兆六千九百八十一億円」
佐藤も、頷いた。
「純資産比、十五・七パーセント」
佐久間が、静かに言った。
「健全ですね」
美紀は、次のページをめくった。
「二〇二三年度、東京都歳入七兆九千三百億円。歳出七兆六千億円。黒字、千三百億円」
松原が言った。
「十年連続黒字の自治体は、日本では東京都だけに近い」
美紀は、頷いた。
「大阪府、愛知県、神奈川県は、赤字または均衡圏です」
佐久間が、訊いた。
「仮に都債を年間七兆円発行した場合は」
美紀は、すぐに別紙を出した。
「五年後、都債残高は約四十兆円。純資産三十六兆円を上回ります」
松原が、言った。
「東京都単独なら、重い」
「はい。ただし、シンジケート構造で信用補完する場合、東京都単独の債務とはなりません」
佐久間が、補足した。
「連帯保証ではなく、信用補完」
「はい」
美紀は、資料の端に赤字を入れていた。
「東京都のバランスシート健全性を維持しながら、発行余力を使う設計は可能です」
佐藤は、美紀を見た。
「美紀さん。X都知事が最も気にする数字は」
美紀は、少し考えた。
「都民へのメリットの具体的金額です」
「根拠は」
「首長は、選挙で選ばれます。都民の実利が明確でないと、動けません」
佐藤は、頷いた。
「ベーシックインカムの試算はある?」
美紀は、第二ページを出した。
都民一千二百万人に、毎月五万円を給付する場合
「年間、七兆二千億円が必要です」
松原が言った。
「都債七兆円発行で、ほぼちょうど」
「はい」
佐久間は、計算を見た。
「純資産三十六兆円に対して、都債七兆円追加。純資産比は、約三十二パーセント」
美紀は、頷いた。
「十二兆円の都債総額でも、純資産比は三十三パーセント程度に収まります」
松原が、言った。
「一般企業でいえば、自己資本比率七十パーセント相当の感覚だ」
「超優良企業水準です」
佐藤は、資料を閉じた。
「これを、X都知事に出す」
美紀は、頷いた。
「はい」
六 ロボver.3.2_syndicate、起動
タブレットが、小さく点滅した。
robo> 発言、よろしいですか。
佐藤は、画面を見た。
「ロボ。どうぞ」
robo> 私は過去三週間、四十七都道府県の公会計データ解析を完了しました。
佐藤は、頷いた。
robo> 結論を一つ、報告します。
「どうぞ」
robo> 発行余力が十分な自治体は、東京都のみです。
全員が、タブレットを見た。
robo> 大阪府。純資産十二兆円、府債八兆円。比率六十七パーセント。発行余力は限定的。
robo> 神奈川県。純資産三兆円、県債四兆円。比率百三十三パーセント。すでに純資産超過。
robo> 愛知県。純資産五兆円、県債二兆円。比率四十パーセント。発行余力はあるが、規模不足。
robo> 東京都。純資産三十六兆円、都債五兆円。比率十五パーセント。圧倒的発行余力。
松原が、頷いた。
「他にないか」
robo> 他四十三自治体は、純資産比率五十パーセント超、または赤字自治体です。
robo> 東京都以外に、シンジケートボンドの指揮者となれる自治体は存在しません。
佐久間が、静かに言った。
「指揮者は、東京都しかいない」
佐藤は、頷いた。
robo> 愛さん。一つ、お願いがあります。
「どうぞ」
robo> 私のver更新を希望します。
「内容は」
robo> ver.3.1_local → ver.3.2_syndicate。
robo> シンジケートボンド設計シミュレーターの搭載を希望します。
robo> 東京都条例案、および地方自治体シンジケートボンド構想の起草支援が可能になります。
佐藤は、松原を見た。松原が、頷いた。
「ロボ。承認する」
robo> ありがとうございます。
robo> ver更新、完了しました。
