
ヒューマンドラマ小説|サンクチュアリが見えたら(17)|特別だから
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田舎の古民家シェアハウス『サンクチュアリ』。
住人は老若男女6人と猫が一匹。
住人の一人、雨宮茉莉花は40代シングルマザー。小学生の男の子が一人いる。茉莉花は、ある日サンクチュアリへの帰宅途中で男性と揉めていた50代の元モデルの女性、夏見紫をサンクチュアリに誘う。
茉莉花もまた、そうしてサンクチュアリに迎えられた一人だった——
茉莉花をサンクチュアリに誘った野路菊さくらは、過去に不倫経験のある70代女性。その他、神野宗四郎は30代の同性愛者の男性、木南悠はお金のない現役大学生。
仕事、恋愛、家族——
これは、それぞれがそれぞれに、生き方に悩みながらも、少しずつその答えを見つけていく物語。
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特別だから
紫が母親を亡くしたのは、ちょうど葉ぐらいの年頃のことだった。その頃には既に母方の祖母も亡くなり、他に身よりもなかった紫は、それから18歳で施設を出るまで、児童養護施設で育った。
児童養護施設の職員は誰も親切で優しく、何の苦労もなかった。あるときには母親の面影を重ねて、特別に好きだった職員もいたが、それは一時的なことだった。朝、職員が出勤してきたり、退勤したりする姿に、「ああ、これはあくまでこの人たちの生きる糧なんだ」と子どもながらに感じていた。とりわけ、母親のように慕う職員が退勤するときの背中に、紫は酷く傷ついた。それは大人の誤解により理不尽に叱られたときと同じぐらい、胸がじんと痛んだ。
「お母さん?」
ふいに、葉が目を擦りながら、身体を起こす。まだ半分寝ぼけているようで、紫を茉莉花と勘違いしているようだ。
「ここどこ〜?」
夢の続きだろうか。
葉がキョロキョロしながら辺りを見回す。
「おはよ。葉」と紫が言う。
「あれ? 紫? おはよう」
「よく寝てたね」
「今何時?」と葉が言う。
「15時ちょうど。お腹空いたでしょ。ちょっと待ってね。これ終わったらおやつにしましょ」
冷蔵庫には、茉莉花が準備していった、チーズケーキがしまってある。
「宗四郎は?」
「部屋で絵描いてるって言ってたわ」
「そっか」と言って、葉がタオルケットを畳む。小さな子どもとは、これまで深く関わったことがないが、葉は小学1年生にしてはしっかりしている気がする。
「手伝う?」と葉が言う。

「え?」
「洗濯物。僕も畳めるよ」
「そうなの? 凄いじゃん」
紫が言うと、葉は照れたように笑う。
「ここに来るまで、お母さん大変だったんだよ。今よりずっと働いてて、忙しそうで。それで僕、お母さんに何かしてあげられないかなって考えたんだ。前は、僕が洗濯物取り込んで、畳んでたんだ。炊飯器にご飯セットしたり、お風呂掃除したりもしてたよ」
ボロアパートに、茉莉花と葉が暮らしている光景を想像した。日が傾き始めた部屋に、慌てて帰ってくる茉莉花の姿が目に浮かぶ。
「寂しくなかった?」
つい、そう訊いていた。
「寂しくない?」と訊いてほしかったのは、あの頃の紫自身だった。
「寂しかったよ。今もたまに寂しい。でも、僕がそんなこと言ったら、お母さんが悲しむから言わないんだ」
葉は言って、にっと笑う。
泣きそうになるのは、歳のせいだろうか。
「紫?」
不思議そうに顔を覗き込む葉に、ちょっと湿っぽいものを半ば必死に飲み込み、「ううん。何でもない」と言う。
「もし今度寂しくなったら、私に言って。動物園でも水族館でも、好きなところ連れてったげる」
「え? 本当? やったあ!」
「特別だからね。葉が頑張り屋さんだから、特別」
紫はそう言って、最後のTシャツを畳んだ。

【1138文字(あらすじ、その他除く本文のみ)】