
ヒューマンドラマ小説|サンクチュアリが見えたら(18)|煙草の煙の行く先
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田舎の古民家シェアハウス『サンクチュアリ』。
住人は老若男女6人と猫が一匹。
住人の一人、雨宮茉莉花は40代シングルマザー。小学生の男の子が一人いる。茉莉花は、ある日サンクチュアリへの帰宅途中で男性と揉めていた50代の元モデルの女性、夏見紫をサンクチュアリに誘う。
茉莉花もまた、そうしてサンクチュアリに迎えられた一人だった——
茉莉花をサンクチュアリに誘った野路菊さくらは、過去に不倫経験のある70代女性。その他、神野宗四郎は30代の同性愛者の男性、木南悠はお金のない現役大学生。
仕事、恋愛、家族——
これは、それぞれがそれぞれに、生き方に悩みながらも、少しずつその答えを見つけていく物語。
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煙草の煙の行く先
夕方、紫と宗四郎は茉莉花が帰ってくるのと入れ替わりに、サンクチュアリを出発した。
宗四郎の車の助手席で、紫は窓の外の景色に目をやる。見果てぬほどの青々とした田んぼが続き、遠くの山々は西日を背に、神々しいほどにその存在感を放っていた。
オーディオから流れるシティ・ポップが妙にミスマッチなのが、全然お洒落じゃなくて、しみじみと落ち着く。
「見事に何もないだろ」と宗四郎が言う。
「ええ。そうね」と紫は返した。
「何せ、サンクチュアリから一番近くのコンビニまで、車で20分かかるからな。しかもローカル」
「そうなの」
「スーパーまでは30分。この町には本屋もカフェもない。悠の言っていた移動図書館と、茉莉花の勤め先の、古い喫茶店が一軒あるだけ」
「そうなの」
「電車は走ってないし、バスも採算とれないから、自治体が運営してる」
「そうなの」と紫が言う。
「驚かないのか?」
「まあ昨日もバスに揺られて、この延々と続く田園風景は見てるしね」
「いや、まあそりゃそうだけど」
ハンドルを握る宗四郎が言う。

「何よ?」
「いや、都会暮らしが長かった紫が、ここの環境に馴染めるのかと思って」
宗四郎はそう言って、信号のない交差点でハンドルを切った。
「何? 昨日の今日で、さっさと出てけっていうの?」
「そんな訳ないだろ。その逆。ここにいてほしいからこそ、いなくなることを心配してんの」
「やだ。可愛いこと言うじゃない」と紫が言って笑う。
宗四郎は、珍しくそれには反応しなかった。前を見たまま、ハンドルにかけた手の指先を、少し落ち着かない様子でトントンと動かしただけだった。
「葉と仲良くなったみたいだな」
「なんだかね。子どもに好かれるなんて初めての経験よ」
紫は言って、「煙草吸っていい?」と鞄の電子煙草に手を伸ばす。
「あいつはあれで苦労してるからな」
「そうみたいね」
「人を見る目が養われてるんだろうよ」
宗四郎はそう言って、「俺も」とダッシュボードの電子煙草に手を伸ばした。
「葉が教えてくれたわ。茉莉花、ここに来る前は大変だったって。優しい子ね。自分も大変だったでしょうに」
紫はそう言って、窓を開けると、煙草の煙を口から細く吐き出した。窓から土と草の香りが傾れ込む。
「そうさせられたんだよ。茉莉花曰く、茉莉花の元旦那は、夫婦喧嘩になると暴力振るうやつだったらしい。茉莉花は、出来るだけ葉に夫婦喧嘩は見せないようにしてたとは言ってたけど、まあ完璧には無理だろうな。母親が父親に殴られない様に、きっとずっと父親の顔色を伺ってたんだ。あいつは——よく人を見てる」
宗四郎はそう言って、自分も窓を開け、静かに煙草の煙を吐き出した。
「可哀想に。そんなことが——」
「ああ。胸が痛むよな。あんな小さい子どもがさ」
窓の外に見える景色が、少しずつ町に近づいてきたのを知らせていた。宗四郎は窓枠に片肘をつき、煙草を持った手で、眉間のあたりを押さえるように掻いた。

【1217文字(あらすじ、その他除く本文のみ)】