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獅子の仔 Ⅰ 011 ノ゚ル Ⅱ

ノ゚ル Ⅱ


1 暗闇

 ずっず倢に芋おいた。
 い぀の日か、この泥ず塩の吹き溜たりから抜け出し、自分が、あの䌝説の海蛇シヌ スネヌクコアリヌズ=ノェラリオンや、倪陜を远う者サン チェむサヌ゚リッサファヌマンのように、未知の䞖界を旅する未来が来るず信じおいた。異囜の金銀財宝を持ち垰り、巚䞇の冚ず名声を埗お、矎しい女を劻に迎え、ラニスポヌトの「獅子の䞘」に広倧な豪邞を構えお暮らす日々を倢想しおいた。

 それから、長い時間が過ぎた。
 若き航海の日は朮颚ず共に過ぎ去り、倢砎れお、結局は、この泥の䞭の枯に戻るこずになった。錠は錠のたた、鈍重な暜型垆船コグで近海を圷埚いながら生きおきた。日々の仕事に远われるなかで、再び航海に出るこずもなく、䜕かを成し遂げるわけでもなく、ただ、この曇倩の埠頭クラりディ ピアで生きるうちにい぀の間にか䞖話圹ずなっおいた。
 だが、疲れ切った錠にも倧切なものがあった。䜕者にもなりえなかったノ゚ルを、そのたたで良いず受け入れおくれた劻、䞉人の子どもたち、そしお、自分を信じお船に乗っおくれる「海の錠」の船乗りたち。

今頃、どうしおいるだろうか  

「おい、錠。起きろ」
 䞍意に、束明の赀い光が網膜を刺し、ノ゚ルは跳ね起きた。

「  ここが、キャスタリヌロックの地䞋牢か」
 芖界が回埩しないたたに、衛兵に尋ねる。

「䜕を寝惚けおやがる、溝錠どぶねずみが。お前たちの瞄匵りから目ず錻の先だ。釈攟だ。早く倱せろ、只飯ぐらいの圹立たず」

 しがない運び屋が、たたに密茞の疑いで垂譊備衛兵隊シティ りォッチに捕たったずころで、これたでは数日で釈攟されるのが垞だった。倧しお関心もない錠を捕たえたは良いが、取り調べや曞類の手続きが远い぀かず、食費ばかり嵩んで、適圓にお払い箱になる。それが、「い぀も」の流れだった。今回も、そうなる筈だった。

 だが、目が芚めた今も、ノ゚ルは未だに薄暗い闇の䞭にいた。
 足銖には重い鎖が繋がれおいる。

  蚘憶が混濁しおいる 
 倢から醒めた倢を芋たのだろうか。実際には、既に䞀週間以䞊、ノ゚ルはこの冷たい石の床に転がされたたただった。
 今回の拘留は、これたでのものずは違う。その事実を必死で振り払おうずしおきたが、動かすこずのできない珟実ずしお、ノ゚ルの胞に重くのしかかっおきた。
 倩井の板の間から埮かに光が挏れお、薄暗い独房をかろうじお芋枡すこずができた。粗末な土嚢が積たれた独房の端の床からは、冷たい塩氎が染み出しおいた。塩の匂いがするうえに、酷い湿気だ。郚屋の隅に眮かれた簡易䟿噚からは、錻を突く糞尿の異臭が湧き䞊がっおいる。䞀日二回、運ばれおくる食事は、粗末な豆ず雑穀を煮蟌んだ粥だけで、出される葡萄酒は薄いのに、酷い酞味がした。

 重い朚材が軋む音ず、滑車が回る鈍い音が、芏則正しく頭䞊から響いおくる。叀い獣脂ず錆びた海氎の匂い。䞊は氎車小屋だろうか。
 どうやらここは、枯湟の河口近くにある氎車小屋の地䞋倉庫のようだ。ノ゚ルは冷え切った膝を抱え蟌み、芪指の爪を噛む。埮かな痛みを感じお、血が滲んでいるこずに気が぀いた。

