
🌿 整える日々 #1┃”整える”という営みのはじまり
「余命は、およそ1年でしょう」──
その言葉をきっかけに、私たち家族の暮らしは、少しずつ静かに変わっていきました。
どこかで「まさか、自分たちに限って」と思いたかった。
けれど現実は、淡々と、確実に近づいてきた。
妻は、入退院を繰り返しながらも、最後まで本当によく頑張ってくれました。
気丈で、明るく、そして何より、家族に優しかった。
亡くなる2ヶ月前、妻は長年続けてきたダンスの公演に出演しました。
「必ず舞台に立つ」と心に決め、体調の波と闘いながら、本番に向けて準備を続けていました。
舞台に立つことで、“自分で生きる”ということを全うしようとしていたのだと思います。
それでも、ときどき、不意にこぼれるように言っていた言葉があります。
「なんで私なんだろう?」
その一言に、言いようのない理不尽さや悔しさがにじんでいて、私は何も返せませんでした。
病室では笑顔を忘れず、私や息子を気づかい、義父のこともいつも気にかけていました。
看護師さんに「うちの主人は料理が苦手で…」と、ちょっと得意げに笑って話していた姿が、今もふと思い出されます。
元気なうちは、家族みんなでよく旅行に出かけました。
旅の行き先や宿の手配も、いつも妻が進んで決めていました。
年に1度は海外にも出かけ、旅行は彼女にとって大きな楽しみだったと思います。
入退院が始まる頃には、季節の空気を感じられる近場の小さな旅を楽しむようになっていました。
無理のない範囲で予定を組み、景色や食事を味わいながら、思い出を重ねていく──
その時間が、いまでも私たちの心の支えになっています。
桜が満開の時期になると、近くを流れる神田川沿いを一緒に歩くのが、私たち家族の毎年の恒例でした。
満開の桜の下を歩いていたとき、
何気ない会話の中で、妻が「こういう時間があるだけで十分」とぽつりとつぶやいた。
その言葉が、今でも胸に残っています。
妻を見送ったあとは、息子と義父との「男三世代」の、ちょっと不器用な暮らしが始まりました。
家事も食事も手探りで、どこかぎこちない日々。
それでも、一緒にごはんを食べて、同じ時間に「いただきます」を言う。
そんな、なんでもないような時間が、少しずつ日常を整えてくれました。
ある日、息子がぽつんと聞いてきたんです。
「これからは、ぜんぶお父さんがやるの?」
その言葉にドキッとしながらも、「そうだな、でも時々は手伝ってな」と返したことを覚えています。
息子なりに状況を理解しようとしていたのかもしれません。
食卓に並んだおかずを前に、義父から「これは何のつもりで作ったの?」と聞かれ、
「栄養バランス重視の“つもり料理”です」と苦笑いで返したこともありました。
横から息子が、「これ、お母さんがよく作ってくれた、僕の好きなやつだよね?」と声をかけてきて、
「うん、ちょっと思い出しながら作ってみた」と答えると、ふっと笑ってくれた。
そんなやり取りが、少しずつ我が家らしい日常になっていった気がします。
料理や家事は、できるだけ「つらい作業」にしないようにしていました。
あれこれ考え出すと、気持ちが沈んでしまう。
だから私は、仕事のように段取りを組んで、こなしていくことにしたんです。
“心”に向き合うのではなく、“手順”に集中する。そう決めたことで、少しずつ心の重さが和らいでいった気がします。
メニューを決めて、食材を切って、時間を測って──
そうした“繰り返し”に救われることもあるのだと知りました。
どの食材を使って、どの順番で火を通して、何分で片づけるか──
そんなふうに手を動かしていると、心が少しだけ落ち着いてくる。
日常の“手順”をまわすことで、自分の内側が”整っていく”ような感覚がありました。
それまでの私は、どこか“効率”ばかりを重視して生きてきた気がします。
でも、この時期に覚えたのは、効率とは違った「整え方」でした。
少し不器用でも、時間がかかっても、自分のリズムで暮らしをまわすことが、心の呼吸になる──そんな感覚でした。
義父や息子の好みを意識する余裕が出てきた頃、
ようやく「整える」という言葉が自分の中に芽生え始めていました。
喪失とは、何かが壊れたり、失ったりすることではなく、
これまでの“かたち”が、少しずつ変わっていくことなのかもしれません。
見慣れた部屋の風景、いつものスーパーでの買い物、
息子と交わす短い会話、義父の口癖にふと気づかされる瞬間──
そんな日々の積み重ねの中で、
気がつけば「新しい暮らし」が、少しずつ形になっていました。
このnoteでは、そんな日々の記録を、ゆっくりと綴っていこうと思います。
家族との暮らしを整えながら、
気持ちを整え、働き方や生き方も少しずつ整えていく。
いま私が向き合っているのは、
きっと、“整えるという営み”そのものなのだと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
整える営みは、男三世代の食卓へと静かに移っていきます。
次の記事では、その日々を振り返ってみました。
これから少しずつ、「整える日々」を書き残していけたらと思います。
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