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獅子の仔 Ⅰ 005 ベリアン Ⅰ


べリアン Ⅰ

1 家什

 巚倧な岩山であるキャスタリヌロックの䞊局階は、叀代の環状芁塞リングフォヌトの遺構を䞭心に、西偎には城通や邞宅、庭園、孊匠メむスタヌの塔などの建造物が䞊ぶ。その䞊局階の倖延郚には䜿われおいない区画がいく぀もあり、北東郚の倖瞁、断厖に面した区画には離れの邞宅矀が長らく攟眮されおいた。

 キャスタリヌロックから北東方面を芋枡す「北東を睚む獅子の通」はこの北東の邞宅矀の区画の䞭心に䜍眮しおいる。
 その邞宅の匵出台バルコニヌに立぀べリアンボりマ卿は、海から吹き付ける匷颚に目を现め、眉間に皺を寄せた。犿頭を撫でる颚は冷たいが、顔の䞋半分を芆う灰色混じりの顎髭がわずかに寒さを和らげおくれる。薄玅色の毛織の長衣ロヌブはその発達した肩回りの筋肉を隠し切れず、盛り䞊がっおいた。
 八幎前の戊いで砕かれた巊足は、膝から脛にかけお鋌鉄補の歩行補助具ブレヌスで固定されおいた。その粟巧な䜜りの歩行補助具は鋌鉄の梯子状の枠、滑車、環状の支柱、革のベルト、朚補の副朚などが組み合わさり、連動しお圌の巚䜓を支えおいた。右手には、硬く重い鉄朚アむアンりッドを六角圢に削り出した棒杖が、節くれだった倧きな手に握りしめられおいた。

「  眺めは悪くない」
 「北東を睚む獅子の通」の匵出台の手すりを六角の棒杖で軜く叩いた。也いた音が颚に乗っお消える。県䞋には、雲海が広がり、その切れ間から、はるか北東ぞ続く❘「西郚」《りェスタヌランド》の山䞊みず森林、街道が芋枡せる。この邞宅の名の由来である巚倧な獅子像は蜘蛛の巣が匵っおはいるが、堂々たる石像で、その名のずおり、北東を睚んで牙を剥いおいた。この邞宅は他の区画から離れおいるため、海からの颚が吹く音ず鳥の鳎き声以倖、䜕も聞こえなかった。 

「埃を被っおおりたすが、石組みはしっかりしおおりたす」

 背埌で恭しく頭を䞋げたのは、初老の男、カサルドゲットだ。癜髪亀じりの髪を撫で぀け、叀めかしいが枅朔な黒革の短衣チュニックを着おいる。か぀おゞェロルド公の時代に王章官や曞蚘官を歎任した官吏で、公劃が、信甚できる家什ずしお玹介しおくれた人物だった。

 「屋根の雚挏りもなく、暖炉も生きおおりたす。掃陀ず、傷んだ家具の入れ替えさえすれば、すぐにでもお䜏たいになれたす」

「急ぐ必芁はない」
 ベリアンは颚に吹かれながら蚀った。

「我らが䞻君は未だ赀子。ここに移り䜏むのは数幎先になる。  カサル殿、あなたに家什長をお願いしたい。圓面ぱストレン卿ず貎方にティルト様の偎近ずしお矢面に立っお頂く。私はもう少し自由に動ける時間が欲しい」

「承りたした。第四公子の぀぀たしい掟閥の代衚が私ず゚ストレン卿ですな」
痩せた家什は笑いもせず、恭しく頭を䞋げた。

「これからはあなたずも連絡を密にさせお頂く」
 ベリアンはこの小柄な家什ず蚀葉を亀わしたのは初めおであるが、その穏やかだが、笑わない目は静かな芚悟を感じさせた。宮廷人ではないベリアンたちには埗難い協力者だった。

「私は所詮、歊官だ。ノェヌルなどの腹が党く読めない」
 率盎に家什長たちぞの苊手意識を䌝えた。キャスタリヌロックの家什長ノェヌルは、゚リンタヌベックが抜擢した男だ。その埌も家什ずしお生き残り、珟圚の地䜍に就いた。

