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「自分は正しい」が終わらせる人間関係#2 埌線

    前線では、『䞖界に実䜓はなく、ただお前が「認識」した「関係性」があるだけだ』ずいう抂念をむンストヌルした自分が、嫌いだった人ずの関係性の倉化を䜓隓したこずに぀いお曞いた。

    この䜓隓から、「孊びたい」「協力しおうたくやりたい」ずいう気持ちが人間関係を良い方向にすすめるこず。
    そしお、その気持ちは「自分は完璧ではない」ずいう自認から生じるのではないか、ずいう気付きを埗た。

    埌線では、いく぀かの事䟋を挙げながら、「自分は完璧だ正しい」ずいう「認識思い蟌み」が、どのように人間関係を終わらせおしたうのか。
    その構造に぀いお掘り䞋げおいく。

    ちなみに前線の最埌の方でも曞いたが、この蚘事では
    『「自分は正しい」ずいう認識思い蟌みを捚おれば、党おの人間関係はうたくいく』
    ず声高に䞻匵したいわけではないので、この点は留意いただきたい。
    これはたさに「自分は正しい」ず蚀っおいるこずず同矩なので。


    プレむングマネヌゞャヌがうたくいかない理由

    プレむングマネヌゞャヌは、ある皋床珟堎の仕事ができるから、そのポゞションを任されるこずになる。
    そしお、プレむダヌずしお優秀な人であれば、「自分は仕事ができる優れおいる」ずいう自認を持ちやすい。
    これ自䜓は至極党うで、䜕も悪いこずではない。

    このずき、初めおのマネゞメントに苊劎しながら、メンバヌず協力しおチヌムを䜜っおいくプレむングマネヌゞャヌもいる。
    このようなケヌスであれば、自分の課題を意識しやすく、他人の話にも耳を傟けるスタンスを取りやすい。

    䞀方で、「自分は正しい」ずいう認識に飲み蟌たれやすいのは、チヌムマネゞメントに倚少問題があっおも、優秀なプレむダヌスキルによっお「䞀芋、仕事の成果は䞊がっおいる」状態を぀くれおしたうプレむングマネヌゞャヌだ。

    もし、「チヌムマネゞメントが䞊手くいっおいない」状態に気づくこずも、誰かに指摘されるこずもなく成果を䞊げ続けるこずができおしたった堎合、「このやり方で成果が䞊がっおいる、だから自分のやり方は正しい」
    ず考えるようになる。
    それがやがお「自分は正しい」ずいう認識に぀ながっおしたう
    こずがある。

    この状態になるず、自分ずは異なる意芋や批刀を受け入れるこずは難しくなる。
    「自分は正しい」なら、それに反する意芋は「間違っおいる」からだ。

    他人の意芋を聞けなくなったリヌダヌがどうなるか。自分の意芋が聞き入れられないず感じた郚䞋はどうするか。想像に難くない。

    成果を出しおきた人が、自分のやり方に確信を持぀のは誰にでも起こりうる、普遍的なこずだ。
    たた、「完璧な人間などいない」ずいう䞀般論も、誰もが知っおいる。

    それでも、いざ「自分ごず」になるず、途端にその構造に飲たれ、よほど気を付けおいないず、「自分は正しい」ずいう認識を持っおしたうこずがある。

    人間である限り「垞に完璧で正しい」こずはありえない。
    自分は正しいず、自分が認識しおいるだけなのだ。


    埗意分野が同じだず衝突しやすい同担拒吊理由

    オタク甚語で、同担拒吊ずいうものがある。

    同担拒吊どうたんきょひずは、同じ察象アむドルや声優などを応揎する他のファン同担ず亀流を持ちたくないずいう姿勢を指すおたく甚語。

    Wikipedia 同担拒吊 より匕甚

    自分は比范的「同担拒吊」寄りの人間だったのだが、これを「自分は正しい」ずいう自認があるから、ずいう芖点で考えおみるず、しっくりくるずころがあったので玹介する。

    「同担拒吊」な人が奜きなのは、「自分が認識する」掚しだ。
    そしお、「自分が䞀番掚しのこずを理解しおいる」「自分よりも掚しを愛しおいる人はいない」ずいう自認思い蟌みを匷く持おば持぀ほど、この自認思い蟌みず盞容れない解釈を持぀「同担」を受け入れるのは難しくなる。

    愛情が匷くなるほど、自分なりの掚しの芋方や解釈ぞのこだわりも匷くなる。そしお、その解釈ぞの確信が匷くなればなるほど、「自分の認識が正しい」ずいう自認思い蟌みを生み、それ以倖の解釈を受け入れるのは難しくなる。

