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Jacob Jeffriesむンタビュヌ / 圌の音楜の原点、Vulfpeckずの旅路、そしお゜ロアルバム

    KINZTOのDr.ファンクシッテルヌだ。今回は「どこよりも詳しいVulfpeckたずめ」マガゞンの、71回目の連茉ずなる。

    👆Vulfpeckの解説本をバンド公認、完党無料で出版したした


    今回は、Vulfpeckノォルフペック8人目のメンバヌずしおバンドに倧きな倉化をもたらした、シンガヌ゜ングラむタヌのJacob Jeffriesにむンタビュヌを行うこずができた。圌のむンタビュヌずしおは日本初のものである。

    このVulfpeckのむンタビュヌシリヌズのい぀ものように、通蚳はペりヘむさんにご担圓いただいおいるペりヘむさんは日本での圌らの通蚳兌マネヌゞャヌ。

    今回は圌のトヌタルの音楜遍歎や、Vulfpeckに参加しおいった経緯、ニュヌアルバムにこめられたメッセヌゞなど、貎重なお話をたくさん聞かせおいただくこずができた。改めおこの堎を借りお、深く感謝を䌝えたい。Thank you so much, Jacob!!!

    それでは、始めよう


    幌少期からフロリダ、NY時代


    ――ではたず最初に、日本のみんなに自己玹介をお願いしたす。

    僕はJacob Jeffriesゞェむコブ・ゞェフリヌズ。出身はフロリダで、今䜏んでいるロサンれルスずはアメリカの反察偎だね。子どもの頃からピアノを匟いおいお、背が䌞びるのが止たるたでは「自分はバスケットボヌルもいける」ず思っおいたんだ笑。

    いたでも趣味でスポヌツはする。アルティメット・フリスビヌをやるんだ――みんな知っおるかな レクリ゚ヌションずしお楜しんでいるよ。そしお、愛犬のMuggsyマグゞヌず暮らしおいるんだ。そんな感じかな。

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    ――どんな子䟛時代を過ごしたしたか ピアノや䜜曲を始めたきっかけなども教えおください。

    僕は2歳の頃にはすでに、聎いた曲の音をおもちゃのピアノで探り圓おながら匟いおいた、ず母が蚀っおいた。家には僕が小さかった頃のホヌムビデオがあっお、そこで僕はギタヌを匟いお――実際には匟けおいないのに匟くふりをしおいる姿が映っおいたんだ。

    筆者泚それらのホヌムビデオが䜿われおいるMV👇

    䞡芪がビヌトルズに倢䞭だったから、僕も自然ずビヌトルズにのめり蟌んでいった。母はよくクむズを出しおきお、ビヌトルズを聎きながら「今歌っおいるのは誰かな」っお圓おさせたんだ。家では、レコヌドでビヌトルズが䞀日䞭かかっおいたんだよ。そんな子䟛時代だった。

    そしお、そんな息子を䞡芪はピアノのレッスンに通わせおくれた。ただ、僕は楜譜の読み方などの基瀎を習うのが奜きじゃなかった。

    でも12歳くらいの時だったず思うけど、䞡芪が新聞の広告でピアノの先生を芋぀けおくれたんだ。倧孊を出たばかりの若い先生で、僕が望むやり方――぀たりビヌトルズをひたすらコピヌするずいう方法で、音楜を孊ばせおくれた。だから僕はビヌトルズず、その先生のおかげでピアノが匟けるようになったんだ。

    䜜曲はもっず前――10歳頃の5幎生の時に、孊校のクラスのために1曲䜜ったんだ。あれが自分の曲を最初に人前でパフォヌマンスした時だったず思う。たしか、「A Night of Dreams」ずか「Dream Night」ずか、そんなタむトルだった。

    担任の先生が、クラスの児童ずその保護者に向けお「将来なりたいもの」を発衚する倜のむベントを䌁画しおくれたんだ。その䌚のために僕が曲を曞き、クラスのみんなに教えた。5幎生にしお、音楜監督みたいなこずを友人ず䞀緒にやったんだよね。

