
『金と筋——令和の毘沙門天 外伝』第十六話 六本木の男
第1話から読みたい時はこちらから。
和牛会社の騒動から一か月が過ぎていた。
結論は出ていなかった。
社長は消えたままだった。
会社も機能していない。
金も戻らない。
だが。
倒産とも言われていない。
詐欺とも言われていない。
だから終われない。
それが一番苦しかった。
毎日考える。
もし戻ったら。
もし誤解だったら。
もし再開したら。
そんなことばかり考える。
人は不思議だ。
希望が残っている時の方が苦しい。
完全に終わった方が楽なこともある。
ある夜だった。
東大時代の友人から連絡が来た。
久しぶりだった。
最近はお互い疲れていた。
連絡も減っていた。
「飯でもどうだ」
黒い男は断らなかった。
断れなかった。
誰かと話したかった。
場所は六本木だった。
高層ビルの上階。
夜景が見える。
東京タワーが小さく見えた。
友人は既に来ていた。
そして。
もう一人いた。
若かった。
三十代後半くらい。
高級そうなスーツ。
高級そうな時計。
だが。
嫌味がなかった。
自信があった。
そして。
エネルギーがあった。
黒い男は昔の自分を思い出した。
いや。
昔の自分より勢いがあった。
名刺を交換する。
AI企業だった。
聞いたことがある会社名だった。
最近よく名前を見る。
急成長企業。
メディアにも出ている。
資金調達も成功している。
男は笑う。
「前田さんの話は聞いています」
黒い男は苦笑した。
「良い話じゃないと思うけど」
男も笑った。
「失敗した人の話ほど価値があります」
黒い男は少し驚いた。
この男は。
お世辞を言わない。
話が始まる。
AI。
海外展開。
データ。
未来。
話題は尽きない。
男の頭の回転は速かった。
数字も理解している。
技術も理解している。
経営も理解している。
久しぶりだった。
ここまで優秀な人に会ったのは。
友人が言う。
「面白いだろ」
黒い男は頷く。
確かに面白かった。
そして。
少しだけ胸が熱くなった。
和牛会社の話をしている時と似ていた。
未来の匂いがした。
男が言う。
「日本は変わります」
「AIで」
迷いがなかった。
信じている顔だった。
和牛王を思い出す。
あの時も。
同じ顔だった。
その瞬間。
心のどこかで警報が鳴った。
危ない。
そう思った。
だが。
別の声もした。
取り返せ。
失ったものを。
取り返せ。
男は続ける。
「前田さん」
「次の時代が来ます」
「一緒にやりませんか」
黒い男は窓の外を見る。
東京の夜景。
無数の灯り。
そして。
心の中にいる。
もう一人の自分。
取り返せ。
取り返せ。
取り返せ。
その声は。
少しずつ大きくなっていた。
人は騙される前に。
欲に負けるのではない。
傷に負ける。
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