
伊予の国ふしぎめぐり 4.てんにょ(前編)⑦
1.のがまは(前編)こちらから↓

「寒いねー」
「寒いねー」
窓を開けて息をはくと、息が真っ白になる。
紬は自分のはく白い息をぼんやり見ていると、
「寒いから窓、閉めるよ!」
あっさりクラスの子に窓は閉められた。
代わりに窓ガラスに水滴がつく。
「紬ちゃん」
咲良が声をかける。
それ以上何もいわなかったけれど、その目を見れば咲良のいいたいことは分かる。
紬にはあのお化け信号以来、ずっと咲良に相談しづらいことがあった。
たいしたことではないと思いながら、胸のすみっこが、もやもやしていた。
(あー、もうぐじぐじ考えるのやめ!)
そう決めると、
「あのね、今日の帰り道、全部話すから聞いて!」
それだけいうと、咲良が分かったというようにうなずいた。
座っているだけで、足の先からふるえがくるような冬の公園のベンチで、紬はお化け信号に行ってから、ずっと気にかかっていた話をした。
「あの日、私呼ばれたような気がしてつい振り返っちゃったの。
そしたらいたの、女の人が。
私たちあの時あんなこわい目にあったのに、私うっかり振りかえちゃって、どうしようって。
だから、私の見間違いかもって思いこもうとしたけど、やっぱり確かにいたのはいたんだよ。
でも、変に話して咲良ちゃんまで巻き込んだらとか、そんなこと考えてたら、いい出すタイミングが分からなくなっちゃって。
ごめんね」
「その女の人、幽霊ぽかったの?」
全くおどろかない咲良はすごい。
なれてしまったのかもしれない。
「着ている服とかだけじゃなくて、全体に透き通っているみたいな、なんていうのかな?
とにかく生きている人じゃなかった。
やっぱり幽霊なのかな?
でも、あの辻にいた妖怪たちみたいにこわい感じじゃなかったよ。
きれいでさみしそうで、目にいっぱい涙をためてた。
それに目の感じというか、ふんいきとかがうまく説明できないけど、木梨さんにすごくにてたんだよ」
咲良はしばらく考えるような顔をすると、
「それって、もしかして木梨さんのご先祖様だったりしないかな?」
「あっそうかも!
なんで思いつかなかったのかな?
木梨さんに聞いたら分かるかな?
今から行こう! すぐ行こう!!
ここ寒いよ~」
紬の勢いにひかれ、冷たいベンチに凍りついていた咲良も立ち上がった。
こごえ切った足をこすると、お宮さんまで歩く。
お宮さんに着くころには、体はすっかりぬくもっていた。
社務所をのぞき込むと、木梨さんがまた何か思い悩むように立ちつくしていた。
考え事のじゃまをしてはいけないと、二人がそっと帰ろうとすると、二人に気がついた木梨さんは笑顔になった。
「わざわざ来てくれた小さな巫女さんたちと、お話しできないようなことではないのですよ。
いつも何か大切なことを忘れているような気がしてならないのです。
でも、思い出せないので、私も休憩します」
そういって社務所の中へと案内してくれた。
社務所の中はエアコンが付いていて、思ったよりあたたかかった。
歩いてきたせいでほほを真っ赤にした二人を見て、木梨さんは、
「何かありましたか?」
優しくたずねる。
紬は辻(交差点)のお化けと昔の人の格好をした女の人のこと全てを話した。
ご先祖様説をいうのは、ちょっといいにくかったけれど、それも一応話した。
「人の世に迷いがあると、妖怪たちだけでなく、大昔に亡くなった人の眠りを妨げることもあるのでしょうね。
それにしても似ていましたか……
それはもしかすると」
「もしかすると?」
二人は声をそろえる。
「私の妹かもしれません」
(そんな事あるわけないじゃない!)