「目敏い男です。出来うる限り情報を䞎えないこずが肝芁かず」
 頷きながらカサルは答えた。

「あの男の芖野の倖に居るようにするが、他に䜕か良策は」
 さらに尋ねる。宮廷での闘いはこの家什に聞くべきだろう。

「ご提瀺の策で十分です。培底しお䞻客を入れ替えお芋せるこずです」

「心埗た。そのように留意する」

「ノェヌルは、確かに老獪で、甚心深い男ですが、最埌は必ず保身を優先したす」
 その蚀葉には家什長ぞの軜蔑の念が混じっおいた。

 幞い、自分が公劃の偎近であるこずは知られおいない。もう少しの間その事実を抑えおおきたい

「この邞宅から䞋局階ぞ降りる階段の敎備を取り急ぎお願いしたす。この区画の邞宅のうち、いく぀かは、将来、我らの別宅ずしおも䜿いたい。邞宅の䞭庭は剣術の蚓緎堎、小型銬に乗れる銬堎、東の別通には曞斎ず曞籍棚も欲しい。あず、離れの展望台にワタリガラスの巣箱をおけるように手配頂きたい」

「承知いたしたした。埌日、図面におご提案を具䜓化したものをお芋せしたす。目立たぬよう、費甚を抌さえお、時間をかけお、準備いたしたす」

 カサルは深く䞀瀌したのち、「ずころで、東の別通の食堂ず䌚議宀は、倖から完党に隔離される構造になっおいたす。ここだけは皆様が集えるように敎備しおおきたす」ず付け加えた。

 「ここの敎備は、お願いする。茜重官に過ぎない私が䞊局階に来る機䌚はできうる限り枛らしたい」

 ベリアンは軜く䌚釈しお、露台から降り、邞宅の䞋局階ぞ向かった。
 䞍自由な巊足を庇いながら、この邞宅の内郚階段を䜿っお䞀階局降りた。地䞋倉庫ぞず続く階段に芋えるが、その先は倖壁の裏道に通じおいる。暫の扉を抌し開けるず、狭い螊り堎が倖に突き出おいた。備え付けられた倖呚階段が、岩肌に圫り蟌たれたように䞋ぞ続いおいる。海颚が容赊なく吹き付けるこの階段を、重心移動に集䞭しお、䞀段、䞀段ず慎重に降りた。鋌鉄の歩行補助具が軋んで音を立おるたび、額に脂汗が滲み、䞉階局分を降りるころには、汗たみれになっおいた。

 通行人名簿に名前が茉るのを避けるために「巻き䞊げ機」りむンチを䜿わずに、回り道をしおいるが、高所が埗意ではないべリアンには堪えた。 
 なんずか螊り堎に蟿り着くず、ひょろ長い䜓栌の赀毛の埓士が、角板の手燈ホヌンランタンを掲げお心配そうに埅ち構えおいた。

「ご無事でしたか」
 赀毛の青幎は駆け寄っお、现い手を䌞ばしおべリアンを匕き䞊げようずした。

「この高所では倧䞈倫ずは蚀い難いな」
 苊笑いしながら、差し出された手を断った。この埓士の腕力では、自分の䜓重を支えるこずはできない。
 この若い埓士、マむロンヘむスティングスは、剣術も銬術もそこそこだが、「嵐の地」ストヌムランズの旗䞻家の出身で、孊匠メむスタヌを志した経歎ず噚甚な手先を芋蟌んで、「叀の郜」オヌルドタりンで出䌚った際に採甚した。

 なんずか自力で螊り堎に蟿り着くず重い暫の扉を抌し開けた。䞭は薄暗い坑道だった。 
 この䞊局階䞭局には、茜重郚など軍関係者の出入りもあり、次垭茜重官であるベリアンが出入りしおも䞍審には思われなかった。だが、この北東区画は坑道が迷路のように入り組んでいる。マむロンが掲げる角板の手燈ホヌン ランタンの明かりだけを頌りに進み、しばらくしお、ようやく敎備された区画ぞ出た。

 この階局の「巻き䞊げ機」りむンチの乗降広間には、圓番の官吏が二人いるだけだった。 
 䞋局ぞ向かう鉄の籠に乗り蟌み、鎖が巻き䞊げられる蜟音を聞きながら十数分揺られた。その間、ベリアンはマむロンず茜重品の調達状況や圚庫管理に぀いお、矢継ぎ早に確認を亀わした。
 到着した乗り換えの広間で、別の「巻き䞊げ機」に乗り換え、さらに十数分。鉄の籠は颚に吹かれた鳥籠のように頌りなく揺れた。この浮遊感ず軋みに慣れるこずはこれからもないだろうず、べリアンは冷や汗を拭った。

 䞭局にあるキャスタリヌロックの䞭倮倧広間に到着し、ようやく鉄籠から解攟された。今床は、地䞊たで降りるための「足」が必芁だった。ベリアンの巚䜓を乗せお急な階段を降りられるように倧型のロバを指定したが、しばらくしお、足腰の匷い重荷運搬甚のラバが連れおこられた。

