
教えてください、烏丸先生 #14 カミーユ・クローデル
教えてください、烏丸先生 #14
第3章・第4話 カミーユ・クローデル
実花は、光だった。
双子は見た目も中身も似てることが多いと聞くが、私と実花が似ているのは見た目だけだった。
「良いところは全部、お腹の中でお姉ちゃんにもっていかれちゃったのね」
親戚が話しているのを聞いたことがあるが、そうなのだと思う。成績もスポーツも、実花のほうが上だった。絵を描いても、私の絵はラクガキで、実花のほうが格段に上手だった。親も、友達も、周りの大人も、いつも実花を褒めた。それでも実花は、いつも私と一緒にいた。
「実結はね、やさしすぎるの。私は実結が大好きよ」
私も実花のことは大好きだけど、実花の言う大好きとは違うと思う。
中学で、実花と私は美術部に入った。小学校の時から、絵のコンクールで何度も入賞していた実花は、入部するなり才能を発揮して、先輩たちを驚かせていた。私は絵を描かなかった。実花と同じ土俵に立っても勝てないことはわかっていた。私以外の部員は全員絵を描いていたが、孔雀川先生にお願いして、絵ではなく粘土で作品を作ることにした。
手が動く。土が動く。形になっていくものを見ながら、今日の朝ごはんの味も、実花が昨日話していたことも、全部どこかへ行く。美術室の隅で、手を土で汚していた。何度やってもうまく作れない。やっぱり私には才能が無かった。
三年の文化祭で、美術部の作品を展示した。実花の絵は素敵だった。桜・向日葵・コスモス・牡丹、季節の違う色とりどりの花が、花束になっている絵だった。季節感が無いのに、花束として違和感が無くて、多幸感に溢れていて、実花らしい絵だった。
私の粘土細工は、実花の希望で実花の絵のすぐ隣に置かれた。下手なりに続けた粘土細工は、それなりに見えるものになっていたと思うが、実花の絵の隣では何もかも霞んでいた。
文化祭が終わり、片付けをしようとした時に、社会の烏丸先生が私の粘土細工をしゃがんでじっと見ていた。
「そろそろ片付けますよ、烏丸先生」
「これを作ったのか。上手だね」
私の作品は、大木に空いた穴で冬を過ごすウサギの粘土細工だった。烏丸先生は黙って粘土細工を見つめた。
「このウサギは、実結さん自身かい」
ウサギは冬が終わるのを、穴の中で待っていた。大木に見守られながら、冬が終わるのを、悲しくない、寂しくない、ただただ強い目をして待っていた。いつか暖かい春が来ると信じていた。
「それを聞いたのは、烏丸先生が初めてです」
「カミーユ・クローデルみたいだね」
烏丸先生は、知らないカタカナ語を口にした。
「考える人って知ってるかい」
「ロダンの作った彫刻ですよね。地獄の門の上にいる人」
「ロダンの隣にも素晴らしい彫刻家がいたんだ」
烏丸先生は、ウサギと私を交互に見た。
「また作ったら、見たいな」
しゃがんだままの烏丸先生は、私を見て笑った。
実花は美術部が有名な高校に行き、私は通いやすい普通科の高校へ進学した。気に入っていた工芸品屋さんでアルバイトをしながら、勉強もそこそこに、ものづくりにいそしんだ。家に帰ると自分の部屋の作業台で、夜な夜な粘土細工をつくっていた。
アルバイトを始めて半年ほど経った高1の冬、烏丸先生が店にやってきた。
「素敵なものが揃ってるね」
店内を見まわしながら、烏丸先生は言った。
「実結さんの作品は売ってないのかい」
「置いてないですよ。アルバイトの趣味のものを販売するなんて、そんなことしないです」
「勿体ないなあ」
「せいぜい、棚のポップを支える飾りを作ってるくらいです」
「そうか。じゃあ、これを貰うよ」
そう言って、烏丸先生はグラスを2つレジに置いた。私が好きなシリーズだった。
「お目が高いですね」
私はお釣りを手渡した。
「これでも、良いものと良い生徒はたくさん見てきたからね」
烏丸先生はそう言って、笑いながら店を出て行った。
翌日、アルバイト先の店長に私は呼び出された。
「葛城さんの作品を見せてもらえないか」
「姉のではなく、私のですか」
「烏丸先生がすごく良いって言ってたもんだからさ」
「お知り合いなんですか」
「昔色々と世話になったことがあってね。それに、時々問い合わせがあるんだよ」
「問い合わせですか」
「葛城さんが作ったポップの飾りを、売ってくれないかって」
それから話はとんとん拍子に進み、私は店の中の一角を担当することになった。最初は私がセレクトした商品のコーナー。次にコーナーの企画・デザイン。そして少しずつ、私が作った作品も商品として並ぶようになった。
高3の冬、進路に悩んでいた私に、店長は「うちに就職するかい」と言ってくれた。アルバイトはだいぶ入れ替わり、気づけば私は店長の次に長く働いている人になっていた。私の作品コーナーも最初よりも広くなり、手に取ってくれるお客様も増えた。作品のファンという人が、新作が出るたびに来店してくれたりしていた。
私は、大学へは進学せず、この店で働くことを決めた。
実花は私のことをずっと応援してくれていた。進路が決まったことや作品が評価され始めたことを「やっぱり私の自慢の妹よね」と喜んでくれた。
私は、烏丸先生に手紙で報告することにした。
烏丸先生、お元気ですか。
アルバイトをしていたお店に、4月から社員として働くことにしました。
カミーユ・クローデルはロダンの影のまま亡くなってしまったけれど
私は今、烏丸先生をはじめ色々な人の支えで、実花ほどではないけれど、輝くことができていると思います。
烏丸先生をイメージして、カラスのクリップを作りました。
同封していますので、お仕事で使ってくれたら嬉しいです。
今度、実花の絵とコラボレーション企画もする予定です。
よかったら、また今度お店に遊びに来てください。
葛城 実結
手紙の返事は無かった。烏丸先生は忙しそうな人だったから、いち卒業生にまで構ってられなかったのかもしれない。
連休中に実花のサイン会で手伝いをしていると、実花の学生時代の仲間たちやファンがたくさん来てくれていた。実花の人気はやはりすごい。ファンと思われる一人が、実花と私に言った。
「烏丸先生と、連絡がとれなくなりました」
「えっ」
思わず私の口から声が出た。実花は烏丸先生のことは覚えていないのか、声を出した私を不思議そうな顔で振り返った。
「実結、知ってるの?」
「実花、覚えてないの?中学の時の先生」
「う~ん、いたような、いなかったような」
そのやりとりを聞いていたその人は、私に向かって言った。
「実結さん、お話を聞かせてください」
まっすぐ私のほうを見たその人は、「牛山です」と名乗り名刺を私に渡した。烏丸先生の中学校で事務をしている人らしい。突然だった私は、何を言っていいかわからなかった。
「あの、日を改めても良いでしょうか。私、このお店で働いていますので」
私は、滅多に使わない自作の名刺を渡し、次の日曜日にお店に来てもらうことにした。牛山と名乗ったその人は「それでは日曜日に」と言ってサイン会場を後にした。
烏丸先生に何かあったのだろうか。
家のポストに手紙が入っていたのに気づいたのは、次の日の朝だった。