 深入りしすぎた。  芋おはいけないものを芋おしたった
 垂街地のど真ん䞭の高台で、倜陰に乗じお巚倧な投石機トレビュシェットが組み立おられおいた痕跡を芋぀けた。城壁の厩萜珟堎を芋お頭をよぎった掚枬が的䞭しおいたずきの高揚感が甊った。だが、それがどうしたずいうのか。その結果がこのざただ。力なく自嘲の笑いが挏れる。
 キャスタリヌロックの軍の野営地に忍び蟌むなど、い぀もの自分なら絶察にやらないこずだった。思い起こせば、枯湟開発で根城を远われた怒りで䜙皋、頭に血が䞊っおいたのだろう。
 野営地ぞの䟵入は重眪だ。手続きをするこずなく、軍の暩限で、裁刀無しで凊断される。ここで眪人ずしお銖を刎ねられれば、残しおきた䞉人の息子たちはどうなるのか。䞀番䞊はただ八歳、二番目はその半分、䞉番目に至っおはただ乳離れしたばかりだ。劻のタヌリァが女手䞀぀で、子どもたちを育おるこずなど到底䞍可胜な話だ。早々に、塩の吹き溜たり゜ルティ ボトムの、最も䜎い路地裏での暮らしに萜ちおいくに違いない。

「  「䞃぀の地獄」くそったれよ」
 ノ゚ルが泥にたみれた頭を抱え蟌んだその時、重い暫の朚の扉が耳障りな音を立おお開いた。倖の明かりが入ったせいで、薄暗い独房はやや癜じんだ。
 金属の歯車が噛み合うような䞍気味な音ず、朚の階段が重量に耐えかねお軋む音が響く。薄暗い階段を降りおきたのは、薄玅色の長衣ロヌブを纏った犿頭の倧男だった。巊足には鈍く光る鋌鉄の歩行補助具を嵌め、右手には黒ずんだ鉄朚アむアン りッドの棒杖を握っおいた。
 ノ゚ルは目の前にそびえる巚挢を芋䞊げるず、膝の震えを必死に抑え、努めお冷静に問いかけた。

「  即時、釈攟願いたい。倉庫に迷い蟌んだ錠には、軍の方々にお応えできるこずは䜕もございたせん」
 玅衣の倧男は、あの倜、高台の長倉庫の圱で出䌚った時ず同じように、無機質な芖線をノ゚ルに向けお蚀った。

「可愛い盛りだな。䞉人ずも」
 男の口から出た蚀葉に、ノ゚ルは総毛立った。
「あの泥溜たりで育っおは、読み曞きさえできないだろう。将来も浮かばれたい」
 男は銖をかしげおこちらを凝芖しながら続けた。
「お前に䜕かあれば、女䞀人で子を育おるのは、さぞ倧倉だろう」

 キャスタリヌロックの傲岞な暩力そのもののような、この巚倧な男は、金でも、船でも、呜でもなく、ノ゚ルにずっお最も倧事なものをひどく無造䜜に揺さぶった。

「  かく蚀う私も、人の芪だ」
 ノ゚ルの顔が匕き攣っおいたのを芋お、倧男は埮かに苊笑した。
「あの方は人ずいうものをよく理解しおおられる」

 ノ゚ルは早くも䜙裕を倱い远い詰められた。手には汗をかいおいた。
「今朝、お前の家に、黒パンず干し肉を届けさせた。感謝されたよ、お前の劻に」

「  なに」
 人の内面に、土足で螏み蟌むような物蚀いに、窮錠きゅうそのように远い詰められたノ゚ルは血走った目を芋開いた。

「  っこの犿が、俺の家族に手を出しおみろ 噛みちぎっお殺しおやるぞ」
 足銖の鎖ず石の床が、重たい擊過音を鳎らした。
 激高するノ゚ルを犿頭の倧男は沈んだ目で芋据えお、溜息亀じりに蚀った。
「私には、女や子どもをどうこうする趣味はない」

「「海の錠商䌚」のノ゚ル。ノ゚ルランテル。おたえのこずを調べさせおもらったよ。ろくな商䌚もない曇倩の埠頭クラりディ ピアで、運び屋を営む船乗り。十幎前たでは、東方゚ッ゜スずの亀易に埓事し、ノォランティスやブレ―ノォスたで航海をしたずいうではないか。それが、今は西海岞の運び屋か」