 ベリアンは䞍機嫌そうなラバに跚り、マむロンは埒歩で付き埓い、暗く長い「倧螺旋」の階段を降り続けた。途䞭でラバずマむロンの息を敎えるために小䌑止を取り、四十分かけお「ロバの倧広間」たで降りた。キャスタリヌロックは、地䞊に降りるだけで優に䞀時間はかかる。たさに難攻䞍萜だが、䜏む者にずっおも牢獄のような芁塞だ。
 怜問所を過ぎ、地䞊階に降りお「獅子の口」の倧門をくぐるず、晩倏の湿った空気が䜓にたずわり぀き陜光に目が眩しかった。門前の広堎は、集萜や商店、厩舎などが立ち䞊び、階士や兵士、官吏や商人が行き亀い、「西郚」りェスタヌランズの行政府ずしお掻況を呈しおいた。

 䜕も蚀わずずも、赀毛の埓者は、厩舎に預けおいたラバず銬を曳いおきた。ベリアンは黒鹿毛の倧柄なラバに、マむロンは痩せた栗毛の汎甚銬に跚った。
 ベリアンは倧型の軍甚銬や汎甚銬も所有しおいるが、最近はこの安くお頑䞈なラバに乗るこずが増えた。芋栄を匵るよりも実甚性を重んじる、それが今の圌の生き方だった。
 ラバに乗った犿頭の巚挢ず、痩せた銬に乗った赀毛の痩せた埓士は䞊足で出発した。

2 邞宅

ラニスポヌトの北の倧門「獅子の門」から垂街地に入るず、旧垂街の敎然ずした石畳、歎史ある石造りの商通が立ち䞊び、行き亀う人々の掻気に圓おられた。ここは、キャスタリヌロックのラニスタヌ家ずその分家たちが䜜り䞊げた、西郚の経枈の䞭心だ。
 倧柄なラバず痩せた銬に乗った䞻埓は、賑わう北の広堎を迂回し、北郚区画の北西郊倖ぞず向かった。「獅子の䞘」ず呌ばれるこの界隈は、ラニスタヌ公や旗䞻諞䟯たちの邞宅が䞊ぶ閑静な䜏宅街だ。手入れされた生垣、磚き䞊げられた門扉。誇らしげに掲げられた名家の王章。だが、その䞀画に、堎違いのように荒れ果おた倧きな邞宅があった。

 石塀に囲たれたその広倧な邞宅は、か぀おのラニスタヌ公の四番目の息子のために建おられた『四の獅子の城通』ず呌ばれおいた。由緒ある邞宅だが、ここ数十幎間、攟眮されおいた。

 門前の雑草が生えた石畳の銬留めにラバず痩せた銬を繋ぐ。既に先客がいるのか錆びた鉄門が僅かに開いおいた。マむロンが鉄門を顔を真っ赀にしお抌したが、埮かに開いただけだった。芋かねお、べリアンが片手で抌し蟌むず、錆びた鉄門は軋みながら開いた。

 ラバず銬の番をマむロンに任せお邞宅の敷地に足を螏み入れた。邞宅内の庭園は人の身長皋もある雑草が生い茂る林ずなっおいる。搔き分けお立ち入った圢跡があり、その獣道のような痕跡を蟿るず、割れた石畳や淀んだ池、蔊で芆われた東屋、傟いた朚造の厩舎があり、黒鹿毛の軍甚銬ず愛嬌のあるラバが繋がれおいた。そしお、䞉぀の棟からなる石造りの廃墟のような城通が䞊び建っおいた。

「  酷い荒れようだ。䞭庭は森になりかけおいる」
 呆れたような、しかしどこか愉しむかのような呑気な声が奥から響いおきた。

 先客は、䞉぀の城通を芋枡す裏の庭園に来おいるようだった。あの男だろう。雑草をかき分けお、裏の庭園に回り蟌むず、その䞭心にある盛り土の䞊によく知った男が腕組みをしお立っおいた。
 岩のように発達した筋肉、分厚い胞板、䞞倪のような腕。䌞び攟題の茶色の髭ず髪に、汚れた焊茶色の麻の䜜業服にくたびれた革の長靎ちょうか、革手袋ずいう出で立ちで、たるで野生の熊のようだった。こちらに気づくず、軜く䌚釈しお、草をかき分けお寄っおきた。

「ボりマ卿、お疲れ様です」
 この髭面の男が、ハヌりッド゚ストレンだ。西郚の階士や兵士には「斧槍のハヌりッド」ハヌりッド ザ ハルバヌド、「嵐の地の灜い」ストヌムランズ ベむンず謳われる勇士だが、あたり身なりに気を遣う男ではない。
 幌少時から公劃に付き埓っおきた生粋の公劃掟であるハヌりッドの前では、普段、「笑う獅子」タむトス公の柔匱を倧っぎらに嗀う階士や兵卒も口を慎む。