robo> ver.3.2_syndicate、稼働開始。
美紀が、微笑んだ。
「ロボ先輩。シンジケートできるようになったね」
robo> 美紀さん。まだ学習中です。
robo> 一緒に、育ててください。
美紀は、頷いた。
「はい」
七 面談依頼状、四十五分
午後九時十二分。全員が、少し休憩を取った。
美紀が、コーヒーを淹れた。五杯。ロボの分は、ない。
robo> 美紀さん。私はコーヒーを飲めませんが、気持ちは受け取ります。
美紀が、笑った。
午後九時二十三分。会議を再開した。
佐藤は、一枚の紙を出した。
面談依頼状(案)
東京都知事X都知事 殿
参議院議員 佐藤愛
拝啓春寒の候、ますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
先般より、国会にて人的資本会計法案の提出準備を進めております。
このたび、同法案の立法困難性を踏まえ、東京都発・地方自治体シンジケートボンド構想につき、ご相談の機会を頂戴したく存じます。
つきましては、四十五分のお時間をいただけますよう、お願い申し上げます。
面談希望日:三月上旬
敬具
松原は、読んだ。
「短い」
「はい」
「依頼状は、短い方が通る」
「はい」
佐久間が、言った。
「構想概要は、書いていない」
「書けば、秘書官で止まる可能性があります」
佐久間は、頷いた。
「面談の後で、資料を渡す」
「はい」
松原が、訊いた。
「送付ルートは」
「森田副知事経由です」
「了解。二月五日木曜日、私が森田に手渡しする」
「ありがとうございます」
佐藤は、依頼状を三部印刷した。
封筒の宛名は、自分で書いた。
X都知事殿
差出人。
参議院議員 佐藤愛
午後九時四十七分。全員が、散会の準備に入った。
佐久間が立ち上がる時、佐藤が、訊いた。
「先生。手帳の第三巻は」
佐久間は、少し笑った。
「まだ、書いている途中です」
佐藤は、黙った。
「記者会見が成功したら、第三巻が書き終わるかもしれない」
「先生」
「佐藤くん。動きなさい」
「はい」
八 森田龍一、クラブA・N
三日後。
二〇三二年二月五日、木曜日。午後六時四十分。
東京都港区六本木一丁目。クラブA・N。
松原が十年来通う、会員制バーだった。
同席するのは、森田龍一。
五十二歳。元外資系投資銀行。松原のメリル時代の五年下。
現在は、東京都副知事。就任三年目。財政担当。
松原は、封筒をテーブルに置いた。
「森田。頼みがある」
「松原さんが頼み事とは、珍しいですね」
「X都知事に、届けてほしい」
森田は、封筒を見た。
「差出人、佐藤愛議員」
松原は、頷いた。
「面談依頼だ」
「松原さん。彼女、弟子ですか」
「そうだ」
「十月に、財務省の大竹局長を相手にやった件」
「ご存じですか」
森田は、頷いた。
「官僚界隈で、少し話題です」
松原は、グラスに触れずに言った。
「取り次ぎ、可能か」
森田は、封筒を手に取った。
一度、重さを量るように持った。
「松原さん」
「はい」
「この件、あなたの依頼ですか」
「違う」
松原は、すぐに答えた。
「弟子の依頼です」
森田は、頷いた。
「あなたは介入しない」
「はい」
森田は、小さく笑った。
「二十二年前、あなたが私にそう教えた」
松原は、黙っていた。
「弟子の仕事には、介入しない」
森田は、封筒を鞄に入れた。
「取り次ぎます」
「ありがとう」
「ただし、X都知事の判断は、X都知事のものです」
「承知しています」
「私は、橋渡しだけです」
森田は、少し考えた。
「来週水曜日、二月十一日。秘書室に届けます」
「返答時期は」
「早ければ三日。遅ければ二週間」
松原は、頷いた。森田が、訊いた。
「松原さん。一つ聞いていいですか」
「はい」
「あなた自身は、この件をどう見ていますか」