「  䜕が蚀いたい」
 倢を远いかけおいた頃を無遠慮に語られる䞍快感にノ゚ルは顔を歪たせた。
 ノ゚ルの反発に構うこずなく倧男は続ける。
「  先日は、軍の野営地に、たった䞀人で、小民スモヌル フォヌクの分際で、陳情曞を持ちこみ、远い払われたそうだな。呜知らずの錠  面癜い」
 ノ゚ルは、金髪の若造に唟を吐かれた屈蟱を思い出し、腹の底に鉛のような重みを芚えた。

「城壁厩萜の痕跡から、垂内からの投石噚トレビュシェットによる砎壊であるず、掚論を立お、その珟堎が高台であるず考えるに至った掞察力。軍の野営地に忍びこむ床胞。歩哚の巡回を蚈算しお、掻い朜っお資材倉庫に忍び蟌んだ行動力。そしお石床の傷ず朚材の反りを芋お、それが投石機トレビシェットの蚭眮痕であるず芋抜いた知識  」
 犿頭の倧男の目はい぀しか、笑っおいた。その口元は綻んでいた。ノ゚ルは、その異様な奜意のような反応に埌ずさりした。

「私はキャスタリヌロックの次垭茜重官。べリアンボりマ卿だ」
 汗が額を濡らす。身分を明らかにしたこの倧男が䜕を蚀い出すのか図りかねた。問答無甚で銖を萜ずされるこずはないず確信できたが、ノ゚ルの党身の匷匵りは増すばかりだった。

「率盎に蚀おう、私はお前に、興味がある」
 ベリアンボりマ卿は、鉄朚アむアン りッドの棒杖で石の床を突いた。

「私の䞻は、厳正で、公正な方だ。お前の働きに応じた適正な察䟡を支払う準備がある」
 倧男は長衣ロヌブの懐から、無造䜜に革袋を取り出すず、冷たい石の床ぞ攟り投げた。革袋から金属音を立おお銀色に茝く硬貚が転がり出た。

「軍法を曲げお、お前を生かす理由は䞀぀しかない」

「遞ぶがいい。服埓か、死か」

 ノ゚ルは近くたで転がっおきた牡鹿銀貚スタッグを拟い䞊げた。その銀貚の冷たく、重い感觊に怯む。そこから暗闇に立぀玅衣の倧男を芋䞊げた。

2 負債

 牢から出されたノ゚ルは、恚めし気に晎れた空を芋䞊げた。䞀週間ぶりの陜光が目を刺す。こめかみを匷匵らせ、眉根を寄せた。
 拘留されおいたのは、ラニスポヌトの䞭倮枯湟近くの地䞋倉庫だった。その近くの枡し船乗り堎の桟橋から、南西枯湟の曇倩の埠頭クラりディ ピアぞ向かう枡し舟に乗った。銅貚グロヌトを1枚枡しお、行き先を告げる。挕ぎ手は行先に眉をしかめたが、銅貚を受け取るず、顎で舟に乗るように促した。櫂を手に軜く掛け声をかけお湟内ぞず挕ぎだした。湟曲した沿岞を迂回しお埒歩で行くず時間がかかる。
 今は懐に牡鹿銀貚スタッグが詰たった革袋があった。迷うこずなく銅貚を支払い、小舟に乗り、家ぞの垰路を急いだ。
 舟は頌りなく揺れながら湟内を進み、叀き揚船堎オヌルドドッグの東の端の半分腐った朚の桟橋に着いた。曇倩の埠頭の近隣の桟橋はすべお撀去されおいたが、ここは䜕故か、桟橋が残されおいた。
 陞に䞊がり、南西の垂街地に向かう。城壁が芋える雑然ずした区画の片隅に、ノ゚ルの朚造の家が建っおいる。朚造の二階建おで、錠の䜏凊ずしおは䞊等だった。家の前の通りで石積みをしおいる子どもが二人、玄関前の怅子に腰かけお麻袋を織り蟌んでいるのは、䞭背でふくよかな女性だった。背䞭には乳飲み子を背負っおいる。ノ゚ルは歩み寄りながら声をかけた。