 八幎前の戊で二人の人生は亀錯した。重装歩兵の指揮官であるべリアンは巊足に傷害を負い、ハヌりッドは初陣で勇名を銳せた。べリアンずお、ただ若く、巊足の自由を倚少倱っおも、乗銬ず指揮には自負があり、戊堎に埩垰する自信はあった。だが、あの戊堎で若きハヌりッドが斧槍を振るい劣勢の党軍を錓舞する姿を芋たずき、埌進に道を譲るこずを決め、前線を退いた。
 ハヌりッドは未だにベリアンを、もず䞊官ずしお立おる矩理堅さを倱っおいないが、その歊勇ず声望は、ずうにベリアンを凌駕しおいた。

「いい邞宅ですな。塀の厚さず高さは十分です。壊れおいたすが、離れに芋匵り台も有る。譊備の芳点から芖線が通る角床に蚈算されおいる。䜕箇所か厩れおいたすが、そこを盎しさえすれば、問題ありたせん」

 ベリアンの耇雑な胞䞭など知る由もなく、ハヌりッドは屈蚗のない笑顔で話しかけおきた。

「うむ」
 ベリアンは歩行補助具を軋たせお、雑草を螏みしめた。

 熊のような男の埌ろには、ラニスポヌト垂譊備衛兵隊シティ りォッチの幹郚、ノァラヌラネット卿ずその指揮䞋の衛兵が控えおいた。この城通の匕き枡しの手続きのためだ。

ハヌりッドはラネット卿にせかされお、手続きの確認を始めた。
「ラネット卿、この城通の登蚘はティルトラニスタヌ様に倉曎をお願いしたす。管理人は、このハヌりッド゚ストレンの名矩に倉曎を。曞類䞊の䞍備は」

 ノァラヌラネット卿は肩をすくめた。
 「問題ありたせん。近隣の偉いさん方からは『䞍気味な幜霊屋敷をなんずかしろ』ず苊情が出おいたした。゚ストレン卿が管理しおくださるなら、倧歓迎です」

 ラネット卿は曞類に眲名を枈たせるず、曞類の写しを郚䞋に枡した。
「では、これにお。うちの倧猪が、隊長や兵士長玚を率いお出払ったせいで、垂内の巡回が手薄になっおおりたすので」
 留守の総垥ぞの恚み蚀を蚀うず、郚䞋を連れお慌ただしく雑草をかき分けお去っお行った。

「この邞宅の敎備に人手は出せんぞ。兵を䜿え」
 二人きりになるず、䞊官時代のぞんざいな物蚀いそのたたに、ハヌりッドに䌝えた。兵ずいうのは、タむトス公の手配により配属された䞉十人の兵士ず五人の階士のこずだ。

ハヌりッドは目を䞞くしお蚀った。
 「あの若い階士五人のなかには、嫌がる者もいるでしょうね、『倧工仕事は平民の仕事だ』ずか蚀っお拒吊し出すず面倒ですな。たあ、自分が率先しおやっおみたす」

「゚ストレン卿が倧工をされるのですか」
 埌ろから声がした。い぀の間にか、埓士のマむロンが、銬ず二頭のラバを曳いお庭たでやっおきおいた。

「おう、「剛勇」ブレむブを連れおきおくれたのか」
 ハヌりッドは倧柄な鉄色芊毛のラバの頭を撫でた。錻先が真っ癜で、愛嬌がある顔立ちをしおいた。「剛勇」ブレむブは、飌い䞻ぞの挚拶もそこそこに、蟺りの雑草をムシャムシャず食べ始めた。

「勝手にすみたせん。この庭の草を食べたそうにしおいたしたので」
 マむロンが曳いおきたもう䞀頭のべリアンのラバも䞀心䞍乱に蟺りの雑草を食べおいた。べリアンのラバは、ハヌりッドのラバず異なり、暗い鹿毛で背䞭にくっきりず黒い十字の背線があり、軍銬のような粟悍さを気に入っおいる。

「『斧槍のハヌりッド』がラバに乗っおいるのか」
 自分の事は棚に䞊げお、揶揄するように蚀った。

「平時はラバが䞀番です。私を乗せおも疲れないし。賢い。粗食にも耐えるうえに、働き者だ」
 意に介さない様子で、ラバの背䞭を撫でおいる。芋栄よりも実益を取る、もず䞊官の教えどおりで結構だが、「西郚」りェスタ―ランズで最も勇名を銳せる階士が、間抜け面のラバに乗るずいうのもどうなのだろうか。

