
ヒューマンドラマ小説|サンクチュアリが見えたら(19)|パンプスの踵で鳴らしてみる音
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田舎の古民家シェアハウス『サンクチュアリ』。
住人は老若男女6人と猫が一匹。
住人の一人、雨宮茉莉花は40代シングルマザー。小学生の男の子が一人いる。茉莉花は、ある日サンクチュアリへの帰宅途中で男性と揉めていた50代の元モデルの女性、夏見紫をサンクチュアリに誘う。
茉莉花もまた、そうしてサンクチュアリに迎えられた一人だった——
茉莉花をサンクチュアリに誘った野路菊さくらは、過去に不倫経験のある70代女性。その他、神野宗四郎は30代の同性愛者の男性、木南悠はお金のない現役大学生。
仕事、恋愛、家族——
これは、それぞれがそれぞれに、生き方に悩みながらも、少しずつその答えを見つけていく物語。
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パンプスの踵で鳴らしてみる音
「そんな父親でも、葉にとっては父親だからな。別々に暮らし始めた頃、葉が度々夜中起きだして、泣くことがあったって茉莉花は言ってたよ。今のあいつは多分、人一倍、人との別れに敏感になってる。紫がすぐにここを離れるようなことがあったら、そのときのあいつの反応が、俺は怖いんだ」
宗四郎はそう言って、古い電気屋の角を曲がった。その先、昔はそれなりに活気ある商店街だったのか、ボロくはあるが大きな看板の、寂れたアーケードが見える。
「この中だよ。スナック。ほとんどシャッター街と化してるけど、何軒かだけ今もやってるんだ。知る人ぞ知るってところかな」
「いいように言ったわね。大丈夫よ。別に不安になんてなってないから」
「それなら良かった。ちょっと待ってな。車停めるわ」
そう言って、宗四郎は町の共同駐車場らしい場所に車を停める。車を降り、アーケードを見上げる。
「さて、行くか」
「ええ。あ——」
「なんだ? 車に忘れ物か?」
「ううん。さっき、言い忘れたな、と思って」
「ん? なんだ?」と宗四郎が言う。
ボロボロの看板がかかったアーケードの入り口。不安になるどころか、紫は割と楽しみでわくわくしていた。50歳も過ぎて、こんな風に胸が鳴ることがまだあるなんて——
「宗四郎。色々と安心して。私、この島がとっても気に入ったの。しばらくはここでやってくわ」
紫は言って、履き古したパンプスの踵で、いつになくリズミカルに地面を蹴った。

「ちわーっす」
宗四郎の声と共に、店のドアベルが懐かしい音を立てる。
フロアライトがムーディーな雰囲気を作り出す、薄暗い店内。カウンターの向こうの壁にはお酒のボトルがずらりと並び、入り口の脇には、4人掛けほどの小さなテーブル席が2卓並んでいた。
『昔ながらのスナック』といった風情の店の中、カウンターの奥のカーテンの向こうから、「はーい。いらっしゃいませー」と声がする。
少しして、「はいはい。お待たせ〜」と顔を覗かせたのは、紫より少し年上か、ローズピンクのシャツワンピースの女性だった。お揃いの淡いピンクのネイルも、口紅も良く似合っている。ゆるく纏めた暗めのトーンの髪色も、しっとりと色っぽい。
「あら。久しぶり。宗四郎じゃない。やっと来てくれたの?」
「ママ、ご無沙汰。つって、店以外ではちょこちょこ顔合わせてるけどな」
「そうね。この間は町おこしの手伝いありがと。助かったわ」
女性はそう言って、「ここでいい?」とカウンターを拭いた。
「ああ。今日は紹介したい人がいて訪ねたんだ」
「そうなの? そちらのお綺麗な方?」
ママが言って、宗四郎の後ろにいた茉莉花を覗き込む。
「こんにちは。初めまして。夏見紫と申します。あの——」
「まあまあ。そんな焦らないで。せっかく来たんだし、ゆっくりしてって。ほら、ここ。どうぞ、座って。遠慮するような店じゃないから」
ママは、紫にも負けず劣らず押しが強そうだ。思いながら、紫は宗四郎に続いてカウンター席に座った。
「ビールでいい? あ、でも宗四郎は運転してきたのかしら?」

【1263文字(あらすじ、その他除く本文のみ)】