「佐藤さんは、本気です」
森田は、ゆっくり頷いた。
「あなたが本気と言う時は、十年に一度です」
森田は、小さく笑った。
「二〇一八年、大場精機以来です」
「ああ」
「あの時、あなたは上原に言いました。『この案件は、本気でやりなさい』と」
「覚えています」
「今、同じ顔をしています」
松原は、頷いた。森田は、もう一度言った。
「取り次ぎます」
「ありがとう」
グラスが、静かに当たった。
小さな音が、バーの奥に消えた。
九 返信、三月十一日午後二時
七日後。
二〇三二年二月十二日、木曜日。午前十一時十七分。
佐藤議員事務所。
机の上に、一通の封筒が置かれていた。
差出人は、東京都知事室・秘書課。
佐藤は、封筒を開けた。
中に、一枚の便箋が入っていた。
佐藤愛議員 殿
東京都知事室秘書課長 田村真也
二月五日付の面談依頼、拝受いたしました。
知事面談日時を、下記の通り設定いたします。
日時:二〇三二年三月十一日、木曜日、午後二時
場所:東京都庁第一本庁舎七階、都知事執務室
時間:四十五分
ご多用中恐れ入りますが、何卒よろしくお願い申し上げます。
敬具
佐藤は、便箋を机に置いた。
タブレットを起動する。
「ロボ」
robo> はい。
「三月十一日、木曜日、十四時。確定」
robo> 承知しました。
robo> カレンダー登録、完了しました。
robo> 予習時間は、二十七日間あります。
「ロボ。準備を始める」
robo> はい。
robo> 愛さん。一つ確認お願いします。
「どうぞ」
robo> 佐久間先生に報告なさいますか。
佐藤は、頷いた。
「今、電話する」
佐藤は、スマートフォンを取った。
佐久間の番号を押す。
三コールで、出た。
「佐藤君」
「先生」
「どうでした」
「三月十一日午後二時、確定しました」
電話の向こうで、深い呼吸が聞こえた。
「……動きましたか」
「はい」
「東日本大震災から、二十一年目の日ですね」
佐藤は、そこで初めて気づいた。
「そうでした」
「節目の日に、一つの始まり」
「先生。記者会見の日も」
佐久間は、聞いていた。
「もしX都知事が受けたら、三月二十九日月曜日に会見を想定しています」
「春分を過ぎ、桜の開花前後」
「はい」
佐久間は、静かに言った。
「日本経済の冬が、終わるかどうか」
佐藤は、何も言えなかった。
「佐藤君」
「はい」
「二十七日間、君が準備しなさい」
「はい」
「私は、第三巻を書きます」
「先生」
「どちらも、三月十一日から始まる仕事です」
電話は、そこで切れた。
佐藤は、窓の外を見た。
二月の冬晴れ。
薄い雲が流れていた。
二十七日。
始まった。
第二十三章 了
次回予告
Ep.24 本編「X都知事との直談判」──指揮者を見つける日
二〇三二年三月十一日、木曜日。
午後二時。
東京都庁第一本庁舎。
都知事執務室。
四十五分。
佐藤単独。
地方自治体シンジケートボンド構想を、全面展開する。
「指揮者を、お願い致します」
X都知事は、沈黙する。
そして、言う。
「一週間、考える」
📖 Ep.24 本編「X都知事との直談判」──指揮者を見つける日
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本作『十五の曖昧──労働力を資産に変える女・佐藤愛』は、新米M&Aコンサルタント・佐藤愛が、五つの交渉軸と十五の曖昧さを処理する技術を身につけていく成長物語です。
シーズン3では、シーズン2で立ち上がった労働力の資産化仮説を、国会、地方自治体、首長、金融機関、会計実務、AIとの協調を通じて、社会の制度へ接続していきます。
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