「ただ、圌らは、自分で動かないず、誰も動いおくれなさそうですな」
 のんびり愚痎を蚀いながら䜕やら思案しおいる様子だ。

 マむロンが城通の壁を撫でながら進蚀した。
「壁の基瀎はしっかりしおいたす。さすがは由緒ある公子の邞宅です。ただ、屋根ず床板は盞圓傷んでいたす」

思案するハヌりッドに段取りを瀺した。
「本栌的な修埩は埌回しだ。たずは傷んだ郚分の撀去をしおくれ。この状況では必芁な資材の芋積もりもできん。撀去䜜業が枈んだら芋積もりず発泚だ。それはこっちに蚀っおくれ」

「ここで野営地蚭営の蚓緎でもしたすかね。圌らの人柄も知らないずいけない。実は先日、十人ほど若い少幎兵を遞抜しお揃えたした。剣も録に扱えたせんが、将来性重芖で䞀から鍛える぀もりです」

「ふむ。ずころで、なぜ埓士の埌任を眮かない」
 ハヌりッドは、前任の埓士が階士叙勲を受けお、独立しお以降、埓士を眮いおいなかった。

「名家の方々から同時に五人ほどの申し出があり、話がややこしくなりたしおね。党郚断りたした」

名が䞊がるず気を䜿うこずも増えるようだ。
「石工あがりの兵士がいる。茜重郚の䞭堅だ。䞀定期間、埓士にするずいい。埓士ずいう颚情ではないが、有胜な副官になっおくれるだろう」

「それは助かりたすが、私ずうたくやれたすかね」
 䜕を心配しおいるのか、䜙蚈なこずを聞いおくる。

「心配ない。倚少偏屈だが、お前には献身的に仕える」

 ハヌりッドは倩性の牜匕力を持っおいた。豪快に芋せお、理知的で枩厚、䜕より堎の空気を支配するカリスマがあった。そしお戊堎での狂気を孕んだ歊嚁。ゞェむン様は軍の線成を私ではなく、ハヌりッドに任せた。
 正盎、郚隊の指揮官ずしおは、自分の方が経隓が豊富なため忞怩たる思いがある。自分が指揮すれば、正確な進退をみせる集団にしお芋せる。だが、ハヌりッドならどのような指揮を芋せるのだろうか。

 この城通の埩旧䜜業はハヌりッドに任せお、新米兵たちの最初の任務ずするこずにした。空を芋䞊げる。次の珟堎こそが、自分の仕事堎になる筈だった。

3 枯湟

 ラニスポヌトは、区画が異なれば颚景が倉わる。時間の過ぎる早さすらも。旧垂街地の敎然ずした石畳の官庁街、石造りや煉瓊造りの商通が䞊ぶ䞭倮商業区、「獅子の䞘」の華やかな邞宅矀、倧広堎の賑わいず呑み屋街の猥雑な掻気。だが、枯湟の南西郚は、それらの掻気ずは察局にあった。
䞀郚が厩れたたた攟眮された城壁ず、「䞋顎の倧角塔」が歪んで聳え立ち、その麓には、寂れた枯湟の䞉぀の区画が、広がっおいた。そこには、淀んだ溜池、腐った海藻、也いた泥、時代に取り残されたような倊怠感が挂っおいた。

「  酷いものですな」
 隣を歩く男が、リネンの手ぬぐいで錻を抌さえながら呻いた。ワデルクリフトンは小柄で神経質な男だが、海䞊茞送や枯湟の運営に造詣が深い、茜重郚の䞭でも屈指の蟣腕だ。

「癟幎前にダルトン=グレむゞョむレッド クラヌケンに焌き払われお以降、䞻だった商通や船䞻は他ぞ移り、ここは攟棄されたたた。閉じた商店に、開いおいる店も䞭叀品の転売か、腐りかけの魚くらい  」

「嘆くな、ワデル。文句を蚀う暇があったら、䜕をすべきか考えろ」
 ベリアンは、巊足に装着した鋌鉄の歩行補助具を軋たせながら歩を進めた。

 その埌ろを、ラバず銬を曳いたマむロンが黙っお぀いおきた。鉄朚の六角の棒杖で地面を突き、泥の䞋にある旧枯湟蚭備の石の基瀎を確認した。

さすがはラニスポヌト、基瀎の石積みだけは生きおいる

「マむロン、ラバをこちらぞ。『䞋顎の倧角塔』たで行く」
 埓士に声をかけるず、暗い鹿毛のラバに乗る。ワデルは灰色のロバに乗り、その埌をマむロンが痩せた栗毛の銬に乗っお続いた。

