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那覇の昼ごはん② 観光客は知らない、沖縄そばのこと

    【連作エッセイ・全3話】
    第一話:https://note.com/fit_guppy8130/n/nf1ba6538b1dc
    第三話:https://note.com/fit_guppy8130/n/nabd8a5c7396c


     沖縄そばは、蕎麦じゃない。

     本土から来た人に説明するたびに、少し面倒な顔をされる。「え、蕎麦粉を使ってないんですか」「じゃあラーメン?」「うどんに近い感じ?」違う、全部違う。沖縄そばは沖縄そばだ。小麦粉で作った太めの麺に、豚骨と鰹で取った澄んだスープ。三枚肉かソーキ(スペアリブ)をのせて、紅生姜と青ねぎを散らす。それだけだ。それだけなのに、他の何にも似ていない。

     観光客がはじめて食べると、たいてい「あっさりしてる」と言う。

     そうじゃない、と私はいつも思う。あっさりしているんじゃなくて、主張しないのだ。スープは深いが、騒がない。麺は太いが、重くない。三枚肉は柔らかいが、しつこくない。全部が、ちょうどいい場所に収まっている。それを「あっさり」と呼ぶのは、少しもったいない気がする。

     私は那覇で生まれ、那覇で育った。

     沖縄そばは、特別な日に食べるものじゃない。

     二日酔いの朝に食べる。仕事でへとへとになった昼に食べる。台風が来る前の夜に、なぜか無性に食べたくなる。スーパーで生麺を買って家で作ることもあるし、近所の食堂に入ることもある。観光ガイドに載っているような有名店には、ほとんど行かない。地元の人間が行くのは、駐車場が広くて、値段が安くて、おばちゃんがぶっきらぼうな店だ。

     そういう店のそばが、いちばんうまい。

     退院してしばらく経った秋の昼、妻が「そば食べに行こうか」と言った。リハビリも一段落して、外出できるようになった頃だ。近所の、何十年も変わらない顔をした食堂に入った。プラスチックのテーブル、蛍光灯、壁に手書きのメニュー。カウンターの奥でおばちゃんが黙って麺を茹でている。

     三枚肉そばを頼んだ。

     スープが来た。湯気が上がった。その匂いを嗅いだ瞬間、病院の消毒液の匂いが、はじめて鼻の奥から消えた気がした。

     箸を取った。丼は大きくて重い。那覇の食堂の沖縄そばは、いつもそうだ。だから誰も持ち上げない。テーブルに置いたまま、箸で麺をすくって食べる。

     普通に、食べられた。

     それだけのことが、なぜかひどく嬉しかった。麺をすする。スープを飲む。三枚肉を箸で崩す。全部、普通にできた。左手が動かなくても、沖縄そばだけは、何も変わらなかった。

     涙が出そうになったが、こらえた。食堂で泣くのは、さすがに恥ずかしい。

     麺を全部食べた。スープも、最後まで飲んだ。

     沖縄そばは、観光客に「あっさりしてる」と言われ続けて、それでも変わらない。

     何十年も、同じ味で、同じ店で、同じおばちゃんが作っている。派手じゃない。インスタに映えない。でも、那覇で暮らしている人間の腹と気持ちを、ずっと支えている。

     私はこれからも、特別じゃない日に沖縄そばを食べると思う。二日酔いの朝に。仕事でへとへとになった昼に。台風の前の夜に。

     左手が動かなくても、沖縄そばは逃げない。それだけで、十分だ。

     
     
    Kindle作家|AIクリエイター 40代で脳梗塞を経験。 小説、音楽・動画制作、Kindle出版、eBay海外販売など、「人生をもう一度作り直す挑戦」を発信しています。

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