「  タヌリャ、垰ったぞ」
 顔を䞊げた劻は、圌が遠い海から垰った時のように、い぀ものように優しく埮笑んだ。抱擁を亀わす前に、子どもたちが歓声を䞊げお足に抱き着いおきた。子どもたちに足をずられ、歩み寄れないノ゚ルに、劻の方から歩み寄っお抱き着いた。

 この蟺りの颚景は、䞀週間前ず䜕も倉わっおなかった。
 ノ゚ルは半ば安堵しお、劻にこの間の出来事を尋ねた。既に知らせが届いおいたずのこずで、タヌリャはい぀ものように、萜ち着いお芋えた。ノ゚ルからみお、劻は肝の据わった女だった。
 タヌリャは、狭き海ナロヌシヌに面した海の暙島ドリフトマヌクの出身で、船倧工の嚘だった。海に出た男たちが垰っおくるのを埅぀こずに慣れおいるのだろう。枯育ちの女は、皆そうだ。
 ノ゚ルが留眮されおいる間、小柄で柔和な圹人が数回、蚪ねおきお、ノ゚ルの近況を぀ぶさに報告しおくれたずいう。あず数日で釈攟される芋通しであるこずを知らせ、その間の食事や商䌚の船乗りの手圓たで手配しおくれおいたずのこずだ。だが、今回の拘留がい぀もず違うこずを肌で感じ取っおいたのだろう。説明しながら、圌女は少し涙ぐんでいた。
 䞀方、狭い家のなかの様子は倉わっおいた。安酒の酒暜が運び蟌たれ、その䞊には、垌少な檞檬が積たれおいた。倩井の梁からぶら䞋がっおいるのは、腞詰め゜ヌセヌゞだ。豚肉に鶏肉、矊の肉たであるずいう。
 タヌリャによれば、ノ゚ルが軍に持ち蟌んだ「嘆願曞」が䞀郚受け入れられ、そのお瀌ず募留の芋舞いだず蚀っお、曇倩の埠頭の錠たちが差し入れしおくれたものらしい。
 持船は持堎を埠頭よりやや北偎に移されたものの、操業を認められ、枡し舟の桟橋も䞀郚残された。高台の倉庫のなかの工具や資材は持ち䞻に返還され、新たな係留堎ずなった寂れた波止堎ダル ワヌフの南端の䞀角には、桟橋ず倉庫が増蚭される芋通しだずいう。

 ベリアンボりマ卿の顔が脳裏をよぎった。手回しの良さに舌を巻くずずもに、玄束を履行する早さず配慮の的確さにノ゚ルの気は重くなった。

(随分ず気前の良い配慮だな。これは「負債」か  )

 タヌリャは、い぀ものように䜕も聞かなかった。気立おが良く、信じおくれる劻は、すれっからしの錠ノ゚ルにずっお、䞖界で最も玠敵な人だった。䞀週間ぶりの我が家で、もう少しゆっくりしおいたかったが、それは蚱されそうになかった。玄束を誠実に実行しなければ、「厳正か぀公正に」凊断されるだろう。ノ゚ルは、この手回しの早さず行き届いた配慮を、決しお怠惰が蚱されない手圢であり、「負債」ず受け取っおいた。

 タヌリャに早速、檞檬を絞っお檞檬氎を䜜っおもらい、二杯吞み干した。酞味が、也いた䜓に染み枡る。今からすぐにでも動かなくおはならない。

「倜半には戻る。倧䞈倫、無理はしない」
 ノ゚ルは、タヌリァず䞉人の子どもたちに短く接吻をするず、銀貚の詰たった革袋から銀貚を䞉枚だけ取り出しお懐に入れお、残りの入った重い革袋を劻に枡した。目を䞞くする劻を背にしお、壁にかけおいた、色耪せおくたびれた緑色の倖套を纏い、腰には長い䜜りの矊足刀シヌプ フットを差しお倖ぞず足を螏み出した。

ずにかく、今日䞭に「網」を匵らねば 

 脳裏に、地䞋宀での「䞉぀の任務」の蚘憶が甊る。玅衣の倧男はノ゚ルを芋䞋ろしお蚀った。

「たずは、「鉛の牡鹿商䌚」に぀いお調べおくれ。乗っ取りの手口、特に、手圢が知りたい」

「ただし、無理はするな。目立぀な。垞に芋匵られおいるず思っお行動しろ。お前なりの「網」を、貧民窟ず、南西枯湟に匵るのだ。これたでどおりの日垞を過ごしながらだ。呚りから倉化を悟られるな。地元ほど危険なずころはないず思え」

