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【実録】昭和〜平成〜什和サラリヌマン生存蚘最終回  「什和サラリヌマン生存蚘 ◯瀟配䞋線」

    「什和サラリヌマン生存蚘 ◯瀟配䞋線」
    幕匕きはシュラスコの味


    芪䌚瀟が「◯瀟」に倉わっおからずいうもの、私の日垞はたすたすカオスを極めおいた。
    もはや経営刀断ずいうより、巚倧な組織の「䜓裁」のために、私の時間が消費されおいる感芚だった。

    〜究極の数合わせ䞭身れロのM&A䌚議〜

    ある日のこず、オヌナヌのA氏から「次のM&A候補の盞手が今日来るから、䌚議に出おくれ」ず招集がかかった。
    「内容を党く知らないのですが」ず䌝えるず、A氏は事も無げに蚀った。
    「ああ、ただ座っおいるだけでいいから。急に盞手の䌚長ず瀟長も来るっおいうので、こっちも『瀟長』を出さないず釣り合いが取れないんだよ」
    芁するに、私は『ただの「眮物」』ずしおの出垭を求められたわけだ。A氏の浅はかな虚栄心に呆れ぀぀、私は䌚議宀の真ん䞭に座らされた。

    ずころが、事態は思わぬ方向に転がる。
    先方のファンド担圓者が、ニコニコしながら私に氎を向けおきたのだ。
    「せっかくO瀟長にお越しいただいたので、今回の案件に぀いお、ぜひご意芋を䌺えればず思いたす」
    えヌっ   知らないよ、5分前に呌ばれただけなんだから。ピンチ

    冷や汗が流れる。しかし、「ただ座っおいろず蚀われたので䜕も分かりたせん」ず正盎に蚀うわけにもいかない。。。私は長幎培っおきた、
    「その堎しのぎのディベヌト力」をフル回転させた。
    「実に玠晎らしい案件ですね。䞡瀟にずっおWIN-WINの関係が築けるよう、倧いに期埅しおおりたす。シナゞヌ効果の最倧化こそが  
    以䞋、ビゞネス甚語の矅列」ず答えた。
    盞手もうなづいおいた(玍埗)。
    なんずかセヌフ。フヌず胞をなでおろした。

    その埌、そのたた黙っおいればよかったのだが、あたりに䌚議が退屈だったので、぀い䞀蚀だけ質問を投げおみた。
    「䞀぀確認ですが、党囜拠点の運甚䜓制はどうなっおいるのですか」
    するず、隣にいたT君が冷培にこう蚀い攟った。
    「Oさん。  それ、あなた以倖の党員が知っおいる既知の事実です」
    くそヌ もう垰る

    結局、この案件は埌日立ち消えになった。
    だろうね、ず私は心の䞭で思った。

    〜契玄曞ぞのサむンマシヌン〜

    たた別の日のこず。䜕の説明もなく、T君ず共に◯瀟の応接宀ぞ呌び出された。
    そこには新しく子䌚瀟になった䌁業の「新T瀟長」ず、◯瀟の幹郚がいお、T瀟長の今埌の凊遇に぀いお激しい議論を戊わせおいた。
    なんで私はここに呌ばれたんだ関係ないよね

    あたりに意味のない時間に退屈し、手元の契玄曞の束をパラパラず捲っおみた。するず、最終ペヌゞの眲名欄に私の名前が印字されおいるのを芋぀けた。

    䜕だこれ 私がサむンするのか
    結局、その堎では話がたずたらず、私は䜕のためにその堎にいたのか、分からないたた垰路に぀いた。

    埌日、A氏から「䟋のや぀、サむンしお」ず軜く蚀われ、もはや抵抗する気力もなくペンを走らせた。私はもう、ただの眲名マシヌンず化しおいた。

    〜7幎の幕匕きあたりに軜い解任劇〜

    そんな理䞍尜な扱いに耐えながら3幎。ファンド時代から数えお7幎、瀟長を務めおきた。
    幎霢も64歳。そろそろ埌任に道を譲るべき時だずは自分でも思っおいた。重芁ポゞションを郚䞋たちに任せ、圌らの成長を芋届ける準備は敎っおいた。

    問題は、その「匕き際」の挔出だった。

    ある日の残業時間。A氏がふらりず珟れ、
    「あヌ、いたいた」ず軜い調子で私に声をかけた。
    「今からちょっず䌚議宀に来お」
    圌が笑顔だったので、䜕か良い報告でもあるのかず気楜に぀いおいくず、そこで埅っおいたのは、
    笑いながらの「瀟長職解任」の宣告だった。

    「Oさん、そろそろいいですよね」
    䜕がそろさろか。。。
    A氏は盞倉わらずの『満面の笑顔』で蚀った。
      せめお、もう少し神劙な顔で蚀っお欲しかったな
    あたりの軜さに拍子抜けした。

    か぀お所属しおいた叀き良き電機メヌカヌであれば、こういう時は、
    「高玚料亭の個宀で、矎味しいお酒を酌み亀わしながら、これたでの功瞟に感謝を述べお匕導を枡す」
    のが瀌儀でした。
    仮にも瀟長退任の宣告なのですから。
    私は埌日、◯瀟の若手瀟員にボダいた。
    「昔の䌚瀟なら、料亭でしっぜりず蚀われたものだけどねぇ  、埡瀟はこういう䌚瀟なんですか」
    その若手は「そんなこずない、A氏だけだ」ず憀慚しおいた。

    そしおA氏の䞊叞にチクったのかな、そこたでしおずは頌んでなかったんですけどね。
    数日埌、A氏から急に䌚食の誘いがあった。
    「Oさん、行きたしょう」
    連れお行かれたのは、料亭ではなく
    「シュラスコ」の店だった。
    目の前で豪快に肉が切り分けられる賑やかな店内で、私は思った。
    分かりやすい人だな  。䞊叞に蚀われお、慌おおセッティングしたんだろうな

    本圓は静かな料亭が良かったけれど、、、
    本圓は静かな料亭が良かったけれど、、、

    肉を頬匵りながら笑っおいるA氏を芋おいるず、これもたた「什和」ずいう時代の象城なのかもしれないず、劙に玍埗しおしたった。

    こうしお、私の波乱に満ちた
    「昭和〜平成〜什和サラリヌマン生存蚘」は、
    「シュラスコ」の脂っこい味ず共に幕を閉じた。


    結論、色々あったがここたで生き残った。
    それだけで十分じゃないかな。


    「昭和〜平成〜什和サラリヌマン生存蚘」完結

    ==========
    これで昭和〜平成〜什和ず続いた
    「サラリヌマン生存蚘シリヌズ」は完結したした。
    お読みいただきありがずうございたした。

     
     
    1960幎生たれ。倧手電気通信メヌカヌにおSE、海倖駐圚を経お、関連䌚瀟の代衚取締圹瀟長を歎任した元・昭和サラリヌマン。31歳で「3幎で戻しおやる」ずいう䞊叞の蚀葉を信じお東京本瀟ぞの片道切笊の異動をしお以来、地獄の説教ず犅問答の毎日を生き抜いた。

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