
教えてください、烏丸先生 #15 名もない像
教えてください、烏丸先生 #15
第3章・第5話 名もない像
駅から少し離れたところに、工芸品屋があった。扉を開けると、小さなベルが鳴る。中は思っていたよりも広く、入口から奥まで、木製の棚が整然と並んでいた。器、グラス、小さな置物、布小物。それぞれに値札がついていて、手書きのポップが添えてある。照明は落ち着いていて、棚の上のものが柔らかく照らされていた。客が三、四人、それぞれのペースで棚を眺めていた。少し進むと、「みゆセレクト」とタイトルがつけられたコーナーがあった。新作と書かれたポップには、ウサギのマグネットが置かれている。
奥に向かうと、「かつらぎ」のネームプレートをつけた葛城実結が、商品の位置を整えていた。
「いらっしゃいませ」
「素敵なお店ですね」
「ありがとうございます」
実結が「ユキちゃーん」と店の奥に向かって呼ぶと、高校生くらいの女性が「はーい」と出てきた。アルバイトらしいその女性に「ちょっと外すからよろしくね」と言うと、私を店の奥へ案内した。
店の奥には小さい工房があった。大小の筆、工具、塗料の缶が綺麗に並べられている。実結は中央のテーブルにある小さい椅子を引いて「どうぞ」と私に言った。
「先日は突然すみませんでした」
「いえ」
実結は少し間を置いた。
「烏丸先生と、連絡がとれないというのは本当ですか」
「はい。1か月前に休職して、そこから連絡がとれていません」
「1か月前ですか」
実結の顔が少し引き攣った。
「実は最近、烏丸先生から手紙が届いていたんです」
「いつ届いたんですか」
「先日のサイン会の翌日です」
「消印はいつになっていましたか」
実結は作業台の引き出しからハガキを出した。
「サイン会の日です」
「見せていただいてもいいですか」
実結が差し出したハガキに伸ばす私の手は震えていた。
息が浅くなる。
消印は、サイン会当日になっていた。
差出人には烏丸先生の名前が、烏丸先生の字で書かれていた。
「どうして」
思わず口に出していた。
首元から徐々に顔が熱くなっていく。
視界がぼやけそうになって、ハガキを裏返した。
烏丸先生の字で、一行だけ書かれていた。
ウサギは春になって、自分の家を作りましたね。
「烏丸先生がいなかったら、私はここにいなかったと思うんです」
実結はハガキの文字を見ながら言った。
「中学の時、私の作品を上手だと褒めてくれました」
実結が工房の隅を見つめた。視線の先にはウサギの置物があった。
「お店で自分のコーナーを持つことができたのも」
実結は、幸せそうに微笑んでいた。
私はカバンからメモを取り出した。
「見てほしい言葉があるんです。烏丸先生が書いていました」
烏丸先生のノートを書き写したメモを実結に見せた。
アダムとイヴ
ウゴリーノ
カリアティード
三つの影
接吻
葛城
「これは」
「何か、わかりますか」
実結は目を閉じて暫く黙り、ふふっと笑った。
「私は、カミーユ・クローデルだったんです」
「カミーユ・クローデル」
「ロダンの考える人って、知ってますか」
「ええ」
「ロダンの近くには、彫刻家がいたんです。だけど、ロダンが注目されすぎて、その人は評価されなかったんです。結局その人は、病院に収容されて、注目されることなく生涯を終えました。評価されたのは死後なんです」
「それが、カミーユ・クローデル」
実結は頷いた。
「そこに書いているのは、ロダンの『地獄の門』に関係する言葉ですね。これらも、『考える人』が有名になってしまったせいで、あまり注目されなかったものたちですね。だからたぶん」
一呼吸置いて、また目を閉じた。
「『葛城』は、私だと思います」
実結は、嬉しそうに笑った。
私は、店を出た。まだ顔が熱い。
烏丸先生は、どこかにいる。実結に手紙を書いていた。
少し前の実結との会話が、頭の中でリフレインする。
「牛山さんは、学校の事務職員なんですよね」
「はい」
「なぜ、烏丸先生を探しているんですか」
「それは」
「警察ではなく、事務職員の方が探しているなんて」
「それは、私にとって」
烏丸先生の顔とハガキの文字が重なる。
「私にとって、大切な人だからです」
電車の窓の外に、夕暮れが流れた。カラスの群れが影を作る。日曜の夕方の電車は賑わっていた。楽しそうな女子高生、旅行帰りの家族連れ、手を繋ぐカップル。私は目を閉じて、揺れに身を任せた。
いま、どこにいるんですか。
教えてください、烏丸先生。
―第3章・完―
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