
教えてください、烏丸先生Ⅱ #29 背後の一突き
教えてください、烏丸先生Ⅱ #29
最終章・第4話 背後の一突き
烏丸先生が事務室の時計を見た。
「鈴目先生」
時計の次に鈴目先生を見た。
「3Bの生徒はいまどこに?」
「とりあえず、全員家庭科室に移動してます」
「3Cの英語は?」
「あ、今3Cには生徒しかいません」
鈴目先生は3Cの英語を放り出して事務室に来ていた。
「3Bのこのあと五限はなに?」
「五限は英語で、六限は三年生みんな道徳です」
道徳は担任がやることになっているので、3Bの五・六限はどちらも鈴目先生ということになる。
「牛山さん」
「なんでしょう」
烏丸先生は私のほうを向き直った。
「3Cの四限、社会にするから。今週どこかで英語と交換する」
「え」
「俺、3C見てくるから。一日に二回も社会やったら嫌がられるけど」
烏丸先生は事務室のドアを出て行こうとする。
「鈴目先生と牛山さんで、放課後までに調べておいて」
「烏丸先生、それって」
私が最後まで言わないうちに、鈴目先生が返事をした。
「わかりました。3Cの生徒たちにすみませんと伝えてください」
烏丸先生は「おう」と言って事務室を出て行った。
「わかりました、じゃないですよ」
なぜ私が調べておかなければいけないのか。私は事務職員。生徒対応は教師がやらなければいけない。
他の先生を巻き込もうと職員室に乗り込んだが、誰もいなかった。
校長室をノックしようとして手が止まる。今日は校長が出張だった。
やれやれと自分の机について、お茶を一口飲んだ。ぬるい。
「牛山さん」
鈴目先生が私を呼んだ。
「生徒の指導は僕がやります」
鈴目先生は、黒板に貼られていた紙を私に見せた。
「なんでもいいです。ここから読み取れるものがあったら教えてください」
鈴目先生は汗をかきながら、歯を食いしばっていた。
机の上で改めて告発文を見た。
『黒瀬凛は不正をした。信用してはならない。』
まず内容を考えてみる。この文章の目的はなんだろうか。
不正を追及したいのであれば、不正の内容まで記載すべきだ。不正の追及が目的ではない。
黒瀬に不信感を抱かせたい。しかし現状黒瀬は不信感を抱かせるほど、信頼されているのだろうか。
「鈴目先生、黒瀬さんはクラスではどうなんですか」
鈴目先生は思い出しながら言葉にした。
「以前ほどでは無いですが、やはりずっと元気が無いですね。誰かと一緒にいることもそんなに無いです」
その状況で不信感を抱かせても、あまり意味が無いのではないだろうか。
影響はどうだろうか。これを出すことで、誰が得をして誰が損をするのか。
不正が明らかになれば、不正をした黒瀬、クジの不正に加担した藍原と萩原も損をする。そもそもここに書いてある「不正」は席替えのクジのことなのだろうか。
「鈴目先生、黒瀬さんの『不正』って、席替え以外に何かありますか」
鈴目先生は、うーんと唸った。
「黒瀬さんが一年生と二年生の時の、指導記録ありますか」
「それは私の机にあります」
各担任は、過去の指導記録を前担任から引き継いでファイリングしている。鈴目先生は職員室に戻り、色違いのファイルを持ってきた。
「これです」
私はファイルを受け取り、黒瀬の指導記録を確認した。
一年生は後期で学級委員、担任は烏丸先生。評定平均4.2、成績は優秀だった。指導された記録は無し。所見欄も特に無し。
二年生は前期・後期で学級委員、担任は異動した英語の鶴田先生。評定平均4.5。指導された記録は無い。が、所見欄に記載があった。
『10月に両親が離婚し、父親が再婚。以来、人に認められたい意識が強くなる。印象操作を行うことがある。』
「鈴目先生、これって見ましたか」
鈴目先生が指導記録を覗き込み、所見欄を凝視した。
「いえ、すみません、初めて見ました。基本的に大問題が起きた時にしか見ていなかったので」
飲酒や喫煙と比較すれば、席替えのクジ不正は小さな問題なのかもしれない。
旧担任の所見欄を素直に信じるとしたら、これまでも小さな嘘で印象操作は行ってきたのかもしれない。それが不正と映る場合も、あったのではないだろうか。
ただ、この所見欄を根拠に、今回の件を特定するのは難しい。
私はもう一度、張り紙に立ち返ることにした。
文字色は黒、少し紙の繊維にインクが滲んでいる。レーザーではなくインクジェットのプリンターを使っている。紙の縁に少し黒いトナーが線になって残っていた。性能的に、大型の複合機ではなく家庭用のプリンターと思われる。
紙質は普通紙だが高級紙というよりは安価な紙。左側の下のほうに紙がよれたような線が付いている。
「鈴目先生、この紙の皺って、最初から付いてましたか」
鈴目先生はまた、うーん、と唸った。
「黒板からはがして持ってきた時は、ここを持ってたと思います」
鈴目先生は紙の右上あたりを持った。つまりこの紙のよれは元からついていた。
「鈴目先生、ちょっと外すので、電話が来たら対応お願いします」
「え、ええ。わかりました」
「たぶん十五分くらいで戻ると思います」
私は事務室にあったマスターキーと告発文を持って、事務室を出た。
去年、学校に納品されたA4用紙500枚入りの束を、保健室の鴨志田先生が派手に落として、角が全部潰れてしまった束が二つあった。印刷機にかけると詰まる原因になるので、教職員の贅沢なメモ用紙にしようかと考えていた時のことだった。
「そしたら、うちで使わせてくれないかしら」
私はその束のひとつは細かく切って、メモ用紙を作成し、もうひとつの束は先生にあげた。
あげた先生は、鳩山先生。
使っている部活は、パソコン部。
私はパソコンルームの前に立ち、授業で使っていないことを確認すると、マスターキーを差し込んだ。回すと、ガチャリと派手な音を立てた。
パソコンルームには少し古めのパソコンが四十台ある。私は一番近いパソコンを起動した。画面が青く光り、ログイン画面に移行した。
文書作成ソフトを開き、適当に文章を打つ。印刷ボタンを押すと、教師席の近くにある小型のプリンターが音を立てて、紙を一枚吐き出した。
印刷した紙と、告発文を重ねる。
紙の縁についたトナー、そして紙のよれの位置が、一致した。
事務室に戻った私は、指導記録を眺めていた鈴目先生に声をかけた。
「戻りました。電話はありましたか」
「いえ」
鈴目先生は首を横に振った。
「授業中に、特定の生徒を抜いて話を聞くことは可能ですか」
「はい。必要に応じて」
私がここまでしていいんだろうか。
烏丸先生の声が頭をよぎる。
『鈴目先生と牛山さんで、放課後までに調べておいて』
烏丸先生、責任とってくださいね。
「鈴目先生、今から言う生徒を抜いて話を聞いてください」
「誰ですか」
「一人ずつ、順番にお願いします」
頭の中で整理する。たぶん、この順。
「赤城大輝さん、桃井朔さん、緑川芽衣さんです」