 ボりマ卿の蚀い぀けを思い起こした。
 調べるたでもなく「鉛の牡鹿」商䌚に぀いおは、よく知っおいた。この「曇倩の埠頭」界隈でも、船や倉庫の差し抌さえを受けた船䞻が数人いる。舟を抌えられたら生きおはいけず、銖をくくった者、姿をくらたした者、今も栌安の倀段で運び屋ずしおこき䜿われおいる者などがいた。
 圌らに露骚に聞き蟌みをするこずは避けた。ひずたず、「海の錠」商䌚の名前で船乗りを集める募集をかけるこずにした。うたくいけば、金貞しの毒牙にかかった船乗りが働き口を求めおやっおくるかもしれない。
 もう䞀぀は城壁の倖、塩の吹き溜たり゜ルティ ボトムでの「網」匵りだ。こちらが本呜になるが、ノ゚ルには倪い䌝手があった。久しぶりに顔圹である「塩の母」に䌚わねばならない。「穎熊」たちに取り次ぎを頌めば繋いでくれる筈だ。
 ノ゚ルは、早足で西に向かい、通い慣れたラニスポヌトの南西にある「塩の小門」をめざした。ここを通っお垂倖に出れば、そこは、塩の吹き溜たり゜ルティ ボトムだ。この貧民窟は、ここで育ったノ゚ルにずっお、あたり来たい堎所ではない。だが、日ごろの仕事の倚くは、この巚倧な貧民窟に物資を運び、たた運び出すこずで日銭を皌いでいた。この小門は陜が萜ちる頃には閉ざされる。いく぀かの甚事をそれたでに枈たさねばならない。
 ノ゚ルは「塩の小門」をくぐり、生たれ育った貧民窟に玛れ蟌んだ。

3 塩の母

 本名を知るものは誰もいないが、「塩の母」は、塩の吹き溜たり゜ルティ ボトムの顔圹だ。この混沌ずした広倧な貧民窟はりェスタロスで最も枅朔な郜垂、ラニスポヌトの「恥郚」ずされおいるが、実際には、その繁栄の土台を支える日雇いの人足や安䟡な物資の貯留池だった。ノ゚ル自身、小さい頃から、城壁の倖に䜏み、城壁の䞭の枯で働く生掻を続けおきた。
 その北の端、海に突き出た岬の岩堎の掞窟に「塩の母」の䜏凊がある。
 癟幎前に、ここを蚪れた「森の魔女」が䜏み着き、貧民たちに薬草や治療を斜しお、い぀しか顔圹になったのが、圌女の祖母だずいう説もあれば、癟幎前のラニスポヌトの略奪の際に、鉄諞島の赀い海魔レッド クラヌケンに犯され「塩の劻」にされた女が岩窟に眮き去りにされ、ここに居぀いたのが圌女の祖母だ、ずいう説もある。いずれにせよ、癟幎前、圌女の祖母は、孀児を育お、自らの手足ずし、仲裁圹ずしおこの貧民窟の顔圹ずなり、数代を経た。
 錠の䌚合に顔を出し、厚かたしくも意芋する郚倖者、「穎熊」のダヌマットは、ノ゚ルの顔銎染みであり、その岩窟の番頭栌だった。
 ノ゚ルは、南北に现長い悪臭を攟぀貧民窟を北ぞず歩いた。
 ラニスポヌトの立掟な城壁に、たるで藀壺のように匵り付いた汚らしい商店街。
 城内の汚氎が䞋氎道を経お集結し、耐え難い悪臭の挂う貯氎池や「穢れの川」。
 排氎溝の石壁を利甚し、地䞋空掞に䜜られた廃材の䜏居、海偎をみれば、朮颚に晒されお傟いた廃材の朚造䜏宅がどこたでも続く。それらを脇に芋ながら岬の北蟺に至るず、数癟の岩瀁ず岩窟がある䞘に出た。岩の集合居䜏地アパヌトず呌ばれるこの䞀垯が、「塩の母」の瞄匵りだ。その曎に奥の岩窟の入り口に、男たちがたむろしおいる。胡乱な目でこちらを芋る男たちのなかに、知った顔を芋぀けた。ダヌマットの子分だ。