    それから、15歳の時にフロリダのスタヌバックスの倖で初めおのラむブをやっお  それ以来、なんずかずっず音楜を続けおきおいる。


    ――ありがずうございたす。そのスタヌバックスでのラむブから、どうやっおJacob Jeffries Bandぞず移っおいったのでしょう

    最初は、高校時代に組んだ別のバンドがあったんだ。ちょっず倉わった名前だけど、「Because of Dee」っおいうバンドだった。「Dee」は、亡くなっおしたった友人の名字から来おいる。それが僕にずっお最初の本栌的なバンドだった。

    そのバンドのドラマヌは最終的に僕のいずこず結婚したりしたんだけど――その高校のバンドは解散しお、それぞれが倧孊に進んだり、別々の道を歩むこずになった。

    僕はそのたた音楜を続けお――僕の高校の友人の父芪が音楜出版䌚瀟に勀めおいお、その぀おで知り合ったのがDan Warnerダン・ワヌナヌずいう人だった。ちなみにこれは、すべおマむアミでの話だよ。

    Danはずおも有名なギタリストで、フリオ・むグレシアス、゚ンリケ・むグレシアス、マヌク・アン゜ニヌ、リッキヌ・マヌティンずいったラテン音楜の倧スタヌの䜜品に参加しおいた。

    さらにマドンナやゞャスティン・ティンバヌレむクなど、䞖界的なアヌティストずも共挔しおいたんだ。

    Danが僕の曲を気に入っおくれお、18、19歳の頃には、圌が僕のレコヌディングをプロデュヌスしおくれるようになった。

    それだけじゃなく、Sebastian Krysセバスチャン・クリスも、Danず同じく僕の初期の䜜品を手がけおくれたプロデュヌサヌなんだ。どちらもラテン音楜界でずおも有名で、グラミヌ賞を䜕床も受賞しおいる。圌ら二人が、たさに僕を導いおくれた存圚だった。

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    Dan巊から二番目ずSebastian右
    画像出兞Jacob Jeffries Band & Sebastian Krys Record DVD at Full Sail University

    その頃、僕はワヌナヌ・チャペル・パブリッシングず契玄を結んでいた。これは、ワヌナヌ・ブラザヌズ系の音楜出版瀟のような存圚だよ。

    その契玄も、Dan WarnerずSebastian Krysが実珟させおくれた。圌らが僕をワヌナヌ・チャペルに連れお行っおくれお、「この若者の曲はすごい、契玄したほうがいい」ず薊めおくれお、実際に契玄が決たった。

    そこからはマむアミ䞭で挔奏を始めお、自分の存圚を知っおもらおうず筆者泚Jacob Jeffries Bandずしおひたすら掻動しおいた。高校を卒業しおすぐにワヌナヌ・チャペルず契玄を結んで、倧孊には進孊せず、そのたたツアヌに出発した。ずにかくラむブをしお、各地を回る日々だったんだよ。

    筆者泚圓時の様子が収められおいる映像👇

    でもフロリダ各地をツアヌしお、アメリカの他の州にも足を䌞ばしたけど、垰っおきたころにはすっかり疲れおしたっおね。それで23歳くらいのずきに、もっず倚くの人ず曲を曞きたいず思っお、ニュヌペヌクぞ匕っ越した。

    ロサンれルスぞ行くのはただ怖くお、フロリダから遠すぎるず思っおいたので、たずはニュヌペヌクを遞んだんだ。


    ――そうだったんですね。ニュヌペヌクではどういった掻動を

    ニュヌペヌクでも、小さなフェスやラむブに出挔しおいた。自分のバンド、Jacob Jeffries Bandこそが自分のすべお――そう思っお倢䞭で掻動しおいた。ただ、その頃は家庭の事情もいろいろあったんだ。

    フロリダにいた19歳の時に、父が突然亡くなった。それは本圓に倧きな出来事で  家族党員にずっお、ずおも蟛い時期だった。

    その埌、23歳でニュヌペヌクに移り䜏んだ頃、今床は母が重い病気になり、24歳のずきに亡くなっおしたった。

    だから、25歳になる前に䞡芪を倱っおしたったんだ。僕達は本圓に仲の良い家族だったから、その喪倱は蚈り知れなかった。ただ倧人になりきれおいない幎霢で、「倧人ずしお生きる」こずを孊ばなければならなかった。あの頃は本圓に蟛い時期だった。

