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『金と筋——令和の毘沙門天 外伝』第十五話 消失

    第1話から読みたい時はこちらから。

    説明会から二週間後だった。

    社長から連絡はなかった。


    メール。

    返信なし。


    電話。

    繋がらない。


    メッセージ。

    既読にならない。


    黒い男は仕事をしていた。

    役員会にも出る。

    講義もする。

    会食にも行く。


    だが。

    頭の中は別の場所にあった。


    和牛会社。


    社長。


    資金。


    そればかりだった。


    ある朝。

    会社へ向かうタクシーの中だった。


    スマホが鳴る。


    東大時代の友人だった。


    声がおかしい。


    「おい」


    黒い男は胸が冷たくなる。


    「どうした」


    友人は少し黙った。


    そして言った。


    「オフィスなくなってる」


    一瞬。

    意味が分からなかった。


    「何?」


    「引き払ってる」


    黒い男は何も言えなかった。


    タクシーの景色が止まる。


    音も消える。


    そんな感じだった。


    「今どこだ」


    「現地」


    「誰もいない」


    「看板もない」


    沈黙。


    黒い男は窓の外を見た。


    東京はいつも通りだった。


    人が歩いている。


    信号が変わる。


    車が走る。


    何も変わらない。


    だが。

    自分の中で何かが崩れた。


    役員会が始まる。


    資料が配られる。


    数字が並ぶ。


    社長が話す。


    誰かが発言する。


    何も頭に入らない。


    初めてだった。


    仕事に集中できない。


    夜。

    帰宅する。


    妻が顔を見る。


    何も聞かなかった。


    聞かなくても分かったのだろう。


    黒い男はソファに座る。


    そのまま動けなかった。


    テレビの音だけが聞こえる。


    しばらくして。


    妻が隣に座る。


    「駄目だった?」


    黒い男は答えない。


    答えられない。


    そして。

    初めて言った。


    「たぶん」


    「終わった」


    妻も何も言わない。


    ただ隣にいた。


    その夜だった。


    出資者グループが荒れ始めた。


    「連絡が取れません」


    「どうなってるんですか」


    「誰か知りませんか」


    次々に書き込みが流れる。


    今まで信じていた人たちだった。


    だが。

    空気は変わっていた。


    怒り。


    不安。


    恐怖。


    誰かが書く。


    「警察へ行くべきです」


    別の人が書く。


    「まだ早い」


    さらに別の人。


    「社長を信じましょう」


    地獄だった。


    黒い男は画面を見ていた。


    信じる人。


    疑う人。


    怒る人。


    祈る人。


    全員がいた。


    そして。

    気付いた。


    自分もその一人だった。


    今まで。


    自分は冷静な人間だと思っていた。


    論理的な人間だと思っていた。


    感情に流されない人間だと思っていた。


    だが違った。


    本当は。


    誰よりも信じたかった。


    誰よりも認めたくなかった。


    自分が間違えたことを。


    深夜。


    黒い男は一人で書斎にいた。


    パソコンを開く。


    出資額を見る。


    数字が並んでいる。


    かなりの金額だった。


    人生が終わる額ではない。


    だが。


    小さい額でもなかった。


    黒い男は目を閉じた。


    失った金を考えた。


    そして。


    もっと怖いことを考えた。


    自分の評判。


    自分の信用。


    自分の判断。


    それらも一緒に失うかもしれない。


    その時だった。


    心の奥から。


    聞いたことのない声がした。


    取り返せ。


    黒い男は目を開ける。


    取り返せ。


    まだ終わっていない。


    取り返せ。


    その声は小さかった。


    だが。


    後に人生を破壊することになる。


    最初の声だった。

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    金と筋の本編はこちら。


     
     
    大学教授。ビジネスアスリートOS創始者。投資アスリート育成寺子屋塾の塾長。 外資系IT企業にて、戦略コンサル・データサイエンスに25年以上従事。 問いの設定・構造化・伝達によって、人と組織が成果を出し続ける思考OSを体系化。 連絡先:info@finfhi.com

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