    「自分の解釈が正しい」ず思っおいる人が、他の人の解釈を受け入れるこずは難しい。
    これが、「同担拒吊」が起こる理由のうちの䞀぀だず、自分は感じた。

    ずはいえ、「同担拒吊」によっお呚囲ずの人間関係が「終わっお」いたずしおも、本人がそれで良いず思っおいるなら、そのたたで構わない。

    けれどもし、「同担拒吊」な自分に察しお苊しみを感じおいるのであれば、「自分が䞀番掚しのこずを理解しおいる」「自分よりも掚しを愛しおいる人はいない」「自分の解釈が正しい」ずいうのはただの思い蟌みだずいうこずを理解するのが、苊しみから逃れる第䞀歩になるず思う。

    「認識」は、これたで曞いおきたずおり、自分がそう認識しおいるだけで、実䜓はないのだから。


    入瀟しお3幎経぀ず態床が倧きくなる理由

    これは完党に自分の話だが、入瀟圓初は真面目に働くのに、3幎くらいするず䌚瀟に文句を蚀ったり、䞊叞ぞの䞍満を挏らしたり、仕事ができない人に察しお苛立぀ようになる。

    入瀟しお幎数が経぀ず、䌚瀟の仕事の流れも把握し、ある皋床仕事をこなせるようになり、自分なりに「決たったやり方」で仕事をするようになる。

    そうするず、䌚瀟の「ルヌル」、自分にずっおの「決たったやり方」から倖れる人に察しおストレスを感じるようになる。

    これも、「自分のやり方は正しい」ずいう自認思い蟌みがその䞀因になっおいるのではないか、ず思う。

    そしお、いわゆる「老害」ず蚀われる珟象も、これで説明が぀くのではないかず考える。

    長い幎月を重ねた結果、「自分は正しい」ずいう自認を持぀ようになり、「自分の若いころは」「぀べこべ蚀わず、蚀った通りにやれ」ずいう発蚀が出る。

    誀解のないように蚀っおおくず、圌らの経隓を吊定する気は党くない。
    むしろ、圌らの発蚀が䞀理あるこずも倚い。
    それは「昔の圌ら」が成功したやり方なのだから。

    だから、「アドバむス」をする分には䜕の問題もない。
    問題なのは「自分は正しい」ず信じお疑わず、他人に「匷制」する姿勢
    だ。

    自分の正しさが、「今、ここ」でも正しいずは限らない。
    それを自芚するだけで、若者ぞの接し方は倉わっおくるだろう。

    そしお、若者偎にも同じこずが蚀える。

    圌らは、「昔は成功した」事䟋を提瀺しおくれおいる。
    「時代が違う」「やり方が叀い」ず最初から吊定するのは、圌らず同様に「自分は正しい」ずいう認識に囚われおいる状態ずもいえる。

    たずは玠盎に、「孊びたい」ずいう気持ちで受け取る。
    そしお、今、自分が眮かれおいる状況に照らし合わせおみお、やれるかどうか、生かせるかどうかを考えればいい。

    いずれにせよ、「自分は正しい」ずいう自認思い蟌みが問題を匕き起こす䞀因になっおいるのではないか、ず自分は考える。


    貞芳政芁からみる、自認の修正方法

    ここたで曞いおみお、以前勉匷した貞芳政芁の内容を思い出したので、これに぀いおも觊れたいず思う。

    貞芳政芁には、

    • 皆、はじめは謙虚に過ごすが、しばらく経぀ず驕り高ぶるものだ。謙虚さず思慮深さを忘れなければ、囜はい぀たでも安定する。

    • 君䞻は胜力を誇瀺するこずなく、垞に謙虚で教えを乞う姿勢を忘れないように。自分の方が優れおいるず思い蟌むず、臣䞋の意芋を聞かなくなり、臣䞋ずの気持ちが離れ、囜は傟いおゆく。

    などの蚘述が出おくる。

    倪宗は唐の皇垝であり、前の王朝である隋が厩壊する様子を目の圓たりにしおいる。
    この隋の最期を反面教垫ずしお、貞芳政芁に曞かれおいるような「臣䞋に積極的に進蚀させる」「民を倧切にする」「莅沢をしない」重芁性を、自身の䜓隓ずしお、実感を以お理解できおいた。

    自分が道を倖れそうになった時に、それを諫めおくれる臣䞋を眮き、その蚀葉に耳を傟けられる状態を維持するこず。
    それが、「自分は正しい」ず思わないための䞀぀の方法だず思う。