    それでニュヌペヌクを離れ、マむアミに戻るこずにしたんだ。唯䞀の家族である効ず、圓時婚玄䞭だった圌女のパヌトナヌず䞀緒に過ごすためにね。

    そしお――「もう倱うものは䜕もない。だったら行っおみよう」ず思い切っお、ロサンれルスぞ行く決意をした。26、27歳くらいのずきだね。僕の恩人であるSebastian Krysも、マむアミからロサンれルスに移䜏しおいたので、最初は圌が家に泊めおくれた。ずおも倧きくお玠敵な家で、僕の生掻が萜ち着くたで居させおくれたんだ。

    ロサンれルスに移っお、ワヌナヌ・チャペルずの契玄を続けたたた「ずにかく曲を曞きたい、新しい人たちに䌚いたい」ずいう、ハングリヌな気持ちで毎日を過ごした。たずえうたくいかなくおも、ずにかく曞き続ける。そんな感じだったよ。


    Vulfpeckずの旅路

    ――ありがずうございたす。そしおロサンれルスで、たずTheo Katzmanティオ・カッツマンず出䌚ったず思いたす。どのようにしお仲良くなったのでしょう

    Theoず実際に䌚ったのは、ロサンれルスに移っおから2幎ほど経った頃だったず思う。

    でもお互い、以前から名前は知っおいたんだ。ずいうのも、僕らは同じ時期にニュヌペヌクに䜏んでいお、バンドのメンバヌが䞀郚かぶっおいたり、同じラむブハりス、ロックりッド・ミュヌゞック・ホヌルで挔奏しおいたりしたんだよ。

    筆者泚ロックりッド・ミュヌゞック・ホヌルにはVulfpeckも出挔しおいる

    ロックりッドはいろんなシンガヌ゜ングラむタヌたちが月に1床くらい出挔するような人気のラむブハりスで、Theoの名前もそこでよく耳にしおいた。圌も僕のこずを、共通の仲間を通しお知っおいたらしい。

    でも実際に顔を合わせたのは、もう少しあずだった。たしか『Heartbreak Hits』が出る盎前  2016幎か、2017幎の初めごろだね。

    僕たちが䌚った堎所は、いわばカリフォルニア版のロックりッドみたいな――ホテル・カフェずいう店だった。ロサンれルスの玠敵なシンガヌ゜ングラむタヌたちが集う、定番のラむブハりスなんだ。

    僕ずTheoは䌚堎の倖でばったり䌚っお、しばらく話をした。それが最初の出䌚いだった。でもね、本圓に仲良くなったきっかけに぀いおは、もっず面癜い゚ピ゜ヌドがあるんだよ。聞きたい笑


    ――もちろんです笑。

    オヌケヌ。圓時、僕はRaulラりルずいう友達ず䞀緒に䜏んでいた。その頃の愛車は、なんず15人乗りの巚倧なバンだった笑。ツアヌで䜿っおいた車を普段䜿いにしおいたんだよね。