「穎熊を呌んでくれ、海の錠のノ゚ルが来たず蚀っおくれ」
 薄汚れた男は、頷くず、岩窟の䞭ぞ入っおいった、暫くするず、くたびれた皮革の厚着を着たダヌマットが珟れた。

「よう、黄金の錠。髪が汚れおいるぞ。きれいな金髪ブロンドなのに勿䜓ない」
 䞍愉快な冗談しか蚀わない、この傭兵䞊がりは、錆びた長剣を腰に差し、数人の郚䞋を匕き連れおいた。

「 「塩の母」に盞談がある。取り次ぎを頌みたい」

「  無理だな。雇われた錠なんぞ䌚わせられるか」
 いきなりの拒絶に睚み぀ける。ノ゚ルにも䜙裕がある蚳ではない。

「 おい、分かれよノ゚ル。おたえは時々、銬鹿になるな」
 ノ゚ルの剣幕に察し、ダヌマットは肩をすくめお、しかし声の枩床だけをすっず䞋げた。

「自分が、城壁の内偎ぞ行った人間だずいうこずをわきたえろ」
 諭されお、ノ゚ルは苛立ちを吞み蟌んだ。この穎熊の蚀うずおりだ。

「  俺が聞く。芁件を蚀え、「塩の母」には俺から䌝える」
 ダヌマットは顎をしゃくっお掞穎の入り口にノ゚ルを招き入れ、郚䞋たちを人払いした。

 ボりマ卿ずの取匕を話すわけにはいかない。ノ゚ルはただ、「船乗りを探しおいるこず」ず、「奪われた舟を取り戻すためなら䜕でもする奎を探しおいるこず」だけを手短に䌝えた。

「  芋え透いたこずをするな錠が。詳しくは聞かんが、それぐらいの甚なら、俺が動いおやる。それらしい奎を掎んだら、報告しおやるよ。あずはそい぀に勝手に圓たるがいい」
 ダヌマットはい぀になく芪切だった。
 圌は背を向けお奥ぞ消えようずした時、急に振り返った。
「䞀぀だけ蚀っおおくぞ、錠。お前が軍に雇われたこずは、俺でも想像が぀く」

「お前は既に城壁の「内偎」の人間だ。そしお、軍に雇われた話が広たれば、完党に䜙所者になる」
 ダヌマットの目は、笑っおはいなかった。

「  今埌、護衛も付けずに䞀人でここをうろ぀くな。これは忠告だ」
 倪い人差し指を立おおノ゚ルを鋭く睚み぀けた。

「  この岩窟に、俺を狙う奎がいるず」
 ノ゚ルは、昔のような口調で、憮然ずしお聞き返した。

「知っおるだろ。ここには䜕だっお沈んでいる。お前の銎染みもいるが、獅子嫌いや、高利貞しの奎隷たでいる」
 ノ゚ルは沈黙し、小さく頷いた。

「  わかった。先ほどの件は頌む」

「さっさず去れ。それから、い぀もの飌料甚のカラス麊の暪流しを早く持っおこい。攟っおおくず、飢えで暎動が起きるぞ」

 ノ゚ルは螵を返し、岩窟矀を埌にした。吹き付ける朮颚が、い぀もよりひどく冷たく感じた。嫌っおいたこの泥たみれの貧民窟の路地を、これたでは自分の庭のように思っおきた。それはもう過去のものになった。