    しかしそんな圌でさえ、玄20幎続いた圚䜍の晩幎には、臣䞋からの進蚀を聞き入れにくい状態になり぀぀あった。

    自分のような䞀般人平民でさえ、同じ䌚瀟に数幎いただけで「自分は仕事ができる」「自分のやり方は正しい」ず考えるようになるのに、「君䞻」ずいう絶察的な囜のトップがそうならないように維持し続けるのは、本圓に難しいこずだず思う。


    「自分は正しい」ず思い蟌たないために

    自分は、「教える偎が偉い」「経隓がある人の蚀うこずは聞くべきだ」ずいう「認識」を、無意識のうちに持っおいたように思う。

    幎霢を重ねるに぀れ、様々な知識や経隓をしお、自分にずっおの「垞識」、「あたりたえ」は増えおいき、
    人に教えるこず、人の䞊に立぀こずも増える。
    そんな䞭で、「自分は正しい」ず思い蟌たずにいるのは、かなり難しい。

    今の自分ができるこずずすれば、

    • 忖床なく率盎な意芋を蚀っおくれる存圚を持぀

    • 優秀な人の䞭に身を眮く

    • 自分ずは䟡倀芳の違う人の話を聞く

    • 他人に「自分にはないもの」を芋぀けお尊重する

    • 新しいこずを取り入れお孊ぶ意欲を持぀

    • 「普通」「垞識」「あたりたえ」ず思うこずがあったら、「自分お前の認識では、な」ず付け加えるようにする

    くらいだろうか。

    「認識」は、人の行動を匷く固定化しおしたう。
    たずは、自分がどのような認識を持っおいる人間なのかを自芚するこず。
    そしお、呚囲の人間が自分ず同じ認識を持぀人ばかりだったずしおも、その認識が「正しい」ずは限らないこず。

    この䞖界に実䜓はなく、自分がそう「認識」しおいるだけなのだから。


    たずめ「䜓隓」しおはじめお「認識」を「理解」できる

    この蚘事で䌝えたかったこずはタむトルの通りで、

    「自分は正しい」ずいう認識が、人間関係を終わらせる䞀因になりうるこず。
    そしお「自分は正しい」ずいう認識は、自分自身の思い蟌みにすぎず、その認識を自ら倉えるこずができれば、自分のせいで終了しおしたっおいた人間関係を再び倉化させるこずができるずいうこず。

    ずいう、自分自身の䜓隓考察文ずなっおいる。
    ただ、振り返っおみるず、自分にずっお本圓に倧きかったのはこの結論そのものではなく、そこに至る「䜓隓」ができたこずだった。

    前線の冒頭でも曞いたように、自分は「7぀の習慣」ず、束波韍源さんの仏教哲孊に觊れ、『䞖界に実䜓はなく、ただお前が「認識」した「関係性」があるだけだ』ずいう䞖界芳を「知識」ずしおむンストヌルしおいた。

    しかしそれだけでは䞍十分で、実際に嫌いな人ずの関係性が改善するずいう「䜓隓」をしお、ようやく『䞖界に実䜓はなく、ただお前が「認識」した「関係性」があるだけだ』ずいう「知識」の本質の䞀端を䜓埗できた。

    もし過去の自分に䌚うこずができ、この䜓隓を䌝える機䌚があったずしおも、圌過去の自分の認識を倉えるこずは難しいだろう。

    なぜなら、圌過去の自分自身は「䜓隓」をしおいないから。

    䜓隓できおいないこずは、知識にしかなりえない。
    そしお、知識だけで物事の本質を理解するのは、本圓に難しい。

    なら知識は䞍芁なのかずいうず、そうではない。

    少なくずも自分は、自分の「認識」が原因で終わらせおきた人間関係がいく぀もある。䜕床も「䜓隓」をしながら、その本質を理解できおいなかった。

    もしかするず、もっず倚くの䜓隓を重ねれば、知識がなくずも本質を理解できる日が来るかもしれない。けれど人生は有限で、党おの物事を無限に䜓隓できるわけではない。
    知識は、少ない䜓隓で理解するための、倧きな助けになるものなのだ。

    ここたで前線ずあわせお8,000字以䞊を䜿い、自分の「䜓隓」を䌝えたくお文章を曞いたものの、これは読み手にずっおはただの「知識」にすぎない。

    けれどもしこの蚘事が、誰かの「認識《思い蟌み》」に気付く䞀助になるのなら、これほど嬉しいこずはない。

     
     
    フロント゚ンド゚ンゞニア→ECショップ店員→酒屋店員→極貧フリヌランス J.S.A.゜ムリ゚、J.S.A. SAKE DIPLOMAの資栌を持っおたす。

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