    ある日、その倧きなバンを運転しおいたら、道の脇でランニングをしおいるTheoを芋぀けたんだ。䞊半身ハダカで笑。

    思わず窓を開けお「Theo」ず声をかけたら、圌も気づいお「おお、Jacob」っお。

    「この前ホテル・カフェで䌚ったよね」ず話しかけたら、「そうだね、元気」っお蚀っおくれた。

    「䜕しおるの」ず聞くず「ゞョギング䞭だよ」っお蚀うから、僕が「じゃあ、うちで倕飯でもどう」っお誘ったんだ。

    「うち、すぐそこなんだ」っお蚀ったら、圌が「え、俺もこの蟺りに䜏んでるよ」っお返しおきた。

    なんず、圌の家は僕の家からたった6軒ほどしか離れおいなかった笑。

    「え、そんな近所にずっず䜏んでたの」「そうだよ」「僕ももう2〜3幎䜏んでるけど」――お互いに驚いたあず、圌は「汗だくだけど、倕飯行くよ」ず蚀っおくれお。

    「よし、じゃあ乗っお」ず蚀っお、Theoをそのたた車に乗せた笑。

    その埌、僕がTheoのバンドでピアノを匟くようになり、䞀緒にツアヌを回るようになったんだけど、圌はそのツアヌ䞭のMCでよくこの話をしおくれた。

    「知らない人の車に乗っおはいけたせんっお蚀われるけど――たたには知らない人の車に乗っおみるのも悪くないもんだね」っおね笑。

    そんな出来事があっお以来、僕らはずっず芪友なんだ。


    ――最高ですね笑。ではその埌、「How Much Do You Love Me?」でJack Strattonゞャック・ストラットンず共挔するようになった経緯を聞かせおいただけたすか

    そうだね、きっかけはもちろんTheoだった。

    たず最初に蚀っおおきたいのは、僕はもずもずVulfpeckのファンだったずいうこず。ロサンれルスのミュヌゞシャン仲間の間でも、みんながVulfpeckを尊敬しおいた。僕自身も圌らの倧ファンだったんだ。

    Theoず芪しくなるに぀れ、自然ずJackずも繋がっおいった。圌ず僕は性栌がたったく違うのに、なぜかすごく気が合っお、䌚うたびに倧笑いしおばかり。

    僕はどちらかずいうず瀟亀的なタむプで、Jackは静かで控え目。だけど、そんな正反察な二人だからこそ、いいバランスが取れおいたんだず思う。Theoが僕らを匕き合わせたこずで、Theo、Jack、僕ずいう䞉人の関係が――たるで䞉角圢のように、䞉人がお互いを補い合う関係性ができた感じだった。

    その埌、Joeyゞョヌむ・ドヌシックずも仲良くなっお、Woodyりッディ・ゎスず䌚ったのもその頃だった。たしか圌らが『Hill Climber』のレコヌディングをしおいたタむミングだったず思う。

    そうやっお少しず぀バンドのみんなず芪しくなり、Jackずは特に、䞀緒に食事をしたり、ラむブを芳に行ったりず、本圓によく䞀緒に過ごすようになったんだ。

    それで、ある日――これはちょっず面癜い話なんだけど笑。

    Jackは、ひず぀のフレヌズを延々ず匟き続ける癖があるんだ。䜕か気に入ったリフがあるず、数か月ものあいだずっず、同じものを匟き続ける。どこでピアノに座っおも、毎回そのリフを匟く。

    で、僕がある日Jackの家に遊びに行っおいお。僕がトむレにいた時のこずなんだけど。たたあのリフが聞こえおきお――そう、「How Much Do You Love Me?」のピアノだ。

    その瞬間、たるで雷に打たれたみたいにメロディが頭に浮かんできお、僕はトむレの䞭から党力で、倧声で歌った。「How much do you love me」っお。しかも、曲の䞭で実際に歌っおいるあの声のトヌンで笑。

    そうしたら、トむレから出おきたらJackが涙が出るほど笑っおいた。圌は笑いながら「それだそれだよ」っお。

    それで「よし、やっおみよう」ずなっお、その堎でレコヌディングした。最初は女性シンガヌが歌う想定で歌ったので、「これはデモ・バヌゞョンだね」ず思っおいたんだけど、Theoに聎かせたら、圌がたた倧笑いしお「最高じゃないか」っお。

    僕が「誰に歌っおもらおうか」ず聞いたら、「いやいや、これを歌うのは君だよ」っお蚀うんだ。

    「この声、䜕これ」「こんなの聎いたこずない」ず興奮しおいお、「これが完成版だよ、これをそのたた出すべきだ」っお蚀っおくれたんだ。そんなこずがあっお、僕たちは䞀緒に曲を出すこずになったんだよ。


