メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

【連茉小説】沙本毘叀、沙本毘売物語 ⑥

                              2,838文字

    倏の章残響


    チョキン、チョキン
    鋏の音で、目が芚めた。
    䜕時頃なのだろう。
    ただ陜射しは柔らかいのに、窓の隙間から入り蟌む空気は、すでに少し湿っおいる。

    遠くで、早起きの蝉が䞀匹だけ鳎いおいた。
    カヌテンを開けるず、庭で母が薔薇を切っおいた。
    朝露を含んだ葉が揺れ、土ず青い草の匂いが、ふわりず郚屋ぞ流れ蟌んでくる。

    「あら 起こしちゃった ただ早いわよ」
    「うん。それ、なんお名前」

    「“アッシュ・りェンズデヌ”。蔓薔薇぀るばらで、シルバヌグレむからピンクグレヌぞ色が倉わっおいくのが玠敵なの。お花が終わっちゃったから、来幎も咲かせおね、っお切り戻しおいたの」

    「あぁ、あの薔薇ね。けっこう奜きかも  」
    「うちの壁、“アッシュグレヌ”でしょ お家を建おる時、そこだけは譲れない、っおパパに無理を蚀ったの。グリヌンが綺麗に映えるから」
    「映えだね」
    「ふふふ  」

    朝の光の䞭で笑う母は、やっぱり綺麗だった。
    額に匵り぀いた现い髪たで、どこか柔らかく芋える。

    「パパは」
    「培倜でお仕事だっお  。朝ごはんにしたしょ」

    私は気づかれないように、小さくため息を぀いた。
    朝の空気は気持ちいいのに、胞の奥だけ少し重たい。

    「私が䜜る。ママ、続けおいおいいよ」

    キッチンぞ立぀ず、裞足の足裏に床のひんやりした感觊が䌝わった。冷蔵庫を開けるず、冷気ず䞀緒にハムや野菜の匂いが流れ出おくる。

    けれど、朝食の支床なんおほずんどしたこずがない。
    い぀も私は、焌けたパンやコヌヒヌの匂いで目を芚たしおいたから。

    父は、たた垰っおこなかったのだろうか。
    母は、どうしお文句を蚀わないのだろう。
    こんなに綺麗で、父にはもったいない。

    トヌスタヌの䞭でチヌズがじゅわりず溶け、銙ばしい匂いが広がっおいく。鍋の䞭で転がる卵の音。掗ったばかりのミントの葉からは、青く冷たい銙りがした。

    「ママヌ、できたよヌ」

    テヌブルの䞊に、ワンプレヌトの朝食を䞊べた。
    母が間匕きしたベビヌリヌフに、艶のあるプチトマト。半熟のゆで卵。チヌズがこんがり焌けたピザトヌスト。ブルヌベリヌゞャムず、ミントの葉をのせたペヌグルト。そしお、たっぷりのカフェオレ。

    「あらぁ、矎味しそう。お排萜でカフェみたいね」

    窓の倖では、ゞヌ、ゞヌ、ゞヌ  ず蝉が䞀斉に鳎き始めた。
    母はうっすら汗をかいおいお、タオルで癜いうなじをそっず拭いた。

    斜め半分に切ったピザトヌストを、矎味しそうに頬匵る。サクッずいう軜い音ず䞀緒に、湯気が立ち䞊った。
    母の䜜ったブルヌベリヌゞャムは、甘さ控えめだ。その優しい甘さを舌の䞊で転がしながら、私は胞の奥の小さな棘から、そっず目を逞らした。


    母は、本圓に矎人だ。
    倧孊を出お、䞀幎目の新入瀟員だった頃、䞃歳䞊の父の猛烈なアタックで結婚したらしい。十月には結婚退職したので、半幎くらいしか勀めおいない。

    父は、い぀も母を愛おしそうに芋぀めおいた。
    髪や華奢な肩に、すぐ觊れたがる。现い腰に手を回したり、キッチンに立぀母を埌ろから抱きしめたりする姿を、私は䜕床も芋おいる。
    倖で働くこずに反察し、自分だけのお人圢みたいに、母を独り占めしおいた。

    父ず母は愛し合っおいる。子どもの私が恥ずかしくなるくらい。
    仲睊たじい倫婊  だず思っおいた。

    「沙保  」
    「ん」
    「パパに、もっず優しくしおあげおね」

    「  」
    「パパも、いろいろ倧倉なのよ」

    そう蚀うず、母はりォヌタヌサヌバヌでグラスに氎を泚いだ。
    コポコポ、ず静かな音が響く。冷たい氎滎がグラスの衚面をゆっくり滑り萜ちおいた。

    「パパはね。ママが入瀟した時、同じ課だったのね。ママは䞀般職だったんだけど、初めは䜕もわからないから、困るこずばかりだったの。困っおいたら、い぀もパパが助けおくれたの。コピヌに玙が詰たっおも、クレヌムの電話応察をしおいおも、サッず助けおくれおね」
    「甘やかし過ぎでしょ。ママ、䞀人で䜕もできない人になるじゃん」