二人の不満げな顔を見て、
「すみません」
木梨さんはあっさりあやまると、少しまじめな、さみしそうな顔になった。
「私のご先祖様かはともかく、古風な衣を着ていたということなら、この神社に祭られている方たちかもしれません。
大昔、都からこの伊予の国(愛媛県)についほうされた兄と、それを追ってきた妹が、この地で悲しい最期を迎えました。
このお宮は、その方々のために建てられたものです。
そのことと関係があるのかもしれませんね」
木梨さんはそういうと、今度はむずかしい顔になった。
「それにしても、二人はとんでもない冒険をしていたようですね。
私は辻(交差点)で物を拾ってはいけないとはいいましたが、それ以上に辻払いをするのはもっと危ないことなのです。
今回は偶然うまくいきましたが、二度目はないと覚悟してください」
そしてもっとむずかしい顔になると、
「彼らはいつも気まぐれで、人とは全くちがう生き物です。
今親切でも、次はとって食おうとしたりすることもあります。
二人のように巫女の才能のある子供は、そういう場所には近寄らないようにするのが一番です」
そして、やっといつもの優しい顔の木梨さんにもどって、
「でも、きちんと説明しなかった私も悪かったですね。
それに二人が助かってよかった」
にっこりと笑った。
木梨さんが怒るなんて想像もできなかったから、本気で二人のことを思ってくれているのが伝わってきた。
それでも次の日曜日、紬はもう一度あのすすきの原に行くことを決めた。
(木梨さんも咲良ちゃんもあの女の人を見ていないから、ご先祖様だって信じられないんだ)
思い返せば思い返すほど、目つきやふんいきがにていた。
兄妹といわれたって信じられる。
それに、女の人が泣いていたのも気にかかったのだ。
咲良にはかくしてもむだなので、もちろん話した。
「紬ちゃんがそこまでいうなら確かめてみよう」
こうして次の日曜、今度はお化け信号ではなく、すすきの原を目指して歩いた。
イヤーマフに手袋、マフラー、ぬくぬくのコートに長ズボン。
それなのに空は青く澄んで、その分だけこおるように空気が冷たく、二人は風にいどむように歩いた。
おかしなことに、まだまだ先のはずのお化け信号が見えてきた。
前の半分も来ていないと思っていた二人は、
(あの時は本当に道に迷っていたんだ)
と変に感心してしまった。
紬が、
「一本道なのに、私たち迷ってたんだね」
そういうと、咲良も
「木梨さんが『人の心の迷いのせいかも』っていってたよね。
今日は、紬ちゃんが『絶対すすきの原に行く!』って決めてるから迷わなかったのかな?」
気づけばもう道の終わりに来ていた。
女の人が立っていた場所だ。
その場所に立って辺りを見わたしたけれど、やっぱり女の人はいなかった。
多分そうだろうと思ってはいたけれど、ちょっとがっかりする。
「少しだけ、すすきの原の中に入って探してみてもいい?」
一応咲良に確認をとると、
「止めたって、行くのに」
困ったものだという顔をしてうなずいた。
「進入禁止」の看板が大きく立っているけど、それは車のことで、人ならかんたんに通れる。
ところがすすきをかき分け、二三歩すすきの原に入り、二人はおどろいた。
なぜか分からないけれど、あたり一面すすきが刈り取られていた。
そして正方形にロープを張りめぐらし、あちこちにスコップやシャベルで掘り返しているあとがあった。
何かを調べているみたいだった。
刈り残されたすすきたちは穂を細らせてしょんぼりと元気がない。
風に吹かれるまま身を右へ左へとゆらされている。
ロープをよけながら進んでいた二人の動きが止まった。
あの時の女の人が、かなしげな目をして、空をながめていた。
「きれい、天女様みたい」
咲良が思わずというふうにつぶやいた。
それを聞いて、紬は(それだ!)と思う。
前に授業で「天女の羽衣」という紙芝居を見せてもらったことがある。
女の人は、その物語に出てきた天女のように、千年よりもっと昔の姿をしていたのだ。
うっすらとすけ、かなしそうなその天女は、やっぱり目に涙をためていた。
そして、その天女の美しさに、二人はしばらくただ見とれてしまったのだった。
天女(後編)はこちらから↑