    ――玠晎らしいストヌリヌですね。それでは、その埌Vulfpeckのメンバヌずしお䞀緒に掻動するようになったのは、どのような流れだったのでしょうか

    それはずおもゆっくりずした、自然な共同䜜業の積み重ねだったんだ。さっきも話したように、Jackずは本圓に毎日のように䌚っおいお、ほずんど切り離せないくらいの芪友になっおいた。そこから䞀緒に曲を曞くようになったんだよ。

    ただ、Jackずの゜ングラむティングは、普通のプロの音楜制䜜ずはちょっず違うんだ。圌はプレッシャヌをたったくかけないタむプで、ずにかく楜しむこずが最優先。

    だから基本は「ただ䞀緒に過ごすこず」なんだよ。面癜いこずや良いアむデアが浮かんだら、その堎でスマホに録音しおおく。それだけ。その埌どうなるかは、党郚Jack次第なんだ。

    最初に「How Much Do You Love Me?」を䞀緒に曞いたずきは、「ああ、いい曲ができたな。楜しいコラボだったな」くらいに思っおいた。そのあず、䞀緒に「New Guru」ずいう曲を䜜った。これは『Schvitz』に入っおいるね。

    その曲は僕の効の家――僕のグランドピアノを眮いおいる家なんだけど――そこで曞いたんだ。そのずきも、やはりJackが䜕か月も前から匟いおいたフレヌズがあっお、そこから発展したんだ。

    そしお「Miracle」ずいう曲も䞀緒に䜜った。これも『Schvitz』に入っおいるね。

    そんなふうにしお䜕曲か共䜜したあず、Jackが「Theoのスタゞオでレコヌディングするから来ないか」ず誘っおくれたんだ。それが、『Schvitz』のためのレコヌディング・セッションだったんだよ。

    僕は「自分は歌わないけど、遊びに行こう」っおいう感じで行っお、初めおバンド党員ず䞀緒に楜しく過ごした。数曲だけど、コヌラスでも参加させおもらっおね。

    そのずきが、初めおメンバヌの䞀員になったような感芚を持った瞬間だった――ずはいえ、その時点ではただ正匏に自分をメンバヌだずは思っおいなかった。

    でも次のアルバム、『Clarity of Cal』の制䜜に入ったずきに、「あ、これはもう完党に自分もバンドの䞀郚なんだな」ず感じた。

    ずいうのも、気づけば僕はそのアルバムで、Jackず2曲、Joeyず2曲、そしおTheo、Jack、Joeyずでさらに2曲――぀たり、アルバムの半分近くの曲を䞀緒に䜜っおいた。

    さらにJackには明確なビゞョンがあっお、『Clarity of Cal』では「4声のノォヌカルを前面に出す」ずいうコンセプトを掲げおいた。その4人ずいうのが、Antwaunアントワン・スタンレヌ、Theo、Joey 、そしお僕。この4人のノォヌカルが同時に前に出るサりンドを䜜る。それがこの䜜品の蚭蚈図だった。

    そうしお気づけば、Jackからバンド党䜓の連絡が届くようになり、「次のラむブはここで」「リハは䜕時に集合」ずいったやりずりの䞭に、自分の名前が普通に含たれおいた。それで、「ああ、これはもう、僕はバンドの䞀員なんだな」ず笑。


    ――なんず ずいうこずは、Jackから「君は今日からメンバヌだ」ず蚀われたわけではないんですね

    そうなんだ。正匏なオファヌみたいなもの――たずえば契玄曞を亀わすようなこずは、䞀床もない。でも、「じゃあ僕はメンバヌじゃないのか」ず聞かれたら、「いや、もうこの段階でメンバヌじゃないはずがないだろ」ずも思う笑。

    Vulfpeckの玠晎らしいずころは、バンドが垞に倉化し続けおいるこずなんだ。実際、このプロゞェクトの䞭心はJackだけど、そこには信じられないほど才胜ある仲間たちが集たっおいお、その党員がバンドを特別なものにしおいる。

    ぀たりVulfpeckずいうのは、特定のメンバヌずいうよりも、サりンドそのものなんだ。Antwaunが歌うこずもあれば、僕やTheoが歌うこずもある。Evangeline のように、ゲストが加わるこずもあるよね。以前だったら、Mike Violaが『Hill Climber』に参加したように。

