
完成するパズルの絵も知らないのに。|あの日のわたしに会いに行く
書きかけのエッセイがたまっていた。
それなりに体裁を整えることはできた。
でも、なんだかしっくりこない。
そんなとき、中学時代をみつめるきっかけがあった。
すると、次から次へと作品が生まれた。
そして、恩師三部作(「振り回した最初の男」「わたしの北極星」「足踏みミシン」)を書き終えたあと、書きかけのエッセイ「反復横跳び」と向き合ったら、しっくりくる終わりが書けた。
「突き抜ける」
その言葉を書きながら、気づいた。
これは、ひとまず書き終えたけれど、公開するには躊躇していたエッセイのテーマだと。それが、「勇気の呪文」
また、そこに戻って手直しをした。
この2つのエッセイは、わたしが答えに気づくのを待っていたかのようだ。
そして、パズルのように言葉と言葉、エッセイとエッセイがつながる。
まるで、1つの物語のように。
自分で伏線を回収して、驚いている。
自分では、伏線なんて貼ったつもりはないのだから。
そして、今、見えたみんなの笑顔。
これもまた、書きかけていたあのエッセイ「ひとりコミカル劇場」のことだ。
わたしは、書くことが好きだ。
書きながら、思考を整理する。
今までは、出来事を書いて、自分で考察していた。
でも、今は、わたしのなかを流れる言葉をとりこぼさないように残している。すると、思いがけない伏線や新しい視点がみえてくる。
見逃していた言葉たちを残そうと決めたのは、「50歳過ぎても、中2病」というエッセイを書いてからのことだ。
あれが、ひとつの分岐点だった。
もうひとつ驚いていることがある。
わたしは、パズルが好きだ。
ゴール直前、次々とピースがつながっていくあの疾走感がたまらない。
今、文章を書くことで、それと同じ感覚を味わっている。
文章だけではない。
いくつものエッセイが、次々とつながっていく。
完成するパズルの絵も知らないのに。
興奮している。
アドレナリン大放出中だ。
どんな風景が、現れるのだろう。
早く知りたい。見たい。
それとともに冷静な自分が、言う。
「火力を調整するのは、嫌だ。不完全燃焼は嫌だ。」
転職を考えるとき、よくつぶやいていた。
あれは、わたしの魂の叫びだったんだ。