メインコンテンツへスキップ
見出し画像

教えてください、烏丸先生 #13 葛城実結

    教えてください、烏丸先生 #13
    第3章・第3話 葛城実結


    大型連休の初日、駅前の書店前には100名程の列ができていた。店の窓ガラスには「みしろはな 新作購入者特典サイン会」のポスターが何枚も貼られており、書店の中が見えなくなっている。書店で購入すると、サイン会の整理券が貰える仕組みになっていた。レジに一冊持っていき、99番の整理券を貰った私は列の最後尾につく。前に並んでいた女性が振り返り、私に話しかけてきた。

    「先生も来たんですね」

    女性に見覚えが無かった私は、記憶を辿る。

    「失礼なのですが、どちら様でしょうか」

    そう聞いた私に「あっ」と女性は言い、バッグからメガネを出してかける。ロングストレートの髪を両手でつかみ、ツインテールにして私に見せた。

    「これでわかりますか?」
    「あっ」

    孔雀川くじゃくがわ先生とやり取りしていた、おさげメガネ部員だった。今日はおさげもメガネも無い。化粧をして、短めのスカートを纏まとった女性は、美術室で会った真面目そうな生徒とは別人に見えた。

    「美術部の部長、茅野かやのです」
    「全然気がつきませんでした」

    最近の中学生は週末に変身するらしい。

    「私は、先生ではないんですよ。事務職員なので」

    たまに生徒から先生と声をかけられることがあるが、いつも違和感を感じていた。私が彼らに何かを教えることは無い。入学してから卒業するまで、殆どの生徒と話すことはなく、名前を知られることもない。

    「先生も、実花みか先輩の絵が気に入ったんですね」

    茅野さんはそんなことも気にせずに私を先生と呼んだ。同じ趣味ができた仲間が増えたことが嬉しいのか、ニコニコ私に笑いかける。
    みしろはな。インターネットでいくつか絵を見た。上手な絵を描く人だとは思ったが、私には絵の価値がよくわからなかった。

    「茅野さんは、みしろはなの絵のどんなところが好きなんですか」
    「やっぱり、大胆な構図とコントラスト」
    「コントラスト」

    「色遣いって言ったほうがわかりやすいかも。ウェイン・ティーボーとかアンリ・マティスみたいなわかりやすい感じではないんだけど、繊細に色々な色遣いで雰囲気を表現するっていうか。例えば新作のここのところ、普通だったら青系を使うと思うんだけど、先輩は赤系にしてる。この感性が好きなんです」
    「そうなんですね」

    「あとは、ちょっと寂しいところ」
    「寂しいですか」

    私は買ったばかりの作品集を眺めながら寂しさを探した。茅野さんは「例えばね」と言ってページをパラパラとめくり、「ここ」と言って指をさした。

    「すごく華やかで幸せな絵のはずなのに、ちょっと寂しさがあるの」
    「奥が深いんですね」

    感性が磨かれていない私は、浅いコメントを返した。


    定刻でサイン会は始まり、並んでいる人が徐々に消化されていく。残り20名になったところで、奥のサイン会場の様子が見えるようになった。ショートヘアの細身の女性が、簡易なテーブルとイスで一人ずつ対応していた。サインだけではなく、会話も多少できるらしい。一歩下がったところで、同じくらいの年齢の女性が立って見守っている。

    「有名になると、専属のマネージャーもつくんですね」

    私が言うと、茅野さんは首を振った。

    「あの人はマネージャーじゃない」
    「では書店の関係者でしょうか」
    「実花先輩の妹」

    よく見ると、サインをしている葛城かつらぎ実花本人とよく似ていた。ポニーテールにメガネだったので、パッと見ただけでは気がつかなかった。

    「たしかに、似てますね」
    「だって双子だもん」

    双子。

    葛城実花は双子だった。

    「実結みゆ先輩は描いてないんだけど、たまにイベントとか手伝ってるみたい」

    葛城実結。葛城実花の双子の妹。
    ノートの記述は「葛城」。
    思考を巡らせている私をよそに、サイン会は茅野さんの番になった。

    「あたし、終わったら友達とパフェ食べに行く約束だから。先生またね」

    「98番のかた、どうぞ」と言われ、茅野さんは5メートルほど先のサイン会ブースに「実花せんぱ~い」と言いながら向かった。サインをしてもらいながら二人で何かを話している。一度だけ、茅野さんが私のほうを振り向いた。葛城実花と目が合う。私は軽く会釈をした。何か楽しそうに茅野さんが話したあと、パフェを求めて別の出口から退場した。

    「99番のかた、どうぞ」

    呼ばれた私は、新作を抱えながらテーブルへ向かう。

    「発売おめでとうございます」
    「ありがとうございます。サインはどちらに書きましょう」
    「では、ここにお願いします」

    茅野さんがちょっと寂しいと言っていた絵のページを開いた。葛城実花は少し戸惑ったようだった。

    「大体の方は、表紙か、裏表紙か、もしくは表紙を開いたところに希望されるんですが、このページでよいですか」
    「そうなんですね。サイン会に参加したのが初めてだったもので、すみません」

    私は表紙を開き直しながら、葛城実花・実結の両方を見ながら言った。

    「烏丸からすま先生と、連絡がとれなくなりました」

    表情が変わったのは、実結のほうだった。



    ▶NEXT #14 カミーユ・クローデル
    ▶BACK #12 葛城実花

     
     
    趣味の創作アカウントです。 小説「教えてください、烏丸先生」 シーズン1:全6章・30話。完結・公開済。 失踪した教師と、残されたノートを辿る物語。 シーズン2:全6章・31話。完結・公開済。 少しおかしくて、少し苦い学園ミステリ。 いろいろ書けたらいいな。

    あなたへのおすすめ