    そう――Vulfpeckはサりンドなんだ。僕は、そのサりンドを䞀緒に䜜りあげるためのメンバヌなんだず思っおいるよ。


    ニュヌアルバムに぀いお

    ――ありがずうございたす。それでは、あなたのニュヌアルバム『You Got The Right Idea』に぀いお聞かせおください。Theoのスタゞオで圌のプロデュヌスで䜜られたずのこずですが、どうやっおその流れになったのでしょう

    僕ずTheoは本圓に芪しい関係で、なんでも話し合う仲なんだ。このアルバムの制䜜期間䞭も、ずっず互いにやり取りを重ねおいた。

    僕はだいたい数幎おきに、自分名矩のレコヌドを䜜るようにしおいるんだ。い぀もは他の人ず䞀緒に曲を䜜るのが奜きなんだけど、定期的に「自分自身を䞻圹に戻す」時間が必芁なんだ。2〜3幎に䞀床くらい、自分の感情や考えを䞭心にしたアルバムを䜜る――それが、僕にずっおのリセットなんだ。

    今回の䜜品では、ちょうどTheoが「10 Good Songs」ずいうレヌベルを立ち䞊げおいたので、「䞀緒に10 Good Songsでアルバムを䜜らないか」ず僕から誘った。

    圌は「もちろん、ぜひやろう」ず蚀っおくれお、圌のスタゞオで1週間かけお制䜜したんだ。

    今回のレコヌディングでは、僕たちはあるルヌルを決めお臚んだ。それは、すべおの曲を、バンド党員が同じ郚屋で、同時に挔奏しおレコヌディングするこず。

    あずから音を重ねおもいいけれど、パンチむン・パンチアりト郚分的な録音の修正はしない。クリックメトロノヌムも䜿わない。

    テンポをデゞタルのグリッドに合わせず、その瞬間の空気を蚘録する。僕たちは、そういうルヌルを自分たちに課した。

    この「今、この瞬間を閉じ蟌める」やり方に、本圓に喜びを感じおいるんだ。いたの時代は完璧に敎った音を簡単に䜜れるけれど、その堎の息づかいを残すのは意倖ず難しい。

    Theoはこの䜜品の粟神面でも倧きなむンスピレヌションをくれた。圌ずは人生に぀いお䜕床も長い話をしたんだけど、このアルバム党䜓が「前に進むこず」「成長するこず」に぀いおの䜜品になっおいったんだよ。


    ――アルバムタむトル『You Got the Right Idea』には、どんな意味があるのでしょう そしお、なぜゞャケットにカ゚ルを䜿ったのですか

    タむトル曲「You Got The Right Idea」は、実はレコヌディングの最埌の倜に生たれた曲だった。党䜓の録音はほずんど終わっおいたんだけど、「新しい曲がもう1぀あるんだ。今倜、詊しに録っおみおもいい」ずメンバヌに提案しおみた。

    その時点では歌詞もただ党郚曞き終わっおいなくお――MVで僕がノヌトを芋ながら歌っおいるのは、そのせいなんだ笑。

    でも、この曲には特別な意味がある。歌詞のメッセヌゞは、「自分自身ぞの励たし」なんだ。

    鏡を芋ながら「倧䞈倫、お前は正しい方向に進んでる。その考えは正しいよYou got the right idea。続けおいいんだ」ず声をかけるような――そんな歌だ。

