
伊予の国ふしぎめぐり 1.のがま(前編)①
【あらすじ】
小学五年生の紬は、新学期早々クラスメイトから近くの谷で「のがま」という妖怪が出ると聞いて、早速一番の仲良し咲良とのがまさがしに出かける。すると本当にのがまに出会ってしまった。
近くのお宮さんの神主、木梨さんに助けられたものの、青嵐につじおばけと次々ふしぎな体験をすることになる。
木梨さんによると、町の大人たちが、大型ショッピングモール開発で、けんかしていることが原因で、妖怪たちがざわめくようになっているという。
そしてであった天女に、羽衣の代わりにマフラーをあげたことで、思いもかけないことが。木梨さんが姿を消してしまった……千五百年のひみつに迫るご当地ファンタジー。

紬は肩にかかった桜の花びらをそっと払うと、
「春だねー」
となりで窓わくに手をついていた咲良に声をかけた。
「春だねー」
咲良ものんびり返す。
今日から新学期が始まり、クラス発表があるまではドキドキだった。
紬の学校では、二年ごとにクラス替えがあり、今年五年生になる紬は、どうしても一番の仲良しの咲良といっしょのクラスになりたかったのだ。
何しろ五年生は林間学校、そしてなにより六年生は修学旅行と、これまでにないビッグイベントがある。何が何でも、紬は咲良と行きたかった。
近くにある神社で、思い切って五百円をおさいせん箱に入れ、こっそりお祈りをしたくらいだったから、紬がどれほど本気だったか分かる。
そして今二人は願いがかなって、同じ教室でゆっくりと満開を過ぎ散り始めた桜を楽しんでいたのだ。
(絶対お祈りがきいたんだ。
だって五百円だもんね。けちけちしないでよかった~)
必死のお願いがかなって、紬はすっかり満足していた。
「咲良ちゃんの季節だー」
そういわれた咲良は、はにかんだように笑う。
実際のところ、咲良はほっぺがぽっちゃりとかわいらしく、長いきれいな髪にはかわいらしい髪飾りをつけ、本当におひな様のように白い肌をしている。おっとりとした性格もあって、桜というより寒い時期にほっこりと咲いている梅の花のようだ。
いつもはきはきとして、掃除をさぼる男子をほうきで追い回すような元気な紬とは全く性格が違うのに、二人は初めて会った時からなぜか気が合った。
のんびりと二人がくつろいでいる後ろで、まだ帰っていない男子たちが、何か騒いでいた。
「いやー、ありえないでしょ」
「まじだって。ばあちゃんがいってたんだ」
確か、紬の前の席になった佐々木君だった気がする。
「そんな妖怪、聞いたことないぞ『のがま』なんて」
「それはお前が知らないだけで、ほんとにいるんだって」
(のがま……?)紬は初めて聞く言葉に思わず咲良の顔を見たが、咲良も何のことか分からないという顔をしていた。
「佐々木君、『のがま』って何?」
紬が興味を持ったのに喜んだ佐々木君は、急にいきおいいずいた。
「あのさ、お宮さんの近くに谷があるだろ?
あそこでのがまが出たことがあるんだ」
「お宮さんって、丘の上にあるあの神社のことだよね?」
お宮さんは、他でもない紬がいっしょうけんめいおいのりをした神社だ。
「そうそう」
「ふーん。
で、のがまって何よ」
「妖怪だよ、妖怪。
俺のひいばあちゃんなんだけどさ、昔その谷でおそわれたんだ。
ばあちゃんが、いってた」
急に声をひそめると、
「足をばっさりな」
そのとたん、紬たちの背中の辺りを冷たいものがゾゾっと走った。
紬はすこし緊張しながら、
「それで、そのひいおばあちゃんの足はどうなったの?
妖怪見たの?」
「俺も小さかったからあんまり覚えてないけど、そういえば、ひいばあちゃん普通に歩いてた気がするな。
それに妖怪は見てないって」
「なーんだ、それ笹か何かでけがした話が、大げさになっちゃったんじゃないの?」
「ちがうって、病院で八針も縫ったんだぞ。笹でそんななるかよ!」
佐々木君はあわてて答えたけれど、周りを囲んでいた男子たちのテンションが一気に落ちたのがはっきりと伝わってくる。
それに気づいた佐々木君は、大きな声でいった。
「疑うんだったら、今度みんなで確かめに行ってみようぜ。
次の日曜日、お宮さんのふもとに一時集合!」
一瞬何ともいえない沈黙が流れ、男子たちはたがいに顔を見合わせると、ランドセルを背負い教室を出て行った。
次の日曜日、集まったのは何のことはない佐々木君以外、紬と咲良の二人だけだった。
「みんな意気地ないわね!」
息まいている紬をチラっと見て、佐々木君は一つ息をはくと、
「とりあえず、出発するか」
何となく張り合いのない声で、佐々木君を先頭に三人はその小さな谷あいへと下って行った。
今ではほとんど使われてないらしい谷の道をゆっくり歩いていく。
細い道沿いに誰が植えたのでもないスミレが、所々日差しを追いかけるように群れになって咲いていた。
日差しはもう春の温かさを伝えてくれているのに、時々すり抜ける風が妙に涼しく、汗ばみかけた三人の背中をなでていく。
最初からあまり期待していなかった紬たちだが、ほのぼのとした日差しの元歩いて行くと、本当に妖怪が出るのか疑いたくなってくる。
「ねえ、佐々木君。佐々木君のひいおばあちゃんは、何でこんなところに来たの?」
「よく知らないけど、昔はこの谷にもみかん畑があったんだって。
段々畑みたいな感じかな?
で、ひいばあちゃんは畑仕事が終わって、谷の下の小川で手ぬぐいを洗って立ち上がった時やられたらしい」
「じゃあ、その小川に下りてみようよ。私もう歩くのいやになっちゃった」
咲良もそうだという顔をしている。
佐々木君、紬、咲良の順で谷底の小川へ一応けいかいしながらと下りていく。
実際下まで下りていくと、小川の水はすみ、気持ちのいい谷あいだった。
川の水はまだとても冷たい。水でぬれた手をふると、しずくが水晶の粒のようにきらりとかがやいた。
もっとじめっとして苔むしたようなぶきみな場所を想像していた三人はほっとし、地面に座り込む。
「ここもみかん畑だったんだねー」
今はおもかげもない畑を見上げて紬はつぶやくように言った。
すると咲良がおっとりと、
「あのね、今日谷に行く話をしたら、お母さんがクッキーを焼いててくれたの。
食べない?」
そういいながら、カバンから手作りクッキーの袋を出す。
すっかりピクニック気分になった三人はお腹いっぱいたべると、なんとなくもう妖怪なんて良いかという気分になってしまった。
よく考えてみれば、こんな真っ昼間に簡単に妖怪に会えるはずがないのだ。
「暗くなる前に帰ろうよ」
咲良の言葉に、
「何もなかったけど、なんだか楽しかったね」
紬はほほ笑んだ。
咲良もほほ笑み返し、佐々木君、咲良と立ったところで、紬も立ち上がろうとした。
ぱちん
奇妙な音がした。
気にせずそのまま立ち上がった紬を見た二人は呆然と紬の足を見つめていた。
「どうしたの?」
紬の問いにしばらく返事もない。やっとかすれた声で咲良が、
「紬ちゃん、足……」
それだけ言った。
「足?」
紬のはいていたデニムのひざの辺りがぱっくりとさけ、白いものが見えていた。
それが傷口だと分かるのに数秒かかった。
(白い?骨?私の……)
紬の意識はすっと、遠のいていった。
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