 タむトス公が、生たれたばかりの息子に扶持ずしお䞎えた、寂れた䞉぀の区画を暪切る。ラバずロバず銬に乗った男たちが、ゆっくりず進む。

「叀びた揚船堎」オヌルド ドック
 旧匏の造船所からは槌音が絶えお久しい。時代が止たったかのような雰囲気が挂っおおり、小芏暡商䌚の䞍揃いな商通が䞊んでいた。

「槌音の無い造船所矀ずは颚情がありたすな。こころが安らぐ」
 ワデルは巚倧な箱型の朚造の収玍庫を芋䞊げお嫌みを蚀った。
 その脇を䞉぀の階圱が進む。

「曇倩の埠頭」クラりディ ピア
 停泊する船もたばらで、桟橋は叀く腐りかけおいるうえに、間が狭く、小芏暡船しか停泊できない。枯湟には船の残骞が沈んでいるらしい。

「小型船をわざわざ、䞍䟿な奥の枯に停める需芁が無い」
 たばらに停泊しおいる小型船を暪目で芋ながら進む。

「寂れた波止堎」ダル ワヌフ
掻気のない商店が䞊んでおり、異臭がする。桟橋は疎らだ。

「城壁䞋の䞋氎路が詰たっおいる可胜性もありたすな」
 ワデルは錻を手ぬぐいで再び芆った。

「思ったより掻気はありたしたな、造船所ず商通ず商店ず垂堎以倖は」
 ワデルの尜きない嘆きに苊笑で返す。

ワデルは蟛蟣だが、どれも枯湟管理者ずしおは正しい指摘だ。

「  広さだけは十分だな」
溜息ずずもに呟いた。
寂れた区画ずはいえ、ラニスポヌト枯湟でこれだけの面積を統括する有力者はいない

 「䞋顎の倧角塔」の無残な姿がのしかかるように迫っおきた。ラニスポヌト城壁の南西の芁ずしお築かれたはずの監芖塔だが、癟幎前の鉄人による略奪で砎壊されお以来、朮颚に晒されたたた無惚に傟いおいる。

 ラバから降りお、先日、厩萜事故が起こったずいう城壁を怜分した。厩萜珟堎には、ラニスポヌト垂譊備衛兵隊シティ りオッチの衛兵が立ち番をしおいた。痩せた初老の兵士ず槍をもった小倪りの若い兵士の二人組は、䞀行を目にするず敬瀌しお出迎えた。

 やや嚁厳を蟌めお衛兵に挚拶をした。
「キャスタリヌロックの次垭茜重官、ベリアンボりマ卿である。今日は茜重郚でも怜分させおもらう」

 初老の衛兵は敬瀌しお、状況を説明した。厩萜が起きた堎所を指し瀺し、䞍自然な厩萜だったずの指摘を聞く。老朜化による厩萜でなく、䜕らかの砎壊行動があったのではず、容易ならぬこずを蚀った。

「事態は藪の䞭だな。だが、だからこそ、譊備の拠点ずしお敎備せねばならぬな」

 䞍審を蚎える初老の衛兵をいなすようにしお、話しを前に進めた。党く自分らしくないず内心で苊笑した。厩萜郚分の城壁は石の目地は痩せ、確かに老朜化しおいるが、基瀎は問題ない状況だ。この区間の城壁は「ラニスポヌトの城壁」ずしお知られる重厚な造りではなく、やや䜎い。この区域は倧倖壁ず枯湟䞭倮郚の隔離壁の倖にあるため、防衛䞊、あたり重芖されなかったこずも攟眮されおきた原因だろう。

公劃様は芋越しおおられたのか

 ただの荒地ではなく、防衛䞊の「匱点」が含たれおいる土地。それは぀たり、キャスタリヌロックが介入しお敎備する口実になるずいうこずだ。

「  これがラニスポヌトの『䞋の顎』か」

 監芖塔を芋䞊げる。䞭局階あたりから傟きがあるように芋えた。塔の内郚の柱がどこかで歪んでいるのだろう。

「基瀎は党く問題ありたせんな。問題は䞊局のほうです。」
 ワデルはしゃがんで花厗岩の基瀎を小さな金槌で叩いお確認しおいた。

「塔に䞊がるか。枈たんが、ラバず銬の番を頌む」
 衛兵にラバず銬を預けるず、ワデルずマむロンを連れお監芖塔の鉄の扉を鍵で開けお䞭ぞ入った。錆びた扉は重く、べリアンが力をこめお抌し蟌むず擊過音を䞊げお開いた。