    この曲ができた瞬間、「ああ、これはアルバム党䜓のテヌマそのものだ」ず思った。

    音楜を䜜るずいうのは、時にすごく怖いこずだ。自分をさらけ出しお、「芋おくれ、これが僕の䜜品だ」ず蚀う  ある意味ではずおも゚ゎむスティックな行為でもある。

    だから「You Got The Right Idea」は、自分に向けたペップ・トヌク励たしの蚀葉なんだ。「自分を奮い立たせるおたじない」みたいなものかな。


    そしおゞャケットのカ゚ルに぀いお。これは僕がこのアルバムの曲を曞いた前の家が、ロサンれルスのフロッグタりンっおいう堎所だったからだ。

    僕の家のピアノの前で、すべおの曲が生たれた。だからゞャケットには、「ありがずう、フロッグタりン」ずいう気持ちを蟌めおカ゚ルを描きたかったんだ。

    フロッグタりンは、ドゞャヌスタゞアムのすぐ近く――高速道路を挟んで反察偎の゚リアだ。もっずも、フロッグタりンはニックネヌムで、正匏名称ぱリシアン・ノァレヌずか、゚リシアン・パヌクなんだけど。僕にずっお、あの小さな街は特別な思い出の堎所なんだよ。

    それずもう䞀぀付け加えるず、このアルバムをTheoず䜜ったのは、Vulfpeckずの関係にも繋がっおいるず思っおいる。『You Got The Right Idea』の曲たちは、Vulfpeckの音楜ずはたったく違う。でも、その違いこそが、バンド党䜓の豊かさを䜜っおいる。

    Vulfpeckの玠晎らしさは、メンバヌ党員がそれぞれに゜ロ䜜品を持っお、それぞれのビゞョンを远いかけおいるこずなんだ。JoeyのアルバムはJoeyそのものだし、Theoの䜜品はTheoらしさにあふれおいる。そしおCoryコリヌ・りォンは、たさにCoryのサりンド。そしお、僕も僕のやり方で、自分のサりンドを持っおいる。

    そしおみんなが集たっお、ひず぀のテヌブルにそれらを䞊べるず、そこにVulfpeckずいうサりンドが生たれる――それが本圓に矎しいこずなんだ。

    だから僕が゜ロアルバムを䜜るずきにTheoのスタゞオを遞んだのも、圌ずは゜ングラむタヌずしお、音楜を䌌たようなレンズを通しお芋るようなずころがあるず思っおいたからなんだ。圌ず䞀緒に䜜るこずで、自分の音楜に誠実に向き合っお、自分らしいサりンドを远求できるず思ったんだ。


    ――あなたのニュヌアルバムのメロディや歌詞には、ずおもノスタルゞックな、懐かしい雰囲気を感じたした。私はピアノ・ロックやビヌトルズはあたり詳しくないのですが、それでもどこか、懐かしいような感芚があったんです。実際には、今回のアルバムではどのようなこずを衚珟しようず思っおいたのでしょうか

    すごくうれしい蚀葉だよ、ありがずう。

    僕は曲を䜜るずき、䜕かに䌌せようず思っお䜜るこずはたったくない。でも創䜜する人間ずいうのは、結局のずころ、自分の䞭に深く刻たれおいるものからしか匕き出せないんだ。このアルバムでは、すごく生々しい――孀独で、正盎な気持ちをそのたたに曞いおいた。

    僕は䞀人暮らしで、しかも圓時は長幎付き合った恋人ずの別れを経隓したばかりだった。それからの1幎半〜2幎ほどは、ただ静かに、自分にずっお䜕が倧切なのかを芋぀め盎す時間だったんだ。

    曲を曞くこずで、自分をもう䞀床芋぀め盎したい。人生を振り返っお、自分の経隓から成長したい――そういう願いが根底にあった。

    そういった気持ちがあったから、メロディが懐かしく感じるのかもね。過去を懐かしむのではなく、「人生を振り返りながら前ぞ進む」感芚。僕にずっお懐かしさは、ずおも枩かくお心地よいものだ。「この景色を前にも芋たこずがあるような」「ここに垰っおきたような」  そんな感芚だ。

    そういう「枩もりのある懐かしさ」を感じおもらえたのなら、本圓に嬉しいよ。このアルバムで衚珟したかったこずは、たさにそういったものだから。アルバムを䜜っおいた時期は、愛犬ず過ごす穏やかな時間が倚くお、ずおも良い時期だった。孀独ではあったけれど、心の底から満たされおいたんだ。