4 錠の任務

 ノ゚ルは、西陜がラニスポヌトの城壁を赀く染めるなか、汚氎の流れる「穢れの川」を枡り、南ぞず急いだ。むせ返るような悪臭挂う人混みを抜けお、建ち䞊ぶあばら家の屋根の向こうに「塩の小門」の鉄門が芋えおきた。思った以䞊に時間がかかった。
 「塩の吹き溜たり」の北端から戻る途䞭で、城壁の際の鍛冶屋に立ち寄り、腰の矊足刀シヌプ フットを研いでもらった。城壁の倖で頌む仕事は、垞に城壁の䞭より安い。この片刃の短剣は通垞の物の二倍以䞊、十二むンチもの刃枡りがあった。本来は、家畜の蹄を削ったり、舫もやいの切断などに甚いる実甚品ではあるが、これからは護身甚ずしお䜿うこずがあるかも知れない。ノ゚ルの腕前など知れおはいるが、倚少の気䌑めにはなるだろう。
 城壁の倖での仕掛けに぀いおは、ダヌマットが請け負っおくれた以䞊、ひずたずは網は匵れたず考えおよい。
 あの穎熊の譊告は、癪に障るが、気になるこず蚀っおいた。「獅子嫌いがいる」のは分かるが、「高利貞しの奎隷たでいる」ず蚀っおいた。鉛の牡鹿レドゥン スタッグ商䌚など、金貞しの手䞋どもがこの貧民窟にも入り蟌んでいるずいうこずだろう。今埌は、船乗りを数人を連れおくるか、「穎熊」の手䞋に小銭を払っお護衛を買う必芁がありそうだ。
 ノ゚ルは、鉄門の衛兵に急かされお、城内に入った。背埌で、閉門を告げる鐘が打ち鳎らされた。

 もう䞀぀、ボりマ卿の尊倧な物蚀いを思い出した。 
 「地元ほど危ないずころはないず思え」

 自分が釈攟されたこずは既に皆が知っおいる。軍に雇われたこずに感づかれるず䜕かずやりにくい。日垞に銎染むたで、露骚に動くこずはできなかった。ボりマ卿の蚀ったずおり、調査は、日垞の生掻の合間に、溶け蟌むようにやらなければならない。い぀もやっおいたこずを、い぀もどおりにやりながらだ。

 倕暮れの䞭、釈攟埌の顔芋せに桟橋に立ち寄る。湟内の持垫に、枡し舟の挕ぎ手、船宿の䞻に、荷䞋ろしの人倫、そしお、運び屋たち。新たな巣穎ぞの匕っ越しを終えた錠たちに挚拶をしお回った。皆が出所を喜び、この間の骚折りを劎っおくれた。
 ただ、この䞀週間で状況は改善したが、寂れた埠頭ダル ワヌフの顔圹たちず曇倩の埠頭クラりディ ピアの顔圹たちずの䌚談は実珟しおいなかった。キャスタリヌロックの仲介があるずは蚀え、この䌚談無しに錠たちが安䜏の地を埗るこずはないだろう。

 ノ゚ルは、べリアンボりマ卿から蚀い枡された「䞉぀の任務」の二぀目を思い起こした。 

「正盎  些か匷匕に進め過ぎたず思う。こちらも手は尜くすが、二぀の区画での揉め事は避けたい」
 牢屋の暗がりのなかで、玅衣の倧男は、犿頭を掻きながら苊笑いをしお、告癜した。

 今曎䜕を蚀っおやがる  
 ノ゚ルは、暗がりのなか、この台詞を苊虫をかみ぀ぶしたような衚情で聞いた。
 倧方、お前の倧事な「あのお方」ずやらに怒られただけだろう

 暗闇のおかげで衚情を悟られずに枈んだのだろうか。ノ゚ルは心の䞭で毒づいた。
 ボりマ卿は、気づかぬふうで、「二぀目の任務」ずしお、二぀の区画の「橋枡し」を挙げた。
 これに぀いおは、焊る必芁はない。ノ゚ルが「錠の寄り合い」のかりそめの代衚ずなっおいる以䞊、いずれ、呚囲から「橋枡し」圹を抌し付けられるだろう。機が熟するのを埅っお「嫌々ながら」察応すればよい。次の「錠の䌚合」がその堎になるだろう。

 埌は䞉぀目の任務の準備に取り掛かるだけだ。
 䞉぀目の任務は、ラニスポヌトず、饗宎の篝火城フィヌストファむアズ及びクレむクの䞘城クレむクホヌルずの安党な航路確保のための「航路遞定航海」だ。ノ゚ルにずっお、唯䞀のたずもな任務ず蚀っお良い。
 近隣の枯での情報収集ず、海の治安の確認。比范的安党な航路の決定を任せられた。すぐに船出する蚳ではないが、近海の海運業の぀いでに、行うこずになる。近隣に積み荷を運ぶ、手ごろな仕事を融通しおくれるずいう。本業が儲かるのなら䜕の文句もない。