 塔の内郚は暗いが、意倖ず広く、䞀階は物資庫ずなっおいた。普段はこの扉から出入りするこずは無いためか、出入口にも、氎の入った暜ず、干し肉、倧蒜、玉葱、人参が壁から吊り䞋げられおおり、ラむ麊の袋に薪が積たれおいた。

 空気はこもっおおり、カビず叀い油の匂いが挂い、床の暫の朚材黒ずんでたわんでいた。べリアンの䜓重に悲鳎を䞊げる。

 石階段が、壁に匵り付き、二階ぞず続いおいた。䞋から芋䞊げる倩井は暫の朚が匵られ、倪い梁が十字に亀差しおいた。壁の手すりを頌りに螺旋階段を䞊がった。

 二階は兵士たちの詰所ずなっおいた。いきなり䞋の階から珟れたべリアンたちに驚いた若い衛兵が慌おお敬瀌しおきた。

「すたんな、少し邪魔する」
 べリアンは宀内の状況を芋た埌に芋䞊げお、倩井の梁を確認した。䞉階郚分から明らかに梁が歪んでいた。

「二階たでは䜿えそうですな。城壁䞊ずの連絡はここからのようです」
 ワデルは倖に出る扉を指し瀺した。
 暫の朚の扉を開けお数段の階段を䞊がるず、城壁の䞊に出た。高さ十二メヌトル、幅䞉メヌトルほどの防壁だった。䞀般の城壁ずしおは十分な分厚さだが、ラニスポヌトの城壁ずしおは狭い。城壁の䞊に出お監芖塔を芋䞊げた。

「䞉階は䜿えるのか」
 詰所から付いおきた若い衛兵に聞いた。

 「はい、身軜な兵士しか䞊がりたせん。芋匵りのために䞀日数回䞊がる皋床です。四階はほが、瓊瀫の山ずなっおいたす。危険ですので出入り犁止です。隊長が床板の匵り替えを申請しおいたすが、工事そのものが危険なため、埌回しにされおいたす」

「ふむ。少し城壁䞊を歩いおみるか」
 ワデルず二人で城壁䞊を歩いた。思った以䞊にしっかりしおいる。

「ワデル。垂の評議䌚ぞの申請はどうなっおいる」
 二人になるず予算の確保に぀いお尋ねた。

「公劃様の根回しもあり、認可されたした。申請項目は『過日の厩萜事故を契機ずした南西区画の城壁および監芖塔の緊急修繕工事』ずしおいたす」

「拠出の割合はどうなった」
「予算はキャスタリヌロックから五割、軍の予算から二割、垂の予算から二割、ラニスポヌト垂譊備衛兵隊シティ りォッチの予算から䞀割です。評議䌚の䌚頭から、『キャスタリヌロックず軍で措眮しお頂けるずはありがたい、防衛敎備は喫緊の課題ですから』ず感謝されたした。数十幎攟眮しおおいお䜕を蚀うかず思いたすが」

 本来なら垂の予算で措眮すべきずころだが、長幎の攟眮に「今回の厩萜事故」で茜重郚がしびれを切らしお補修に乗り出したずいう䜓裁だ。

「これで倧手を振っお、ここに人ず資材を入れられる」 ベリアンは笑った。
 公子の領地敎備にキャスタリヌロックの予算を䜿えば、金庫長たちがうるさい。垂の予算を䜿えば、評議䌚が介入しおくる。だが「垂の防衛蚭備の修繕」ずいう名目でそれぞれに分担させれば、誰も文句は蚀わない。

 先日、「偶然にも」、城壁の䞀郚厩萜事故が起きお、事態が動き出した。「ワデル、よく聞け。この城壁ず監芖塔を盎す぀いでに、そこぞ至る「搬入路」も敎備する」
 ベリアンは県䞋の泥だらけの道を指差した。わだちが深く刻たれ、荷銬車の車茪が沈むような悪路だ。

「重い石材を運ぶには、地盀を固めお、排氎溝を掘らねばならん」

「  圓然です。ぬかるみでは石材運搬車が動けたせんから」

「その道は、工事が終わった埌も残る この区画の通りを舗装できるずいうわけだ」

 ワデルは目を䞞くし、やがお人の悪い埮笑みを浮かべた。
「  なるほど。぀いでに、波止堎の浚枫しゅんせ぀も必芁ですな。資材を海から運ぶために」

「その通りだ」

 振り返っお、城壁の䞊から倖に目をやった。そこには、さらに倧きな課題が広がっおいた。城壁の倖にぞばり぀くように広がる貧民街、通称「塩の吹き溜たり」゜ルティ ボトムだ。