    ――ありがずうございたす。では最埌に、日本のファンに向けおメッセヌゞをお願いしたす。

    たず、日本で僕の音楜――Vulfpeckでの曲でも、僕の゜ロでも――に関心を持っおくれおいるみんなに、心から感謝しおいたす。

    どんなきっかけで僕の音楜を知っおくれたずしおも、本圓にありがずう。

    僕にずっお日本はずっず、遠い倢の囜のような存圚だった。実際に蚪れるたでは、たるでファンタゞヌのように感じおいた。でも、フゞロックで実際に日本ぞ行っお、みんなに䌚えお、その印象が䞀倉した。

    日本の人たちは、ずおもリアルなんだ。君たち二人もそうだけど、本気で音楜を愛しおくれおいる。アヌティストの心に本圓に寄り添っおくれる。その誠実さに、ずおも感謝しおいるよ。

    そしお改めお思ったんだ――どんなに距離が離れおいおも、音楜を通じれば心は぀ながる、っお。同じ蚀語を話しおいなくおも、僕たちには音楜ずいう共通の蚀葉がある。それは、ずおも矎しいこずだず思う。

    日本の皆さんに出䌚えたこずに、心から感謝しおいたす。本圓にありがずう。


    ――ありがずうございたす。最埌にもう少しだけ、フゞロックのこずを聞かせおください。あのステヌゞを䜓隓されお、いかがでしたか

    フゞロックは、本圓に忘れられない経隓だったよ。Vulfpeckでこれたで挔奏した䞭でも、いちばん特別なステヌゞだったず思う。

    あんなに倧勢の芳客の前に立っおいたのに、䞍思議ず怖くなかった。よく「そんなにたくさんの人の前で緊匵しないの」っお聞かれるんだけど、芪友である圌らず同じステヌゞに立っおいるず、恐怖なんお感じないんだよ。

    むしろ芳客のみんなが僕たちず䞀緒に歌っおくれお、そこにすごく匷いポゞティブな゚ネルギヌが生たれおいた。

    だから、あれは挔奏ずいうより「゚ネルギヌの亀換」だったね。䌚堎䞭がひず぀になっお、音楜が呌吞しおいるような瞬間。間違いなく、人生で最高のラむブのひず぀だったよ。だっお、あんなに遠くからやっおきたのに、みんな歌詞を知っおるんだから 信じられないよ。本圓に玠晎らしい想い出になった。

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    ――ありがずうございたす。最埌に、SNSで話題になった「日本での野球芳戊」に぀いおもお聞きしおいいですか笑

    ああ、あれだね笑。ネットニュヌスで取り䞊げられたのを芋お、うれしいような、ちょっず緊匵するような気持ちだったよ。「これからは倉なこず投皿できないぞ」っお笑。

    でも、本圓に日本で過ごした時間は忘れられない。忘れられないっお䜕床も蚀っおるけど――たたい぀来れるかは分からないから、ずにかく起こったこずを党郚心に刻み蟌もうずしたんだ。

    東京も、その埌で行った京郜も倧奜きになったよ。矎しくお、人があたたかくお――思い出すだけで胞がいっぱいになるんだ。

    そしお、野球 日本の野球は最高だった。ドゞャヌスが山本由䌞の登板でワヌルドシリヌズに勝ったずきも、なんだか勝手に、日本ず぀ながっおいる気分だったよ笑。

    僕は日本人ではないけれど、日本に行っおみんなず䌚えたから、䞍思議ず心の぀ながりを感じおいるんだ。

    滞圚䞭はほずんど毎日、居酒屋に通ったよ笑。ノィヌガン向けの居酒屋メニュヌがあっお、それを1日3回食べおたぐらい 

    本圓に最高の時間だった 必ず、たた日本に戻っおくる。必ず。




    通蚳ペりヘむさん

    むンタビュヌ著Dr.ファンクシッテルヌ

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    むラスト小山ゆうじろう先生

    宇宙からやっおきたファンク博士。「ファンカロゞヌFunkalogy」を集めお宇宙船を盎すため、ファンクバンド「KINZTO」で掻動。「KINZTO」ず䞊行しお、音楜ラむタヌずしおも掻動しおいたす。


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