
ヒューマンドラマ小説|サンクチュアリが見えたら(20)|乾杯の音頭
【この小説は1頁につき、おおよそ3分で読めます】
マガジンTOP
前ページ
田舎の古民家シェアハウス『サンクチュアリ』。
住人は老若男女6人と猫が一匹。
住人の一人、雨宮茉莉花は40代シングルマザー。小学生の男の子が一人いる。茉莉花は、ある日サンクチュアリへの帰宅途中で男性と揉めていた50代の元モデルの女性、夏見紫をサンクチュアリに誘う。
茉莉花もまた、そうしてサンクチュアリに迎えられた一人だった——
茉莉花をサンクチュアリに誘った野路菊さくらは、過去に不倫経験のある70代女性。その他、神野宗四郎は30代の同性愛者の男性、木南悠はお金のない現役大学生。
仕事、恋愛、家族——
これは、それぞれがそれぞれに、生き方に悩みながらも、少しずつその答えを見つけていく物語。
【この小説は途中から有料になります】
(1)はこちら
乾杯の音頭
「そうなんだ。今日は運転手。ママには悪いけど、俺はノンアルビールで」
「OK。ええと、紫さんっておっしゃったわよね? 紫さんはビールでいい?」
「はい。紫です。ビールでお願いします」
紫は言って、羽織っていた薄いカーディガンを脱ぎ、膝に乗せた。
すぐに瓶ビールが提供されると、宗四郎が「ママも飲んで。乾杯しようぜ」とカウンターの中のグラスを手に取る。
3人の飲み物が揃ったところで、「乾杯」と宗四郎が言って、3人でグラスをカチンとやると、紫は早速、グビグビとビールに口をつけた。渇いた身体に、ビールが沁みる。
「それで? こんな寂れた店に、こんな綺麗な人連れてきて、どうしようって言うの?」とママが言う。

「まあ聞いてくれよ。改めて、こちら夏見紫さん。今、サンクチュアリで暮らしてるんだ。紫、こちらはこの店のママで、清川麗子さん」
「初めまして。宜しくお願いします」と紫が言うと、「こちらこそ。宜しくお願いします」と麗子が微笑む。
「それで? まさかとは思うけど、紫さんをこの店で雇えって言うんじゃないでしょうね?」
「そのまさか。ママ、スタッフ探してるって言ってたじゃん」
「そうは言っても、紫さんみたいに綺麗な人、うちじゃ持て余すわよ。給料だって大して払えないし」
「いいんだよ。サンクチュアリの家賃は激安だから。それに俺、ここのスナックより、ママも客層もいい店知らないぜ」
「いや、そりゃあこれだけのんびり営業してたらね。お客さんだって、馴染みのお爺かお婆しか来ないし」
「最高じゃん」
「そんなこと言うの、あんたくらいよ。大体ね——」
2杯目のノンアルビールを宗四郎のグラスに注ぎながら、麗子が言いかけたときだった。「あの——」と紫が口を挟む。
「麗子さん。私じゃお役に立てませんか?」
「ううん。そういうことじゃなくて。そりゃ紫さんみたいな綺麗な人が来てくれたら、ここに来るお爺もお婆も喜ぶだろうけど」と麗子は言う。
「でも、うち本当に給料安いから。紫さんはこういう仕事、プロでしょう? 見れば分かるわ。わざわざ、こんな寂れた店で働かなくたって——」
「でも、私、ここがいいです」
少し戸惑ったような麗子の言葉を遮り、紫は言った。
沢山のボトルキープがあるのに、そのボトルに埃一つないことに、紫は気づいていた。麗子が毎日、綺麗に拭きあげているのだろう。店内は古いけど清潔だし、宗四郎が客層もいいと言うなら、きっと間違いない。
事実、サンクチュアリでの生活はお金がかからなそうだし(契約書記載の光熱費込みの家賃は驚愕だった)、もしこの店の給料が最低賃金だとして、借金を返済してもまだ余裕がありそうだった。シャッター街の寂れた雰囲気も、ノスタルジックに浸れて思いの外気に入っている。

【1146文字(あらすじ、その他除く本文のみ)】