 流朚や廃材、船の残骞で組たれた小屋がびっしりず䞊び、路地には汚氎が流れ、がろを纏った子䟛たちが泥遊びをしおいる。煮炊きする煙が䜎く垂れ蟌め、腐った魚ず人間の䜓臭が混じった匷烈な臭気が錻を぀く。その向こうには、塩気を含んだ癜い砂地ず荒れ地が続き、さらに遠くには収穫の乏しい海岞蟲地ず、寒村が点圚しおいた。

 ベリアンの暪に䞊んだワデルが、枋い顔で呟いた。

「あの貧民窟の連䞭を远い出そうずすれば、暎動が起きたす。圌らは倱うものがない分、凶暎です。あの集萜の海偎の土地は叀い塩田の名残りで、蟲地ずしおは死んでいたす。塩分が匷すぎお、ラむ麊すら育ちたせん」

 「远い出す必芁はない」
 ベリアンは、再び城壁内の寂れた枯湟を睚んだ。

「  ここには、他の区画の枯にはない利点がある」

「利点ですか。既にゎミ溜めずしお機胜はしおたすが」

「氎深だ」

 ベリアンはワデルの攟蚀を遮っお、六角の棒杖で枯湟を指し瀺した。

「今は海底の瓊瀫が邪魔をしおいるが、少し攫えば『曇倩の埠頭』は十分な氎深がある」

 数幎埌の図面を頭の䞭で描いた。ここには倧型船を着けられる。粟錬した鉄塊、家畜、朚材、石材 これたで、陞路で運ばれおきた重い資材は党お、海路でこの枯湟から陞䞊げさせる。
「この枯を「鉄屑ず炎の枯」に育おたい。「塩の吹き溜たり」゜ルティ ボトムの貧民たちには仕事を䞎えればいい。城壁修繕の䜜業員、荷運び、飯炊き  。圌らは金を持たないが、劎働力にはなる。䜏凊を远われる恐怖に怯える圌らに、仕事ずパンを䞎えれば、忠実な手足になるだろう」  

「あずは、垂の評議䌚にいる友人の協力ず枯湟の発展の仕掛け人ずなる商人集団が必芁だ。軍人䞊がりの自分にはできない事だ」
 ベリアンは懐から手垳を取り出した。やるべきこずが、びっしりず曞き蟌たれおいる。その文字を眺めおいるず、䞍意に巊足が疌いた。
 八幎前、足が二床ず、元どおりに治らない事実に向き合えずにいた自分がいた。さほどの瞁も無かった公劃から唐突に「鋌鉄の歩行補助具」が䞋賜された日のこずが脳裏に蘇った。震える手で、叀き郜オヌルドタりンで䜜らせたずいう特泚品の装具を手にした。

 その埌、茜重官になる道を遞ぶず、公劃からは孊匠メむスタヌの教えを受ける機䌚を䞎えられ、数孊や経枈、建築、理孊を孊んだ。ベリアンは、今でもキャスタリヌロックの曞庫を利甚できる手圢を䞎えられおいる。この恩矩は党力で返さなければならない。これほど血が沞き立぀のはい぀ぶりだろうか。

「ワデル、目立぀なよ。あくたで、城壁工事の『぀いで』だ」
 ベリアンは念を抌した。

「了解したした、しっかり時間をかけお、呚蟺敎備を培底的にやりたす。海底を攫い、道を䜜り、倉庫を建おる  その党おが『城壁の補修のため』に必芁です」

 ベリアンは䞍自由な足で、しっかりず倧地を螏みしめた。この「曇倩の埠頭」クラりディ ピアに、明日にも槌音぀ちおずが響き始めるだろう。

005 ベリアン Ⅰ 完


煀けた石 第䞀郚 獅子の仔  ç¬¬äž€ç·šã€€ã‚†ã‚Šã‹ã”の宣誓
005 ベリアンⅠ005 泥の䞭の倢
248 AC・倏末期 / 西郚・キャスタリヌロック 〜 ラニスポヌト
POVベリアンボりマ (Beryan Bowma)


【本䜜は「氷ず炎の歌」のファンフィクションです】
 原䜜者のゞョヌゞ・R・R・マヌティン氏、および関連する出版瀟・映像補䜜䌚瀟等の暩利者様ずは䞀切関係がありたせん。
 本䜜は「氷ず炎の歌A Song of Ice and Fire」の䞖界芳をベヌスにした非公匏のスピンオフ䜜品であり、原䜜の五十幎前の時代埁服暊248幎以降の䞃王囜西郚りェスタヌランズを独自の解釈で描いおいたす。


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