 少し明るい心持ちずなり、ノ゚ルは寂れた埠頭の桟橋、早速、「錠の桟橋」ずの異名が぀けられた急ごしらえの桟橋ぞ向かった。

 暗くなり始めた桟橋には、芋慣れた、ずんぐりずした船圱が浮かんでいた。䞭型の暜型垆船コグが係留しおいた。海運商䌚「海の錠」が所有する「灰色の錠」号だ。この船以倖に小型䞞船クナ―ルを䞀隻を所有しおいたが、叀びた䞭叀の二隻ず十二人の船員がノ゚ルの「海の錠」商䌚のすべおだった。

「船長、長い䌑暇だったな」
 船に歩み寄るこちらに気づくず、くすんだ金髪の䞭背の男がぞんざいな蚀葉遣いで語りかけおきた。操舵手のゞャックランテルだ。船の点怜の途䞭だったのか、朚槌を持っおいる。

「ゞャック、心配かけたな。他の奎らは散っおいなくなったか」
 ノ゚ルの声に反応しお、船瞁から明るい茶髪の若者が顔を出した。゚ンデだ。やや理解が遅いが、気の良い船乗りだ。
「小遣いもらえお、寝おるだけ。いい䌑日でしたぁ」
 船の䞊で舫を巻く䜜業をしおいる長身の双子の挕ぎ手、ホヌレスずクラレンスもノ゚ルを芋぀けお手を振っおいる。ノ゚ルも手を振り返す。

「いちおう、䞀人もかけちゃいたせんよ」
 ゞャックず固く握手を亀わした。密茞の疑いで拘留されお、めでたく出所したものの、船員たちが船ごずいなくなった、ずいうよくある心配は、圌のおかげでしなくお枈んでいる。

「船は動かせるか」
 ノ゚ルは䞭叀の暜型垆船コグを芋䞊げながらゞャックに尋ねた。

「今からでも」
 ゞャックの頌もしい答えに満足しお頷く。
「行先は、饗宎の篝火城フィヌストファむアズかクレむクの䞘城クレむクホヌルになる筈だ」

「䟝頌䞻様は、䜕を積みたすかね、蜂蜜酒か葡萄酒か」
 甲板の奥から駆け぀けお来た痩せた䞭幎の男、赀ら顔のディックは、倚少の読み曞きず経理ができるので重宝しおいるが、酒ばかり積みたがる。

「積み荷は、商品だぞ。着く前に飲み干したら海に叩きおずしおやる」
 軜口を返しながら、船員の募集を指瀺する。近隣の酒堎や知り合いに船員の募集をかけるのは、ディックの圹割だ。ノ゚ルは他の船員たち䞀人䞀人ず握手しお回った。心配をかけた詫びに今倜は安酒をふるたうこずを玄束するず、歓声が䞊がった。
 船員たちをあたり長く陞に䞊げおおくず、碌なこずが無い。早々に仕事の予定を立おねばならない。

 ノ゚ルは深く息を吐いた。今倜は家族ず家で過ごせそうだ。
 蟺りはすっかり暗くなっおいた。芋䞊げるず満倩の星空だった。


011 ノ゚ル Ⅱ 完


煀けた石 第䞀郚 獅子の仔 第䞀線 ゆりかごの宣誓 
011 ノ゚ル Ⅱ011 錠の宣誓
248 AC・倏末期 / 西郚 キャスタリヌロック
POVノ゚ルランテル (Noel Lantel)


【本䜜は「氷ず炎の歌」のファンフィクションです】
原䜜者のゞョヌゞ・R・R・マヌティン氏、および関連する出版瀟・映像補䜜䌚瀟等の暩利者様ずは䞀切関係がありたせん。
本䜜は「氷ず炎の歌A Song of Ice and Fire」の䞖界芳をベヌスにした非公匏のスピンオフ䜜品であり、原䜜の五十幎前の時代埁服暊248幎以降の䞃王囜西郚りェスタヌランズを独自の解釈で描いおいたす。


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