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強い者から潰される、この国で 【近衛前久、信長も秀吉も家康も頼った男 第1章】

    近衛前久、信長も秀吉も家康も頼った男 (1)
    余白の日本史 第2弾 近衛前久編 #01

    「二重構造の日本史」を読んでくださった方は覚えているだろうか。第2章で、近衛文麿という人物を取り上げた。五摂家筆頭・近衛家の第30代当主として生まれ、内閣総理大臣を3度務め、日中戦争から太平洋戦争へと至る時代の中枢に、最後まで居続けた男である。1945年12月16日未明、A級戦犯容疑での巣鴨拘置所への出頭を数時間後に控え、彼は東京・荻窪の自邸で青酸カリを服毒した。享年54。歴代総理経験者の中で、唯一の自殺者である。

    近衛文麿の孫にあたる細川護熙もまた、同じ器の大きさを受け継いでいた。1993年、55年体制を終わらせる非自民連立政権の首相となる。だが在任はわずか8か月。佐川急便からの1億円借入問題を追及され、あっけなく退陣する。2014年には東京都知事選に再挑戦するが、落選した。以後、政界には戻らず、陶芸家として静かに暮らしている。

    そしてもう一人、近衛家とは血のつながらない男の話をしたい。2009年、トヨタ自動車の社長に就任した豊田章男である。就任当初、社内には歓迎ムードなどまるでなかった。「大政奉還」「名ばかり社長」——52歳という若さと、10年ぶりに舞い戻った創業家出身者への風当たりは強かった。翌2010年、アメリカでの大規模リコール問題が勃発する。当初、豊田は矢面を副社長らに委ね、自身はダボス会議に出席した。この判断はメディアの批判を浴びる。だが2月、彼は米議会公聴会に自ら立ち、4時間にわたる厳しい質疑に応じた。渡米前、彼はこう思っていたという——「これは私に社長を辞めさせるためかな」。

    この3人を並べてみると、奇妙な法則が見えてくる。

    権威も正当性も、家柄も血筋も十分すぎるほど備えた文麿と護熙は、その"強さ"のままに権力の最前列に立ち続け、そして潰れた。一方、就任当初「弱い」「名ばかり」とみなされていた豊田章男は、追い詰められて初めて矢面に立ち、そこから真の経営者へと成長していった。

    強い者が矢面に立つと、引き摺り下ろされる。これは日本社会が繰り返し見せてきた下剋上の力学であり、弱い(と見なされた)者だけが、矢面に立っても許される——そんな逆説が、この国にはある。

    この逆説に、300年以上前、誰よりも早く気づき、誰よりも徹底してそれを生き方そのものにしてしまった男がいる。

    近衛前久(このえさきひさ)。

    だが、この男の名前を、あなたは聞いたことがあるだろうか。

    信長は、彼を鷹狩りの友とし、10年間攻め落とせなかった石山本願寺との講和を彼一人に託した。秀吉は、関白になるために彼の猶子とならねばならず、宣命には「藤原朝臣」の名が記された——農民から成り上がった男が、一瞬だけ文字通り「藤原秀吉」を名乗った瞬間である。家康は、まだ三河の一大名にすぎなかった頃から彼を頼り、本能寺の変の直後には彼を京都から匿ってさえいる。戦国のすべての主役が、この男を必要とした。それなのに、教科書に彼の名前が載ることはほとんどない。

    彼自身の経歴も、驚くほど極端だ。18歳という異例の若さで関白に就任しながら、現職の関白でありながら京都を捨て、越後の上杉謙信のもとへ血書の同盟を結びに行く。名を「前久」に改め、花押まで公家の丸みを帯びた様式から、武家の角ばった様式へと変えてしまう。将軍に追放され、7年におよぶ流浪の末に信長の口添えでようやく帰洛したかと思えば、その信長が本能寺で横死した直後には、自邸から発砲があったという濡れ衣を着せられ、今度は家康のもとへ逃げ込む。

    一見すると、時代の風に流されるだけの日和見主義者に見える。だが、その漂流の一つひとつには、深い計算と、行動から学ぶ謙虚さがあった。だからこそ彼は、下剋上と裏切りが吹き荒れた戦国という時代を最後まで生き延び、77歳、子や孫に囲まれた穏やかな晩年を迎えることができた——文麿とは、あまりに対照的な最期である。

    この連載では、上杉謙信、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康——戦国のすべての主役と関わりながら、自らは一度も主役の椅子に居座ろうとしなかった男、近衛前久の生涯を追っていく。そして彼が最後に結んだ薩摩・島津家との縁が、300年後の明治維新にまで静かに繋がっていたことを見ていきたい。

    (第2章「現職関白、京都を捨てる」へ続く)

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    📚 このシリーズを読む

    余白の日本史 第1弾
    『二重構造の日本史—なぜ私たちは今も「藤原OS」の中で生きているのか』

    ▶ 余白の日本史 藤原OS編 #01 【プロローグ】老舗企業の「番頭」と、日本社会の違和感
    ▶ 余白の日本史 藤原OS編 #02 【第1章】藤原の血、日本人の血 —— なぜ「皆殺し」にならなかったのか
    ▶ 余白の日本史 藤原OS編 #03 【第2章】明治維新という下剋上と「藤原北家のV字回復」
    ▶ 余白の日本史 藤原OS編 #04 【第3章】藤原OSに挑戦し敗れた信長と秀吉、「システム復元」 に失敗した光秀と成功した家康
    ▶ 余白の日本史 藤原OS編 #05 【第4章】「武力」を捨てた藤原北家が、なぜ武士の時代を生き残れたのか
    ▶ 余白の日本史 藤原OS編 #06 【第5章】すべての始まり——乙巳の変と不比等の「二重構造」設計思想
    ▶ 余白の日本史 藤原OS編 #07 【エピローグ】私たちは今も、藤原の掌の上で踊っている


    余白の日本史 第2弾
    『近衛前久、信長も秀吉も家康も頼った男 —なぜこれほど、知られていないのか』

    ▶ 余白の日本史 近衛前久編 #01 【序章】強い者から潰される、この国で
    ▶ 余白の日本史 近衛前久編 #02 【第1章】上杉謙信との血書同盟。 鎌倉公方となり京都制圧を目指すが挫折に終わる
    ▶ 余白の日本史 近衛前久編 #03 【第2章】追放、そして渡り歩く十年 —公家という立場を、冷徹に見切った男
    ▶ 余白の日本史 近衛前久編 #04 【第3章】信長の懐刀、そして本能寺
    ▶ 余白の日本史 近衛前久編 #05 【第4章】藤原秀吉、そして関ヶ原
    ▶ 余白の日本史 近衛前久編 #06 【エピローグ】龍山、静かなる晩年


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    ・余白の日本史 藤原OS編(全7回・完結)


     
     
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