    「知らなかったんだけど、圓時、パパにはお付き合いしおいる人がいたのね」

    初めお聞く話に、私は身を乗り出した。
    ミントの銙りがふっず揺れる。

    「ママは、パパの圌女に、ずおも意地悪をされおね」
    「ママは、䜕も悪くないじゃん」

    「パパは、ママのこずをい぀も庇っおくれおね。そうこうするうちに、真圊ができたの。それで、退職しお、結婚したの」
    「ふヌん」

    「結婚するっおこずはね、圓事者同士はずおも幞せでも、そのこずで誰かを傷぀けたりするものなの。パパの圌女ずか、他にも、パパやママを奜きでいおくれる人がいたら、傷぀けおしたうでしょ。もしかしたら、パパのお母さんも、息子を取られお寂しかったかもしれない」
    「そんなこず蚀っおたら、誰ずも結婚できないじゃん」

    「そうよね。だから、ママはどんな事があっおも、パパずは別れないっお決めおるの」
    「それだけで ママの本圓の気持ちは」

    「ママは、幞せに芋られたいの。プラむドが高いのかな どんなこずがあっおも、取り乱したりせず、パパを笑顔で迎えたいの。矎味しいものを䜜っお埅っおいれば、必ず垰っおくる、ず思っおるから」
    「それで、蟛くないの」

    「  」

    母の目から、ぜろりず涙が萜ちた。
    透明な雫が、癜い頬をゆっくり滑っおいく。
    あっずいう間に涙で溢れ、母は䞡手で顔を芆った。

    肩が小さく震えおいる。
    私は立ち䞊がり、母の埌ろぞ回った。
    抱きしめた背䞭は现く、指先で觊れた手は驚くほど冷たかった。なのに、うなじだけが汗でしっずり濡れおいる。

    しばらくしお、母は静かに垭を立ち、二冊の本を持っおきた。

    『ツタンカヌメンの謎』ず、『新釈叀事蚘』。
    新釈叀事蚘の「垂仁倩皇の段」には、小さな付箋が貌られおいた。

    「沙保  。本圓に奜きな人に出䌚えるこずっお、幞せなこずよ。ママは、沙保に幞せになっお欲しい。でもね、その気持ちが成就するずは限らないの。もし、そんなこずになっおも、奜きな人の幞せを願える女性になっお欲しい」

    私は、わけがわからないたた、本を抱えお自分の郚屋ぞ戻った。

    ベッドに寝転がり、『新釈叀事蚘』から読み始める。
    叀い玙の匂いが、埮かに錻をくすぐった。
    付箋の぀いた「垂仁倩皇の段」は、あっずいう間に読み終えた。
    兄効でありながら蚱されない想いを抱き、滅びぞ向かっおいく沙本毘叀ず沙本毘売の物語が蚘されおいた。

    私は息を止めたたた、『ツタンカヌメンの謎』を手に取る。
    ペヌゞをめくるたび、玙がパリ  ず也いた音を立おる。

    窓の倖では蝉が鳎き続けおいるのに、急に䞖界が静かになった気がした。

    ツタンカヌメンず、その劻アンケセナヌメン。
    DNA研究から、異母兄効の可胜性が非垞に高い─。
    その文字を芋た瞬間、指先が冷たくなった。

    母は、気づいおいる。
    私が、兄を愛しおしたっおいるこずを。


     

    【前の話】▶第五話  倏の章 残り銙
     https://note.com/elephant0803/n/nb837f3657045

    【次の話】▶ 第䞃話  倏の章 ゆらぎ
     https://note.com/elephant0803/n/nc745b12f015b





    #創䜜倧賞2026 #恋愛小説 #連茉小説 #叀事蚘 #日本曞玀 #犁断の愛 #兄効 #文孊 #恋愛小説郚門








     
     
    ゚ッセむ、小説、詩を投皿しおおりたす。noteアプリの䞍具合で、通知が䞀切届きたせん。フォロヌが知らない間に倖れおも、コメントやリコメをいただいおも、気づくのが遅れたす。お蚱しください。INFJ、HSP/HSS、動物占いはペガサスの自由人。おっちょこちょいです。

    あなたぞのおすすめ